5、ただのお出かけです
「森尾さん、教科書貸して」
休み時間、笑顔で駆け寄ってくる諏訪野くん。
あれ以来、諏訪野くんからなにかとかまわれている気がする。
教科書なんて私以外に借りられるはずなのに、なんで私なんだろう?
「令華に借りればいいんじゃない?呼べないなら私から言おうか?」
と令華を呼ぼうとすると、
「俺は森尾さんから借りたいんだ。駄目?」
駄目?なんて疑問系で言われたら、貸さなきゃだめじゃん。
これで貸さなかったら、私がいじめてるみたいになりそうだし。
「うん。わかった。じゃあ、次の時間に返してね」
「ありがとう。これお礼ね」
とチョコを渡された。
このチョコは私の好きなやつだ。
まさか知っていた?
いや、偶然だろう。
「・・・ありがとう」
お礼は言ったけど、なんで令華に渡さないんだろうって不思議に思った。
今まで交換したが全くしていなかったメールも来るようになった。
といってもたわいないものだ。
おはようの挨拶や、風景や花の写真とか来たり。
なんと返せばいいのか悩んでおはようとか素敵だねとか無難に返信している。
「森尾さん、また教科書貸して」
次の日。
笑顔で私の席に近づいてくる諏訪野くん。
こんなに教科書毎日忘れてくるキャラには見えないんだけどな。
でも、これで5日連続だ。
さすがに鈍い私でも、おかしいと思う。
もしかして、わざと?
わざとなの???
でも何のために?
令華のこと見に来てるのかな?
でも今までそんなことなかったのに。
じゃあ、令華との仲深めるため?
「あの・・・諏訪野くん、この前の遊園地は1回限りって話だったからいいけど、令華も細貝くんも友達だからもう応援出来ないよ?」
一応ここははっきりさせないとと思って、遠回しな言い方かもしれないけど、断ったつもりだった。
「違う、俺は森尾さんと仲良くなりたいの。廊下で擦れ違って挨拶するだけとか嫌なの。もっと仲良くなりたいし、森尾さんのこと知りたい。確かに教科書毎日借りにきたのは迷惑だったかもしれないけど、俺なりに必死に考えてだったんだけど」
「・・・へっ?」
私と仲良くなりたい???
そんなこと言われたの初めてだ。
仲良くなりたくて、毎日教科書借りに来ていたの?
令華のためじゃなくて、私と仲良くなりたいために???
私と?
なんだか諏訪野くんがかわいいなんて思ったら、可笑しくなって笑ってしまった。
「やっと笑った」
「えっ?」
「俺と2人で話して森尾さんが笑ってくれたことなかったし。嬉しい」
「・・・そうだった?」
確かに人見知りがまだ発動していて、心を許せていないかもだけど。
「森尾さん、俺の100人の1人になってくれるって言ったよね。それならお互いのこともっとよく知った方がいいと思うんだ。俺も森尾さんのこと知りたいけど、森尾さんも俺のこと知ってほしいんだ」
それもそうか。
何があっても嫌わない保険的な存在でいれればいいかなと思って、あのとき言った言葉は嘘じゃない。
でも、確かに仲良くもないのに100人の1人にはなれないかも。
今のままじゃ諏訪野くんからの信用が足りないかな。
「うん。わかった。それじゃあ、私はなにをすればいいのかな?」
「来週の日曜日は予定ある?」
「ないけど」
「なら、一緒に出かけよう」
「・・・えっと、それって2人で?」
「俺と2人は嫌?」
その聞き方はずるい。
嫌って言えないよ。
「嫌っていうか、絶対噂になるよ。諏訪野くん目立つもん。私目立ちたくないんだけど」
「友達って言えばいいよ。別に友達と出かけるぐらい普通でしょ。悪いことしている訳じゃないんだから堂々としていればいいよ」
「う・・・ん。そうなんだ?」
私には男友達なんて数えるほどしかいないし、2人で出かけるなんてしたことがない。
普通かわからない。
でも、諏訪野くんがそういうなら、普通なんだろう。
「じゃあ、今度の日曜日に駅前で11時に待ち合わせね」
「うん」
と返事をしつつ、いつの間にか決まってしまった予定に頭が痛くなった。
服は何を着ていけばいいの?
お洒落すると、気合入れていると思われて引かれそうだし。
でもお洒落しないと、隣にいても私が浮いてしまう。
本当に日曜日どうしよう???
**********
あっという間に日曜日。
服は気合を入れたと思われないようなシンプルな服装にして、最後まで下は何にしようか悩んだけど、丈の長いスカートにした。
待たせてはいけないと、待ち合わせの30分前に余裕持って行ったのに、もう諏訪野くんがいてびっくりした。
慌てて駆け寄り、諏訪野くんに声をかける。
「諏訪野くん」
諏訪野くんは私を見た途端、ぱあっと笑顔になった。
「おはよう。待ち合わせまで時間有るのにこんなに早く来たの?細貝に聞いたら、絶対待たせちゃいけないって言うから念のため早く来たけど、会えてよかった。森尾さんを待たせずにすんでよかった」
「・・・いやいや、諏訪野くんこそ早く来すぎじゃない?いつから居たの?」
「1時間前かな。でも日曜日も森尾さんと会えるの嬉しいし、待っている時間も楽しかったよ」
ニコニコと笑う諏訪野くん。
1時間前って。
会えるの嬉しいって。
それを聞いたら、嬉しくなってにやけそうになった。
いけない。いけない。
と自分に言い聞かせて、なんでもないような顔をしたけど、
「私服初めて見たけど、かわいいね」
「そうかな?普通に無難な格好だけど」
「うん。森尾さんはスタイルいいから、何を着ても似合うし、かわいいよ」
「あの、褒めても何も出ないよ?」
「ううん。本当にそう思っているから」
無邪気な顔で笑う諏訪野くん。
お世辞で言っている訳じゃなくて、本当にそう思っているのかなと信じたいけど。
「・・・」
肯定も否定もできない。
なんと言っていいかわからない。
固まる私に、諏訪野くんは私の手を掴んで歩き出した。
「あのっ、手っ。手」
「手がどうかした?」
「つきあってもいないのに、手を繋いで歩くとかおかしくない?」
「えっ?細貝は女の子と出かけるならエスコートするのも大事って言っていたけど?俺女の子と二人で出かけるなんて中学以来だから、細貝に色々聞いたんだ」
「・・・」
・・・細貝くん、純粋な諏訪野くんに嘘教えちゃダメでしょ?!抗議しなきゃ。
と心の中で思っていたら、目の前に諏訪野くんが不思議そうな顔で見ていた。
「俺と手繋ぐの嫌だった?」
「嫌じゃないけど、私達友達だよね?おかしくない?」
「嫌じゃないなら、いいじゃん。このままでも」
強引だなと思いつつ、デートしたこともなければ、男の子と2人で出かけたこともない私は繋がれた手のぬくもりがずっと不思議だった。
「お昼にはまだ早いし、雑貨屋行かない?弟の誕生日プレゼント買いたいんだ。弟には俺のセンスがいつも悪いってよく言われるんだ。良かったら森尾さん選んでよ」
「うん」
私達は雑貨屋に近くの雑貨屋に足を運んだ。
2人で色々見ながら話して、プレゼントは弟くんが好きな色の青色のタオルに落ち着いた。
これで今年は喜んでくれると思うと諏訪野くんは喜んでいた。
ふと、キーホルダーのコーナーが気になって立ち止まって見ていると
「何か欲しい物あるの?」
「家の鍵につけるものが壊れたからちょうど新しいの欲しいなと思って」
「じゃあさ、おそろいで買わない?」
「えっ?」
「なんかおそろいって仲がいいかんじでいいよね」
「・・・細貝くんと一緒にしたら?」
私と諏訪野くんはまだおそろいを持てるほど仲良くないし、それなら細貝くんの方がいいだろうなと言ったんだけど、途端に諏訪野くんは苦い物を食べたような顔になった。
「細貝とおそろいにしても、なんにも嬉しくないし。俺は森尾さんとおそろいがいい。キーホルダーは俺がお金出すから。これでいい?」
と2つおそろいのキーホルダーを手に取り、レジへ向かった。
強引だなと内心思いつつも、諏訪野くんとおそろいって少しくすぐったいなと感じたのだった。
その後、ファーストフード店でランチを食べて、本屋に行って夕方解散になった。
家まで送るという諏訪野くんに、大丈夫だからって言ったけど、もう少し森尾さんと一緒にいたいからと言われたら、折れるしかなかった。
別れ際に、「今日はありがとう。楽しかった。また一緒に出かけよう」なんていう諏訪野くん。
私も楽しかったよなんてここで言えたら、かわいいんだろうなと思ったけど、言えなかった。
本当に私といて楽しかったのかな?
楽しかったっていう諏訪野くんの言葉が信じられなかった。
だって私は面白い話も出来なかったし、一緒に笑うようなことはあったけど、きっと反応薄かった。
また出かけようなんて社交辞令かもしれないし、またなんてないかもしれないとも思いながら、うんと頷いた。
でも今日一日一緒にいて疑問に思ったこと。
友達ってどの距離までのことをいうんだろう?
境界線がわからない。
まあ、友達っていっても色々あるかな。
挨拶するだけのような、密度が低い友達もいれば、親友みたいな密度の濃い友達も友達だし。
なんだか、おそろいのキーホルダーまで買って、カップルみたいじゃない?
未だ明るいのに家まで送られたのも大切にされたみたいで嬉しい。
でも諏訪野くんとのことは、これ以上考えてもどうにもならないから、深く考えるのは止めた。
*******
家に帰って自室に入って落ち着いてから、諏訪野くんにお礼のメールを送った後、細貝くんに電話した。
「あのさ、今日のこと諏訪野くんに何かアドバイスした?」
「何かって?例えば、女の子の服装褒めろとか、待ち合わせの時間前に行けとか、エスコートは完璧にしろよとか、森尾には多少強引にいくのがいいとは言ったけど」
思ったより、細貝くんは諏訪野くんに色々言っていたみたいだ。
「友達同士のお出かけでそんなアドバイスしないでよ」
「えっ?デートじゃないの???」
細貝くんの勘違いでしたアドバイスのせいで今日1日がまるでデートみたいになってしまったようだ。
「ただ友達同士で出かけただけだけど」
友達同士で出かけただけじゃ、デートとは言わないし。
「でも2人で出かけたんでしょ?」
「とにかく、デートじゃないもん!!」
必死に否定したけど、電話の向こうから細貝くんの笑い声が聞こえる。
照れ隠しだと思われているんだろうか。
違うし。
絶対違うし。
「でも、諏訪野必死で頑張っていただろう?キュンとならなかった?女の子と出かけるの何年ぶりかわからないって緊張していたし。俺の言うことも必死にメモして驚いたもん。てっきり俺、諏訪野が森尾のこと好きで頑張っているんだとばかり思っていたんだけどな」
「キュンは少ししたけど、それは私に免疫がないからそうなっただけで、諏訪野くんだからとかじゃないし。私のこと好きっていうのも絶対違うと思うけど」
諏訪野くんが好きなのは細貝くんの彼女の令華だよなんて言えないけど。
私は諏訪野くんの気持ちを知っているから、それは絶対にないって否定できた。
「キュンと少しでもしたなら、恋じゃない?諏訪野はいいやつだし、森尾も自慢の友達だし、2人がくっついたらいいなって思ってるんだ」
細貝くんなりに、私と諏訪野くんのことを考えて、おせっかいを焼いているのはわかるけど。
諏訪野くんが好きなのは、令華で。
私じゃないし。
仮にでも私と諏訪野くんがつきあうなんて、1ミリも想像出来ない。
とりあえず、もう諏訪野くんには余計なことは言わないように釘を刺したのだった。