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~17~

 

 次の日、エイデン家へと父とカミーユが話し合いに出かけた。

 フローラは昨日の夜のうちに荷物をまとめておいた。

 自分一人でも持てる小さな鞄に、街着にもできるワンピースと下着類を数枚ずつ。

 他に、今持ち合わせのお金と、誕生日などでもらったアクセサリーも持ち出した。何かの時に換金できるように。


 使用人の目を盗み、やっとの思いで抜け出すと、息を切らしながらサイモンの元へと走る。

 呼吸の乱れで心拍数が上がる。この鼓動が走った為なのか、緊張と興奮によるものなのか?もはやどちらでも構わない。幸せになるために走るだけだった。


 待ち合わせの場所にはすでにサイモンが来ていた。

 明るい昼間の待ち合わせ。貴族のお忍び風ではあるが、恋人同士が逢瀬を楽しむようにしか見えない。


 二人はサイモンの考えで、とりあえず騎士学校のある東の辺境地へと向かった。

 学校生活の中で町に遊びに出ることもあり、その町はそれなりに栄えた所で、しばらく身を隠すには十分だと思えた。

 繁華街には仕事もある。若い二人が隠れて暮らすには十分だろうと考えた。

 若く経験値の少ない二人には、明るい未来しか想像することができなかったのだ。




 乗合馬車に乗り込み、手を握りしめあいながらの旅。

 馬車の窓から初めて見る景色はフローラを興奮させ、見る物すべてが光り輝いて見えた。


 昨日、誰からも望まれず、幸せになる資格がないのではないかと思っていた自分にサイモンは手を差し伸べてくれた。その手がどんなに心を温かくし、癒してくれたか。

 きっと、辛く厳しい生活になる。でも、サイモンがいれば耐えられる。この人のために生きていこうと心に決めながらの旅は、悲壮感などなく、むしろ新天地への希望に満ちているようだった。


 辺境の地へは何日かかけて移動する。途中、何回か馬車を乗り継ぎ、その都度宿をとりながらの旅。自分たちの立場を思えば目立つことはできない。

 最初の終着点に着くと、運よくすぐに宿屋を抑えられた。夕方遅く、辺りでは夕食の準備をしているのであろう、食欲をそそる匂いが鼻をくすぐる。

 どこか飯屋に入れればいいのだが、二人の持ち合わせは決して多くはない。

 宿に荷物を置くと、二人は夕飯を買いに町をぶらつき始めた。

 はぐれないように、固くつないだ手と手。初めて来たその町は、大きくはないがそれなりに活気のある町だった。

 二人は小さなパン屋を見つけると、一番安い丸パンを四つ買った。今日の夕飯と、明日の朝食にするつもりで。

 紙袋に入れてもらい、それを持つフローラはほころぶ顔を抑えることができなかった。


「フローラ? どうかした?」

 不思議そうにのぞき込むサイモンに


「ごめんなさい。でも、なんだか嬉しくて。こうしているとサイモンの奥さんになったみたいで」


 少しはにかみながら答える。でも置かれている自分たちの立場を思えば、浮かれている状況ではない事も理解している。それでも、二人でいられることが嬉しくて仕方なかった。


「いや、僕も嬉しくて仕方ないんだ。まるで新婚さんみたいだなって、思っていた。

 僕もフローラと同じ気持ちだよ」


 二人は顔を見合わせ、頬を赤らめながら笑いあった。


 少しのんびり歩きながら宿に戻ろうとしていると、店の軒先に瓶入りの小さな飴が売っているのを見つけた。


「フローラ、飴を舐めながら馬車に乗ろうか?」

「え? いいの? でも、贅沢だわ」

「これくらい大丈夫だよ。ちょっと待っていて」


 飴を買って戻ったサイモンが瓶の蓋を開け、飴をひとつ摘まみ上げると、

「フローラ、あーん」フローラの口元まで持っていく。


「あーん」フローラが口を開け、まるで鳥のヒナのように飴を待つ。

 サイモンの手から口に放りこまれた飴は、とても甘く柑橘系の味がした。

「おいしい、ありがとう。サイモンも食べて」

 フローラの言葉に、サイモンも飴を一つ口に含んだ。


 二人は飴を舐めながら、時間をかけて町を歩いた。

 二人を裂くものなどこの町には無いと思えるほどに、幼稚な幸福を感じていた。





 その頃、エイデン家から帰ったカミーユたちはフローラがいないことを執事から知らされる。皆で家中を探したが見当たらないと、慌てていた。

 エイデン家では、サイモンは町に買い物に行くと言って出かけたと言う。

 両家の使用人たちが手分けして探すも見つからず、王都の町にはもういないのではないかと誰もが思った時、乗合馬車に乗る若い男女を見たとの証言を得る。

 聞けば風貌が二人のそれであった。向かった先は、どうやら東の辺境地のようだ。


 もうすぐ夜になる。東の辺境の地へは数日がかりで乗り継ぎをしながらの移動になる。

 一日目の終点へと向かい、宿屋を手分けして探した先に二人を見つけた。


 宿屋の主人に金をいくらか握らせると、二人の部屋まで案内させた後、主人に声をかけてもらう


「お客さん、明日の朝のことで少しよろしいでしょうか?」

「はい。いま……」


 中からサイモンらしい声が聞こえると、部屋のドアがガチャリと開いた。

 中から覗いた顔は間違いなくサイモンであった。

 エイデン家の使用人たちは咄嗟にドアに足を挟み、サイモンに三人がかりで掴みかかるとメイドが奥にいたフローラの元へ駆けよる。

 サイモンはそのまま男たちに抱えられるようにして、部屋を引きずられ出ていく。

 フローラにはエイデン家のメイドと従者が付き、逃げられないように囲いこむ。

 連れ去られるサイモンを追いかけようと走り出そうするフローラをメイドが抱きしめ、逃がさないように抑え込んだ。


「離せ、離してくれ! 頼む、見逃してくれ。フローラ、フローラ!!」


「サイモン!! 待って、お願いサイモンを離して、お願い。サイモン!!」


「フローラ!!」


「サイモン!!」



 何度も、何度も互いを呼び合う二人。


 声の限りに叫ぶ声は、いつしか掠れ、聞こえなくなっていった。



 突然の出来事にあっけなく引き裂かれてしまった若い二人。

 お互いを求め力の限り伸ばした手は、握り合う事もないまま、触れることも叶わないまま見えなくなっていく。

 互いの肌の熱さを知ることも、焦がれるままに名をささやき合う事もできないまま。

 手をつないだ時のわずかに残る感触と、その温もりだけが、二人に残されたわずかな記憶。



 部屋に残されたフローラは両手で顔を覆い、床にしゃがみこんだまま嗚咽を漏らし泣き続けた。



 見れば、二人は食事をしていたようだった。

 小さなテーブルの上には備え付けの水が入ったコップが二つと、町で買ってきたのであろう食べかけの小さな丸パン。それに、飴玉が数個入った小瓶がひとつ。

 若い二人には足りるはずもない食事の量に違いない。

 それでも、先のことを考え節約をしようとしていたのだろう。


 フローラのそばに残った執事補佐はたまらない思いであった。

 元より、エイデン家でのフローラへの待遇には思うところがあった。

 まだ若い令嬢を軟禁するように囲い込み、ファウエルの世話をさせるなど。

 なぜこんなことがまかり通るのか? 納得がいかなかったのだ。


 もし、二人をこの場で見つけることがなければ、逃げ切ることができたかもしれない。

 そうしたら、いつか見つかったとしても、ままごとのような暮らしができていたかもしれない。

 若く、何も知らない貴族育ちの二人が、市井で庶民と同じ暮らしができるはずはない。

 頼る者もないまま、まともな生活が出来るなどと思ってはいない。

 それでも一緒に過ごすことで、叶わぬこともあるのだと知ることが出来たのではないか?

 想いを残したまま引き裂かれた二人は、ずっとその想いを募らせたまま、最後には悲劇を重ねることになるかもしれない。そうなるよりは、諦めさせてやることが出来たのではないか。


 子を持つ彼は、いま目の前で泣き崩れるフローラに対し、同情の念を捨てきれなかった。


 それは彼女に寄り添い肩を抱くメイドも、そばで立ち尽くす従者も同じ思いだったのだろう。

 誰も言葉発することが出来なかった。


 ただ、フローラの泣く声だけが部屋に響いていた。





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