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~15~

 

 久しぶりの自宅。ゆっくりと眠ることができたフローラは、朝の身支度を自らすますと、朝食を取るために食堂へと向かった。

 食堂にはすでに兄がいて、お互い目が合うとほほ笑みあった。

 少し遅れて両親も席に着き、本当に久しぶりに家族揃っての朝食をとっていた。

 会話は多くはない。それでも父からはエイデン家での暮らしぶりを心配され、まだ自分は心配されているのだと心が温かくなるようだった。

 本当に久しぶりに穏やかな、家族の幸せを感じていた。



 食事も終わりかけた時、執事が慌てたように父のそばまで来ると耳打ちをする。

「なに?」

 そう言うと、ガタンと音を立て椅子から立ち上がる。

 眉間にしわを寄せ、苦し気な表情でフローラを見つめ


「ファウエル殿が……自決を図ったそうだ」


「 ! 」


 その場にいた者皆、言葉を飲み込んだ。

 フローラは目の前が白くなり、肩を大きくゆすり呼吸をする。


「ファウエルが?」

 カミーユの言葉に


「詳しいことはまだわからない。でも、命に別状はないそうだ」

「そうですか、それは……よかった」

 心から安心したようなカミーユの声にかぶせるように

「フローラ! あなたが犯した罪がこんなことに繋がったのですよ」

 母は目を吊り上げ、憎しみを込めたような視線をフローラにぶつける

「母さん、フローラのせいではない! 連れ出したのは私だ。だったら私にも罪がある。

 父さん、僕とフローラはすぐにエイデン家へ向かいます」


 そう言うと、急ぎ二人はエイデン家へと馬車を走らせた。


 エイデン家へ着くとサイモンが部屋の前で立ち尽くしていた。

「サイモン……」

「フローラ、カミーユ兄さんも。心配かけて申し訳ありません」

「そんなことより、ファウエルの容態は?」

「母がずっと付き添っていてくれていて、今は薬で眠っています」

「なにがあった? 話せるか?」

「はい。父が執務室にいます。まずはそちらに」


 通された部屋には、デスクに向かい書類に目を通している伯爵がいた。

 サイモンたちに気が付くと、すぐに席を立ち応接セットまで足を運ぶ。


「突然の使いに驚いたと思う。朝早くから申し訳なかった」

「いえ。そんなことより、ファウエル殿の様態は?」

「ああ、すんでの所で止められたのでな、ケガもなく無事だよ」

「そうですか、それは良かった。で、何があったのかお聞きしても?」

 カミーユは、聞きにくいことを敢えて聞いた。


「ああ、自殺を図ろうとしたことは確かだ。

 夜分と言うより、朝方近い時間だった。あの子は部屋を抜け出し、保管庫にあるピストルを使おうとしたようでね。

 朝一番に火おこしをする使用人が物音に気付いて止めに入ってくれた。

 もう少しであの子は、ピストルを手にするところだったらしい」

「ファウエル様はまだそんなに長い距離を歩けないはずです」

 フローラの問いに

「ああ、松葉杖が廊下に捨て置かれていたらしい。その後は這って移動したようだ」

「そんな……」

 フローラは手で顔を覆って頭をふった。


「使用人に見つかってからもずっと死にたいと、死なせてくれと泣き叫んでいてな。

 先ほど医者が来て薬を処方してもらった。今は薬で眠ってはいるが、同じことを繰り返すのではないかと、妻も心配で付きっ切りだ」


 伯爵も憔悴しきったような顔で、深いため息をついた。


「私がこんなことを言うのは間違っているとわかっている。だが、あの子も私のかわいい息子であることに変わりはないんだ。

 フローラ嬢、どうかあの子と結婚してやってはくれないだろうか?」


「父さん、何を?!」

 サイモンが身を乗り出し、大きな声を上げる。


「お前たち二人が想い合っていることは知っている。私も今まではそれで良いと思っていた。しかし、こうなった以上ファウエルにも一縷の望みを与えてやりたいのだ。

 あの子はこれから一生、動かない足を引きずり生きていくことになる。

 爵位など望んではいないのだよ。唯々、フローラ嬢がそばにいてくれることを、隣にいてくれることだけを願っている。親として、あの子のせめてもの願いを叶えてやりたいのだ」


「それでは同じ息子のサイモンはどうなるのです? サイモンの気持ちは?」

 カミーユの言葉にサイモンが

「僕のことなど……それでは、フローラはどうなるのです? フローラの気持ちは無視するのですか?」

 隣に座るフローラの手を握り、父に声を上げる。


「フローラ嬢には申し訳ないことを頼んでいるとわかっている。

 しかし、仮にも貴族の娘として産まれたのだ、その義務は理解しているのだろう?

 持参金もいらない。不足なら、今領地で手を付けている事業を共同経営にして、権利を半分渡すことも考えている。そうなれば、子爵家にとってうまい話に違いない。

 そこまでしてもあの子の願いを叶えてやりたい。親ばかと言われようともな。

 サイモンはまだ若い。それにお前には何不自由ない体があるではないか。

 これから世間に出れば、出会いは山のようにある。ファウエルには望めん未来だ。

 あの子は、ファウエルはもう、この家の当主として働くには無理が多すぎる。

 エイデン伯爵家の爵位は、サイモン。お前に渡そうと思う。

 お前が騎士を続けたいのなら、私が健在のうちは自由にしても良い。

 お前に引き渡す前に、今以上に伯爵家の地位を盤石な物にしておくと約束しよう。

 ファウエルも机上の仕事は出来るはずだ。お前が爵位を継いだ後は、あの子をお前の従者として使えばいい。

 もし、顔を見るのも嫌なら、領地の端にでも家をあてがい、そこで静かに暮らさせても良い。

 サイモン、あの子を、ファウエルを許してやってくれ。あの子を、死なせたくはない。

 頼む……」


 伯爵は三人に向かい、頭を下げた。その声は震え、目は涙で滲んでいた。


「父さん。仮に僕が許しても、それではフローラにとっては地獄の日々でしかない。

 そんな願いを聞き入れられると、本気で思っているのですか?」


「無茶を言っているのはわかる。だが、今のままではあの子は同じことを繰り返す。

 せめて、あの子が落ち着くまでの間だけでも良い。婚約者のふりをしてくれるだけで良い。

 時間が立てば少しは落ち着くだろう。酷い親だと、醜い大人だと思ってくれても良い。だが、親としてあの子を一人にはできない。させたくないんだ。憎むなら、どうか私を憎んでくれ」


 血がにじむほどに両手を強く結んだその手を見て、サイモンはそれ以上何も言えなかった。


「伯爵、あなたのお気持ちはよくわかりました。しかし、フローラの事は兄の私では決められません。今日のところは一先ず預かり、父にも話させてもらいます。それでご納得を」


 伯爵は静かに頷き、

「情けない姿をさらしてしまい、申し訳ない」



 部屋を後にした三人は、無言のまましばらく廊下で立ち尽くした。

 ファウエルのそばに行くことは、今は控えた方がいいだろう。

 とにかく、この承諾できかねる事態を一刻も早く家に帰り報告しなくては。


「サイモン、私とフローラは今日のところは帰ることにするよ。

 ファウエルの様子も見ず帰ることになるが、申し訳ない」


「いえ、そんなことは。フローラ、気にすることはない。父の言うことなど聞き捨ててくれ」


 そう言うサイモンの声もどこか掠れて震えているようだった。





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