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~11~

 

 二人だけの空間。本来ならサイモンとの仲を引き裂く憎い人のはずだが、今はそれも難しい。

 こんな姿を目の当たりにして、憎み続けることはできない。


「フローラ、母さんがすまなかった。頬は大丈夫? 腫れなければいいけど」

 そう言ってフローラの頬に手をそっと当てる。その手は少し細くなり、力もないようだった。


「大丈夫です。おばさまはそんなに力もありませんから、きっと腫れないと思います。

 それより、具合は大丈夫ですか? 疲れたりしていませんか?」


「ありがとう。大丈夫だよ、僕はなにもしていないから。フローラは優しいね」


「ファウエル様……」


 フローラは俯き、視線が足に向かう。それに気が付いたファウエルが

「フローラ。僕の足の事は聞いた?」


「……はい。先ほどおじさまから。少しだけ」


「そうか。僕の右足はね、もう動かないらしい。でも左足は動くから、松葉杖を付けば歩けるんだよ。もう、馬には乗れないが馬車で移動はできる。領地経営も今まで通りすることも可能だと思うんだ。視察なんかは馬車で出来るし、普段は管理人に任せて、僕は机の上でできる執務をすればいい。使えないのは右足だけで、手は今まで通り動かせるから、日常生活はこなせると思う。食事も自分でできるし、着替えだって椅子に座りながらやれば出来るようになるはずだし、力を付ければ松葉杖でなく、普通の杖を使って歩くことも可能じゃないかなって思うんだ。それに……」


「ファウエル様!」


 フローラは跪いたままファウエルの手を握り、その手に額を合わせた。

 泣くわけにはいかない。辛いのはファウエルだ。今自分が泣いたら、それは彼を侮辱することになる気がした。


「フローラ……。

 君と婚約はしない。君はサイモンと一緒になって、できればこのエイデン家を継いで欲しい」


 フローラは顔を上げ

「何を? 何をおっしゃるのです? 今、領地経営は出来るとおっしゃったばかりではないですか?」


「そうだね。頑張ればできるかもしれない。でも、そんなに簡単じゃないことも知っている。

 それに、僕はまだ君が好きなんだ。愛しているんだ。

 未練たらしいと思うだろうが、君たち二人を見るのはさすがに辛いからね。できれば領地内の外れに小さな家でも与えてくれれば、そこで静かに暮らそうと思う。そんな人生も悪くないと思うんだ。」


「そんなこと。サイモンも私も許しません。

 私にお手伝いできることがあればやります。だからあきらめてはダメ」


「君はこんな僕にもやさしい。サイモンとの仲を引き裂こうとした僕を」


 ファウエルは動かなくなった自分の足を見つめながら、

「動くことが制限され、出来ることも少なくなった。

 君に憐みで見られることが一番つらい。最後の僕のプライドを守ってはくれないか」


 足を見つめ、ささやくようにつぶやくその瞳には、もうかつての若く活気のなる瞳の色を消し去っていた。


「そんなことできません。エイデン家はそのままファウエル様が継ぐべきです。

 領地は私たちが守ります。ファウエル様の負担を減らすように頑張ります。

 もし目障りなら、もう姿をさらすことはしません。遠くからお守りします。

 だから、あきらめたりしないでください」


 フローラはファウエルの手を両手で握りしめ、叫ぶように訴えかける。

 ファウエルは俯き、頭を横に振りながら


「フローラ……。僕は怖いんだ。こんな姿になって怖くてたまらない。

 きっと周りの人間は離れていく。いつか僕は一人ぼっちになってしまうだろう。

 そのうち僕の存在は皆に忘れられて、何も出来ず、ただ息をするだけの人生になるのかもしれない。こんな情けない姿を君に見せたくはなかったけど。

 でも、僕は……


 フローラ、頼む。僕を一人にしないでくれ。


 見捨てないで……フローラ」



 寝台の上で小さく背を丸め、フローラの手を握りしめながら子供のように泣くファウエル。

 フローラが知る彼の姿は、もっと大きくて逞しく、自信に溢れた人だった。

 今、目の前で自分の手を握りしめながら泣くような人ではなかったはずなのに。


 ぽとりと彼の涙がフローラの手に落ちる。なんて暖かいのだろう。

 こんなにも暖かいのに、今、彼の心は寂しさと恐怖で凍えそうに違いない。

 そんな人を放ってはおけない。


 カミーユが部屋を出る時「絆されるな」と耳打ちされた。

 しかし、今の彼を一人にすることなどフローラに出来はしない。


「私でよければ、落ち着くまでお手伝いさせてください」

「フローラ……」


 フローラの手を握りしめたまま、泣き崩れるファウエル。

 きっとサイモンもわかってくれる。ファウエルが落ち着くまで、しばらくの間そばにいると決めた。


 その後、泣き疲れて眠ってしまったファウエルに毛布をかけると、カミーユの元へと部屋を後にした。



 ドアを静かに開けると、部屋の前でカミーユが待っていてくれた。

 目が合うなり

「何も聞きたくない」そう言うカミーユに

「お兄様……」フローラは決意を告げる。

「ファウエル様のそばでお手伝いをしたいと思います」

 カミーユは大きくため息をつき

「お前のことだから、そう言うと思ったよ。だが、それは所詮同情だ。同情から何かが産まれることはないんだよ。わかるな?」

「はい。ファウエル様を一人にできないこの気持ちが同情であることもわかっています。それでも、今のあの人を一人にはできません。きっと、サイモンもわかってくれます」

「だといいがな……」


 その後、二人はエイデン伯爵夫妻と話をすることにした。

 フローラの決意を聞き夫妻は、特に夫人は大層喜んだ。

 しかし、これは彼が落ち着くまでの措置であって、婚約の話は受けられないこと。

 フローラは、ゆくゆくはサイモンと結婚したいと、真剣に思っていることを告げ、それでも良ければという条件を突きつける。

 夫人は少し難色を示すも、伯爵が「それでもありがたい、息子も少しは気持ちが明るくなることだろう」そう言って安堵したように笑ってくれた。

 今日のところは一旦アボット邸にカミーユと戻り、また明日改めて来ると約束しエイデン邸を後にした。




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