女子大生な幼馴染とラーメン食べて帰ったら後輩女子な幼馴染が嫉妬してたんだけど「嫉妬したくないです」とはこれいかに
うー、ほんと寒い。空を見るとちらちらと雪が降りている。
今夜は積もるかもなあ。明日は土曜日だからまあいいけど。
ともあれ、家に帰れば澄子が居ると思うと寂しくはない。
澄子こと伊勢澄子。
小学校三年からの付き合いでなんだかんだで先輩後輩として長く付き合って来た。
なんでも俺を追ってはるばる関東の外れの大学を受験したらしい。
俺が大学三年生の春に告白されて交際歴半年以上。
昔から物静かで気遣いの細かい礼儀正しい子だったけど、彼女の性格もあって良好な関係を築けている。
「ただいまー、澄子」
玄関の明かりをつけて靴を脱ぐと、
「おかえりなさい、正和先輩」
あったかそうなフワモコなパジャマで出迎えてくれた澄子が可愛らしい。
深夜1時を周りそうな時間だからか目元がしょぼしょぼしている……が、あれ?
「ひょっとして疲れてるか?」
表情が優れない。
「疲れてないです」
ん?いつもなら「疲れてないですよ」と柔らかく返事が返って来るのに。
言い方が微妙にそっけない。不機嫌そうにすら感じる。
「えーとさ。間違ってたら悪いんだけど……不機嫌にさせちゃったか?」
澄子はいい子なんだけど色々ストレスをため込む癖がある。
むしろ、いい子だからこそストレスをため込んでしまうといえようか。
「別に不機嫌じゃないです」
やっぱり不機嫌だ。
しかし、理由は……と考えて思い当たるところがあった。
あー、そういうことか?
◆◆◆◆二時間前◆◆◆◆
「もしもしー、カズ。ちょっとラーメン食べに行かない?」
電話越しに元気な声が聞こえてきた。声の主は美濃由紀。
澄子より少し付き合いが古く、俺が小一の頃から見知っている。
奴とは本当に偶然志望校が一致して今まで仲良く友達をやっている。
長身でやや胸は大きめで、澄子が可愛いとするなら由紀は美人系と言ったところ。
昔から男子人気がある奴で当然のごとく彼氏がいる。
快活な性格なので男としても付き合いやすい。
「いいけど。ちょっと待ってくれ」
いかに昔からの付き合いといえど男と女。
最愛のカノジョにちゃんと大丈夫かは聞いておかないと。
「澄子ー、ちょっといいか?」
トントンと彼女の部屋の扉をノックする。
2DKのマンションに同棲していて別々の部屋で寝ている。
「どうしたんですか?正和先輩」
扉の向こうから鈴を鳴らしたような声が返って来る。
「久しぶりに由紀の奴からラーメン食べに行かないかって誘いがあって」
「毎回気を遣わなくても大丈夫ですよ。気を付けて行って来てくださいね」
「ああ。最近寒いからな」
「それと、由紀先輩にもよろしく言っておいてください」
「ああ。言っておくよ」
澄子にとっても姉貴分だから、こういうことだってよくある。
澄子も一緒に行きたいんだろうけど、ラーメン苦手だし小食だしなあ。
(コンビニでアイスの一つでも買ってこよう)
そう思って家を飛び出ていつものラーメン屋へ自転車を走らせる。
「いやー、やっぱり「ごうや」のラーメンは美味い」
由紀と隣立って麺をずるずるとすする。
深夜の寒さに暖かいラーメンのスープは最高。
「背油ちゃっちゃ系なのにあっさりなのがいいよねー」
俺よりも少し大人しめに麺をすする由紀はなんだかんだ言って女性だ。
いや、なんだかんだという言葉も少し失礼だけど。
「そういえば、澄子が「由紀先輩にもよろしく」だとさ」
澄子からの言伝。
「そうそう。それも聞きたかったの。澄ちゃんとうまくやってる?」
由紀は昔から少々お姉さんぶるというか、こういう世話の焼き方をしてくる。
「うまくやってるって。性格の良さは折り紙付きだし」
時々その辺が心配になる原因でもあるのだけど。
「そこはわかってるの。あの子にストレス溜めさせるようなことしてない?」
微妙に疑わしげな眼つきで見つめられる。
俺、信用ないのね。
「さすがに澄子の性格はわかってるって。俺なりには気を遣ってるつもり」
澄子はいい子でいようとする余り、人間関係で色々我慢することが多い。
影でも誰かのことを悪く言いたくないタイプで、そのせいで昔から人知れず泣いてることも多かった。
昔から「お兄さん」「お姉さん」として彼女の話を聞くことが多かった。
そんな俺を慕ってくれたのが好きの始まりだとか昔聞いたことがある。
「だったら、今日は澄ちゃんに言ってから出てきた?」
「それは当然だろ。そっちこそ彼氏にちゃんと言って来たんだろうな」
逆に由紀の方が俺が男と忘れてるんじゃないかと時々心配だ。
「もちろんよ。トッキーはその辺寛容だし」
「ならいいんだけどな。意外と裏で嫉妬心をメラメラと燃やしてるかもよ」
「それ言うなら澄ちゃんも裏で嫉妬してるかもしれないよ?」
「ない……と言い切れないのが辛いとこだな」
過去に友達と一緒に遊んだ時のことだった。
その時は他の面子が男1, 女2という感じで二人っきりではなかったのだけど。
遊んで帰ってきたら微妙に不機嫌そうだったのを覚えている。
だからといって何か出来るわけじゃなくて、お土産買うのが関の山なんだけど。
「澄ちゃんも割り切れたら楽なんだろうけどね」
「由紀も分かってるだろ。なまじいい子だから、嫉妬を悟られたくないんだろ」
「男子的にはそういう嫉妬はむしろ大歓迎でしょ?」
「お前が男子を語るか。まあ否定できないけど」
浮気を疑われるのは困るけど、妬いてくれるくらいならむしろ嬉しい。
だって、それだけ好きな証でもあるし、独占欲のあらわれでもあるわけだし。
さて、そうこうしているうちにラーメンを食べ終えた俺たち。
長居するわけにもいかないので、さっさと外を出たら解散。
「またねー」
「ああ、またなー」
お互い自転車で別の家に向かって帰る。
こういうさっぱりしたのが俺たちの関係。
◇◇◇◇現在◇◇◇◇
(ひょっとして、由紀に嫉妬した?)
家を出る時の声は普通だったように見えたけど。
あの時も抑えてたのかもしれないし、あるいは一人になったとたんに妙に寂しくなって色々考えてしまったのかもしれない。
「そうそう。アイス買って来た。一緒に食べようぜ」
コンビニ袋に入ったアイス二つを見せてダイニングへ一緒に歩いて行く。
これで機嫌治してくれればいいんだけど。
「……由紀先輩とどんなお話してました?」
言葉だけだと普通の話なんだけど、いつもよりトーンが低い。
まだ不機嫌らしい。
「ちょっとした世間話と澄子のことかな」
「私のことですか?」
「俺がなんか無神経なことやらかしてないか姉貴分として心配だってさ」
ちょっとおちゃらけてみる。
「先輩は……別に無神経なんて。むしろ昔から気を遣ってくれますし」
あれ?なんだか落ち込み始めた。
嫉妬して怒っていたんじゃないのか?
「私の方が色々ダメダメだなあって……なんか情けなくなって来ます」
ちょっと待て。なんだか目から涙がポロポロこぼれてくるんだけど。
嫉妬じゃないとすると自己嫌悪の方か?
でもなんで自己嫌悪する必要が?
「あのさ……嫉妬してたんじゃないのか?」
「嫉妬したくないです」
また出た。澄子のややこしい癖だ。
自分の中の感情を認めたくなくてこういう言い方をすることがある。
「別に嫉妬してくれていいんだって」
「でも……どう考えても勝手に嫉妬する私が悪いです」
「断りは入れたけど二人で会って欲しくないならやめるし」
あいつとの友達付き合いも大事だけど、澄子を悲しませてまでやることじゃない。
「それも嫌なんです!」
「理由聞こうか」
「だって……由紀先輩も私にとってはお姉さんみたいなものですし」
「それで?」
「私のせいで不仲になるとか嫌です。二人には仲良くしてほしいです」
「別にそれくらいで不仲になったりしないって」
こういう面倒くさい面は昔からだった。
だから、今更戸惑ったりはしないんだけど、どうしたものか。
「……すいません。ちょっと頭冷やして来ます」
「ちょっと待てって」
「2時間くらいふらついたら帰りますから」
「ほら。せめてコート羽織っていけ」
「……ありがとうございます」
泣き顔に少しだけ嬉しそうな顔をして出て行ってしまった。
ほとぼりが冷めるまで……というには外は寒いし、俺も後を追うか。
こんな性格もわかってて付き合い始めたんだし今更か。
もう何度やってるのかと自嘲しそうになるけど。
(さて、どこに行ったのやら)
いつもの場所だろうか。
◇◇◇◇
「はあ。またやっちゃった……」
最寄りの公園のベンチで私は一人俯いて凹んでいた。
内心ではわかっている。私は結構嫉妬深いんだって。
でも、先輩は私にはもったいないくらいのいい人だし、それに由紀先輩も。
元々、お兄さんお姉さんのようなものだからなおさら二人には仲良くして欲しい。
嫉妬しないように出来ればいいんだけど、いつもうまく行かない。
そして、毎回のようにこうして先輩に心配をかけてしまっている。
「なんで嫉妬なんて感情があるんだろう」
由紀先輩と遊びに行く先輩を笑って送り出してあげられれば一番いいのに。
どうにもうまく行かない。
「しかも、先輩が探しに来てくれるの期待しちゃってるし」
超絶面倒くさい女だ。私。
拗ねて、先輩に構ってもらおうとするムーヴを無意識にやってる気がする。
なんで先輩はこんな私を好きでいてくれるんだろう。
先輩は私が「いい子」だって言ってくれるけど全然そんなことない。
素直に「今日は行かないで欲しい」って言える方がよっぽどいい子だ。
(そして……)
きっと、いつものように先輩はここに来てくれるんだろう。
どれだけ先輩に手間かけさせてるのかといつも自己嫌悪だけど。
そうしてくれた時には嬉しくなってしまうんだろう。
「そろそろこの無駄なループから抜け出さないとって思うんですよ、先輩」
ベンチの後ろから徐々に近づいてきた足音。いつもの先輩のだ。
「別にいいんじゃないか?昔からそういう面倒くさいところあっただろ?」
少し笑った声でそんな事を言われてしまった。
面倒くさい、か。でも、そう言ってもらってほっとしたかも。
「そうですね。私、たぶん面倒くさい子なんですよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
まだぐずぐずと泣きながら、でも少しだけ笑ったような声がかえってきた。
「そうそう。面倒くさい子だ。本当に」
ベンチの隣に静かに腰を下ろす。
「でも、先輩に面倒くさい子とか言われると少しイラっと来ました」
イラっと来た、か。
「いいじゃないか。そうそう。俺にイラっとしてもいいんだぞ」
少し噴きそうになった。
「え?何かおかしいですか?」
「いや、澄子さ。初めて俺に「イラっとした」って言っただろ」
「あ。言われてみれば。でも、なんで?」
「澄子は俺になかなか感情ぶつけて来てくれないだろ」
「好意はその……いつも伝えてるつもりですけど」
少し赤い顔が可愛らしい。
「それはもちろんだけど。不機嫌だってぶつけて来てくれていいんだぞ」
「でも……先輩を傷つけたくないですし」
「それくらい受け止めてやるから。もう何年の付き合いだと思ってるんだ」
それも本当に今更なんだけど。
誰に対しても怒れない澄子が初めて怒りをぶつけてくれたのなら嬉しい。
「ああ……そうか。私、イラっと来てたんですね」
「それでいいんだって。世の男女でちょっとした諍いくらいよくあるだろ」
「なんか。そういう事自体がいけないんだって思い込んでました……」
はっと何かに気づいたような声。
「澄子もさ。頭ではわかってたんだろうけど。ちょっとすっきりしたか?」
「むう。先輩に何もかも見透かされてる気がするのヤです」
「いやー。澄子の事は昔から見てるし。そういう厄介なところも知ってるから」
「私。もっとスマートな女性になりたいなーって思ってるんですよ」
「澄子には無理だから諦めろ。そういうのも含めて好きになったんだぞ?」
本当に可愛らしいなと思いながら髪の毛をそっと撫でてやる。
「あの……しばらく撫でて欲しいです」
ようやく機嫌が治ったのか、甘ったるい声でこちらにもたれかかって来た。
割とコロっと機嫌が治るのもいいところだ。
内心、チョロいと思ってるのは言わないでおこう。
というわけで、しばらくして公園を後にしようとしたところ。
「あの……家に帰ったらお願いがあるんですが」
「うん?どうした?」
「今夜はその……ちょっと色々して欲しいなと」
やけに潤んだ瞳で見つめられる。ああ、そういうこと。
「澄子も妙な性癖があるんだから」
こうやって不機嫌になって宥めた後、澄子からこう言ってくることがある。
「喧嘩の後のなんとかは燃える……というやつかもしれないです」
と以前に言われたことがある。
「性癖とか言わないでください!」
「はいはい。性癖、性癖」
「もー、いくら先輩でも怒ります!」
「そうそう。怒っていいんだぞ」
こうして、よくある痴話喧嘩ですらない一幕が終わったのだった。
その夜は……まあ、色々激しかったけど、それは別のお話。
冬のちょっとした一幕でした。
テーマは「自己嫌悪」と「面倒くさい子」でしょうか。
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