《日曜日・③》
「うわぁ……やっぱり真下で見ると大きいねぇ……」
この付近の避難も完全に終わり、静寂に大気が渦巻く音が不気味に響く中。
私は修学旅行生のような感想を思わず挙げてしまった。
「高さ634メートル、重さ約4万トン……正真正銘、国内最大の建造物だしね」
バスガイドのような解説を述べながら、高崎さんは右手を上空に掲げる。
直後、2度、3度と高崎さんの周辺の大気が激しく震え、
みしり、みしりとスカイツリーの根本が埋もれるように軋んでいく。
「っとと……。 高崎さん、またさっきの引力を飛ばしたの?」
「ええ。これで小惑星の落下点はこちらにずれたと思う。
後はこの建造物を射出して小惑星にぶつければ……」
「これ全体を飛ばすの?それだとビルを飛ばすのと変わらないような……」
「正確には、この建造物の中心だけを飛ばすの」
高崎さんが調べた情報によると、スカイツリーには網目のように伸びる外殻の中、
中心部に心柱と呼ばれる巨大な円柱があるらしい。
「外殻をコイルに見立てて、磁力を通して心柱を射出して、そして小惑星を……」
言いながら、高崎さんの身体が、表情が小さく震えているのがわかる。
その手に握られたトランシーバーから、悲痛にも似た怒声が響くのが聞こえる。
「高崎さん……それ、『世界の偉い人』?」
震えを大きくしながら、彼女は黙って頷く。
私の思い付きで世界を救うプランが崩れてしまったのだ、
トランシーバーの向こうの人たちも気が気でないだろう。
「――高崎さん、貸して!」
思わず私は高崎さんの右手からトランシーバーをひったくり。
「あー、あー。世界の偉い皆さま――ごめんなさい!!
私と高崎さんで何とかやってみるけど、失敗したらほんとごめんね!!」
一息でそこまで叫ぶと、明後日の方向にトランシーバーを放り投げた。
「……高崎さん」
ぽかんとした表情で見つめる彼女を見つめながら、その両手を握る。
「……成功しても失敗しても、まずはあの人たちに謝らなきゃね?」
彼女の両手から暖かな熱が籠るのを感じる。
そして、その手が強く握り返されるのを感じる。
「――ええ、一緒に謝りましょう」
「……だけど、トランシーバーの弁償費用はあなたが出してね?」
はにかみながらそう言い、高崎さんは両手を離しながら踵を返す。
そして日本最大の建造物に挑むように、大地へと強く両足を踏みしめた。
【世界滅亡まであと30分】
・
真昼なのに空は嘘のように暗くなっていて。
見上げる先には、世界の終わりが確かに迫っているのを感じる。
「――はぁ……っ、 はぁ……っ」
「た、高崎さん……大丈夫?」
「……えぇ、大丈夫。 あなたは……そこで応援していて」
「う、うん。 がんばれ、高崎さん……!」
高崎さんがスカイツリーに磁力を通し始めてから、既に10分近く経過していた。
外殻に通した磁力の力で心柱を地中から引き抜き、隕石が肉眼で見えるまで保持し、
そして狙いをつけて一気に射出する……そんなプランだったけど。
「手応えはあるの……もう少し、多分もう少し……」
――地下50メートル。
4万トンの重量を支える基礎は世界樹の根よりも深く強く、
高崎さんがいくら念じても、大気が揺れるだけで心柱はびくともしない。
「高崎さん……がんばれ……がんばれ……」
同じ言葉しか言えない声が弱々しくなってしまっているのが自分でもわかる。
どんどん暗くなっていく空に気持ちが押し潰されそうになるのがわかる。
そしてそれは、高崎さんも同じだった。
「――ッッ!! ……はぁ……、はぁ……っ」
さっきまでとは違う、明らかに弱々しい大気の揺れを感じた後。
高崎さんが片膝を立てて大きく体勢を崩すのが見えた。
「高崎さん!」
慌てて駆け寄って彼女を抱きとめる。
その呼吸は乱れ、顔からは尋常でない量の汗が噴き出している。
「た、高崎さん、少し休もう? このままじゃ高崎さん……」
「休んでる暇は無いわ……もうすぐ小惑星が堕ちてくるのが見える。
――不甲斐ないわね。世界の命運を託されてるのに、こんな……」
彼女の汗に混ざり、違う液体が頬を伝いぽたぽたと落ちるのが見える。
思わず彼女を更に抱き締めながら、黒く淀んだ空模様を見上げる。
隕石は既に加速度を上げて落下しており、もはや高崎さん1人の力では従来の作戦通りに押し返して速度を落とす事すらままならない。
後は隕石を破壊するしか無いが、その為の仕掛けが全く動いてくれない。
このままだと何もできず隕石が落下して、私も高崎さんも、世界のみんなも……
"世界が滅びる理由は愛だと思うし"
不意にそんな言葉が頭をよぎる。
私が思い付きで書いた、何の意味もないポエム。
私が思い付きで高崎さんを振り回して、高崎さんを余計悲しませて、
そして……その詩の一文どおりに世界を滅ぼそうとしている。
「高崎さん、ごめん、なさい……私が変な事言ったばっかりに……」
「……私もそれに乗ったんだからお互い様だわ。だから一緒に謝るんでしょう?
ほら、危ないから離れて。まずはあの心柱を何とかしなきゃ」
ふらふらと立ち上がりながら彼女は両手を心柱へと向ける。
私はそれを見届ける覚悟すら足りず、無様にも彼女にしがみつき続ける。
「だめだよ高崎さん、これ以上やったらほんとに死んじゃう!」
「ちょ、ちょっと、離れてよ、ほんとに危ない――」
「やだ、やだぁ! ――高崎さん、高崎さん――っ!!」
叫びながら彼女を一際強く抱き締めた瞬間。
「――――っっ!!?」
まるで抱き締めた両腕から彼女と繋がり、ひとつになったかのような錯覚と共に。
爆発でも起こったかのような激しい大気の揺れと、
巨大な心柱の根元が大地ごと大きく強く軋む音を感じた。
【世界滅亡まであと15分】