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《金曜日、土曜日》

雨がしとしと降り続ける金曜日。

高崎さんは学校を休んでいて、既読マークも相変わらず着かないままだった。


「どうしたの結乃~?昨日までと違って全然元気ないじゃん~?」

「うぅ~ん……昨日色々あってね……今日はもうだめ……」

「らしくないぞ結乃選手~!これ食べて元気出しな~!!」

「うぅ~……ありがと~……」


まるで餌付けされるウサギのように差し出されたカロリーメイトを頬張る。

いつも高崎さんが食べてた、プレーン味のカロリーメイト……


「うぅ~……やっぱだめ~……」

「結乃選手~~!!」



結局その日はクレープ屋にも行けず、

夕食に出された大好物のトンカツも1枚しか食べられずに、

私はベッドに寝転がりながらひたすらスマホを弄っていた。


「私なにか悪いこと言ったのかな、お願いだから返事してよぉ……」


無機質なトーク画面に祈りを込めながら、ひたすら文字を打ち続ける。


[それでね高崎さん、今日はなんと夕食でおかわりもしなかったし]


[明日、一緒にクレープ屋に行かない?]



「うわあぁぁ!!??」


突然の反応にスマホを落としかける。

気付けば今までの言葉に全て既読マークが着いている。


[高崎さん、生きてた!?]

[って、クレープ屋?]


[生きているわよ]

[あなたが言っていたクレープ屋、案内してくれないかしら]


明日は土曜日、いつもの事だけど特に用事もない。

高崎さんが生きていた事、それに突然のお誘いに、興奮しながら文章を叩く。


[もちろんいいよ!何時集合にする?]

[ってか高崎さん何食べたい?私のおすすめは――]



カーテンを閉める事すら忘れていた窓から差し込む月明かりを目元に感じながら、

私は夢中で1日ぶりのお話を楽しみ続けた。




【世界滅亡まであと2日】





「あ、いたいた! ごめん高崎さん、待った~~!?」


様々な想いが交差しながら混雑する上野駅の改札口。

見事に寝坊した私はラブコメの主人公のような台詞を叫びながら駆け付けた。


「……30分くらい待ったけど、あなたとLINEで話してたから気にならなかったわ。

 それよりもあなた、その格好……」

「寝坊しちゃったしなるべく速く駅まで走れる格好がいいかなって……

 と言うか高崎さん可愛い!まるでこれからデートするみたい!!」


高崎さんは深紫のワンピースにベージュのストールがあしらわれた、

まるで中東のお姫様のような装いで私を待ってくれていた。

対する私は学校指定の赤ジャージで全身を包んでおり、

相対した瞬間まるで美女と野獣のような様相を辺りに漂わせている。


「……デート、では無いけど余所行きの格好はしたつもりよ。

 あなたは……それが余所行きの格好なのかしら?」

「あー、いや、うん……ごめん!着替えてくる!!」

「いいわよ別に!……そのままでいいから、早く行きましょう?」

「うん、ごめんね!次はちゃんと可愛い衣装着てくるから!」


柏手をついて拝み倒し、そのまますぐに高崎さんの手を引いて駆け出す。

いつも歩いていたいつもの店までの道のりが、今日だけは特別に輝いて見えた。




「……あれ……」


そうして辿り着いたいつものクレープ屋には、

そこそこの確率でいつも見掛けるシャッターが閉まってしまっている。


「……休日、みたいね……」


「そう……だね……」


確かにそこそこの確率で閉まっているのは分かってるつもりだった。

でも、何も今日閉まっている事はないじゃない。


「今日はレインボーフルーツクレープの気分……じゃなくて!

 ごめんね……せっかく高崎さんが誘ってくれたのに……」

「…………残念だったわね。これから、どうしましょう」

「え、えーっと、えーっと……」


(……今日こそ、今日こそ高崎さんとクレープが食べられると思ったのに……)


正直なところクレープの事で頭がいっぱいで、この後の事は何も考えてなかった。

だけどこのまま、高崎さんと別れるわけには絶対にいかない。


「く、クレープじゃないけど、ここでいつも食べてるタコ焼きもお勧めなの!」


両眼をぱちくりさせて叫びながら、再び高崎さんの手を取って駆け出す。


気恥ずかしくて高崎さんの顔はとてもじゃないけど見れなかったけど、

繋いだ手は僅かに握り返してくれたような気がした。





「確かに美味しかったけど、あなたはいつもこれを食べてたのかしら……?」


噴水が連なる上野公園の大広間のベンチの上で。

タコ焼き、お好み焼き、大判焼きのフルコースを辛うじて食べ尽くした高崎さんはお腹を押さえながら私の隣でうずくまっていた。


「1日で全部食べる事はあまり無いけど……でも美味しかったでしょ?」


メロンパンを頬張りながらベンチに投げ出した足をぶらつかせる。

噴水の側では小さな2人の女の子がはしゃぎ回り、両親であろう男女が遠目に見守っている。


「まあ、ね」


深く呼吸するように短く答えて、高崎さんは空を見上げる。

つられるように見上げた先には、白く大きな雲が静かに流れていた。


「それにしても、こんなに誰かに振り回された1週間は初めてだったわ。

 あなたは誰に対してもこんな感じなのかしら?」

「えへへ……いやまぁ、家では一応お姉ちゃんだし、そのせいかも」

「――あら、初耳ね」


勢いで話してしまったが、妹が居た事は事実だった。

私が3歳の頃に死んじゃったらしくて、ほとんど記憶は無いんだけど。


「高崎さんは何月生まれだっけ?」

「3月生まれだから誕生日は来月ね」

「じゃあ今は私の方が年上だね!お姉ちゃんに何でもわがままを言いなさい~!」


今は妹は居ない、なんて事情までは話す事もなく、今だけはお姉ちゃん風を吹かせる事にする。



「そう、ね……それじゃあ」


「――――。」


高崎さんは何か小さく呟きながら、目線を空から足元に落とす。


「んん~? なになに、聞こえなかったからもう1回言って~??」

「――いえ、なんでもないわ」


我ながらうざったいほどに頬を摺り寄せる仕草に構わず、

高崎さんは小さく、小さくぽつりと言葉を漏らした。



「……んん? 高崎さん? ……やっぱり、クレープが食べたかった?」

「えぇ」

「じゃあ今度また行こうよ!何なら明日でもいいしさ!」

「……えぇ」


肯定とも否定とも言えない返答が、風のざわめきに流されて消えていく。

私もそれ以上は聞き直せず、メロンパンの残りを食べながら雲を見つめ直す。



噴水が大きく噴き上がり、子供たちが歓声を挙げるなか。



「――高崎さんは、死について考えた事はある?」



唐突にそんな問答が二人を包む静寂の中に浮かび、そして泡沫のように消えた。





「私は……いつも考えていたわ。あの教室の隅で座っていた時も、

 そして今ここで座っている時も、ずっと……」

「そ、そうなんだ」

「あなたはどうなのかしら?あなたがLINEで見せてくれた詩には、

 それこそあなたの死生観が宿っているように思えたわ」

「い、いや……そこまで大層なものでは……」


私の書いたポエムなんて、それこそ思い付きで書いただけの只の戯れだ。

高崎さんの望んでいるような想いは込められていない。


「…………。」


ざあ、と一際強い風が通り抜ける。


(おとといと同じ――私の軽率な問答が、彼女を傷付けている)



「ね、ねぇ、どうしたの、高崎さん……。

 何か変だよ。まるで本当に高崎さんが死んじゃうみたいに――」

「――その通りよ」

「え、なに、どうして……」


メロンパンを握り締めたまま、どんどん顔が青ざめていくのが自分でもわかる。

空を流れていた雲はいつの間にか暗く重く太陽を隠し、

子供たちの喧騒も、子供たち自身や両親の姿も既に無くなっていた。



(こんな話をしたいわけじゃないのに)


「明日私は死ぬの。だからクレープ屋にも行けないわ」


(私はただ、高崎さんとクレープが食べたかっただけなのに)


「どうしてそんなこと言うの!?考え直してよ、死ぬなんてやだよ、高崎さ――」


「私が死ななきゃみんな死んじゃうんだから仕方ないじゃない!!!」



(どうして、こんな――)



ぽつり、ぽつりと落ちる雨粒が地面を黒く染めていく。


「あ――」


まるで拒まれているかのように近付く事もできず立ち尽くしていると、

高崎さんは我に返ったかのように呆けた声を出し、そのまま走り去ってしまう。



「高崎さん、どう言う事なの……? 意味わかんないよ……」


やがて本降りとなった雨が髪やジャージを容赦なく濡らし続けても、

私はしばらくその場から動く事ができなかった。





その日は夕食も食べられぬまま部屋に閉じ籠って。

泣きながら既読マークが着くだけのLINE画面に話し続けて、

いつしか泣き疲れて眠ってしまって。




[お願い、今すぐ逃げて]

[なるべく早く、なるべく遠くに逃げて]




真夜中のそのメッセージに私が気付いたのは、

翌朝の遅い時間になってからの事だった。




【世界滅亡まであと1日】

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