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隣にいるのは、君がいい。  作者: ゆめおい しん
第1章 日常から
4/5

言葉のナイフと綻び

「はーる!いっしょにかーえろ!」

幼い園児が他の園児に『いっしょにあーそぼ!』と遊びを誘うテンションに近い空の言葉。それを面白く感じて笑みをこぼしながらも晴は『うん』と頷いた。

のだが…。周りの視線が驚くほどに痛い。

それもそのはず。新学期早々、空と同じクラスになって喜んだ男子達からの妬み嫉みが含まれた目線は数多く。

(本当…ただの幼馴染なのにな)

ただただ隣に住んでいるというだけ。


ただただ『幼馴染』というだけ。


それ以外の関係の何ものでもない。

『いつか』、『今度』。都合の良い言葉を探しては自分に理由を突きつけて逃げる。そんなことばかり繰り返していることにうんざりし始めていた。



「担任の先生、立岩たていわ先生だったね」

「テニス部多かったから薄々顧問の立岩かなって思ってたら予想的中…」

「晴、凄くこき使われそうだね」

帰り道、川にかかった橋の上。交わることのない影が2人の距離の大きさを際立たせる真昼間。

「帰ったら何する?」

「ゲーム!どうりんやりたい!」

晴と空は最近発売されたゲームの話題で盛り上がる。早帰りで部活のない日は一緒に帰り、晩ご飯の時間まで共にすることが多い2人。付き合っていると周りから間違えられることは少なくない。

「着替えたら晴の部屋行くね〜。」

「ん。」

相変わらずの関係は捨てきれないほど大切で、時に残酷である。


玄関先で空と別れ、晴は『ふぅー』と一息ついた。久々のネクタイによる首元の締め付け感が嫌になり、靴を脱ぎながら緩めて解放する。部屋まで来ると勉強机に荷物を置いた後、クローゼットに手をかけた。そして身近にあった部屋着を取り出して着替える。

「…………」

自分の心が浮き足立っているのがわかる。

床にゴミは落ちていないか、ベッドは綺麗にしているか、まずはこの2つのチェックを済ませた。今度はリビングへ移動し、飲み物とお菓子の用意は周到か確かめる。目に見えない匂いさえも気になった。

それだけ好きな人に自分を良く見せようとしている。

(本当…俺って空のこと好きだなぁ…)

なんて思いつつ、最終確認を終えた。

「……よし!」

「『よし』って何が?」

「うわっ!」

唐突な独り言に対する返しに晴は身体をビクつかせる。

「え……そっ空…早くない? いつの間に…」

気づけば、ちゃっかり空はリビングにいた。

「着替えるだけじゃん。ちゃんと『お邪魔します』って言ったよ?」

「いや、別に黙って入ってきてもいいけどさ!」

口から飛び出るかのような勢いで脈を打った心臓を落ち着かせるべく胸を撫でる。

「先に部屋行ってて。空、なに飲みたい?」

「晴と同じやつ!」

「じゃあほうじ茶」

「チョイスが渋いね」

空はクスクスと笑みを浮かべながら、晴の部屋へと階段を上った。


「いっせーのーで!」

《ドサ!》

「………」

我が物顔で晴のベッドを占拠する空。気を遣ってベッドを綺麗にしても意味がないことを完全に忘れていた。

「…晴の匂いがする〜」

「っ……嗅がないでよ…」

クンクンと枕に顔を埋めて足をバタつかせる空の行動に、羞恥心で晴の顔の温度が上昇する。

「………落ち着くんだよねー」

(人の気も知らないで…)

口をムグッと硬く結んで片頬を軽く膨らませた。呑気に空はゴロゴロと寝返りを打ち、スマホを見ている。新しくできた友達とSNSでやり取りでもしているのであろう。

(ほんと…意識されてないなぁ俺…)

ショートパンツから覗く白い太腿ふとももに眼がいってしまいかけるのを堪えて、ローテーブルに持ってきたほうじ茶を置いた。

「昨日緊張で眠れなかったから寝れそう…」

「え…それはさすがに…!」

(無防備すぎませんか!?)

自由気まま、マイペースな幼馴染の身体を揺するが数秒後には規則正しい寝息が静かな部屋で繰り返された。

「………空…」

振り回されっぱなしな状況と秒で眠る空の凄技に『あはは…』と笑う晴。仰向けで堂々と呼吸を繰り返す彼女を起こそうとも思ったが、あまりにも気持ちよさそうに目を瞑っているので暫く眺めていようと決断する。

(……寝顔…)

朝、学校で悟に言われた言葉を頭の中で反芻した。

『島崎さんがこの前、晴の寝顔は幼くて可愛いって部活の休憩時間に言ってた』

(いやいや…なに勝手に人の寝顔見てんの…? しかも俺のいないところで何言ってんの…?)

精一杯の仕返しを込めて、白くて柔らかい頬を軽くつまむ。それに反応するかのように空は声を漏らしたが、起きる気配は一切ない。そして晴は桜色の唇を直視した。


『ねぇ、はーる。キスって知ってる?』

幼い頃、空が唐突に晴に問うた言葉。

『知ってるよ』

『好きな人とすることだって、ママ言ってた』

初めて得た知識は何でも試したいと思ってしまう、そんな年頃。ファースト・キスなどという概念は脳内に無くて…。


(………俺の前で寝た空が悪い…)

ゆっくりと空の顔の横のベッドに手をつき、顔を近づけた。心臓は異常なまでに鼓動を打つ速度を速めていく。

《チュ…》


晴は先ほど摘んだ頬にキスを一つ落とした。


「……っ…」

(うわー!うわー!!!)

頭の中に形成された罪悪感に苛まれ、軽くセットした髪をクシャクシャとさせた。

子供の頃、何も知らなかったとはいえ、唇と唇を重ねた自分に尊敬する。キスの意味、その欲求の理由、相手への気持ちを知ってしまった今は到底できそうにない。

「………うぅ…」

プシューと音が鳴りそうなほどに顔が赤くなってしまう自分の女々しさに呆れながらも、気持ちを落ち着かせようと近くにあった小説に手を伸ばした。



それから数時間という時が経ち。

「……ん…っ! え!? 私、寝てた!?」

「おはよう」

「ごめん!晴!!ゲームしようって約束してたのに…!」

慌てて起き上がり、まだ脳が起きていないのか挙動不審な動きをする空。

「今何時?」

「6時くらいかな? そろそろご飯で呼ばれるんじゃない?」

「うっわぁ……私って最低…」

「久々の学校、気疲れしたんじゃない?」

クスクスと笑みを浮かべて『ボサボサ』と言い、晴は空の頭を優しく撫でた。

「っ……自分で整えるよ…?」

「そう?」

昔に比べて長くなった色素が薄くて茶色い毛。そんな髪も、陶器のようにきめ細かくて綺麗な肌も、手も足も、身体全体、そして心も。

(全部…俺のものになればいいのに…)

意外に独占欲の強い自分に驚きつつ、それでも意図的な男アピールが出来ない自分を嘲笑いながら髪をかす空を見ていた。

「………晴って…変なところ天然タラシだよね…」

口を尖らせて言う彼女の言葉に、首を傾げて晴は自分の行いを見直す。

(っ…もしかしてキスした時…起きてた…?)

ドッカァと顔が再び火照るのを思い出し、視線を泳がせた。

「……私には別に良いけど…他の人には簡単に触っちゃダメだよ? 気持ち悪がられるから」

予想外の言葉に眉をヒクヒクとさせ、『言われなくてもわかっている』という心の中に現れた言葉を言わずに放置した。だが、数秒考えて…。

「あれ…?じゃあ…空は気持ち悪いって思わない…の…?」

と、不思議に思ったことを問いただす。

「今更じゃない? 幼馴染なんだから」

「………確かに。」


『幼馴染なんだから』


その言葉がいつか別のものになる日は来るのだろうか。片想いは辛くむごく切ない。


気を取り直して、残りわずかとなった2人でいる時間を満喫しようと晴はゲーム機を取り出す。しかしその時、空の声では聞きたくない言葉が耳に入った。

「あ、でも…好きな子と両想いになれたら節度を保ってイチャイチャすれば良いと思うよ!」

「……え?」

「坂木くん言ってたもんね。晴、好きな子がいるって。どんな子?」

身が八つ裂きにされるような体感。『空だよ』とたった一言だけ言えればいいのに口が思い通りに動かなかった。

「可愛い子? 同じクラスになれた?」

ニコニコした表情で、そう訊かれる。

「………」

「なになに? 幼馴染の間柄に秘密は禁物だよ! 晴、わかりやすいから隠し事はすぐにわかるんだから!」

(じゃあ、察してよ…。)

心の奥底から湧き上がる苦しみと悲しみ。それが身の内を削って放たれる前に、その話を終わらせようと考えた。これ以上踏み込んで欲しくなかった。

「………あ!女子テニス部のスタイルいい子とか!学年で可愛いって噂の子とか…! あ!もしかして玲奈とか…」

「うるさい…」

「っ……」

グイッと腕を引っ張って、ベッドから床へ空を移動させる。


もう何もかもどうでもいいような気がした。


これは1人で闘う負け戦。同じ土俵に相手の姿はなく、他の人との恋愛を応援されるという何とも残酷な彼女のスタンス。

「………空に関係ある…?」

「だって…私は…晴の…」

「俺の幼馴染…だよね。」

「うん…だから…!」

「ただの幼馴染……。空に、俺の恋愛なんて応援される筋合いない。」

今までずっと一緒にいて、あまり見たことのない晴の憤怒に満ちた面構え。いつの間にか晴は空よりも力は強くなり、背丈は伸び、声は低くなっていた。

(晴は……いつも私をおいていく…。知らないうちに好きな子を作って…知らないうちに男の人になる…。)

それは空の胸の内。

「…晴は……私の…幼馴染で……私だけの…大切な…」

「………もう黙って…」

ジクジクと痛む胸。苛立ちに突き動かされるがまま、思ってもないような言葉が口をついて出る。

「……空のそういうところ…嫌い。」

冷たく言い放った言葉は身体の内側に戻すことなど出来なくて、ハッとなって顔を向けると大好きな幼馴染は大粒の涙を浮かべて立っていた。

「あ…ごめ…」

「もう晴なんて知らない…。晴のバカ…」

涙を零す前に、空は走り出す。勢いよく晴の部屋の扉を開けて階段を下り始めた。

「……待っ…!」

そこで漸く放心状態から我に帰った晴は空を追いかける。

「ついてこないで!」

概ね、いや完全に自分が悪いと思った晴は謝ろうと躍起になって空の手を掴もうと手を伸ばすが届かず。名前を呼んでも止まる気配はなく空は靴を履いた。

「待って!」

やっと玄関で追いついたかと思えば、空は重たい扉を開けて外に出た。

「空!!」

それから、ゆっくりと扉は閉まっていく。


その僅かな隙間で晴は認知した。


空の飛び出した道路の右の方から一台の車が迫ってきていることに。

「っ!? 危ない!!」

鳴り響くクラクションの音。扉が閉まる音。

そして扉の向こう側で鈍い『ドンッ!』という聴きたくない音。

「そ…ら……?」

混乱したまま、外へ出た。息は上がり、嫌な汗が身体全身から滲み出る。

「っ……」

目に映るは、アスファルトに広がる真紅の血液と意識を失った幼馴染。

「そら…。空…。…っ……空!!」

無我夢中で大切な人の名を呼んだ。幼い頃から隣にいて、居なくなる想像なんて全く出来ない恋心を抱いている幼馴染の名前。

視界は涙で霞み、空の身体に触れる。


べっとりと手に付いた血など気にも留めず、ひたすらに助けを呼んで叫び続けた。



やっと物語が動き始めた気がしてます。

次は新章突入です(´ー`)

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