ノート。
「次は……」
困っていると、涼夜君が動き出した。私から見て、私の席の左隣にある机の上に置かれた水色の袋を手に取った。
「……これ、食べる? まずはさ、ガム食べて……落ち着こう。な?」
ガム? 学校にお菓子なんて持ってきては……まさか、このガムを私に食べさせて共犯にし、リーコダーを舐めようとしたことを口封じしようという魂胆?
「い、いらない。いらないよ、私」
「……そうか、そうだよな」
涼夜君は水色の袋を元あった場所に置いた。
よく聞いたら、涼夜君と伸次君の口からくちゃくちゃとガムを噛む音が……。
「ぐへへへ、奏音様ぁぁっ、奏音様ぁぁああぁぁ……もっと、もっと僕をいたぶってくださぁい。へへへ、あぁ、はい。そうです。僕は醜い豚です!」
「おい! 伸次! しっかりしろ!」
ガムを分け合ったり、リコーダーを一緒に舐めようとしたり、この2人、そんなに仲がよかったのか……。
「豚が可哀想ですね。はい、そうです。世界中の豚さんすみません。どゅひゅひゅ、塵です。塵でございます。あ、そうですよね。塵が可哀想ですね。はい、そうです。世界中の塵さんすみません」
「伸次!?」
何だろう……何……この気持ち……。
「そ、そう言えば、どうして、奏音ちゃんは教室に?」
そうだ。私は忘れ物を取りに来た。そしたら、伸次君と涼夜君が私のリコーダーを舐めようとしていた。私は被害者なのだ。未遂とは言え、2人は許されないことをした。
なのに……なのに……。
「忘れ物。忘れ物を取りに来たの」
責めるべきなの? 先生に言うべきなの? どうすればいいのか全く分からないから、取り敢えず、涼夜君の会話に合わせるしかない。
「……忘れ物?」
涼夜君は首を傾けた。すると、何かを見付けたように「あ!」という声を上げ、
「忘れ物って、これかな」
私の机の引き出しの下に、無理矢理押し込んであったノートを抜き取った。
それは、駄目!
「触らないで!」
私は急いで涼夜君の元に駆け寄り、そのノートを奪い取った。
次の瞬間、ノートが私の手から離れた。
しまった、と思う暇さえなかった。
勢いを付け過ぎたのだ。
全てがスローモーションに見えた。
ノートは宙を舞い、ページがヒラヒラと靡く。涼夜君の驚いた顔、伸次君の救いようのない顔が鮮明に見えた。
パサリ。
涼夜君の目の前にノートが落ちた。最悪なことに表紙を裏側にして、ノートが開いた状態で。
「だ、大丈夫? ごめん、勝手に引き抜いて」
涼夜君は屈んで、それを両手で拾い、
「……何、これ」
そのまま動かなくなった。