気持ち悪い。
「……どうして……何が……」
言葉が上手く纏まらない。
ただ、忘れ物を取りに来ただけなのに。何でこんな思いをしなくてはいけないの?
彼等は私の席の前で、私のリコーダーを舐めようとしていたのだ。
机の上にあった私のリコーダーを伸次君が手に取り、涼夜君と2人して、それを見下ろしていた。そもそも何故、リコーダーが机の上にあったのかすら謎だ。机の横にかかっている手提げバッグの中に入れていた筈なのに……。
「奏音ちゃん、話をさ、聞いて。俺はまだ……」
「嫌! 来ないで!」
涼夜君は言われた通り、その場に止まった。
「し、伸次……」
涼夜君が後ろにいる伸次君に、ひそひそ声で話しかけた。
「お、お前も何か言ってよ」
伸次君は首を横に激しく振った。
「む、無理ですよ、そんなこと。『ツインテールの女神』に話しかけるだなんて」
「リコーダーは舐められたのに?」
「か、関係ないですよ!」
「関係なくはないと思うよ!?」
彼等が何を話してるのか分からない程、脳が回っていなかった。
クラスメイトの、伸次君と涼夜君は私のリコーダーを舐めようとした。それだけは確実だった。
……リコーダー。そうだ。リコーダーだ。何をすればいいのか分からないけど、まずはリコーダーだ。
「か、返してよ! リコーダー。私の、リコーダー……返して」
「そ、そうだよな……そうだよ、奏音ちゃんのだもんな」
涼夜君は何度も頷くと、伸次君を見た。
「ほ、ほら、伸次! か、奏音ちゃんに、リコーダーを返してあげっ、返して差し上げろ! ほ、ほら、早く!」
こんなにテンパっている涼夜君を初めて見た。いつも眠そうな目で「ちぃーす」って言いながら教室に入ってきて、「うぃーす」って言いながら教室から去っていく涼夜君。こんなにも感情を表現出来る生き物だったのか。
「そ、そうですよね! お返ししないと。は、はははははっ、いつまで持ってたんだろう。お返し致します。早急に! 可及的速やかに!」
涼夜君と同じく焦りながら、伸次君がこちらに近付いて来た。
「だ、だから、来ないでって! 気持ち悪い!」
「き……気持ち、悪い?」
ショックの所為か、その場から動けなくなる伸次君。
泣かないでよ、気持ち悪い。
「じゃ、じゃあ、どうすれば! どうすればいい? 奏音ちゃん」
放心状態の伸次君の代わりに、涼夜君が尋ねてきた。
「私の机に置いて」
涼夜は何度も頷いた。
「なぁ、伸次、聞いた? 聞いたよな? 机に、奏音ちゃんの机に置いて差し上げなさい! 伸次? 伸次!」
いくら涼夜君が叫んでも、伸次君の耳には届いていないようだった。
「気持ち悪い……気持ち悪いってよ……奏音様が、僕をさぁ……気持ち悪いってよ、ぐふふ、ひひひひひひ、気持ち悪いってよ、奏音様が……ひひひ」
「なぁ、しっかりしろ! 伸次!」
涼夜君は正面から伸次君の両肩を激しく揺さ振った。
「ねぇ、気持ち悪いって。ひひひひひ。気持ち悪いんだってよ。あの優しい奏音様が、僕を……。まさか、僕だけなのかなぁ。僕だけにしか気持ち悪いって言ってないのかなぁ、僕だけ」
「伸次!」
「そっかぁ、僕だけかぁ。僕が奏音様にとっての初めてなんだぁ。奏音様が気持ち悪いと思えるのは僕だけ。ふふふふふ、気持ち悪い。気持ち悪い。奏音様ぁ、僕にもっと気持ち悪いって仰ってくださぁい」
気持ち悪い。この世に存在しなかったことになって欲しい。早く消えて欲しい。感情に任せて言ったら言ったで面倒臭くなりそうだから黙っておく。
「……駄目だ……こいつはもう、駄目だ……駄目なやつだ、これは」
涼夜君は伸次君から私のリコーダーを奪い取ると、指示通り、私の机に置いた。
すると、涼夜君はくるっと振り返り、私を見た。
「お、置いたよ、置いた。次は……次はどうすればいい?」
次? 次って何? リコーダーを舐められそうになった。だから、リコーダーを机に置かせた。次なんてあったのか。
次は、どうすればいい?