美味い。
「おい、あんた……何してる」
伸次の質問には答えず、俺は「しゅわしゅわガム! ソーダ味」の袋を開け、中から2つ、ガムを取り出した。そのうちの1つを伸次に差し出した。
「……食え」
「あ?」
「いいから、食え」
「はっ、共犯ってか? いいか、俺はそんな手には」
「食えと言っている!」
俺の気迫に負けたのか、伸次は差し出したそれを受け取った。
伸次はガムを袋を開け、口に含んだ。俺も同じように口の中へ。
「……美味い」
そう言って、伸次はすぐさま口を押さえた。
俺は微笑む。
「美味いだろ。俺も好きなんだ、これ。この人工的なソーダ味、大好きなんだ」
「……だから、何なんだよ」
伸次はバツが悪そうにそっぽを向いた。
「お前に足りなかったのは、共有する相手だ」
「……共有?」
「あぁ。楽しいとか嬉しいとか、悲しいとか寂しいとか……美味しいとか」
伸次は大人しく聞いていた。
「お前には共有する相手がいなかったんだよ。いつも教室の隅で本読んで……お前は誰のことなんかも分からなかっただろうし、誰もお前のことなんか分からなかった」
「別に俺はそれで」
「寂しかったんだろ、ずっと。気持ちを共有する相手が欲しいって」
「そんなわけない」
だったら何故、今にも泣きそうなんだ。
「あるんだよ。容疑者と刑事。演技をしている間……している今、お前は楽しそうだ。悪人特有の気味悪い笑みとかじゃない。もっと奥。瞳の奥に、全力で楽しそうに笑っているお前がいる」
伸次は激しく首を横に振った。
「違う!」
「演技で俺と楽しさを共有しているから。俺も楽しいし、お前も楽しい。お互いに通じ合ってた。違うか?」
「……違う」
「『しゅわしゅわガム! ソーダ味』は、俺も美味しいし、お前も美味しい。違うか?」
「違っ……」
伸次は顔を伏せた。もう何も言えなくなっていた。
「だから、お前は奏音のリコーダーを舐めたんだ。せめて、間接的にでも繋がりが欲しいって。気持ちの共有は出来ないけれど、繋がった気持ちになれるって。でも、共有したい、って気持ちを認めたら何だかかっこ悪く感じて、性欲って理由に置き換えたんだ。……違うか?」
くちゃくちゃ、とガムを噛む2つの音が重なり、教室に響き渡った。心地よいメロディーのようだった。
伸次がやっと、重い口を開いた。
「……美味いな」
「あぁ、美味い」
俺は頷いた。
夕日が沈みかけ、教室が暗くなり始めていた。
伸次が顔を上げた。無言で立ち上がり、奏音の机に置かれたリコーダーを手に取った。
「……伸次?」
伸次がゆっくりとこちらを向いた。伸次の顔に少し影がかかった。
伸次がリコーダーを俺に差し出した。
「……美味いぞ」
ゾクッと全身の鳥肌が立った。
自分の身体が震えているのが分かる。
「……美味、い?」
「あぁ、美味い」
この震えは恐怖からじゃない。
「奏音のリコーダーは……」
「美味いぜ。『しゅわしゅわガム! ソーダ味』は?」
武者震いだ。
「あぁ……美味い」
俺もこれから来る夜の闇に溶け始めていた。