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リコーダーを舐められたい。  作者: 濃紺色。
【刑事 涼夜】
6/14

美味い。

「おい、あんた……何してる」


伸次の質問には答えず、俺は「しゅわしゅわガム! ソーダ味」の袋を開け、中から2つ、ガムを取り出した。そのうちの1つを伸次に差し出した。


「……食え」

「あ?」

「いいから、食え」

「はっ、共犯ってか? いいか、俺はそんな手には」

「食えと言っている!」


俺の気迫に負けたのか、伸次は差し出したそれを受け取った。

伸次はガムを袋を開け、口に含んだ。俺も同じように口の中へ。


「……美味い」


そう言って、伸次はすぐさま口を押さえた。

俺は微笑む。


「美味いだろ。俺も好きなんだ、これ。この人工的なソーダ味、大好きなんだ」

「……だから、何なんだよ」


伸次はバツが悪そうにそっぽを向いた。


「お前に足りなかったのは、共有する相手だ」

「……共有?」

「あぁ。楽しいとか嬉しいとか、悲しいとか寂しいとか……美味しいとか」


伸次は大人しく聞いていた。


「お前には共有する相手がいなかったんだよ。いつも教室の隅で本読んで……お前は誰のことなんかも分からなかっただろうし、誰もお前のことなんか分からなかった」

「別に俺はそれで」

「寂しかったんだろ、ずっと。気持ちを共有する相手が欲しいって」

「そんなわけない」


だったら何故、今にも泣きそうなんだ。


「あるんだよ。容疑者と刑事。演技をしている間……している今、お前は楽しそうだ。悪人特有の気味悪い笑みとかじゃない。もっと奥。瞳の奥に、全力で楽しそうに笑っているお前がいる」


伸次は激しく首を横に振った。


「違う!」

「演技で俺と楽しさを共有しているから。俺も楽しいし、お前も楽しい。お互いに通じ合ってた。違うか?」

「……違う」

「『しゅわしゅわガム! ソーダ味』は、俺も美味しいし、お前も美味しい。違うか?」

「違っ……」


伸次は顔を伏せた。もう何も言えなくなっていた。


「だから、お前は奏音のリコーダーを舐めたんだ。せめて、間接的にでも繋がりが欲しいって。気持ちの共有は出来ないけれど、繋がった気持ちになれるって。でも、共有したい、って気持ちを認めたら何だかかっこ悪く感じて、性欲って理由に置き換えたんだ。……違うか?」


くちゃくちゃ、とガムを噛む2つの音が重なり、教室に響き渡った。心地よいメロディーのようだった。

伸次がやっと、重い口を開いた。


「……美味いな」

「あぁ、美味い」


俺は頷いた。

夕日が沈みかけ、教室が暗くなり始めていた。

伸次が顔を上げた。無言で立ち上がり、奏音の机に置かれたリコーダーを手に取った。


「……伸次?」


伸次がゆっくりとこちらを向いた。伸次の顔に少し影がかかった。

伸次がリコーダーを俺に差し出した。


「……美味いぞ」


ゾクッと全身の鳥肌が立った。

自分の身体が震えているのが分かる。


「……美味、い?」

「あぁ、美味い」


この震えは恐怖からじゃない。


「奏音のリコーダーは……」

「美味いぜ。『しゅわしゅわガム! ソーダ味』は?」


武者震いだ。


「あぁ……美味い」


俺もこれから来る夜の闇に溶け始めていた。

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