先生の靴を舐めたい。
美人教師の黒タイツを舐めたい。
何かもう、リコーダーの件はどうでもよくなっていた。実際、未遂だし。
涼夜君もリコーダーのことは既に忘れているように見えた。
「っていうかさ、イメージって話ならさ、浅川先生って、そんなドSじゃなくない?」
私の小説の話か。
「むしろ、逆じゃない? 優しいしさ、爽やかっつーか……」
「だからよ。だから、ドSがいいの」
涼夜君は首を傾げた。
仕方がない。説明してあげよう。
「普段は優しくて爽やかな教師、浅川先生。当然、女子生徒には大人気。だけれど、彼が愛するのは、自身が受け持つ6年1組の男子生徒、涼夜君!」
「何か、照れるな……」
「涼夜君は段々と彼に惹かれていく……。2人っきりの放課後。『キスしたいなら、僕の靴を舐めろ』。初めて見る、浅川先生のドS振り」
「きったな」
「混乱しながらも、普段とのギャップが涼夜君のドキドキを加速させる! 好きに歯止めが効かなくなる! 教師×男子生徒、禁断のラブストーリー! 『俺は先生の靴を舐めたい。』好評発売中!」
「あ、発売まで想定済みなんだね……」
話しながら私までドキドキしてきちゃった。
「どう!?」
「どう、って言われてもなぁ……」
涼夜君は困ったような顔をすると、胸の前で腕を組んだ。
あ、やっぱり、そういう反応だよね……。
「あ、でも……」と、涼夜君は組んでいた腕を離した。
また、あの目だ。真剣でまっすぐな。
「読んでみたいとは思う。俺が出てるからなのか分からないけど……。さっき読んだとこの続き、気になるし、もし、その話にもっともっと未来があるのなら、もっともっと読みたいなって思う。……まぁ、でもあれだな。間違い過ぎた方向に行かないように、編集者になりたいね」
「あ、それいい!」
「え?」
涼夜君は驚いたように目を丸くした。
「私の小説の、担当編集者になってよ! 私が小説を書いて、涼夜君が助言とかアイディアとかをくれる編集者! いいじゃん、それ! いいじゃん!」
「え……適当に言ったんだけどな……うん、いいよ。俺でいいなら」
突然のことに戸惑いながらも、涼夜君は頷いてくれた。
やった! やった! 創作仲間が増えた!
「早速なんだけど、私、新しいアイディア浮かんだから、聞いてくれる?」
「……何?」
まだ、ただの思い付きだけど。
「浅川先生にライバルが現れるの。涼夜君がやけに親しく接する男子生徒。教室の隅で小説を読んでるような生徒なのに何で……。浅川先生は焦り出すの。その相手は……伸次君」
「ぐひひ、駄目、駄目だよぉ、あぁ、奏音ちゃん、それ僕のブラジャー……え?」
私に名前を呼ばれ、突如、我に返る伸次君。
「ぼ、僕なんかで、いいんですか……」
「嫌。近付かないで」
「嫌って……」
気が付いたんだ。涼夜君と伸次君が仲よさそうな光景を目にする度に現れた、モヤモヤした気持ち。推しカプを邪魔されそうになるという焦り、怒り、嫉妬、切なさ……。この気持ちを小説で使えるのではないか? そう思った。
「で、始まるの。浅川先生、涼夜君、伸次君による、激しい恋の駆け引きが」
「「へー……」」
2人共、どこか引いているように見えた。そうだとしても、逃がさないけどね。
「リコーダーの件、忘れたわけじゃないよね?」
「「お手伝いさせていただきます」」
脅しでもいい。取引でもいい。この誘いをどう捉えてもらっても構わない。
久し振りにこんなワクワクしている。いっつも外見だけを見られながら生きてきた。私の中身なんか誰も見ようとせず、可愛さだけを褒められてきた。
そうだ。私は自分が表現するものを評価されたかったんだ。絶賛でもいい。酷評でもいい。ずっと、私自身を見て欲しかった。誰かに見付け出して欲しかったんだ。
「涼夜君、ガムちょうだい」
「はい、こちらでございます」
「ありがとう」
本当の私はここにいるよ、って。
うん、甘い。青春の味がする。
「よーし! 明日の放課後から『奏音文芸部』、活動開始ね!」
「あ、明日からっすか。ねぇ……伸次」
「あ、明日は用事があったような気がします。ねぇ……涼夜君」
はぁ……あんた達、男でしょうが。
「あ? 何か言った? リコーダーが何て?」
「「明日から頑張らさせていただきます」」
「分かれば宜しい」
うん、今年度で最後の小学校生活、楽しくなりそうね。




