始まりと終わりの舞台 1
残酷な描写がありますのでご注意ください。
幸せな日々を堪能していると――ギンから遠話が入る。
(――あ、シェイル!)
(ええ、ギンから遠話ね。初めてかしら、何かあったのよ)
(ギン、どうした!?)
(あ、リュート、クレハが捕まった! はやく来て―!!)
すぐにギンの元へ瞬送した。
◇◇◇◇◇
(ギン、クレハは?)
(あれに敵と一緒に入った。リュートをバカにしてたから、たぶん敵)
頭を向けた先にあるのは、そこそこ大きい稲荷神社。
(道場からの帰り道だ)
あからさまに様子がおかしい。神社の周囲だけ色あせている。
(あれは、概念制御かしら? [拒絶]? いえ、[絶対拒絶]ね。なんて厄介な結界を張ってるのよ!!!)
(絶対拒絶??)
(リュート、あの結界は上位神でも簡単には破れないわ)
(え!?)
(自分が消滅するとしてもクレハを助けたい?)
(どういうこと??)
(あの結界を破ってクレハを助ける方法、今のわたしはひとつしか持ってないのよ。でもそれを使うと、わたしとリュートの魂は消滅する。100パーセントね)
(消滅って――)
言葉を続けようとするリュートの背後、何もない空間から無音で鎗が伸びてくる。
殺られる!!!!!
咄嗟に障壁を構築するが、間に合うはずもない。
無音の鎗がリュートを貫こうとした瞬間――。
ガキンッ!
――どこからともなく現れた大男に掴まれて止まった。
「障壁なしで危険区域に瞬送は駄目だろ、シェイル」
そう言いながら片手で鎗をへし折り、空中に鋭い蹴りを放つ。
(へ!?)
「クソ! 避けられたか」
「それはこっちのセリフだ。邪魔すんじゃねぇよ」
蹴られた先にガードの体勢でこちらを警戒するリザードマンが現れた。
ムキムキの大男を見て驚く。姉さまの英雄だった。
(パウリ!!?)
「よう、久しぶりだな、だが、話してる暇はないぞ」
周囲を確認すると、そこかしこで戦闘が始まっている。
わたしの氏族の英雄達と、おそらく敵の氏族の英雄達。
一瞬、霊気の揺らぎ感じて視線を戻すと、リザードマンの姿が空間に溶け込んで消えた。
「エリーカ! 後は頼む!!」
(姉さまもいるの!?)
パウリは、消えたリザードマンを追跡する。
(なんだ……これ……)
(わたしの氏族と、おそらく敵の氏族の英雄達ね。クレハを護衛してたのよ、とりあえず下手に動かないで!!)
(わ、解かった!!)
すると、わたし達の周りを優しい風が包み込む。
「シェイル、その子があなたのパートナー?」
深い黄金色の髪の縦まきロールに、わたしと同じ深い翠色の瞳のヴァルキューレが現れた。
(姉さま!!)
わたしのことを可愛がってくれる数少ない姉のひとり、エリーカ。
「まぁまぁ、女性型と契約を結んだの? あれ? でも英霊石はノーマルだったよね?」
(あ、は、初めまして、上原琉人です。い、一応男です)
「あらあらまぁまぁ、ごめんなさいね。あまりに可愛いから女の子と勘違いしたわ」
(いえ、慣れてますから!)
「くすくす、面白い子。神界でゆっくり紹介してね。ふたりとも今はここで大人しくしてて」
((はい!!))
英雄達の戦闘は一進一退。
わたしの氏族の英雄達は、かなり強いはずだが、敵が引きながら戦ってるため、攻め切れていない。
足止めかしら。
(凄い……動きが全然追えない……)
(当然かしら。彼らは全員、エインヘリヤルで転生した英雄、それも高位ランクの猛者達なのよ)
(おぉ、武者震いしてきた!)
「まぁまぁ、この状況で武者震いできるなんて、いい子を見つけたわね」
(にひひひひ)
「……相変わらず笑い方は残念なのね……」
(あれ? 遠くにいるローブの敵。あれ魔法使いじゃない? 魔法使わせていいの?)
遠くでもそもそ怪しい動きをしているローブの敵を、たまたま見つけたリュートが指差す。
「え!? なんで!!? いけない、パウリ!! ヨシュア!! 231500に召喚士視認!!! 至急妨害せよ!!!!!」
エリーカが慌てて指示をだすが、どうやら間に合わなかったらしい。
召喚士が腕を広げると無数の球体型魔法陣が放たれ、それを核に霊気が収束。
うっすらと身体の輪郭が現れ、瞬く間に凄まじい数のモンスターが出現する。
召喚士がそのまま倒れ込むと、近くにいたモンスターが喰らいついて、咀嚼しながら飲み込んだ。
(うあぁ、自分が召喚したモンスターに喰われたけど……)
(そういう禁術ね。己の魂と引換えに大量の魔獣を無条件に召喚するのよ。んで、術者を喰らったあいつが司令塔。あいつを倒さない限り魂のエネルギーが尽きるまで魔獣は復元され続けるわ)
「あらあらまぁまぁ、まいったわ。こちらに被害がでることはないけど……」
(でないんだ……)
「このままだと時間がかかり過ぎて、囚われの姫を攫われてしまうわ」
((あっ……))
「シェイル、ここは任せていいかしら?」
(はい! リュートはわたしが護ります!!)
エリーカは微笑みながら頷くと、戦闘空域へ向かって行った。
(そういえば、さっき言いかけてた消滅ってどういうこと?)
(魂がなくなるのよ。つまり転生も復活もできない、この宇宙から存在が消滅するってこと。その覚悟があれば、今のわたし達でもクレハを助けれるかしら)
(ん……。僕はそれでも構わない、姉さんが助かるなら。でもシェイルは――)
リュートの唇に人差し指を立てる。
(惚れた男に命を懸けるのは女の特権なのよ?)
(それ、たぶん逆だと思う)
(ふふふ、でも本気よ? もしもを考えて覚悟はしといてね)
(わかった……)
ゾク
吐き気を催すほどの殺気。
反射的にリュートがわたしを庇った。
「戦場でイチャつきやがって、お子様は随分余裕だな?」
言葉と同時に、なにもない空間から無音の鎗が襲う。
『我に破壊を』
世界が止まった。
そう錯覚した刹那、鎗の先端から手元に向かって灰色の塵と変わり霧散する。
「GayAAAAA!!!!!」
リザードマンの腕もなくなっていた。
「……グアァ、貴様ら、な、なにをした!!?」
そこにいたのは――。
わたし達を護るように敵を威嚇し続ける。
白銀の子犬――ではなく。
青白い鱗粉を纏い――漆黒の軽装鎧を装備した神獣フェンリル。
――大型犬ほどの大きさまで成長したギンだった。
(シェ、シェイル、ギンが……)
(そんな……幼生体が成長して神威武装するなんて……聞いたことがないのよ!!!??)
「神威武装だと!!!!?」(しんいぶそう??)
(手加減なんか、してやらないんだからー)
『我に破壊を』
「ひ、Gy――」
悲鳴を上げる間もなく灰色の塵に変わる。
(何が起きた!??)
(ギンが本来もってる神獣の力を使ったのよ。[破壊]の概念制御能力。あらゆるものを破壊するわ)
(この身体は??)
(上位神の戦闘形態、神威武装ね。神獣は上位神扱いだから、成体の神獣は使えるわ……だけどギンは幼生体のはず)
(触っても大丈夫??)
(リュートとシェイルとクレハは守護対象だから、だいじょうぶー)
(す、凄いなギン!!)
鎧の隙間、首の部分をわしゃわしゃする。
(きもちいー♪)
(覚醒ギンなのよ……。んっ、ギン)
(なーにー?)
(あの[絶対拒絶]を[破壊]できないかしら?)
(まだむりー)
(神威武装した神獣が[破壊]できないって……あー、敵の正体が何となく解かったわ……)
(知ってる奴等?)
(えぇ、有名な氏族ね。わたしの氏族とは犬猿の仲なのよ)
(あー)
「お前ら!!! 戦場でちんたら喋ってんじゃねー!!!」
パウリの檄が飛ぶ。
((ごめんなさい!!!))
「シェイル!! フェンリルがいるなら、一緒に姫を助けてこい!!!」
(行こう!!)
(わかったのよ!!!)
行動を開始する――ギンを先頭にわたし、リュートと続いて高速飛翔。
最高速度には程遠いが、普通に飛行するよりは速い。
守護神獣の絆で感覚を共有したギンが、リュートの速度を把握しながら飛んでいるため、隊列も乱れない。
そして――戦闘空域に入った途端に大量のマジックミサイルで攻撃されたが。
ギンの[破壊]でことごとく迎撃。
あぶなげなく弾幕を正面突破して、神社を覆った結界の傍まで到着した。
(ごめんねリュート、地球はわたしの氏族の保護世界だから、他氏族と戦闘するなんて考えてなかったわ。大失態ね)
(こういうことって、よくあるの?)
すぐに結界の揺らぎや歪、突破できそうなポイントがないか調べ始める。
(ないわ。条約を破りすぎだから、あと1時間もしないで神界に強制召喚されて逮捕、かなり重い罰を受けるはずよ……でも、1時間もあったらクレハは……)
(なんで姉さんが狙われるんだ?)
次の調査ポイントまで結界に沿って高速飛翔――。
(クレハの資質が異常だって言ったの覚えてるかしら?)
(それが理由?)
(たぶんね)
ギンは常に周囲を警戒しているようだ。
(仲間に引き込むつもりってこと?)
(ううん。仲間にするつもりなら拉致しようなんて考えないわ。クソヤロウ共もおそらく手下なのよ)
(じゃ、じゃあ、殺すのが目的??)
順次調べていく。
(その可能性が高いと思うわ。もし仲間に引き込むつもりだとしても、まともにはやらないでしょうね)
(どういうこと?)
立ち止まった。
(魅了、洗脳ならましなほう……改造、解剖、部分転用って事例もあるわ)
(神様ってそんなことやってんの!??)
(残念だけど神々も完璧ではないし、それに同種の生物を実験材料にするのは人間種のほうが圧倒的に多いのよ)
(あ、ごめん)
(気にしないで、クレハを助けたくて必死なのは解ってるから)
(うん)
……軽く調べてみたが、突破できそうなポイントはない。
(んっ……そう上手くはいかないのね)
(無理そう?)
(そうね……どうする?)
リュートの意志を確認しようとしたが――。
(敵がきたよー)
――遠巻きに囲まれていた。