残念な戦乙女と耽美な日常 1
ふぁー、やっぱり、リアルタイムで見れる環境は違うのよ。
捗るわあ。
未だアスガルドで公開されていない宝の山を吟味している。
わたしの趣向は幅広いけど……。
さすが感性が近いだけあって、かほりちゃんが献上してくれるコンテンツはどれも秀逸なのよ。
西村かほり、同居人のOL。
最近かなり浮ついている。
先々月、取引先重役の孫(18歳)から告白されて、すぐに婚約したからだ。
リュートには遠く及ばないけど、まあまあの美少年かしら。
彼が20歳になったら籍を入れるらしいけど……すぐにでも籍を入れることになると思うわ。
……だって、この家、両親は海外転勤で永住してるから、かほりちゃんしか住んでいないのよ。
ふたりっきりになったら、もうおサルさん状態ね。
避妊もしてないから、すぐに出来るわ絶対。
初めから数回は今後の参考にって見学させてもらってたけど、だんだんうらym……コホン、申し訳ない気がして、最近は外出することにしてるわ。
まぁ、付き合いたてで相性向上の祝福まであるんだから仕方ないかしら。
それはさておき――。
リュートとギンのふたりは、英雄候補の契約を結んだ日から、ほぼ深夜過ぎまで実家で過ごしている。
クレハが精神疲労で酷い状態らしくて、心配なのだろう。
ただ、自分たちの葬式を見るのは精神衛生上かなり悪いので、通夜含めて6日間は実家に戻らないよう説得。
じっとしていると気が滅入るかもしれないから、高速飛翔と心霊制御を解放して一緒に修行した。
葬式から5日後、実家へ戻ると、クレハが葬式にも出れないほど酷い状態になっていたらしい。
それから約2週間は――流動食と点滴で命を繋ぐだけの毎日……。
たとえ人を超える資質を持っていても、心だけはどうしようもないわ。
もしもの時は、治癒の神格で延命したあとお母さまに報告するつもり。
リュートの時とは状況が違うかしら。
クレハほどの資質を持っていれば、大御神様も異例措置を認めてくださると思うのよ。
もしあてが外れても、お母さまならクレハをパートナーに加えてくださるはず。
それもダメなら、わたしがキール君に代償を支払ってなんとかするわ。
物思いに耽っていると――ふたりが戻ってきた。
((ただいまー))
(おかえりー、クレハはどうかしら?)
(それが……やっぱり姉さんだった)
(どういうこと?)
(起き上がったんだけど……「ゴミ共、皆殺しにしてやる」って、殺気が鋭くなってた)
(復讐ね。落ち込んだままよりはいいかしら。無茶をしなければいいけど)
(んー、姉さんには佐々木さんとか柳さんも付いてるし、人の領域を超えてるんでしょ? 大丈夫じゃない?)
(そうかしら? リュートも無茶するタイプっぽいし、クレハもそんな印象を受けるわ)
(あはは)
(あははー)
ギンは相変わらず追従して真似するのが好きみたい。
でもちゃんと空気読んでるのよね。ふざける場面じゃない時は大人しくしてるし。
(クソヤロウ共も捕まってないから、護衛してたほうがいいと思うわ)
(だいじょうぶー、ボクが付いてるよ……今度はちゃんと護るから――)
(ギン……)
(分かったわ。でもねギン、もうわたし達は3人でひとつなのよ? だから何かあったらちゃんと連絡しなさい!! よいかしら?)
(うん、わかったー!)
ギンを優しく撫でる。
心配いらないわ。
もう英雄候補の契約は済んだから、次は懲罰を受けても何とかするかしら。
(じゃあ、もう寝ましょうか?)
((はーい!))
(今日はおサルさんいないねー)
(んっ、火曜日だからね。平日に来たら神気言霊で追い出すのよ?)
(あははー、おやすみー)
((おやすみー))
霊体も神霊体も、寝る必要はない。
ただ、睡眠中に霊核が霊体を調整してくれるので、定期的に睡眠を取るとコンディションが格段に良くなる。
眠り自体は極めて浅いが。
……
…………
………………
次の日の朝。
目を覚ますと、ギンはもうクレハの護衛に向かっていた。
どういう原理かは全く理解できないけど、クレハとギンは何故か主従の仮契約が結ばれているらしいわ。
仮契約の影響でクレハの居場所を無条件で特定できる。
守護神獣が複数の対象と契約を結ぶのは珍しくない。
だが、対象が人間で、リュートとクレハという実の姉弟。しかも契約を結んだ痕跡が見当たらない。
クレハの資質が異常なのも含めて、すごく嫌な予感がするわ。
わたしの知り得ないところで、何かが蠢いてる感じ。
世界内検索を何度かかけたけど、何もヒットしないのよ。
まず間違いなく、[拒絶]か【隠匿】されているわ。
けれど、現状どうしようも出来ないから。
とりあえずは――。
この食べちゃいたいくらい可愛い生き物を愛でるかしら……ぐへへへ、ハァハァ。
お触り禁止よ? 起こしたら勿体ないわ!!
隣の布団で寝ているリュートを愛でながら悦に入る。
……
…………しばらくすると、リュートの霊気が急速に活動を始めた。
ハァハァ……あ、覚めそう。
気持ち離れる。
(んー? あ、シェイル、おはよー)
(おはよーあなた♡ よく寝れたかしら?♪)
(……それは……まさか……)
(新婚さんごっこよ?)
ボフンっと聞こえてきそうな勢いで真っ赤になった。
(ギンは出かけたけど、リュートはどうする?)
(んんん? んー、シェイルが何をしているのか気になるから、しばらくは一緒にいようと思うけどダメ?)
(ふふふ、構わないわ。それじゃまずは朝食ね)
朝食と言っても、牛乳とシリアル食品の簡単なやつ。
……リュートも食器を運ぶのを手伝う。
これ本当に新婚みたいで、いいわあ。
(うーん、食べなくても活動できるけど、味は感じるから食欲はある……食べた後はどこで消化されてるか知ってる?)
(ここではないどこかね)
(???)
(説明が難しいのよ、長くなるわ)
(そっかー)
(んっ、がっかりしないで。神界で勉強することになるのよ)
(おぉ、そういう勉強なら楽しそう!)
(そうね。ところでリュート、あーんする?♪)
(じ、自分で食べるから!)
(ふふふ、とっても楽しいわ♪)
(それはよかったよ……)
◇◇◇◇◇
一緒にアニメを見て、ラノベや漫画を読んで、感想話に花を咲かせる。
一息ついたら高速飛翔と心霊制御の練習を兼ねて、聖地巡礼デートを満喫。
リュートが気に入った作品があったら、それに精通した日本人を世界内検索で探して祝福を与え。
1日に1回はおやつを持ってギンとご家族に会いに行く。
そういえば、この前は家族会議を開いてたわ。
なんだか知ってる気配のヒトがいたのよ。
気付かれたくないから、さっさと退散したけど。
――そんな感じで、無駄にイチャイチャしながら日々は過ぎていく。
◇◇◇◇◇
ある日――。
わたしは気になっていたことをリュートに尋ねた。
(リュート、いいかしら?)
(ん、何?)
(最初に英雄になる覚悟は確認したけど、覚悟を決めた理由は聴いてないかしら)
(あ、確かに)
(聴いてもよい?)
(うん、いいよ。そうだなー、1番の理由はやっぱり異世界転生してみたいかな?)
(もしかしてラノベの影響?)
(んー、ラノベより漫画のほうだね。異世界を見てみたい……そしてギンも一緒に来てくれる……断る理由がなかったよ)
(むー、わたしは?)
(あ、うん。シェイルには感謝してる。……僕も聴きたかったんだけど、シェイルの英雄になったら恋人にもなるってことなの?)
わたしは出来るだけ優しく微笑む。
(そうね、恋人になれたら嬉しいわ。だって、わたしはリュートに一目惚れなのよ)
(ふぇ!!?)
リュートが変な声を出した。
(本気よ? リュートと契約出来なかったら誰もパートナーに選ばないで神界に戻って隠居するつもりだったかしら)
(選ばないのもありなの?)
(普通はなしね。誰も選ばないと神としての能力を失うわ。そして、神界の片隅で死ぬこともできず。蔑まれながら永遠に生きるのよ)
(それって……)
(地獄ね。でも、わたしには漫画とかアニメがあるし、同志もいるのよ? だからそこまで辛くないわ)
(そっか……)
(だから無理強いはしないわ。無理に恋人になっても意味がないかしら)
(うん)
(しばらくは、3人で異世界生活を楽しみましょう! 恋人とかは気にしなくていいわ)
(解かった!)
(たーだーしー)
(え?)
(好きって気持ちを抑える気はないから覚悟はしてね♡)
(ははは……お手柔らかに……)
ふふふ、素敵な時間ね♪
こういう話も相手がいないと出来ないのよ。
でも、もしリュートに好きな人……人ならまぁいいわ。
わたしは女神だし、リュートが人間種のハーレムを作っても気にしない。
ハーレムは異世界物語の定番かしら。
だけど、相手が女神だった場合は……その時に考えるわ。
必ずしも、ヴァルキューレとパートナーが結ばれるわけではない。
それを回避するためにも、国選というシステムは優秀なのだ。
国選パートナーと結ばれて幸せに暮らせる確率は、自由契約より極めて遥かに高い。
つまり、自由契約によるパートナー探しは、あらゆる意味でギャンブルといえる。
……
…………
………………
そのまま、ふたりでラノベや漫画を読んで過ごす。
ほぼ無言。
どちらかが飲み物やお菓子が欲しくなると――。
(何かいる?)
(塩ポテチとコーラー)
(その組み合わせ好きだよね)
(鉄板は最強なのよ)
(まーね)
――なんてくだらない会話を交わして、どちらともなく調達してくる。
もうなんか、煮詰まったカップルみたい。
これはこれでありね♪
そんな幸せな時間も長くは続かない――。