運命は惨く結びて 2
恥ずかしさの余り耳の先まで真っ赤にしつつも、言う通りおとなしくするリュートを後ろから抱き寄せ、高速飛翔した――。
(すごい! 飛んでる!!)
(霊体だからリュートも飛ぼうと思えば飛べるのよ? でも、今使ってるのは高速飛翔というパッシブスキルだから、普通の霊体はここまで速くは飛べないわ)
(風は感じないけど、気持ちいいですね!)
(空気抵抗も感じれるように設定出来るのだけど、辛いだけかしら……)
(試したことあるんですね……)
(ええ……あ、着いたのよ)
(うわっ!? ぶつかる!!)
ある一軒家の屋根に撃突する瞬間、視界が暗転し着地した感覚が来ないまま室内に到着する。
(び、びっくりしたー! 幽霊だからすり抜けるんですね? 慣性とかもないのか……)
(今のは、高速飛翔と同じパッシブスキルの "心霊制御" ね)
(心霊制御??)
(心霊は "精神" って意味。このスキルは "精神的なデコイ" を生み出して、色んなものを錯覚させるのよ)
(???)
(さっき屋根にぶつかりそうになったでしょ?)
(はい)
(幽霊、つまり霊体はね、精神的作用に強く影響をうけるのよ。だからぶつかるって思ったら、質量のない霊体でも物理が作用したように錯覚して、ぶつかった感覚とそれに伴ったフィードバックが発生するわ。つまり実際にぶつかったのと同じ状態になるわけ)
(ほへー)
(ほへー)
間の抜けた返事をギンが真似した。あざといけど可愛い。
(だから屋根に接触する前に、心霊制御で "霊体だからすり抜ける" という思い込みの囮―― "精神的なデコイ" を作って、リュートの深層心理を騙したのよ。結果、ぶつからずにすり抜けたって感じね)
(ほえー)
(ほえー)
(リュートやギンが自分で飛ぼうとすると慣性や空気抵抗を感じるし、慣れないうちは壁をすり抜けたりも出来ないのよ。思い込みが物理現象をトレースして邪魔するのね。まぁ徐々に慣れるけど――それを心霊制御で騙して自分自身を錯覚させれば、今すぐにでも壁をすり抜けたり、慣性を無視して飛べるかしら)
(なるほど……)
(それでも、さっきのスピードでは飛べないけどね。高速飛翔はヴァルキューレに授けられる恩恵のひとつ、世界の法則を無視して飛んでるのよ)
(なんか、凄い――)
(訓練すれば、リュートも使えるようになるわ)
(おぉ……)
(ところで、契約の前につまらない質問をしてもいいかしら?)
真面目な顔でリュートの前に移動し、ちょこんとカーペットに正座する。
(なんでしょうか?)
(あのクソヤロウ共を殺したい?)
(――え!?)
女神らしからぬ口の悪さにか?
それとも思わぬ復讐を示唆された所為か?
唖然とするリュート。
霊体の様子で精神が安定してるのは解かるのだけど、それでもちゃんと意思の確認はしておくべきなのよ。
(人によっては、霊体になっても憎悪や激情に飲み込まれたままで、話が通じないこともあるのよ。リュートは驚くほど落ち着き過ぎかしら)
(あぁ……恨みはあるよ、殺せるものなら殺したい。でも、死んだからどうしようもないって諦めがあるし、なにより死んですぐギンと会えたから、落ち着いた感じがします)
(ふふふ、いい答えね。ちなみに英雄になれば、ギンと一緒に神界で暮らせるのよ)
(マジで!!?)
(マジデ! その辺も後で詳しく説明するかしら)
(はい!)
(んーっ……もし……英雄の力を手に入れて、クソヤロウ共を簡単に殺せるようになったら、どうする?)
(殺して問題にならないんですか?)
(大問題ね、間違いなく神罰を受けるかしら)
(駄目じゃないですか!)
(神罰を受けても、殺せるなら殺したいって思う人もいるのよ?)
(なるほど……今は殺したいとかは思いません。ただ、同じことを繰り返してるのを見たら……我慢できる気がしません……)
(そう、とてもよいわ。文句なしの合格ね)
(いまのテストだったんですか!?)
(違うわ、どんな答えでも契約はするつもりだったのよ。ただ答えの内容によっては対応を選ばないとせっかく契約したのに取り返しのつかない罪を犯して、極刑になったりしたら嫌かしら)
(あはは……あ、僕が嘘ついていたらどうするんですか?)
(これでも一応女神なのよ。それに霊体の状態で嘘はつけないわ、意思が霊気に載ってだだ漏れね)
(なるほど……)
(……あと、もうひとつ確認したいことがあるのよ)
(なんでしょうか?)
(英雄になるということは、半永久的に神界で過ごすということ。それに、英雄の存在意義が戦争への参加だから、どうやっても荒事は避けらないわ。それでもいいの?)
(んー、逆に僕でいいんですか? 自分で言うのも悲しいけど身体は華奢で体力も筋力もありませんよ?)
腕を見せながら自虐的に苦笑する。
(それがいいのよ! もうね、マッチョとか見飽きたかしら!)
(でも戦争で戦うんでしょ? 強い方がよくない?)
小首を傾げる。
あぁ、なんて可愛いのかしら……ハァハァ。
(……?)
いけない、見惚れてたのよ。
(んっ……まずねリュート、魔法を撃ち合ったり剣で切り合ったりするだけが戦争じゃないのよ?)
(そうなんですか?)
(特技兵、通信兵、衛生兵、兵站、戦闘力が低くてもやれることは多いかしら)
(あ、なるほど)
(ちなみに、わたし達の氏族は、戦時医療に特化してるわ。だからカテゴリー的には衛生兵に入るかしら)
(おぉ、僕も回復魔法とか使えるの?)
(わたしの神格のひとつが "治癒" だから、リュートが望むなら回復系の能力は会得しやすいわね)
(おぉ!)
(もうひとつの神格は "支援" だから、ゲームでいうところのバッファーもありなのよ)
(んー、自分を強化回復しつつ殴るってのはあり?)
(近接格闘が好きなのかしら?)
(護身術やってるから遠隔攻撃よりは接近戦が好きなんだ)
(そう……んっ、 レンジ や キャス よりは不利になるけど、 殴りヒラ はありね)
(でもなー、体力も筋力もないんだよね、技のキレだけはあるらしいけど……)
徐々にリュートの口調が砕けてきたのよ。興奮すると敬語が出ないみたいね。
中学生らしくていいわ♪
――んっ? ギン? なにかしら? あ、そうね、ごめんなさい。
(リュート、話の途中でわるいけど、ギンに急かされてね)
(あ……)
(最後の確認、わたしの英雄になると神界で半永久的に暮らすことになるし、戦争にも参加しないといけない。それでも英雄契約するかしら?)
(はい! 覚悟はできてます!!!)
(そう……ギンもそれでいい?)
(だいじょうぶー!!!)
物凄い勢いで尻尾を振っている。
痛くないのかしら……まぁいいわ。
(じゃあ、英雄候補の契約しましょうか……)
(はい……)
霊気を調整して艶っぽい雰囲気を醸し出す。
リュートのTシャツの裾を軽く摘まんで、見上げながら目を閉じ、静止する。
(……え!? 契約ってキスなんですかあああ!!)
軽く目を開いて、見つめ合いながら――。
(神話でもよくあるでしょ?)
――そう言って少しだけ近づく。
(あわわわわ)
(ぷっ、あはははは!!)
あまりの慌てぶりに思わず吹き出してしまった。
(女神様!??)
(契約方法は口づけだけど、わたしの身体ならどこでもいいのよ?)
(じゃあ、いまのは?)
(リュートが望むなら、わたしは唇にして欲しいから、期待を籠めて迫ってみたかしら)
(唇はちょっと……)
(そ、そう……)
わざとらしく落ち込んだ演技をしてみる。
(あ、嫌ってわけじゃなくて。恥ずかしいだけだから! さっき知り合ったばかりだから!)
(ならいいわ。残念だけど、手の甲にお願いね)
思った通りピュアすぎるわね。
色仕掛けにも慣れさせないと、ハニトラが怖いかしら。
(口づけ……)
(ええ……片膝はつかないで、欲しいのは信頼であって、信仰ではないわ)
そう言いつつ、少しだけ離れた後、口づけし易い高さまで手を上げて差し出す。
(軽くでいいんですよね?)
(ええ……)
そっと軽く手の甲に口づけすると、一瞬、神印が光となって浮かび上がり消える。
(か、体が……熱い――)
(胸に紋章が刻まれてるはず――)
リュートはTシャツを捲って確認する。
(――あるわね、契約成功なのよ)
(体が熱い以外は変化ないんですか?)
キャー!!!
リュートの胸……筋肉質じゃないのに適度に引き締まってて最高かしら!
桜色のポッチも可愛いわ♪
(女神様??)
(コホン……目立った変化はないはず、でも念話や遠話、あとは……わたしを基点にした瞬送も使えるようになってるかしら)
(念話はギンと話せるやつですよね? 遠話と瞬送はどんな能力なんですか?)
(説明してもいいのだけど、これ以上待たせるとギンが拗ねるのよ?)
(あ゛!)
(すねるのよー)
ギンがリュートを見上げながら真似した。
(ギン!!)
(リュートー)
わしゃわしゃ
(きもちいー♪)
(ギン……話せるのは嬉しいけど、初めて聞く言葉が "すねるのよー" って……)
(えへへ)
会話が出来るのが堪らなく嬉しいのね、延々とふたりでじゃれ合ってるわ……。