運命は惨く結びて 1
幾月か過ぎた頃、警報が鳴り響く。
『エマージェンシー、エマージェンシー、テキゴウシャ、ナンバーワン、トウロクメイ、リュート、ノ、バイタル、ガ、キケンイキ、マデ、テイカシマシタ――エマージェンシー、エマージェンシー――』
ハッ!?
読んでいたラノベを脇に置いて姿勢を正し、嬉しいような、やるせないような複雑な気分になる。
呼吸を整え、覚悟を決めて【テレポート】のタリスマンを起動した。
淡い光が周囲を包む。
軽い浮遊感の後、一瞬にして視界が転換――。
目前に映ったのは、傷だらけ痣だらけで蹲るリュートと、リュートを取り囲み容赦なく暴行を加える3人の男達だった。
ワ、ワタシ ノ リュート ニ……ナニヲ シテイル!!!!!
憎悪が一気に膨れ上がる。と同時に神印から強烈な神気が流れ込み、強制的に鎮静させた。
グギギギ……ガガガアァァ……アァ……。
…………こ、れ、は……まさ……か……神印の……穢れ祓……い?
ようやく落ち着いて、自分の状態を確認する。
……授業で習ったから頭では理解してたけど、まさかわたしが穢れ堕ちしそうになるなんて思わなかったのよ。
だから英霊石との盟約なしではミドガルドに降りれないのね。
……こんな簡単に穢れるなんて。
珍しく真面目に反省しながら再度リュートを見ると、警察に保護され担架で運ばれていくところだった。
担架に寄り添って号泣している女性がふたり。
白銀髪の女の子はクレハ、リュートの姉。黒髪の女性はオウカ、リュートの母。
あれは……クレハが抱っこしてるのは、ギン!?
(遅いよ! もう!)
(あ、ギン、ごめんなさい)
(やくたたずーっ!)
神獣であるギンは、死んで肉体が機能を失ったことで、神霊体となって顕現していた。
激怒しているが、見た目が可愛いので迫力がない。
(ああ、リュート、だいじょうぶかなぁ)
(……)
無理ね、かなり内臓器官が損傷してるのよ。
もって2時間かしら。
(シェイルは神様だよね? リュートたすけて!)
(ごめんなさいギン、わたしは戦いと死の化身ヴァルキューレなのよ。治癒の神格は持ってるのだけど、ミドガルドでは使えないかしら、もし治癒の神格でリュートを治しても、大御神様の神罰でリュートは今以上に苦しむことになるわ)
(……もう! ほんとにやくたたずーっ!)
ぷいっと怒った様子でリュートの方を向き、運び込まれようとしている救急車へ駆け出すギン。
わたしは、走り出した救急車を無言で追いかけた――。
◇◇◇◇◇
30分ほどで救急車は救命救急センターへ到着、二次救命処置が施され、集中治療室へ移り、緊急手術の準備が始まる、その間……。
……
…………ギンとわたしはずっと無言で見守っていた。
けれど手術を待たずに、突然周囲が騒めきだす。
(ギン……)
(なに?)
(リュートはもう助からないわ)
(……しってる)
(そう……)
(……ギン)
(なに?)
(わたしはね、ヴァルキューレなのよ)
(……しってる)
(ヴァルキューレは死者の魂をヴァルハラへ迎え入れて、英雄として転生させるの)
(!!!??)
(わたしはねギン、リュートにわたしの英雄になって欲しいのよ、だから許してくれるかしら?)
(……生き返るってこと?)
ギンは神獣だけど、不用意な受肉転生の反動で幼児退行した結果、アスガルドについての知識も失っていた。
(このミドガルドじゃなくて、アスガルドでだけどね……ギンは神獣だから、一緒にアスガルドへ渡れるのよ)
(リュートと一緒に!?)
(ええ)
(ほんとに? できるの?)
(できるわ、でも怒らないの?)
(なにを?)
(リュートを英雄にしたいからって、見殺しにしたのよ?)
(見殺しにしたの?)
(……助けなかったから同じなのよ)
(助けたらリュートが神様に叱られるっていってた)
(そうなるわね)
(じゃあ、怒るところなんてないよ)
(……ありがと……)
(そんなことより! ほんとに? 生き返るの?)
(ええ、もちろんなのよ)
(じゃあ、おねがい!)
(まかせるのよ!!)
医師が死の三兆候を確認している。
ベッドサイドの生体情報モニターを見ると心拍は停止しているようだ。
すぐに医師は、家族を呼んでくるよう看護師へ指示し、自分も退出した。
5分も経たないうちにオウカとクレハ、それと年老いた男女が入ってくる。
クレハがリュートの傍へ駆け込み、手を握って泣き始めた。
「琉人、ごめん、ごめんね、私がもっとしっかりしてれば、こんなことには……」
(あ、リュート起きてる)
(んっ、起き上がってるわね。すぐに霊体の状態と服装を確認かしら)
死後の服装は様々だが、大抵は当人のイメージが具象化することが多い。
死期を覚って死んだ場合は死に装束などが、突然死やそれに近い場合はいつもの服装が具象化する。
最も悲惨なのは、強い怨念を持ったまま霊体になり、霊体がその状態を再現してしまうケースだ。
焼き殺された場合などは、火傷痕やそれに伴う苦痛も正確に再現される、そうなると当然、怨念は更に強まり、結果、悪霊となる。
幸いなことに、リュートの服装はTシャツにジャージ、傷も痣も見当たらない。
それはリュートが怨念に捕らわれず、平静を保っている証である。
わたしは少し安心して、つい軽口をたたく。
(死んでることに驚いてるかしら)
(死んでるよ!!!!! っていってる)
(ええ、良いノリツッコミなのよ)
(こっちに気づかないね?)
(わたし達がいると思ってないから、見えてないのね、傍に行って呼んでみるのよ?)
(わかったー!)
(リュート? だいじょうぶ?)
ギンの問い掛けに目を見開いて、振り向くリュート。
gん!? ndいjおb!!???
(なにいってるか、わかんない!?)
(ごめんなさいギン、リュートはまだ念話を使えないから話が出来ないのよ、忘れてたかしら)
(……やくたたずーっ!)
(……そのセリフ、気に入ったのかしら?)
(えへへ)
(わたしが先に話すわ、英雄候補の契約ができれば、念話は使えるようになるのよ)
(わかったー!)
リュートの前に移動して――。
『初めましてリュート、わたしはヴァルキューレ、名をシェイルといいます、わたしが見えますか?』
――神気言霊で話しかける。
これでリュートの霊核に仮パスが繋がったはず。
(うわ!? え!? ヴァルキューレ? って確か英語だとヴァルキリー!?)
(はい、ドイツ語だとワルキューレ)
(ってことは僕を迎えに来たんですか?)
(はい、その通りです)
ギンはリュートの膝の上まで来て、顔を摺り寄せている。
(ギンごめんな、助けられなかったよ)
優しくギンを撫でる。
(護ってくれてありがと、ボクのほうこそごめんって言ってるわ)
(ギンの言葉が解るの!?)
(女神ですから!)
フンス! と鼻息を荒くして偉そうに胸を張る。
(女神様? にしては、服が皺だらけで、髪もぼさぼさだし、気のせいか目の下に隈があるような……)
(あ! 慌ててたから、いつものまま来ちゃったのよ! 大失態かしら!)
(……口調が変わった……)
(ちょっと待つのよ? これでどうかしら!)
瞬間、わたしは眩い光を放ち――。
純白の貫頭衣に薄空色の透けた羽衣を纏い、深く輝く黄金のツインテールに、深い翠色の瞳。
――さながら女神の姿へと変貌する。
目の下の隈などない……。
(おぉ!! まさに女神様って感じですね!)
(くくく……ひれ伏すといいのよ!)
(え、ひれ伏した方がいいですか?)
(冗談かしら、調子に乗っただけなのよ)
(……)
(ちょっとギン、その目は何かしら? ちゃんとするから役立たずはやめるのよ)
(ギンと仲いいんですね?)
(ええ、まぁ、詳しいことは後で話すわ、できればすぐに契約したいから場所を変えたいのよ、よいかしら?)
隣では戻ってきた医師が家族立ち合いの死亡確認を行っている。
それを見て悲しげに顔を歪めるリュート。
(契約してもしばらくは地上に残るから、後で家族には会えるのよ?)
(本当ですか!?)
(女神、嘘、付かない)
(なんで片言!?)
(コホン――それに、英雄候補の契約を結べば、念話でギンとも話せるようになるわ)
(マジで!!?)
(マジデ! ギンも早くリュートとお話したいのよね?)
ギンは、力強く何度もうなずく。
(解りました! 契約をお願いします!)
(ええ、でも、落ち着ける場所で契約したいから移動するのよ)
(はい! ――姉さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん、後で会いに行くよ)
泣き崩れる母と姉と祖母、涙が溢れないように耐える祖父を見て決心したように呟いた。
(リュートはギンを抱っこしてるのよ)
(了解です、ギンおいで)
リュートがギンを抱っこしてる隙に、後ろに回り込んで――。
(――そしてわたしは後ろからリュートをもふるのよ)
(どういうこと!?)
(いつものことなのよ)
(え!?)
(ほら、おとなしくするかしら、すぐ済むから痛くないのよ)
(いやいや、意味が解らないよ!)
恥ずかしさの余り耳の先まで真っ赤にしつつも、言う通りおとなしくするリュートを後ろから抱き寄せ、高速飛翔した――。