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やるせない想い 3

「お母さま。わたしたちは、ウェデル王国に配属されるのでしょうか?」

「ええ。そうなります」


 お? おお! 惑星ウェデリアにある王国、エイルお母さまの娘たち、ウェデル氏族の王国! つまり……異世界!!

 僕の第二の故郷になるかもしれない国……。


「とはいっても、すぐには向かいません」

「!?」

 異世界へ思いを馳せる僕を見て注意するお母さま。

「現状がどうあっても正式に英雄契約を結ばなくてはいけません。そにれは英霊石の回復を待つ必要があります」

「しばらくは、学園で過ごすということでしょうか?」

「いえ、ウェデル自治領で初級クランクエストをこなしなさい」


 クラン──クエスト(・・・・)!?

 クエスト発生!!


「そんないいものじゃないのよ? ただのお使いかしら」

 テンション爆上がりした僕を見て注意するシェイル。

「お使いクエスト……嫌いじゃない!」

「えー」

 露骨に嫌がる。


「自治領でクエストしながら、キール君が回復したら本契約して、ウェデル王国に向かうって流れですね?」

「はい、10日後に迎えが来ますので準備しておくように」

「了解です!」

「では、退室なさい」

 促されたのでウェデル正式敬礼後、学園長室を出る。


 3人で廊下を低速で進み寮部屋が見える距離まで来ると、扉の前にジュダがいた。


「お待ちしておりましたわっ」

 なんとなく空元気だ。


「お茶にしようか」

「はい」

 寮部屋に入って各自で出したコップやティーカップをテーブルに置くと、いつものようにジュダが紅茶やジュースを注いでいく。

 ジュダが作ったほうが美味しいし、このほうがジュダも喜ぶ。


……テーブルを囲み、少し気が抜けた頃、そっと話しだした。


「今回の騒動はわたくしに原因がありますの、本当にご迷惑をお掛けしましたわ」

「聴いてもいいの?」

「はい」



──要約すると顛末はこんな感じだ。


 ザガリーは地球とは異なる惑星の人間種で、ロイギルから祝福を与えられた尖兵だった。

 尖兵の主な仕事はミドガルド(地上)の監視や、ヴァルキューレ(戦乙女)の代行で、どちらも対価として望む祝福が与えられるが、英雄候補と違って悪人が採用されることもある。

 そして運よく代行に選ばれたザガリーが望んだ祝福は "英雄" になることだった。

 悪人を英雄にすることはできない。だが、代行を果たした者への祝福を蔑ろにするわけにもいかない。

 何度も代案を拒否して英雄を望むザガリーに折れたロイギルは、性悪封印の祝福を条件にザガリーの望みを受諾した。


 これを[穢]に利用される。

 性悪封印される前に、[穢]の卵を植え付けられたらしい。

 [穢]の卵は、祝福で性悪と共に封印される。

 似たようなトラップは幾度となく検疫されているが、今回の[穢]の卵は今までと基礎理念が異なっていたらしく、巧い具合に性悪に隠れ祝福に封印された状態でアスガルド(アース神界)の検疫を通過してしまった。


 本来悪人で、英雄になる素養もなく、性悪を封印されて悪行へ一歩踏み込めなくなっただけで、性格の悪さは変わらない。性善が伸びたわけでもないので、善行を積もうとするわけでもない。

 そんな英雄候補を誰が望むのだろうか?

 ロイギル氏族内で(なす)り付けあった結果。

 忌み子のジュダが選ばれた。


 それでもジュダは嬉しかった。理由がどうであれ氏族にも、ザガリーにも、必要とされたからだ。

 快くザガリーを受け入れるが、英雄候補の契約(仮契約)を結ぶ直前。

 心無い同氏族の嘲笑を聞いたザガリーが激怒する。

 「出来損ないを寄越したのか!!」と。

 自分をけたたましく(なじ)パートナー候補(ザガリー)に絶望し、無言のまま逃げ出した。


 そんなザガリーと英雄候補の契約(仮契約)を結んだのが、ジュダの側仕えのひとり。アリアだ。

 アリアは逃げ出したジュダを庇うために、誠心誠意ザガリーに尽くした。

 アリアの見た目に心を撃ち抜かれたザガリーは、ロイギルが提示した "生活面を一切保証する" という条件もあって、アリアと英雄候補の契約(仮契約)を結ぶ。


 しかし、献身的に世話しても、身体は許さないアリア。

 無理に犯そうとしても、神霊体のヴァルキューレ(戦乙女)には敵わない。

 生活面を一切保証するなら性生活も保証しろと訴えるたびに、冷たくなる周囲の態度。

 次第に立場をなくし、蓄積された負の感情が祝福によって再封印され、封印の中で鬱積する。

 [穢]の卵は負の感情を糧にして、徐々に内側から祝福を書き換え始めた。


 そんな頃、学園の中等部で楽しそうにしているジュダを見つけて、悪意が漏れたようだ。

 いざクラス演習が始まってみると、忌み子と嫌われていたジュダは、実は火属性がないだけで、神気制御と超長距離索敵の天才だと妹のディナミネシスから知らされる。

 比べてアリアは神印も属性も特性も戦闘向きではない。

 ザガリーよりは遥かに強いが、他のヴァルキューレ(戦乙女)よりは遥かに弱い。

 ジジ様のような獣と仮契約しているにも関わらず、パーティに多大な貢献が出来るのはジュダ本人が優秀なのだと思い込んだ挙句。アリアこそが本当の出来損ないだと決めつけた。


その結果があれ──八つ当たりじゃないか──。



 授業で習ったじゃん。大切なのはクロスオーバー(神憑り)の性能に直接影響するパートナーとの信頼関係。


「基本性能が低くても、最終的にはクロスオーバー(神憑り)時の性能と固有恩恵が全てだから、より良い固有恩恵を得るためにも英雄契約(本契約)までにちゃんと信頼関係を築くことって……授業で習ったじゃん!」

 頭の上でギンがぴくっと震えた。


「神気を抑えるのよ! 強すぎかしら!」

「あ、ごめん」

 神格が増えたんだった。気を付けて制御しないと。


「……追い詰めたのですわ……」

 目を伏せて沈む。

「悪いのはロイギルじゃ。素質がないなら英雄候補なぞせずに、記憶を奪ってから自然に望んだ祝福を与えるだけでよい」

「ユーディットもそうだけど、氏族特性がクソ真面目なのよ」

 挑発して元気づけようとしているのは判るので注意はしない。


 シェイルさん、言いかた……と思いながら、すっと立ち上がってジュダの横まで椅子を移動させて座る。

「はい、ジュダ。膝枕するからおいで」

 太ももをポンポンする。

「ふぇ?」

 上目遣いが涙で光を反射する。


 可愛いけど今は……[心霊制御]! 君に任せた!

「ほらほら」

 太ももをポンポンする。

「ユーディットがやらないなら、わたしが貰うかしら!」

 そこは空気読んで……。


「はい……はぅぁ~っ♡」

 なかなか立ち直らないので、膝枕してギンとジジ様を抱かせた。

 僕にくっついていれば、誰かに抱かれてもギンは嫌がらない。

 命令すれば抱っこされるだろうけど、無理はさせたくないよね。


……しばらく経つと気持ちが戻ったのか、ジュダが起き上がる。


「ありがとう。至福でしたわ」

「そ、れは、よかった」

「ところで、ふたりはいつ頃学園を離れまして?」

「10日後かな」

「よかったですわっ。2日後に仮卒業祝いなんて、いかがでしょう?」

「いいね!」「いいねー」

「場所は霊拝堂前の広場ですわ。学園長様の許可は下りてましてよ」

「了・解!」


 そうしてジュダは帽子へ擬態したジジ様を被って自室へ戻った。



  ◇  ◇



 2日後、霊拝堂前広場。


 ポルトクラスの同級生、ヤコミナたち、数人の担当官とお母さまが立食で賑わう中。

 僕の目の前に、片膝をついてウェデル正式最敬礼している男が居た。

 ピンク色のくせ毛風ロングヘアで、線が細い長身。

 右手を左胸に当てたまま、左手を僕に差し向ける。

 男は顔を伏せ気味に、黙祷したまま声を張った。


「リュート!! あ、愛している!! 力不足なのは理解している……が、必ず幸せにしてみせるから!! 俺の妻になってくれ!!」


 そのまま、硬直する男。


「あ? ……ん? んんっ??」


 思考停止する僕。


「突然ですまない。今を逃したらいつ会えるか分らないと思ったら、我慢できなかった!」


 顔を上げる男。

 人形じみた美形なのに、声はなかなか渋い。

 おっと、今はそんなことはどうでもいい。


「え? 罰ゲーム??」

 男の目を見ながら首を傾げる。

「真面目だ!!」

「なお悪いわ!!」

「な、んだ……と──」

 僕のツッコミに絶望する。


「くっううぅ~~!」

 斜め前でシェイルがテーブルに両手を置きながらしゃがんで震えていた。

「ガハハハハハッ!!」

 反対側で爆笑している白いテディーベアと、状況が呑み込めないで周囲を頻繁に見回すジュダ。

 他のみんなの反応は様々だ。


「まさか……エース……僕のこと、女の子だと勘違いしてない?」

「そ、んなに、性別ごまかすほど俺のことが嫌いなのか……」

「いやいやいや、僕は元から男だよ!」


神威武装(しんいぶそう)で成長していた……」

「あれには僕も驚いた!」

 だんだん顔色が悪くなっていく。


「姐御が超絶美少女って言っていた……」

「見た目超絶美少女なのよ……くっ」

 同時に口が(たる)み始める。


「姐御やジュダと仲良くしていた……」

「それは普通に仲良いから! 盛央もジジ様も仲良いよね?」

 だらしなく開きっぱなしの口に、顔の表情筋も重力に逆らうのを止めたかのようだ。


「そもそも僕って言ってるのに盛央に確認しなかったの?」

「確認していない……ボクっ娘なのかと……」

「地球の無駄知識があだになったな。ガハハハハハッ!!」

「盛央は気付いてたでしょ? なんで注意しなかったの!?」

「ガハ……シェイルに止められてた」


「姐御!!」「シェイルさん!?」


「にひひひひ! 最高なのよ~♪」

「「悪魔か!!」」


 地べたに両手をつき、震えだすエース。


「お、俺の初恋があああああぁーーーーー!!」

 それはそれは、雄々しい叫び声でした。


「エース。後ろを確認してみるかしら?」

 そっと頭の横から囁く悪魔。


 そこには大勢の知り合いの痛ましい目線が。


「ぎゃあああああーーーーーっ!!」

 ついには地べたを転がりまわる。


「そ、そんな……」

 ふと見るとジュダの全身が真っ赤になっていた。


 あー、もしかして、ジュダはエースが好きだったのかな?

 なんとも、やるせない気持ちになっていると。

「……リュートが男の子……スキンシップ、食べさせ合いっこ、ひ、膝枕!? ……はわわわわわぁっ」


「お前もか!!」


 いつもなら我慢していた心のツッコミが、そのまま出てしまいました。

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