絶望の先へ 1
啖呵を切る盛央の背中に、憧れの眼差しをこれでもかと注ぐ僕。
すると斜め後方のエースが吠えた。
「ボケが! ……いいだろう、俺も男だ。惚れた女のためなら命くらい張ってやる!!」
──んん? 惚れた女? 誰それ!?
シェイル……じゃないと思うから──ジュダ?
おおう、そうなんだ!
覚悟を決めたエースは神気言霊を唱えながら何故か、神楽のようで、遥かにスピーディな踊りを始める。
『舞え! 舞え! 猛り狂いながらも──舞え!」
顔どころか首筋まで真っ赤。羞恥に耐えているようだ。
アリアは、半分ほどザガリーに取りこまれていた。
『舞い集いて形代を成せ!』
ちょっと投げやりな感じのエース──。
『【クレイジートラップ】』
ダンッと足を強く踏み抜いて、決めポーズを取ると、エースの背中から5体の真っ白い球が次々と離れる。
「師匠、使わせて頂きます……行くぞ盛央!」
4体の白い球がこちらへ飛んできた。
「おうよ!」
ふたり呼吸を合わせて叫ぶ。
「「リミテッドオーバー!!」」
白い球の1体が盛央にぶつかり、そのまま吸収。
倍に膨れあがったかと思うと弾けて、中から現れたのは──。
「こ、これは!?」
「盛央、大丈夫そうか?」
「ああ、いける! 俺の感覚だと9割がた力が戻った!」
「よし、まずは成功──細かい制御は俺が担当する、急げ!」
「おうよ!」
──3体の白い球が、三角錐に変形しながらザガリーを取り囲む。
「包囲完了!」
「ふーっ、もし浸食されそうならスグにぶちかますぞ!」
「おうよ!」
エースが集中する。
『ギ、ギ、ァ?』
ザガリーは自我があるかどうかすら判らない。
「んっ、ギン」
「なーにー?」
エースが集中しているあいだにシェイルがギンに話しかけた。
あれ?
「ギンいたの!?」
「えー、ずっと頭の上にいたー」
まじか……。
「演習だとギンに頼れないから、すっかり忘れていたのかしら?」
「いつも頭の上にいるのにー」
「……それが当たり前すぎて、忘れてた……」
「天然か?」
シェイルからの珍しい真顔ツッコミに──。
「あう」
──言い返せない。
「んっ、ギン。あいつ[破壊]できないかしら?」
だよね……。
「むりー」
「神威武装は?」
「ボクは大丈夫だけど、キールがむりー」
「そういうこと?」
「うんー」
「どういうこと?」
僕には理解できない。
「んっ、神威武装したギン憶えてる?」
「大人になってたやつ?」
「うん、あれはわたしの[増強]を使ってキール君が一時的にギンを成長させてたのよ」
「あー、クロスオーバー出来ないのと同じ理由か……」
「うんー」
「もし神威武装出来たら壊せるかしら?」
「むりー、みんなで結界を壊したあれならできるかも」
「なら、最悪クロスオーバーで──」
「──リュート、残念だけど、それは無理なのよ。あの時のクロスオーバーはキール君とわたしの全力に、ギンの神威武装の加護があって、ちょっとあり得ない出力がでてた。百戦錬磨の英雄たちですら戦闘中に竦み上がるほどのね」
「あー」
確かにそうだ、クロスオーバーで膨れ上がった僕らの神気を浴びて、みんな戦闘を中断してた。
「じゃあ、無理にクロスオーバーしても、ザガリーの "穢れ" は壊せないのか」
「うん、ごめんね」
ギンが謝るけど、僕には伝わった。
最近は[水]と強く繋がることが多い。でも意識するとパスを通してギンの強い意志を感じた。
キール君があまり慌てないのは、たぶんギンが居るから。
どうしようもなくなったら、ギンが何とかする。
それでも僕とシェイルが致命傷を受けたら、進化の1つが発動する。
その進化で安全が確保されるんだと思う。
ギンが対処出来れば、みんな助かる可能性はある。でも……。
3人で考え込んでいると、エースの準備が整った。
「ふんっ! 我が姉にして師匠、天才と謳われるヴァルキューレが創りし至高の傑作を見せてやろう!」
片手を前に突き出してザガリーを包囲した三角錐を起動した。
「【フォース・キングダム】!」
3体の三角錐から3本の直線が伸び、各自連結して逆三角錐の結界を構築する。
あ、残り1体は地中に潜ったのか!
「な!? こ、これ……」
「おー、あの結界と同じくらい強いー!」
「神社の?!」
「うんー」
「[絶対拒絶]の結界、概念制御の精度はフェミ先輩ほどじゃないけど、強度は匹敵するのよ! あの人形の所為かしら?」
僕らが驚いていると──。
「なんとか間に合ったな!」
──盛央が右手の親指っぽい突起をサムズアップして喜んだ。
「あ、う、うん」
「気を抜くな! ここからだ!」
確かにエースの言う通り、マーフェの警報も止まないし、アリアを完全に取り込んだザガリーがぐにゃぐにゃし始めた。
来る!
と思った瞬間、みんな迎撃態勢をとる。
ザガリーの肉体が醜く増殖を始めると、一瞬で膨れ上がり、逆三角錐の結界をしならせた。
「「ヒイッ」」
思わずエースとジュダが短い悲鳴を上げる。
「エース! こっちまでは浸食されない。だが……全部抑えるのは無理そうだ」
「……ああ、把握している。[絶対拒絶]に穴を開けるつもりか……クソボケがっ!」
「幾らか突破される、リュート! すぐ迎撃準備だ!」
「分かった! ギン、触手を壊すのはできそう?」
「うん!」
「ギン、シェイル、お願い!」
「まかせてー!」「まかせるのよ!」
いいぞ! あとはお母さまが来るのを待てば……。
『GaGi、GyaGi』
ザガリーは、なんと表現すればいいんだろう。
粘液の触手を伸ばす肉の塊……ヒトの原型はない。
所々青筋と血管らしきものが浮かび上がり、そこを赤黒い[穢]が循環しているようだ。
その[穢]を[絶対拒絶]の一点に押し付けている。
徐々に一転だけが変色し──。
プシュー
──赤黒い靄が噴き出した。
「まずいぞ……穢される!」
三角錐自体は[絶対拒絶]で護られているので【フォース・キングダム】が直ぐに壊れることななさそう。
でも、放置するとここら一帯は間違いなく汚染される。
「ギン様! お力添えを!」
ジジ様がジュダの頭の上でぶるぶる震えた。
「なにするのー?」
「ギン様の[破壊]を、わしの能力でジュダの結界に付与すれば、この程度の[穢]なら防げますぞ!」
「へー、面白そー! リュート」
ギンの好奇心が伝わってくる。
「やってみよ!」
僕の肯定を受けて、ジジ様がジャンプ。一回転するとボフンと膨れ上がり、再びジュダの頭に着地した。
「わしの背中にどうぞ!」
いつもの擬態帽子ではなく、うつ伏せ枕のように中央が凹んだジジ様。
「とーぅ」
僕の頭からジャンプしてジュダの頭へ着地。
あつらえたかのように、ジジ様の凹みに装着した。
「ふぁっ はぅぁっ」
恐怖はどこへ行ったのだろう。ジュダが蕩け落ちる。
「ほれジュダ、わしとギン様を護れ。誓約を違えるな!」
ジュダの顔に生気が戻った。
「そうですわっ、わたくしの命はもふもふを護るためにありましてよっ」
え? そうなの? それでいいの……?
「リュート! 下がってくださいましっ」
みんなを残して? そんな選択したら、英雄になんて成れないよ。
少なくても僕が目指す英雄はそれじゃない。
「パーティ唯一の攻撃手が下ってどうすんのさ! これはリーダー命令だよジュダ! 僕の後ろで結界を張って!」
「ですがっ」
「リュートは俺が護る! ジュダは後方で穢気の封じ込めに集中しろ!」
いつのまにか、僕の隣まで来ていたエースが促す。
好きな子を下がらせて出来るだけ被害から遠ざけるつもりだね?
ふふん、やるじゃないかエース!
「分かりましてよっ」
ジュダが霊気の被膜を展開しながら後方へ飛ぶと──。
『【エンチャント・フォース】』
──青白銀の六芒星アクセサリーを盛り上げてジジ様の額に大きな宝石が浮かぶ。
「ギン様お願いしますじゃ!」
『我に破壊を』
ギンの神気言霊に反応して一瞬ジジ様が震えると、霊気の被膜に灰黒の格子線が走った。
穢気が灰黒の被膜に触れる。
被膜が弾けて穢気も消えるけど、次々に押し寄せる穢気に被膜の回復が追い付かない。
「おい、カーバンクル。その付与は私にも可能か?」
思わぬ声に後方を確認すると、ディナミネシスがいた。
「ディ!?」
「姉上は危なっかしくて見てられん」
腰に手を当てたままザガリーを睨みつけているが、なんだか嬉しそうだ。
「すまん霊力が足りん。無理じゃ」
「チッ、これだから畜生は──」
「──なら我の神気をくれてやろう」
ディナミネシスの嫌味を遮って、フランシスがジジ様に触れる。
「よいか?」
「すまぬ!」
「気にするな──【ドレインタッチ】」
「あ~っ、漲るのじゃ~」
「ウェデルの【ドレインタッチ】。さすがの変換効率ですわっ」
「氏族特性だからな」
額の宝石が輝きを取り戻す。
「ギン様よろしいでしょうか?」
「よきに計らえー」
「ははーっ! ほれ、小娘。わしに触れるがよい。ギン様の偉大なる[破壊]の御力を授けてやるのじゃ」
「畜生が──」
ジジ様に嫌味で返されながらも、蔑んだ目で睨みつつ右手で触れる。
『【エンチャント・フォース】』
「これが神獣様の力……悪くない」
左手をニギニギして感触を確かめると、そのままジュダの背中に添えた。
「私の神気を送るので姉上が制御してください」
「でも属性がっ」
「今私と姉上の神気は、神獣様の[破壊]でリンクしています。[破壊]の影響が強すぎて、双方の属性が無視されている状態です」
「あっ」
「はい、今なら私の神気を姉上が制御できます。そして神気の制御は姉上が遥か上……」
「……ディ」
「おいこら! じゃれ合うな! はよやれ!」
ギンと違って空気を全く読まないジジ様。
「畜生が──」
舌打ちしつつ、神気をジュダへ送る。
「無敵ですわっ。負ける気がしませんのよっ」
ディナミネシスの後ろにもう一枚[破壊]の結界が展開、前後の結界に穢気が触れると結界が弾けて、周囲の穢気を灰黒の炎が焼き尽くした。
「「「「「凄い!」」」」」
辺りから感嘆の声が上がる。
見渡すと──。
ヤコミナとコリン、そしてふたりに関わった2つのパーティメンバーが逃げ遅れた英雄候補を救助していた。
プラチナのメンバーは、[穢] の余波で神印の穢れ祓いが発動したヴァルキューレや、悪影響を受けた英雄候補を回復し、バーニングレッドはそれを支援する。
──活動しながら、こちらの様子を伺っていたようだ。




