残念な戦乙女と白銀の子犬
『エマージェンシー、エマージェンシー、ロクネン ガ ケイカシマシタ、タイザイキゲン、ノコリ イチネン デス――エマージェンシー、エマージェンシー――』
抑揚のないゆっくりなメーカー声で、警報が繰り返す。
はっ!? キング・ク○ムゾンの攻撃かしら!?
ぼさぼさの髪、よれよれの服、片手にボトルコーラを持ちながら周囲を見回して、ため息をつく。
はあぁー、もう残り1年なのね、まだまだ物足りないわ、でも、国選は回避したいのよ。
ミドガルド活動期限中にパートナー候補が見つからない場合は、国指定のパートナーと強制契約になる。
それは避けたいので、重い腰を上げた。
まずは、日本国内全ての中学と高校を検索ね、次は大学、それでもだめなら海外。
条件はある程度好みの整った顔と筋肉質ではない身体、性格は優しい子がいいのよ、強くある必要はないわ……。
……パートナーの条件を設定。
…………世界内検索実行。
………………適合者上位百名を抽出。
……抽出した上位適合者を個別特定っと……。
ん? これは……神獣? なんで地上に神獣がいるのかしら?
上位適合者を個別特定していると、適合者の近くに神獣の気配を感知した。
無視はまずい……わね、助けを呼んでいるのよ。
神獣の上空まで高速飛翔する。
◇◇◇◇◇
「ワン! ワン! クーン……、ワン! ワン!」
神獣は人間の子供達に向かって吠えていた。
あの子達に助けを求めているのかしら?
んっ……なるほどね。
近くの窪地で適合者が座り込んでいる、窪地に落ちて足をくじいたようだ。
まずいわ、野犬の群れが近づいてる。
あ……野犬に襲われて死んだらパートナーの条件は満たされるかしら……。
ハッ!? ダメよ、結果どうしようもないのは仕方ないけど、それを望むのはヴァルキューレとして失格なのよ。
右往左往していると、神獣も野犬の接近に気づいたようで、適合者の方へ駆け出した。
人間の子供達は、神獣を見ているが動こうとはしない。
「なんだよあの子犬」
「行っちゃったね」
神獣の意思は伝わっていないようだ。
しかたないわ、禁止事項だけど、みんなやってるし、影響が少ない干渉なら問題ないのよ。
子供達の傍までより、子供達に息を吹きかける。
『誰か助けて!!』
言霊が鼓膜から脳に伝わると、脳内の情報を素に任意の音または声へと自動変換されて聞こえる応用技を使う。
「い、いまの!?」
「聞こえた! リュートの声だ!」
「どこ!?」
「たぶん子犬が行った方!」
「あ! あの子犬、リュートを助けようとしてたのかも?」
「だな! 行こうぜ!」
走り出す子供達。
んっ、ちょっと危ないのよ。
アフターフォローは大切かしら。
『窪みがあるから気を付けて!!』
「おぉ!」「今行く!」「待ってて!」
あとは神獣に任せれば大丈夫そうね。
にひひひ……お優しいヴァルキューレ様は高みの見物と洒落込むのよ♪
――台無しである。
『GAAAAAOOOOOUUUUUuuuuu!!!!!』
すぐに神獣の雄叫びが響いた。
その直後――。
「だれか助けてー!!!!!」
――助けを呼ぶ適合者の声が届く。
数分後、問題なく野犬の群れを追い払った神獣と子供達は、適合者を窪みから引き揚げる。
駆けつけた保護者っぽい大人が適合者をおんぶすると、みんな一緒に街へと歩き出した。
あ、そういえば適合者の顔を見るのを忘れたわ!
なんてことかしら、大失態なのよ!
神獣のことも気になるし、今夜にでも確認が必要ね。
◇◇◇◇◇
その夜――わたしは、神獣の元を訪ねた。
(やぁ、神獣君、ごきげんよう)
(あ、もしかして、さっき力を貸してくれた神様?)
(そうね、初めまして、ヴァルキューレ・シェイルよ)
(あ、はじめまして、ボクはギン)
(ギン? 銀色をしているからギンなのかしら?)
(うん、そう!)
尻尾が緩やかに揺れてる、自分の名前を気に入ってるのね。
でも銀色というより、白銀なのよ。そこはツッコんだら負けかしら。
白が強い白銀の体毛に黄金の眼で、とても神秘的な印象を受ける。
(牙と爪が黒いわね、ヴァナルガンド族かしら?)
(えへへ、正解!)
目を輝かせてブンブンと尻尾を振る。
あら、可愛い♪
神獣属フェンリル種ヴァナルガンド、破壊の杖の一族なのね。
同僚や姉妹、お母さまからはおバカ認定されているけど、興味が無いものに対して一切労力を割きたくないだけ。
こういった設定はほぼ完璧に暗記してるのよ。
――もちろん娯楽を楽しむために!
(ギンはなんで地上にいるの?)
(リュートを護るため!)
(誰かに頼まれたの?)
(うん、そう!)
(誰?)
(んー、主とばば!)
こ、これは、たぶん詳細を聞き出すのは無理ね。
狼によく似た犬っぽい、なんちゃって種に受肉転生した弊害で幼児退行してるみたいなのよ。
(偉いわ、励みなさい)
(えへへ)
お母さまの真似をしてギンの頭を優しく撫でる。
(ところでギン、リュートの様子を見てもよいかしら?)
(危ないことしない?)
(しないわ、見るだけよ)
(わかったー!)
ギンに適合者の部屋へ案内して貰い、部屋を覗いてみると、携帯ゲーム機で遊ぶ適合者と対面した。
はうっ!!!!!
な、なに、この美少女、カワイスギル…‥。
ま、まって、わたし一応女神なのだけど、女神のわたしより可愛いのよ?
あ、まずい、まずいわ、ダメよ、ダメなのよ、解るわ、解ってしまったのよ?
一目惚れかしら……。
お、男の子なのよね? 男の子なのよね? 美少女だけど男の子なのよね?
霊核に触れて情報を読み取り、正しい性別を確認する。
マジデスカ――男の子なのよ、紛うことなき男の子なのよ。
運命、これが運命でなくて何が運命なのよ?
でも、パートナーの条件は非業の死。
それをヴァルキューレがマッチポンプするのは最大級の禁忌……。
ああ、野犬から助けなければよかったのよ。
――!?
バカなの? 初めて自分で自分をバカだと思ったのよ!
穢れ堕ちてしまう!
ハァハァ……落ち着くのよ……。
とりあえず他の適合者は除外、ギリギリまで粘ってダメだったら、戻ってお母さまに相談なのよ。
それでどうにもならないのなら、もう国選でいいかしら。
リュート以外のパートナーなら誰でも同じね――。
(だいじょうぶかなぁ)
揺れ動く異様な霊気に中てられ、色んな意味で心配そうに見つめるギン。
そして……。
ああ、なんてカワイイのかしら♪
ギュっとして、チュっとして、スリスリして、ぐへへへ……ハァハァ。
アストラルバディのわたしに気付かないリュートを、やりたい放題弄る。
(リュートにへんなことしちゃダメー)
(まあ、ギンったらヤキモチかしら? これは愛情表現なのよ♪ あとでしてもらうといいわ)
(やきもち? おいしそー、ボクもあとでやってもらう)
基本を押さえたボケ……やるわね!
どうでもいいことを褒めていると――。
「おいで」
――ドアの隙間から覗いているギンに気付いたリュートが手招きしてくる。
てくてくと傍まで行くと、抱っこで膝の上に乗せられ、わしゃわしゃと首から身体を撫でられるギン。
「ギンのもふもふ、気持ちいい♪」
(やきもち、きもちいー♪)
ならわたしは、リュートをもふるわ♪
リュートの背後から抱きつき匂いを嗅ぎながら、しばらくの間、ギンとふたりでリュートの感触を楽しんだ――。
なんて幸せなのかしら♪
でもミドガルド活動期限はもう1年切ってるのよ。
出来ればずっとリュートの傍に居たいけど……わたしには果たさなければならない重大な使命があるわ!
もしリュートをパートナー候補に出来なかったとしても、後悔しないようにアスガルド補完計画をより強固にしなくてわ。
――アスガルド補完計画――。
娯楽が乏しいアスガルドに於いて……。
もともと問題があり過ぎる作品は、世界管理システムにより強制排除されるが、思想汚染にはならないが好ましくない程度の作品も、アスガルド情報管理局が排除していた。
輸入禁止となった作品などを手に入れるため、有志達はミドガルドに赴いた際、人間に祝福を与えてその対価に記憶や五感を共有。
共有した情報を基に任意の作品をアスガルドで複製し、交換しあって、有志達の間だけで楽しむという壮大な計画である。
ちなみに……シェイルの同居人女性も、居住スペースと嗜好品、各種コンテンツ提供の対価として、祝福を与えられている。
彼女の望みは素敵な恋人との素敵な出会い。
なので、彼女に与えられた祝福は、 "出会い" と "相性向上" 。
このふたつの祝福で結ばれた男女が離縁することは、外的要因を除いてまずないのよ。
時間がたつほど、回数をこなすほど、身体の相性が抜群になるらしいわ……にひひひ。
……あとは、心置き無く計画を進めるためにも、リュートへの対策が必要ね――。
まず、【バイタルチェック】のタリスマンで、瀕死の重傷を負ったり即死した瞬間に信号を送るように設定。
次に、【テレポート】のタリスマンの転送先として設定。
最後は、【コンシール】のタリスマンで、リュートを基点に探索阻害の結界を張る。
この3種のタリスマンは、ヴァルキューレ養成学園に入園する以前から、このためだけに、お母さまに数十年かけておねだりしてやっと手に入れたマジックアイテムである。
パートナー候補を探す目的でミドガルドに降りているため、余計な干渉はしないように魔法の使用は原則禁止。
多少なら見逃してもらえるが、大々的に魔法を行使すると強制召喚でアスガルドへ戻される。
そのため、英霊石から授かる数々の恩恵は必須とされた。
例外として、任務補助という名目で数点持ち出したマジックアイテムだけは、使っても処罰されない。
もちろん、強力すぎるマジックアイテムの持ち出しは保安検査で弾かれるが。
――完璧なのよ! これで邪魔は入らないはず。
こうしてシェイルは、アスガルド補完計画を補強しつつ、気分転換にリュートを愛でるというニート生活を謳歌した――――――。