やるせない想い 1
一応、ポルトクラスパーティ・バーニングレッドの応援に来たわけだけど。相手パーティにヤコミナとコリンがいたので、片方だけを応援し辛くなってしまった。
盛央とふたり、複雑な表情で試験演習を見守る。
「今回もアレやるのかしら」
「もちろんでしてよ。ロイギルが手加減するなんてあり得ませんわっ」
「始まるぞ」
金管楽器の音色と共に、白黒の壁が消えていく。
「何度見ても血の気が引くな」
「「「「「……」」」」」
エースの言葉に、みんなが無言で答える。
バーニングレッドは黒いエリアだけど、壁が消える前から壁に向かって爆炎の波状攻撃を仕掛けていた。
これが戦術や戦略と呼べるのかは置いといて、壁を徐々に溶かしながら鬱積され続けた爆炎のエネルギーは、その枷から放たれると圧倒的な熱量を以って、敵エリア全体を "焦熱地獄" へと変える。
有無を言わさず全てを焼き尽くすこの攻撃は、壁がなくても爆炎のエリア攻撃だけで "焦熱地獄" 状態になる。なので僕らのクラス演習ではもちろん使用禁止だ。練習にならないからね。
でも実戦に近い状態で行われる定期試験演習では許可されているみたい。今回でバーニングレッドの試験演習を観戦するのは5回目だけど、過去4回は "焦熱地獄" で相手を即死させている。
「試験演習にならないのでは?」とポルト先生に聞いてみたら、「この絶望的な状況にどう対応するかを見てみたいと他の担当官から頼まれた。試験評価はクラス内パーティ成績1位だから問題ない」だそうです。
あ、いまさらだけど、死んでもヴァルキューレの神核と英雄候補の霊核の本体は、仮契約した英霊石に保存されているので、10日ほどで復活できます。
英霊石システムが採用されている一番の理由らしい。
対ラグナロク模擬戦争も純粋な殺し合いだけど、ただ死んだだけなら復活できるので、誰もが死を恐れず参加できるようになっている……建前は……だって殺される恐怖は味わうんだよ。
もちろん絶対じゃない。核を破壊されて "消滅" すると、英霊石でも蘇生はできない。とはいっても、ヴァルハラで厳重に守護されている英霊石の中の核を破壊するなんて、概念制御のように特異な力じゃなければ無理みたい。
そんなわけで、パーティメンバーが死んでも、復活した後の調整も含めて20日ほど待ってから次の試験演習が行われる仕組み。
本来なら、僕らと同じように全勝しているバーニングレッドも、すぐに全6戦終わってるはずなんだけど。
勝ち方が相手パーティ全員即死なので、どのクラスも可能な限り日程を延ばして対策を練ってきた結果。6戦目は延びに延びて、ポルトクラス最後の試験演習になった。
「一点突破を選んだか」
消えかけている壁を蒸発させながら迫りくる "焦熱地獄" に対して、前衛3人、中衛3人、後衛2人で隊列を組み、受け流すように障壁を張りながら切り込む対処法だ。
「でも──」
シェイルの否定に被せながら爆音が弾け渡る。
バーニングレッドもこれくらいの対処法は想定済。
敵前衛3人へ向けて全員で【ナパームボム】と【フレイムミサイル】の集中砲火。
「エグイのよ」
「見てて気持ちのいい戦いではないですね」
「お? やりおるわ」
「「「「「何が?」」」」」
「7人抜けましてよっ」
「まじで!?」
感知能力特化のジジ様と、ジジ様の恩恵を受けているジュダが真っ先に反応した。
もちろん[水]に接続していない僕は把握できない。普段は危険感知以外接続切ってます。だって勉強にならないので……。
"焦熱地獄" の境界線まで抜け出た敵7人は火だるまだった。
「「「「「うへー」」」」」
観戦者のほとんどがドン引きだ。
でも火だるまになったくらいで耐えれる攻撃じゃない。
ひとりいないから、その人が何かしたんだろう。
火だるまの前衛3人が即座に【カウンターミサイル】の弾幕 "光の豪雨" を局所展開。中衛3人が突っ込みながら後衛のひとりが【ファイアーボール】をばら撒く。
バーニングレッドは "光の豪雨" を片手の障壁で反らしながら、もう片手で魔法を起動。飛んで来る火の球を見て薄ら笑う。
「油断大敵じゃ」
その中でジジ様とジュダだけが現状を正確に把握していた。
"光の豪雨" が尽きると同時に【ファイアーボール】が着弾する。
火の球が障壁で弾かれて落ちる。
──落ちる?
突撃していた3人が、落ちた火の球に、[瞬送]。
【カウンターミサイル】を撃ち終わった前衛3人は遅れて飛来する火の球へ[瞬送]。
突撃した3人がバーニングレッドの英雄候補1人を仕留めた。
パートナーのヴァルキューレが英雄候補ごと【ナパームボム】で吹き飛ばそうとするが、ヤコミナを護るために、コリンが全身で受け止める。
魔法は発動するまで基本的に術者が被害を受けることは無い。
でも一度発動して現象化すると味方も自分も被害対象になる。
目の前でコリンに【ナパームボム】を当てたヴァルキューレは当然、自分も被弾した。
燃え盛る油脂を浴びたヴァルキューレは、驚くほど取り乱す。
そんな状況を見逃すはずもなく、ヤコミナたちはヴァルキューレを両断した。
同じように遅れて[瞬送]した3人が反対側にいた英雄候補を1人仕留めるが、こちらはパートナーの反撃で2人消し炭になり、残り1人とパートナーが相打ちになる。
バーニングレッド4人 対 ヤコミナパーティ3人。
だがここで、混乱したバーニングレッドの英雄候補が後方へ走り出す。
──敵前逃亡だ。
思わずリーダー、ディナミネシスが逃亡者を目で追ってしまう。
近接戦闘中だぞ。多くの観戦者がそう思っただろう。
放たれ続ける【ファイアーボール】に偽装した何かを経由して[瞬送]するヤコミナは、一瞬の隙をついてディナミネシスに深手を負わせた。
激昂したディナミネシスの英雄候補ディートリヒがヤコミナへ突撃するが、ヤコミナの前に火の球が落ちてくる。
──そこへ火の球を放っていた敵が[瞬送]。
ネタがバレればディートリヒにとって格好の的。[瞬送]のタイミングに合わせて炎の剣で胴を両断した。
だが敵も覚悟の上だったらしい。上半身だけでディートリヒの首に抱きつく──左手には球。
何を意味するか把握した時にはもう、しがみつく敵ごとディートリヒの首は刎ねられていた。
〈【エクスプロージョン】〉
ディナミネシスの全てを籠めた一撃が辺り一帯を焼き払う。
「「「「「……」」」」」
静寂が観戦者たちを包み込む。
爆煙が晴れたそこには──。
ディートリヒの首を胸に抱きながら事切れたディナミネシス。
──なに、このホラー。
吹き飛ばされたバーニングレッドのアリアが起き上がる。
アリアは震えながらも戦おうとしていた。
ヤコミナも倒れたまま応戦する気のようだ。
まだ終戦の合図はならない。
【ナパームボム】を構築し始めるアリア。
見据えるヤコミナ。
ふと見るとヤコミナの足元に、胸から上がない死体と下半身しかない死体が横たわっていた。
おそらく死ぬ間際に【エクスプロージョン】からヤコミナをふたりで護ったんだろう。
ヤコミナの顔つきが変わった。
自分の腕をもぎ取り、上空へ放り投げる。
アリアは一瞬、身構えるも構築が完了した魔法を撃つ──。
〈コリーーンッ!〉
ヤコミナの叫びに応えるように腕が[瞬送]して。
ゴフッ
──アリアの胸を貫いた。
胸を貫かれた衝撃で【ナパームボム】が大きく外れる。
そのまま後ろへ倒れたアリアの視線の先に、未だ燃え続ける黒焦げの死体。
例え、活動を停止していても絆は繋がっているのだ。
終戦の合図が木霊する。
〈う゛あ゛あああああーーーーーッ!!〉
スクリーンから届く、感情がごちゃ混ぜになった何ともいえない声。
鼻水を垂らしながら号泣するヤコミナ──。
「「「「「うおおおおおぉーーーーーっ!!」」」」」
──誰からともなく観戦者たちも僕らもスタンディングオベーション。
会場の興奮はなかなか収まらなかった。
◇ ◇
それから20日ほど経って、今日は、ヤコミナとコリンの最後の試験演習。
もちろんみんなで応援に来ている。
「騒がしいな」
地下修練場の一角に人だかりが出来ていた。
「なんだろうね?」
「行ってみるのよ!」
シェイルは結構野次馬だよね……。
遠巻きに近付くと、中心にはバーニングレッドがいた。
「何を揉めている?」
こういう時のエースは強気。
「エイスタインか……」
歯切れが悪いフランシス。
このふたりはあまり性格が合わないみたい。
「あれは……ザカリーですわね」
作務衣の袖を掴みながら僕の背後から声をかけるジュダ。
ジュダはバーニングレッドが苦手なので近づかない。
「ザカリー?」
「ヤコミナ戦で敵前逃亡したバーニングレッドの英雄候補です」
「やっと見つかったのか」
ザカリーはあれからずっと行方不明だった。
「地下修練場の廃墟に隠れていたようだ」
「ふんっ、軟弱者が」
学園のシステムは学生には利用できないけど、ジュダやジジ様の感知能力、僕の[水]を使えばすぐに見つけられる──けど、ジュダの妹、ディナミネシスが「氏族の恥さらしは氏族で対処する」と聞かなかった。
「結構責められてるね」
「自業自得なところもあるし、パーティ内の問題だから口出しは無用なのよ?」
「うん」
すると、僕のほうを見たザガリーが指差す。
「え? 僕?」
じゃない。これはたぶん──。
「ユーディット! 貴様がオレを英雄に選ばないで、そんな獣と契約するから。オレは出来損ないのアリアと契約させられた!!」
おおう。まじか……。
僕の背中に隠れ──きれていないけど、隠れるジュダ。
「ユーディット様は関係ありません! 逃げたのはあなたです!」
「黙れ出来損ない!! まともに魔法が使えないお前の所為で、オレの能力も活かせない!!」
「黙るのは貴様だザガリー!」
ジュダとの間にディートリヒが入ると、苦々しい顔をする。
あ、これ。
[水]の干渉が伝えて来る。
「ジジ様」
「気付いたか小童」
「うん、あいつの悪意だっ──」
ゾクゾクゾク
──んんんっーーー!?
[水]が今までにない強さで警報を発してきた。
僕は無意識のまま自分でも信じられないほどの殺気を籠めて、神気言霊を叫ぶ。




