[水]の概念制御能力 2
うどんパーティの後片づけが終わると、盛央から調味料のリクエストが来た。学園の購買でも砂糖と塩は手に入るけど、複雑なものは作るしかない。
ジュダも属性魔法の【クリエーション】を使ってシンプルなドレッシングを作っていた。
デザインパターンと対応する属性さえ持っていれば使えるのが【クリエーション】の利点だけど、裏を返せばデザインパターンがなければ使えないわけ。
それに比べて原始魔法の【イマジネーション】は、デザインパターンがなくても対応する属性と想像力さえあれば、現存するモノは大抵作れる。
ただ想像力が素になるので、1回で目当てのモノが作れるとは限らない。何度か試行錯誤が必要になるし、【クリエーション】より遥かに消費霊力が大きい。
そして僕の[水]の概念制御能力は、更に消費霊力が大きいかわりに現存しないモノでも霊力さえ満たせば作れるらしい。
空想上でしかありえないモノでも[水]に属していれば作れるということ。普通にやばすぎる能力だよね……。
[水]の概念制御能力については精霊神契約後すぐ、パーティメンバーにだけ伝えた。
身体に馴染むまで何も教えないのは不義理だし。
ということでパーティメンバーと一緒に寮へ戻る。
部屋に入るとすぐに定位置へ[瞬送]するギン。
早速、盛央のリクエストに応じて色々試してみる。
まずは【イマジネーション】でどこまで作れるか。
結果……酢、ソース、ケチャップ、マヨネーズは充分美味しく作れた。日本酒、ビール、ウィスキーなど酒類はどうやっても、ただのアルコールが出来てしまう。
植物性油も作ってみた。
「【アプライザル】……ふむ、高品質の植物性油ですね。原材料はオリーブ?」
エースにはオリーブの知識がないらしい。
「おぉ、オリーブオイルができた!」
「高品質か」
盛央も興味津々にのぞき込む。
「油が作れるなら、灯油とかガソリンはどうかしら? 攻撃支援に使えるのよ」
「やってみよー」
「待った! ジュダ、今から揮発性の燃料を作るんだが、そのままだと危険だ。結界を張ってくれないか?」
「ええ、よろしくてよっ」
空のガラス瓶の周りに水の結界が張られた。
「あ、だよね……ありがと!」
実験に参加できて嬉しいのか、微笑みで答えるジュダ。
事故ったら危ないよね……安全対策忘れてた……。
まだ同時に使えないし、折角なので結界は任せる。
結界の外から【イマジネーション】で灯油を作ってみるけど……出来たのはオリーブオイルだった。
「わたくしの結界が邪魔しているのでしょうか?」
「ううん違うよ。ちゃんと魔法は発動してる」
ガソリンを作ってみるけど、やっぱりオリーブオイルが出来た。
何度かイメージを追加しても結果は同じ。
「コツが必要なのかもしれませんね。今度エイル様にご相談するのがいいかと」
「だね! じゃあ気を取り直して、次は……味噌汁いってみよ!」
「「「味噌汁!」」」
「何ですのそれはっ」
「日本の定番スープだよ!」
「ほう」
ガラス瓶に両手をかざして味噌汁をイメージする。
「【イマジネーション】」
ジャー
ガラス瓶に透明の液体 "純水" が注がれた。
これは適応外の反応。
空振りしたエネルギーが暴走しないように、純水に変換される。
つまり、【イマジネーション】では味噌汁はどうやっても作れないらしい。
「「「「駄目かー」」」」
「そのスープは不純物が多く含まれているのではなくて?」
「あー、うん、しばらく放っとくと味噌と出汁が分かれるから、たぶんそう」
「焼き肉のタレと同じなのね」
「「「残念~」」」
焼き肉のタレも純水に変換された。
ゴマ風味ドレッシングとか、放置すると分離したり顆粒状の原材料を多く含む場合は無理みたい。
タレやドレッシングはブレンドすれば解決するんだけどさ。
「んー、とりあえず【イマジネーション】の実験はこれでいい?」
「問題ないかと」
みんな頷く。
「じゃあ、今度は[水]の概念制御で比較実験だね」
「たのしみー」
「ですじゃ!」
もふもふ組も楽しんでくれてるようだ。
2ヵ月ほど前、ジジ様はギンの子分宣言をした。
「ギンの子分なら僕の弟分だね?」とからかうとぴょんぴょん跳ねて怒る。
更に「ギンのことはギン様と呼ぶようになったのに、僕のことはリュート様って呼ばないの?」とからかった所為で、僕の呼び名は "小童" で定着してしまった。
それはさておき──先ほどと同じように実験してみる。
結果……酢、ソース、ケチャップ、マヨネーズは凄く美味しく作れた。
酒類はやはり、ただのアルコールが出来てしまうけど──。
「なんで!?」
──何故かウィスキーだけはまともに作れた。
「今までの実験結果から察すると "摂取したことがある物は作りやすい" 傾向がありましてよっ」
「「確かに」」
「ウィスキーは飲んだことがあるのかしら?」
どこで? いつ? 思い出してみるけど。
「んー、記憶に御座いません」
「……政治家かよ」
小声だけど、盛央が珍しくツッコミを入れてくれた。
「んっ、ウィスキー……? ウィスキーといえば、ウィスキーボンボンを思い出すのよ。チョコの中からお酒が出てくる恐怖」
「チョコって甘くて黒いあのお菓子でして?」
「ええ」
「あれの中からお酒? お、恐ろしいですわっ」
ふたりとも舌をちょこっと出してお道化る。
かわいい……けど、お陰で思い出した。
「なるほど! コーヒーボンボンか!」
「コーヒーボンボン?」
「濃縮コーヒーとアイリッシュウイスキーが詰まったボンボン・ショコラ! ウィスキーボンボンの亜種っぽいやつ」
「何そのハンティングゲームに出てくる色違いみたいなのは……」
シェイルさん、それ以上は言っちゃ駄目。
「毎年バレンタインに、姉さんから手作りのを貰ってた」
「リュートの姉ちゃんって何気に調理スキル高いな」
「う、うん……料理の師匠が三ツ星レストランのオーナシェフだから」
「「「え゛?」」」
日本文化に精通している3人が反応した。
「リュートの実家も飲食業だったか」
「んっ、違うのよ…… "上原グループ" って知ってるかしら?」
「 "上原総合警備" とか、 "上原護身術道場" のか?」
「よく知ってるね?」
「お、おい! まさか…… "咲夜先生" の血縁なのか!?」
こっちがまさかだよ……。
「上原咲夜は僕のじいちゃん……」
「大富豪じゃねぇか。警備会社か護身術道場、どっちかに就職するのが目標だった……」
「まじか」
「おおまじよ」
「いやー、宇宙も狭いね!」
「というか、武道家のあいだで咲夜先生は伝説だぞ?」
「確かに、地元に上原武勇伝とかあるけど。冗談だと思ってた」
「……まあ、でも納得だな。中学生から英雄候補になったにしては戦闘センスがありすぎると思ってたが、まさかの武仙の孫か……」
「ぶせん?」
戦闘センスがありすぎるって嬉しい♪ ……照れながら聞く。
「咲夜先生の二つ名。武術の仙人を略して武仙」
「初めて聞いた!」
「だろうな、家族に二つ名は教えないだろ」
そこで、エースが割って入る。
「待って、脱線しすぎです」
ちょっと不機嫌っぽい。
今はパーティ活動中だしエースが正しい。
「ごめん。話を戻そう! ……えっと、コーヒーボンボンの影響で簡単にウィスキーが作れたとしたら、これはアイリッシュウイスキーになるのかな?」
「ええ、たぶんそうなのよ」
盛央も僕もギンも未成年。シェイルとジュダはお酒嫌いでジジ様は地球自体に疎く、エースはワイン派。だれも解らないけどアイリッシュウイスキーだと思うことにした。
続いて、オリーブオイルを作ってみる。
「【アプライザル】……今度は、最高品質のオリーブオイルです! エキストラバージンって何でしょう?」
「エキストラバージンオリーブオイル……最高級のだ」
盛央の目が爛々と輝く。
「欲しいの?♪」
「欲しい!」
躊躇なく即答したので。
「あげる!」
僕も即答する。
「今は交換できる現物がない。だから買おう」
これは、断っても無理そう。
「値段が分からない」
「1オド1円のレートでいいか?」
「うん!」
「だいたい1リットルだな。3千円ってとこだ。それでいいか?」
「おっけー!」
僕が手のひらを差しだすと、盛央が手を重ねて軽く触れる。
これで、売買が成立した。
「光ですぐに悪くなるから、すまんが〔アイテムボックス〕に入れる」
「はーい」
なるほど、勉強になる。
「……[水]の概念制御でひと儲けできそうなのよ……」
「いつまで経っても残念なシェイル……」
「姐御……」
「俗物め」
「俗物めー」
「やりませんよ?」
「チッ」
「はい、シェイルさん。舌打ち1回につき1回添い寝なしね!」
「はうあ~」
絶望しながら崩れ落ちた。
自業自得。舌打ちは直させないと。
一応、灯油とガソリンも何度か試してみたけど。
何故かアルコールができた。
燃える水というイメージが先行したらしい。
続いて、焼き肉のタレとゴマ風味のドレッシング。
「で、できた!?」
「「「「「おぉ?」」」」」
「【アプライザル】……どちらも、摂取しても大丈夫そう。調味料になってます」
「まずは僕が味見するね」
実はマーフェのお陰で色々状態異常無効になってしまっている。
キール君の説明ではパッシブスキルに近い加護っぽい。
もしもの時は、シェイルもいるし。
まずは焼き肉のタレ……。
「に、肉! 肉が欲しくなる! ……これ……ゴマの風味がする、完全にすり潰してあるみたい」
「ほう、ということは」
ゴマ風味のドレッシング……。
「うん! こっちもすり潰してる!」
「リュート……これは、いけちゃうのかしら?」
ゴクリ
複数の唾液を飲み込む音が響く。
「いっちゃいますか?」
「いっちゃおう」
「いっちゃえー」
「ドキドキですわっ」
「楽しみじゃ!」
空のガラス瓶に手をかざして、具材が入っていない味噌汁をイメージする。
能力が発動して、瓶に注がれる濁った汁。
徐々に部屋に広がる懐かしい香り。
「できた……よね?」
「間違いない」
「懐かしいのよ」
「おいしそー!」
「独特の香りですわっ」
残念ながら味噌そのものは作れなかった。
だけど、味噌や、うま味調味料入りのスープなら作れるので、具を入れてひと煮立ちすれば味噌汁になる。それだけで充分です! ありがとうお母さま! ありがとうマーフェ!
そして、いよいよ現存しないモノを作ってみたいと、みんなに相談したところで──。
──僕は気絶した。




