初めての…… 2
クラス演習が終わってから、本格的に授業が始まった。
英雄候補には初等教育という必須科目があって、ヴァルキューレが同席するかは任意だけど、初等教育 "性別" の授業だけは男女別なので同席できない。
そして今は "性別" の授業中。盛央とエースとジジ様は授業を受けている。盛央とエースは同性コンビだけど何を習うんだろ……。
初等部受講済みで免除された僕は、シェイルとジュダを連れて中等部学舎の中央にそびえたつ霊拝堂に来ていた。
初等部では結局利用しなかったな……初めて見た時は、神界に礼拝堂? って思ったけど、授業が進むうちに理由は判った。
見た目は恐ろしくデカい礼拝堂で、[自動翻訳]された和名は "霊拝堂" 。
祀る相手は、 "精霊" になる。
神界の授業によると、 "精霊" は大御神様と共に誕生し、遍く宇宙に存在してあらゆる事象を廻す歯車的役割を担う高次元知性体で、大御神様の半身という位置づけになるらしい。
主神オーディン様の半身である "精霊" は……当然、その神格も能力もヴァルキューレを軽く凌駕する。
祀る相手になるのは判るけど違和感は拭えない。
日本で精霊といえばもっと身近な存在で、サラマンダーとか、ウンディーネをイメージしてしまう。
だからといって、神界でいう "精霊" が、火の神や水の神などの "元素神" かというとそれも違うらしい。
火の神には火の精霊が、水の神には水の精霊が多く従うのは間違いないけど、火の神に水の精霊が従っても変ではない。
面倒なので別の呼び方にならないのか[自動翻訳]の恩恵をくれたキール君に聴いてみた。
〔キール君<精霊は精霊だから無理♪〕
……代わりに精霊体系を教えて貰った。
大御神様と共に誕生したのは最上位精霊 。関わり合うことはまずない。
創世の時代に誕生したのは上位精霊 。神様に付き従う精霊のほとんどがこれ。
ミドガルドが安定した以降に誕生したのは全てただの精霊 。神界ではこれら3種を纏めて "精霊" というみたい。
……で、ヒト属の意志に "精霊" が反応して生まれたのが "妖精" 。
妖精は "精霊" と比べて低いエネルギーを少量しか扱えない代わりに明確な自我を持ったらしい。
特に、上位精霊から生まれた妖精は、 "精霊王" と呼ばれるようになった。
つまり人間が一般的に精霊と呼んでいるのは、 "妖精" になる。
うん、正直めんどくさい!
と思ったら、理解が深まったおかげで[自動翻訳]が "精霊" を "精霊神" と意訳してくれるようになった。
もう! 最初から精霊神でいいじゃん……。
ちなみに "聖霊" は全く関係ない。
「大丈夫ですわ。リラックスしてくださいましっ」
キール君の講義を受けているあいだ固まっていたので、緊張していると思われたみたい。
「うん、ありがと!」
クラス演習からほとんど一緒にいるジュダ。
随分懐かれてしまった。
貴族のお嬢様で礼節を重んじ、慈愛に溢れるジュダは、第一印象からは想像もつかないほど付き合いやすい。
シェイルの性格とは反発するみたいだけど、僕とは気が合う。
「心の準備はできましたか?」
霊拝堂の奥からお母さまが現れた。
いつもの貫頭衣とデザインが違う。
「はい!」
「では何事も経験です。シェイルとユーディットも手伝いなさい」
「「かしこまりました」」
シェイルが恭しいのは妙な感じがする。
ふたりは移動を始めて、正三角形の頂点になる位置で止まった。
こちらを向いて両膝をつくと、手のひらを上に向けたまま両腕を前に出す。
「今からリュート君の神霊体に精霊神を呼び込みます。精霊神が宿ることで一時的に力が暴走するので、全力で御しなさい」
お母さまが右手に持っているグラスを傾けると、中から地面に何かがこぼれ落ちた。五感では感じることが出来ない何か。でもそれが特別な意志を持った神気の流体だと、神霊体が教えてくれる。
神気の流体は、床に刻まれたルーンの魔法陣を起動しながら床から天井へ霊拝堂全体に広がっていく。
「では、始めます」
ゴクリ
緊張のあまり言葉が出ない。
お母さまも両膝をついて、手のひらを上に両腕を出す。
重ねた両手の指の隙間にグラスを挟み込んでいた。
霊拝堂全体に広がっていた神気の流体が僕を中心に集まってくると、神霊体が軽く宙に浮く。
と同時に音もたてず床がすり鉢状に沈んだ
すり鉢状に沈んだ床を確認したお母さまたちは、上に向けていた手のひらを手首を返しながら正面に突き出すと、すり鉢に乗るように球状の障壁が張られる。
されるがままに任せていると、神霊体の内側から胸を貫通して何かが飛び出した。
「ガハッ!」
飛び出した何かに引っ張られるように胸の穴から神気が噴出する。
これ、やばくない?
「何ですのっ、これはっ」
「疑似エインヘリヤルを思い出すのよ! 神気が神霊体に留まるイメージ!」
障壁を維持しようと踏ん張るふたり。
シェイルにキスされて……。
ドォンッ!
最初から思い出そうとしたら羞恥に煽られて神気が膨れ上がった。
やばい! やばい!
えっと! それからシェイルに舌を吸われて……。
ドォンッ!! ギギギギギ──。
ぎゃー! 障壁が軋み出した!
「ここ……まで、ですか……残念です……これ以上は……」
お母さまが中断を検討し始めた気がする。
僕のワガママに付き合ってもらってるのに、失敗したくない。
溢れ出た神気を周囲に循環。徐々に速度を緩めながら胸へ戻って穴を塞ぐイメージを全力で思い描く。
膨れ上がった神気が一定周期で循環を始めた。
「よく持ちこたえました」
胸の穴は塞がってないし、神気も溢れたまま。
でも一定周期で循環することで状態が安定したみたい。
『無より無限まで……無垢なる器より溢れし子らよ』
お母さまが言霊を紡ぐと障壁内全体に象形文字が浮かび上がる。
『延々たる縁に繋がりて欲せ』
次々と浮かび上がる象形文字が障壁内を彷徨いだす。
『さすれば汝が贄。ここに捧げん……【サクリファイス】』
彷徨っていた象形文字が直線で連結し、立方体の各辺となって僕を取り囲む。
球状の障壁に内接する2つの立方体が各軸直角に重なって立体魔法陣を描いていた。
膨れ上がった僕の神気は、立体魔法陣の効果なのかイメージ通りに胸の中へ戻り穴を塞ぐ。
「マーフェ」
言葉を発しながら持ち直したグラスを障壁に近付けるお母さま。
障壁は立体魔法陣を残して、グラスに吸収された。
すぐ床がすり鉢状から元に戻り着地すると、立体魔法陣が神霊体を中心に収縮して消える。
「これが精霊神契約……見学では事も無げに見えましたけど……」
「疲れたのよ……」
ジュダとシェイルは脱力していた。
「さてリュート君、この盃を満たしているのが契約に応じた "精霊神" の神気です。飲み干して受け容れれば精霊神契約は完了になります」
お母さまからグラスを受け取る。
「契約に応じた精霊神は "マーフェ" 。四元の内、水の根源を司る上位精霊神……正直これほどの大物が契約に応じるとは思ってもみませんでした」
「「「え゛?」」」
「通例ならここまで大変ではありませんが、応じたのが上位精霊神ですから。少々準備不足でしたね♪」
「お母さま……」
ジト目を向けると、頬を赤らめながら視線を反らされた。
「リュートっ、いったい──」
信じられないといった表情のジュダ。
「──相変わらず鈍いわね。お母さまが司として仕切られる時点で気付くかしら。お気に入りというだけで下賜されるほど、ウェデルのナショナルカラーは軽くないのよ?」
ドヤ顔だが……それはどういう意味?
「どういう意味でして?」
先を越された!
「それだけの価値がリュート君にはあるという意味です」
詳しい話は企業秘密ですという顔なので、ジュダも追及できないでいる。
よし、あとでキール君に聴こう!
一番僕に甘々で何でも教えてくれるのはキール君なのだ!
「んっ、お母さま。上位精霊神なんて受け入れてリュートに害はないのですか?」
「実害はありません。風評被害を受けるかもしれませんが正直に話す必要はないでしょう」
「風評被害ですか?」
「はい。上位精霊神と契約を交わしたことが知れ渡ると、奇異の眼差しを向けられます」
「なるほど、普通はあり得ないことなんですね……」
グラスの中身を見つめながら、躊躇した。
「ひとまず契約を保留することは出来ますが、保留中はほかのあらゆる契約が結べません。英雄契約までには処遇を決めなさい」
んー……うん! 細かいことは気にしない!
覚悟を決めて一気に飲み干した。
ん? なんだろう全身がムズムズする。
「どうですか?」
「なんだかムズムズします」
「ふむ……馴染むのに時間が必要なようです。問題ありません」
お母さまが診察してくれた。
「こ、これで僕も魔法使いに!」
「どちらかというと精霊使いですけどね」
「精霊使い!!」
ふんすと気合を入れる。
「でも本当に水属性でよろしくて? 水属性は遠隔攻撃向けではなくてよ」
「ユーディット、上位精霊神との契約で得られる力は、術者のイメージがそのまま現象となる概念制御能力です。多くの神気は必要ですが、通常の術理では出来ないことも可能になります」
「ず、ずるいですわっ……」
「ごめん……」
いや、なんか、ほんとごめん……。




