女性型×男性型? 2
その場で半回転ジャンプを繰り返し、ぷるぷる震えて怒りを表現するアンゴラウサギ……もとい、カーバンクル。
「ごめんなさい、ジジ様。これから、よろしくね♪」
「ふんっ。敬い称えるのじゃ。敬称は忘れるでないぞ!」
「はーい!」
元気よく右手を挙げて答えた。
「しかし、獣型と契約するとは……物好きだな」
「 "ケモノボッチ" 極まれりなのよ」
「ホホホ、ジジ様のキュートさを理解できないなんてお可愛そうなこと」
キュートさは、英雄にとってプラスになるのだろうか……。
まあいいか。深く考えるのはやめた。
「んー、幻獣と契約してもペナルティはないの?」
突っ伏して、机の上のジジ様と目線を合わせる。
「わしは、漢じゃ、不利益などない」
「へー……なら、ギンも英雄候補になれるのかな」
上体を起こして、定位置のギンを掴んで下ろす。
「弟のギンです!」
「よろしくー」
一瞬、ジジ様がたじろいだ。
「よろしくお願いしますわっ。ギン様」
「様付なの!?」
「当然ですわっ。神獣フェンリル様に失礼でしてよ」
「フェ、フェンリルだと!」
エースもたじろいで机から体を離す。
「あ、言ってなかったっけ?」
「聴いてません……霊獣かと思っていましたが、まさか神獣とは。これが彼の有名な "フェンリル" ……」
「有名でも見たことは無いんだね」
撫でていると、机の上で丸まって寝始めた。
「神獣は、古神属にしか従いませんし。滅多に表舞台に現れませんから」
「え? ギンは……」
「何事にも、例外がありますのっ」
「どうして、フェンリルが、リ、リュートの弟に??」
凄い動揺が伝わってくる。
「あら、エース様は、シェイルのもう一つの二つ名をご存じないのですね」
「ユーディット」
冷たく重たい、今まで聞いたこともない声でシェイルが制する。
「解っていますわっ。わたくしも弁えていますのよ」
「どこで知ったのかしら?」
「ホホホ、動物に関する情報網でしたらヴァルキューレいちだと自負しておりますわっ」
殺気に近い圧力をものともしない……メンタルつよ!
「姐御、どういうことだ?」
「わたしからは話せないかしら、師匠に聴くといいのよ」
「ふむ」
「ギンは凄いやつだったのか! ウリウリ」
盛央がつつくと、寝返りを打って指を甘噛みした。
「はぅぁっ」
艶のある吐息を発して、羨ましそうに見つめるジュダ。
「ジュダはもう仲間だから、触っても大丈夫だけど、抱っこはしないでね! 本気で嫌がるから」
「よろしいのですかっ♡」
「うん! そのかわり、ジジ様撫でていい?」
「構わぬぞ、じゃが、頭の上には乗らぬ。そこは神獣様の御座じゃからの」
〔御座:ぎょざ:天皇や類する者の座席〕
[自動翻訳]が知らない単語を補足してくれた。
「へー、解ったよ! ではでは、ジジ様……お覚悟♪」
「「「「?」」」」
「お覚悟」の意味が解らなくて、疑問符を浮かべるみんなをよそに、全霊を籠めてわしゃわしゃする。
「ほぉあ! なんじゃ、なんじゃこれわっ。気持ちいーぞ♪」
気に入ってもらえたようで嬉しい。
「じゃあ、これはどう?♪」
もふもふに変える。
「ほぁっ、だめじゃ。くすぐったい! 気持ちいいけどくすぐったいのじゃ!」
ギンと同じ反応。
僕のもふもふは、まだまだ改良の余地がありそうだ。
「そっか、なら……」
なでなでする。
「ほぉ……落ち着く」
撫で続けていると、ぐにゃっと身体を蕩けさせ、寝始めた。
「素……晴らしいですわっ。リュート、その技を教えてくださいましっ」
「いやー、感覚的なものだから教えるのはムリ。ごめんね」
「くーっですわっ」
ギンを撫でながら悔しがる。
「んっ、和むのはいいけど、そろそろパーティ構成を考えるかしら」
「「「「忘れてた」」」」
このパーティ……緩すぎない?
「そうだな、全体的に支援能力高め、攻撃能力低めな印象だが……姐御はリ、リュートと一緒に支援補助がいいよな?」
「もちろんなのよ!」
「なら、攻撃は姐御チーム、防御は俺たち、全体支援がジュダチーム、この構成が妥当だとおもうが、どうだろう?」
「わたくしたちは構いませんわっ」
「んっ、構成はそれでいいけど……モリオとジジは遠隔攻撃できるのかしら?」
「「出来るように見えるか?」」
綺麗に揃った。
「ですよねー。このパーティ、ミドルレンジ以上の遠隔攻撃手がいないのよ」
「ダメなの?」
「ダメではないけど、かなり不利ね。地球の現代戦を想像してみて、迫撃砲や榴弾砲、機関銃で攻撃してくる敵を、剣だけで相手するようなものかしら」
霊体や神霊体といった特殊な身体を持っていても、条件は敵も同じ。
それを現代戦に当てはめてみて、ゾッとした。
ヴァルキューレは、ほぼ全員遠隔攻撃を持ち合わせている。
初等部で習った……でも専門でない遠隔攻撃は、牽制にしかならないし、もちろん有効打にもならない。
そこでふと、神社での戦闘を思い出す。
あれ? マジックミサイルをギンが迎撃してたよね?
「ギンの[破壊]なら切り込めるんじゃない?」
「演習に参加できたら、ギン無双なのよ」
「あー、参加できないんだった……」
「ジュダは "爆炎の一族" だろ? 有名な遠隔攻撃特化種族ではないか」
エースの一言で、みんなの注目を浴びるジュダ。
「……」
両拳を強く握り、顔を伏せる。
「ユーディットには、火の属性がない……それで察するかしら」
"爆炎の一族" なのに、火の属性がない。
つまり、戦争で重要視される強力な遠隔攻撃が使えない。
ジュダの様子からも、迫害されてきたのが判る。
「承知した……クラス演習まで時間がある。連携パターンも含めて全員で決めようか!」
「「おー!」」
僕と盛央が元気に返事しても、俯いたまま。
「ジュダ」
「……」
「僕は、小さい頃から、 "細かいことは気にするな" って言われながら育った。それがうちの家訓」
「「リュート?」」
「だから属性がどうとか気にしない。今の氏族が嫌なら、エイルお母さまに相談しよう。確か、氏族は変えれるよね?」
「リュートっ」
立ち上がりながらこちらを向く、ジュダは泣いていた。
そのまま机を飛び越えて僕に抱きつく。
ところを、[瞬送]してきたシェイルが受け止めた。
さすがです。シェイルさん……。
「シェイル?」
「んっ、まあ、あれかしら、氏族を変えるのが難しくても、やりようはいくらでもあるのよ。気にしたら負けね」
「ありがとう……」
ゾクッ
んんっ!?
悪寒が走った。
辺りを確認するが、悪意が消えたので特定できない。
「気付いたか?」
「うん、誰か判った?」
「すまん、間に合わんかった」
盛央も気付いたが、特定できなかったみたい。
「一瞬悪意を感じたのう」
「ジジ様も感じたんだ。誰か心当たりある?」
「「「……」」」
ヴァルキューレ組がお互いを見合わせる──。
「ありすぎかしら」
「ありすぎだな」
「ありすぎですわっ」
──ダメじゃん!
敵意は、シェイルが教室に入った時からずっと感じていた。
けれど、さっきのは悪意。明確に害を与えようとする意志。
学園内に氏族間の紛争を持ち込むのは重罰だけど、神社の事例もあるし、用心して損はないはず。
「各自注意して、単独行動は控えたほうがいいかもね」
「「「「「了解」」」」」
シェイルとジュダが、机の上から降りて僕の両隣りに座る。
ふたりとも距離が近い。慣れてきたとは言っても、これは……。
「では、パーティ構成表に記入するか。まずは俺から」
僕の緊張などお構いなしに進行する。
パーティ構成表の2行1列目に中指を当てると、 "エイスタイン:防御>支援" の文字が浮かび上がった。
「指を当てるだけいいんだ!」
「触る瞬間だけ、指先に軽く霊気を集めて意志を通してください。霊気が漏れると思考も漏れるので注意です」
「はーい!」
次に、盛央が2行2列目。続いてジュダが3行1列目に触れた。
「リュートは、先頭の2列目ですわ」
体を寄せながら確認表を僕の手前に移動させる。
近い、近いです。ジュダさん。
「了解! ありがと」
1行2列目に記入すると。
「次は、わたしね」
わざわざ体を寄せながら、僕の手前にある確認表に記入した。
ジュダより近い……けど、触れてはいない。
我慢できるパーソナルスペースのギリギリを攻めてくる。
僕が成長しているように、シェイルも成長しているようだ。
感情が振り切れて抱きつくことも多いけど、最近は状況に応じて変化する僕のパーソナルスペースを把握しだした。
攻略されているようで、慣らされているようで、むずがゆい。
悶々としていると、ジジ様の記入が終わる。
「最後にリーダーが確認して、問題なければ署名してください」
「はーい!」
エースが仕切ってくれているけれど、リーダーは僕だった。
すっかり忘れていた。まあ、細かいことは気にしないのだ。
……大丈夫そうなので、署名する。
「完・了!」
「んっ、問題ないかしら。回収箱に入れて終わりだけど、この後どうする?」
「自主練は、準備してからにしたい!」
「親睦を深めたいですわっ」
「ふむ、なら寮で茶会にするか」
「「「賛成!」」」
クラスルームを退出するついでに、入口の脇に設置してある回収箱にパーティ構成表を入れた。
初等部と同じなら、回収箱に入れたパーティ構成表は、しばらく経つと神気に戻って学園のシステムに吸収される。
システムは、神気から意志を抽出して、データベース化。
契約者の権限に応じて、[自己管理]がデータベースから情報を読み込み利用する。
なかなか便利だけど、これも情報管理局が監視していると思うと……一長一短だね。
なんとなくシステムの批評をしながら、寮へ向かった。




