初めての…… 1
キール君と逢えたのは純粋に嬉しかった。
恩人だし、お礼も言えて良かった。
寮部屋に入って、寝る準備を始めると、シェイルの機嫌が直る。
どんなに機嫌が悪くても、一緒に寝る頃には上機嫌になっている。
シェイルは、母さんや姉さんと比べると、僕を抱き枕にしないぶん……とても寝やすい。
たまに僕が抱き寄せることはあるけど……それはそれで嬉しいみたいだ。
最近は、シェイルから漂う柑橘系の自然で爽やかな匂いを嗅ぐとリラックスしてよく眠れるようになった。
お互い、睡眠がストレス解消になってイイ感じだと思う。
ひと眠りした後──。
……
…………
………………心地よく目覚める。
学園に通い始めてから身についた習慣──何かを始める前に、とりあえず[自己管理]を開く。
アプリを開いて、ネットを見る感覚に近い。
お知らせには、アスガルド情報管理局通信というニュース記事も掲載されている。
──が、情報統制されているみたいで、真面目な記事しかない。
新着情報を確認していると──。
〔リュートと愉快な仲間達〕
──新コンテンツが追加されていた。
何だこれ……。
とりあえず、開いてみる。
〔キール君<おはよ♪〕
〔キール君:デフォルメされたキール君の笑顔スタンプ・ハートマーク付〕
〔ギン<おはよー〕
〔ギン:デフォルメされたギンの寝顔スタンプ・Zzzマーク付〕
〔シェイル<おはろー〕
〔シェイル:デフォルメされたシェイルのキス顔スタンプ・ハートマーク付〕
〔エイル<おはよう♪〕
〔エイル:デフォルメされたお母さまのキス顔スタンプ・ハートマーク付〕
「おいっ!」
〔おいっ!>リュート〕
〔関西風ツッコミの手スタンプ:リュート〕
「自動かよッ!」
〔自動かよッ!>リュート〕
〔キール君<アプリ開いてるあいだは、自動で声と[念話]を拾うから注意して〕
〔エイル<面白いですねこのツール……学園での採用を検討しましょう〕
〔お母さま止めてください。嫌な予感しかしません>リュート〕
〔エイル<うー〕
……
…………
………………
気が付いたら、ずっと取り留めのない会話をしていた。
このままでは生活に支障が出る。
意見が一致したので、連絡以外は使用禁止になった。
◇◇◇◇◇
連絡以外は使用禁止のグループチャットだけど、意思表示を自由にできることが、とても嬉しいみたい。
ちょっとした待ち時間に、キール君から誘われてチャットするようになった。
[遠話]で会話してもいいけど、気楽で使い勝手がいいし、なによりスタンプを使った心象表現が気に入ったようだ。
そうして、10日ほど経ち──とうとう初等部卒業の条件をクリアした僕らは、学園長室へ呼ばれた。
「予想より早いな! よく頑張った!」
バンバンと音が出るほどの強さで僕の肩を叩くコロ先生。
「先生、痛いです」
「ガハハハハッ!」
バンバン
また僕の肩を叩く。
こういうノリは……嫌いじゃないけど、痛い……。
……ので不要な痛みを[心霊制御]で消す。
すると、コロ先生が「それでいい!」と書かれた笑顔のまま、親指をサムズアップした。
アスガルドやミドガルドについて、基本的なことは理解できたと思う。
次は、中等部でより理解を深めて、実戦的な演習に入るらしい。
「さて、コロナリアとのお別れは大丈夫ですか?」
本来初等部学舎は、ヴァルキューレ候補生しか入れない。
候補生達は必ず中等部へ進むから後で会えるけど、コロ先生とはほとんど会えなくなる。
重要施設であるヴァルハラは、担当官であっても簡単には出入りできない。
コロ先生が両手を広げたので、ハグする。
柔らか……くない!
コロ先生の腹筋に丁度、僕の顔が埋まった。
それにしても、イイ腹筋だ。
これくらい欲しいと、願いを籠めて頬ずり。
「ひゃん」
見上げると、褐色の頬が薄っすらと赤味がかっていた。
「コホン──」
慌てて離れる。
「──大丈夫そうですね?」
「「はいっ!」」
コロ先生と声が揃う。
「ではなリュート! 健闘を祈る! シェイルはもう来るなよ!」
「へーい」
相変わらず態度が悪いシェイルの頭を鷲掴みにして、ぐしゃぐしゃ撫でる。
「うー」
唸るが文句は言わない。
ひとしきり撫で終わると、軽く左手を挙げながら、学園長室を退出された。
……
「では、中等部へ向かいましょう」
「「「はーい」」」
トントン
お母さまが、リクライニングチェアに座ったまま、机の上に置いている左手の人差し指で、机を軽く叩く。
これで、理事長室の扉が中等部と繋がった。
悪用されそうなシステムに見えるけど、お母さましか使えないので、お母さまを出し抜ける敵なら……理事長室を使わなくても、ヴァルハラへ容易く侵入できるだろう。
「こちらへ」
お母さまは静かに立ち上がって移動し、部屋の脇にある扉を開いて誘った。
隣の部屋に入ると──。
褐色の肌に、透き通るような青の刈り上げベリーショート。
ラフなタンクトップ姿で、隆々とした三角筋と上腕二頭筋が見える。
7分丈のレギンス全体と、タンクトップの肩から胸に沿って花柄のレース仕立てなのが可愛い──健康美に溢れた女性が静かに佇んでいる。
「うげっ」
条件反射で、悪態をつくシェイル。
「担当官はコロナリアの姉、ポルトにお願いしました」
「よろしくガキ共」
「あ、よろしくお願いします!」
「よろしく……」「よろしくー」
「コロ先生に似てる……」
似てるけど、ガキ共って……。
「よく言われるが、性格は真逆だ。アレと一緒にしないでくれ」
シェイルの呟きを拾った。
「「あ、はい」」
「すまんが、まだクラス人数が少し足りない。授業が始まるまで待機だ」
「「「はーい」」」
手早く紹介を済ませたポルト先生は、全く僕らを気にすることもなく、さっさと退室していった。
──中等部は1クラス50名以上集まってから授業が始まる。
開始のタイミングが合うので、必須授業はクラス単位で行われ、進捗が合わなくなった者はパーティごと道連れにして、後発のクラスからやり直すシステム。
初等部では、協調性や集団行動はあまり求められなかったが、中等部からは違う。
ヴァルキューレはラグナロクに対抗するための存在であり、対ラグナロク模擬戦争では、氏族の威信をかけて戦うことになる。
神々といえども、戦争を有利に進めるためには、集団行動が必要なのだ──。
「相変わらずですねポルトは……コロナリアの性格と足して2で割ると丁度いいのですが」
「「わかる」」
「♪」
グループチャットを始めてから、お母さまとの距離がかなり縮まった。
エイル様といえば、大御神様に次ぐ古き神。
最初は恐れ多かったけど、シュールなネタやギャグが好きで、ツッコミを入れても怒らないどころか喜ぶ。
もちろん、公の場で失礼なことをしたら、ただではすまないだろう。
けれど、お母さまとの関係や状況を弁えてさえいれば、かなり親しみやすい。
◇◇◇◇◇
お母さまにご挨拶して、理事長室を出た。
校舎の造りは初等部と完全一致。
寮も、同じ位置の部屋を用意してもらったので、迷うことなく到着。
低速飛行にもだいぶん慣れて、ぎこちなさが取れた。
ちょっと不便なのは、ミドガルドと違って、建物も含め全て神気で出来ているので、[心霊制御]を使っても壁を突き抜けられないことくらいだ。
今は、勉強が楽しくて仕方ないから、マンガやゲームがなくても満足なんだけど……。
シェイルには地獄のような生活だったようで、理事長室を出た瞬間──。
「しばらくしたら戻るのよ~♪」
──自宅へ向かったみたい。
授業が始まるまでに戻ってこなかったら、お母さまのお力を借りよう!
初等部からの引っ越し荷物は、ナップサックひとつで足りた。
大抵のものは[自己管理]の所持品に入っている。
いわゆる "アイテムボックス" だけど、収納できる合計体積と管理個数が有限なので、貴重品以外の小物は外出し。
購買には別枠での "アイテムボックス" も売っているけど、1億オド以上。
買えるわけがない。
すぐに引越しは完了。
小1時間ほどキール君とチャットして、眠りについた。
……
…………
………………
「おはよー」
「おはよー、ギンも寝てたの?」
「うん、シェイルの代わりに添い寝ー」
可愛いやつめ♪
わしゃわしゃする。
「気持ちいー♪」
「よし! こっちの購買見るついでに、何か食べにいこっか♪」
「やったー♪」
定位置に[瞬送]して準備完了!
購買の場所も初等部と同じはずだ。
部屋を出て1階層へ向かう──。
◇◇◇◇◇
ちなみに、購買は5ヵ所ある。
校舎は広すぎるため、5ヵ所に区分けされ、それぞれのエリアごとに同じ施設がある。
にもかかわらず初等部では、売られている商品が違う所為で、人気が偏っていた。
──ということは、ここの購買は人気がないのね……。
購買についたけど、利用者がまばらだ。
ちょっと残念。
人気がない購買には……美味しい食べ物などの嗜好品がないことが多い。
他の購買を回ろうとした──僕の目が──思いもよらない物を捉えた。
作務衣だと?
じいちゃんが愛用していて、アクセサリー職人の母さんも仕事中は作務衣だ。
見間違えるはずがない。
濃紺の作務衣を着て、左手にはどんぶり、右手で箸を操りながら、一心不乱にうどんっぽい麺をかき込む黒髪の大男。
まさか……日本人!?
[心霊制御]で抑えても、すぐ胸が高鳴る。
初キスの時よりドキドキしてるかも。
……まぁ、あれは不意打ちだったしな。
確かめたい一心で、恐る恐る近づく──。




