英雄候補と癒しの戦女神 3
学園長室が、お母さまの神気で満たされると──部屋全体が暗闇に覆われて、四方の壁、天井と床、家具類の輪郭だけが浮き上がった。
輪郭以外は徐々に透けていき、壁の向こう側が見え始める。
「宇宙!?」
「きれいー」
「うん、綺麗だねー」
「床をご覧なさい」
見惚れているあいだに、傍までお母さまが来ていた。
言葉に従って床を見ると、そこには青く輝く惑星……。
「地球……ですか?」
「はい、地球です。神界では "エデン" と呼んでいます」
「エデン!? 楽園の名前ですよね?」
「そうですね。エデンについては資料室で調べるか、講師に聴くといいでしょう」
「はい……」
すっと、お母さまが地球の一点、日本列島を指す。
「そして、あの島国が、 "エデンの東" 。ウェデルのヴァルキュリアが初めてエデンに降臨した土地で、始まりの王国、つまり楽園を築いた土地でもあります」
「え? それじゃあ──」
「もっとも、その王国は運営に失敗して滅びましたが」
「えー」
──くすくす。
お母さまは、どうやらシュールネタが好きらしい。
「拡大します」
宣言と同時に、一気に拡大されて……映ったのは、姉さんの入浴シーンだった。
過去の事件……を思い出して真っ赤になる。
プシュー
あれ? マンガみたいに本当に頭から湯気がでた……。
「コホン、失敗しました──」
嘘だ。表情が嘘だと言ってる。
「頭から出た蒸気は気にしなくても大丈夫です。イメージを神気が具象化しただけなので。どうしても治らないようでしたら[心霊制御]で抑えると良いでしょう」
「な、なるほど……」
「リュートは、お姉ちゃんみたいなスレンダーバディが好みなのかしら?」
まじまじと入浴シーンを覗くシェイル。
「違うから! 普通に恥ずかしいだけだから!」
「コホン──」
ビクっとするふたり。
「──クレハの入浴が終わったようですが、ずっと下着姿ですね……」
「あぁ、僕が居なくなったから服着るのが面倒になったんだ……」
「お姉ちゃん……」
「ひとまず話を続けますが、見ての通りクレハは無事です」
「はい! よかった……」
「本来、神々が地上で魔法を使うことは禁止されています。特に許可なく瀕死の人間を蘇生させたり──」
──ガクガク
「──回復させると、術者は当然として、被術者も神罰を受けます」
「シェイルもそう言ってたー」
「しーっ! 余計なことは言わないのよ!」
身体を震わせながらもギンを制する。
「なので、シェイルによって治療されたクレハと、犯罪者も神罰を受けることになるのですが──」
「姉さん!?」
全身から血の気が引いた。
「クレハに関しては、10年以上前に能力が人間種を超えているという報告が挙がっていて、その時点で、わたくしの氏族 "ウェデル" の保護下に入りました」
「マジデスカ」
「それは、つまり……」
「ウェデル氏族であるシェイルが回復しても問題がない保護対象ということです」
「よかったー!」
「よかった!!」
ギンとふたりで大喜びだ。
「犯罪者に関しては、神罰が下っても問題ないと判断したのでしょう?」
「は、はい……」
「何故、犯罪者を回復したのですか?」
「お姉ちゃん、あ……クレハに人殺しという負担を与えたくありませんでした」
「よい判断です。ルールを破ったのは罪ですが、クレハの精神的負担を取り除いた功績で相殺されます」
シェイルが胸を撫でおろしている。
震えも止まったようだ。
うーん、なんで姉さんの負担を取り除くと功績になるのか、よく分からないけど……無事ならそれでいいや。そういうもんだと思っとこ。
「ことのついでに今更な話をしますと──」
「「??」」
お母さまにしては珍しい勿体ぶった言い方だ。
「──リュート君もウェデルの保護対象だったので、シェイルが回復しても問題なかったのですよ?」
「「「え?」」」
コクリ
頷くお母さま。
「「えええええぇーーーーーっ!!」」
「シェイルのやくたたずー!」
絶叫したまま放心した。
……
最初に回復したシェイルが謝る。
「リ、リュート……ギン……あの……何て、謝ったらいいか……」
「あ! ……いいよシェイル。びっくりして固まっただけ。気にしてないから!」
「でも……」
両手を取って、被せるように握り、少し近づいてから感謝の気持ちを籠める。
「ありがとう! 僕を選んでくれて! 神界に連れて来てくれて! 今凄く楽しいんだよ! 後悔なんてしてないから!!」
「あああぁぁぁ、リュートぉー!」
感極まったシェイルが手を握り返し、抱き寄せてくる──。
キスされる!
──と、神霊化した時の記憶が甦った瞬間叫んだ。
「ギンガード!!」
「ギンがーどー?」
疑問符を浮かべながらも僕の目前へ[瞬送]したギンは……。
「うぎゅー」
僕とシェイルの顔のあいだに挟まれて悶絶した。
「もふっもふなんですけどー! ふわっふわなんですけどー!」
ギンのお腹に顔を埋めたまま喚くシェイル。
「くっ……何ですか、その小芝居は♪」
笑いを耐えるお母さま。
……
顔にしがみついているギンを剥がして、お説教するシェイル。
──を、一定の間隔で「やくたたずー」となじるギン。
相変わらず笑いを耐えるお母さま。
グダグダだ……。
話が進まないので、ギンを抱き上げてもふもふした。
「くすぐったい! リュートのもふもふはくすぐったいのー」
左手で抱いて、右手でわしゃわしゃする。
「気持ちいー♪」
へー、撫で方で違うんだ♪
「コホン──」
ギンとじゃれていたら、お母さまが回復したようだ。
パチン
回復したお母さまが指を鳴らして、再び床の一点を示す。
一瞬にして情景が変わった。
道場からの帰り道にあるそこそこ大きい稲荷神社だ。
「姉さん?」
似ているけど、少し違う誰かが映っている。
「いえ、クロスオーバーしたリュート君です」
「おぉ! こんな感じになるんだ……青白いオーラを纏ってマンガの主人公みたい! ……カッコイイ!」
「「かっこいー!」」
白銀の髪、碧い眼、青白いオーラ……中二心がくすぐられまくり。
姉さんの姿は見慣れていても、自分の姿が変わると印象が全然違う。
「かっこいいですが……英雄の契約が終わるまでクロスオーバーは禁止します」
「「え……」」
「英霊石に負荷がかかり過ぎて出力が10パーセントまで落ちていました」
シェイルが、気まずそうな顔をして考え込んだ。
キール君と[遠話]で話しているのかもしれない。
「これ以上負荷をかけたらリュート君の神霊体を維持できません。神界で神霊体が維持できないと、折角生まれたリュート君の神核を奪われる可能性がでます」
説明に合わせて情景が変わる。
ちびキャラの僕が映し出された。
胸から下の胴体が、砂に変わってぽろぽろと崩れていく。
シュールすぎる……。
「神様が泥棒するんですか?」
「発生件数は少ないですがあります。そして罪には問われません」
「そんな……」
「もちろん、力ずくで奪うと罪になりますが、神霊体が維持できずに神核が露出して、かすめ取られた場合は奪われた者が間抜けだと判断されます」
崩れた神霊体から剥き出しになった丸い水晶玉を、警戒しながら盗んでいく "ちびシェイル" の映像に変わった。
「お母さま……」
「神々と言えど競争原理が適用される限り弱肉強食ですし、そもそも神霊体が維持できない状況に陥ってはいけません」
口元がニヤけるのを必死で我慢しているようだ。
シェイルは、まだ考え込んでいて気付かない。
「取られたら死ぬんですか……?」
「活動不能になります。英雄の契約を交わしていれば、英霊石が数億年かけて神核を再生します」
「うわー」
パチン
また指を鳴らすと、一瞬で元の部屋に戻る。
明るくなったことで、シェイルも話を聴く姿勢を取った。
「リュート君は、正しく契約していないので……もっとかかるでしょう。なので、本契約するまではクロスオーバーしてはいけません! 解りましたか?」
「「はい!」」
「よろしい……では、本題に入ります。こちらへ」
脇にある扉を開いて誘った。
隣の部屋に入ると──。
「よう! シェイル、いきなりやらかすとは、お前らしいな! ガハハハハッ!」
褐色の肌に、真っ白い生え際から赤髪が伸びる刈り上げベリーショート。
ラフなタンクトップ姿で、隆々とした三角筋と上腕二頭筋が見える。
7分丈のレギンス全体と、タンクトップの肩から胸に沿って花柄のレース仕立てなのが可愛い──健康美に溢れた女性が、豪快に笑いながら手を振っている。
「うげっ」
露骨に悪態をつくシェイル。
「担当官は引き続きコロナリアにお願いしました」
立ち上がる仕草が見えたと思った瞬間、コロナリア担当官は既にシェイルの前へ移動していた。顔を両手で押し付けて、そのまま持ち上げる。
「うげってなんだ! ほら、また可愛がってやるぞ~!」
両頬を押し付けられて歪んだ変顔を、更に捏ね回す。
「やめてくりゃひゃい、しぇんしぇー」
「ガハハハハッ!」
浮遊しているはずだから苦しくはないだろうけど……虐待にしか見えない……。
「コロナリア……こちらがリュート君です」
また笑いを耐えている。
「おお! これはまた美少女だ。お前、女型が好きだったのか」
「ちがいまひゅー、リュートは男のほでひゅー」
「えっと……先生? シェイルを放してあげてください」
「おぉ? すまん!」
素で忘れていたようだ。慌てて床に置いた。
「コロ先生は、やることが全体的に雑なのよ」
「ガハハハハッ! 挨拶だと思え! それで、リュート」
「あ、はい」
「今からクラスに顔を出してみないか?」
「いいんですか?」
「候補生に声をかけてある。少しは集まっているはずだ」
「会いたいです!」
「よし! いい返事だ!」
ガシっと肩を組んで密着される……。
柔らか……くない!
ガチガチのムチムチだよ先生……。
なんだか、海斗と肩を組んでふざけている気分──親しみやすい良い先生なのかもしれない。




