英雄候補と癒しの戦女神 2
ギンを抱きながら、新生活への期待を膨らませていると──。
お母さまの表情が、どこかで見たことがある邪悪な笑顔に変貌する。
あ、シェイルが悪戯する前の顔にそっくり……やっぱり親子だね。
あれ? てことは、シェイルもいつかはお母さまみたいな大人になるってこと?
妄想すると、鼓動が高鳴るのを感じた。
心臓はないけれど……。
そんな僕の淡い想いを置き去りにして、容赦なく宣告するお母さま。
「では、ふたりに懲罰を与えます──」
「「ええぇーーっ!!」」
ふたりで瞳をうるうるさせる。
「──甘えても駄目なものは駄目です。お母さんは厳しいのですよ♪」
ちょっと楽しそうだ。
懲罰って何だろう。
神様からの罰だから神罰になるのかな?
うあー、痛いのは嫌だな。
「ふたりには……」
「「ゴクリ」」
息を呑む音が重なる。
「ヴァルキューレ養成学園の初等部から勉強することを命じます!」
ふふんっと鼻息を鳴らしそうな表情で、胸を張る。
「あれ? それが罰ですか? もともと学園で勉強する予定──」
言い終わる前に、お母さまがシェイルを指差した。
そこには……この世の終わりに絶望して、顔面蒼白になった戦乙女が……。
「シェイル?」
ギンが心配そうに声をかける。
「どういうこと?」
僕には何故そこまで嫌がるのか理由が解らなかった。
「リュート君」
「はい、お母さま」
「想像してみて……今のあなたが、小学1年生に混じって授業を受ける姿を」
「な? あ! 初等部……ってそういうこと!?」
くすくす
邪悪な笑みを浮かべる。
「初等部の授業で習う基本的なことを守らず、お母さんに心配をかける子には相応しい罰でしょう?」
「あ、あの、お母さま……」
シェイルが恐る恐る問う。
「何かしら」
「中等部学舎でしょうか? そ、それとも……」
「もちろん、初等部学舎ですよ」
「はうあ~」
救いはないという表情のまま崩れ落ちた。
「場所によって違うんですか?」
「えぇそうよ。中等部はパートナー候補を得たヴァルキューレが通うところで、初等部はまだヴァルキューレにもなっていないヒト属半神種が通うところ。学舎の場所も全く違うのです」
「ひとぞくはんしんしゅ?」
「ヒトと神、両方の特性を持つ半分神様の種族のことで、ヴァルキューレやエインヘリヤルで転生した英雄などがヒト属半神種になります。けれど慣例として神界ではヴァルキューレ候補生を指すことが多いですね」
「なるほど……」
「リュート君は、まだパートナー候補扱いということになってはいますが、地上でオイフェミアと戦う際に、疑似エインヘリヤルを産みだして仮転生してしまったので、あなたの種族は既にヒト属半神種ですよ」
ん? それってつまり……。
「リュート君は、もう半分神様です」
「ふぁあああああーーーーー!?」
驚愕の事実を突きつけられパニックに陥った。
「リュート!」
ギンが心配そうに手を舐めると。
「ああぁぁ……? 落ち着いた……あ、ギンのお陰か……ありがとな!」
「うん!」
「さて……テラスで話を続けるのもどうかと思います。場所を移動しましょう」
そう言って、お母さまが指先で素早く何かを刻み──。
『【リターン】』
──言霊を発すると、淡い光がみんなを包んで視界が暗転した。
「お? おおおーーーっ!?」
「帰還のルーン魔術ですよ♪」
「す、凄いです!」
感動しながら周囲を見渡す。
そこは──幾何学的な魔法陣を描くように水晶が整然と並び続け、神秘的かつ清廉な空気に満たされた神域だった。
「ここはヴァルハラ、志し半ばに倒れた英雄の御霊が眠る宮殿です」
宮殿と言っても荘厳な装飾や華美な調度品などは一切ない。
3階に届きそうな天井からかざされた広大な天蓋が、無数の点で支えられ、点から結ばれた大綱の弦が絡み合って──。
それだけでもひとつの芸術作品に見える。
頂点近くの天蓋はレースが掛かっておらず、鏡面になっている天井が素通しで乱反射しながら地上を写す。
天井の外周付近からは大きめの刺繍が施されたレースが掛かり、外周を越えて地上近くになるにつれ刺繍が詰まって濃くなっていた。
パンパン
見惚けているとお母さまが手を鳴らす。
「みなさん。学舎へ向かいますよ」
「あ、はい!」
ハッとして我に返る。
シェイルは放心したまま無言で付いてきた。
「リュート、重くない?」
ギンが見上げながら尋ねてくる。
「ん? 全然大丈夫だけど、そういえば軽いな……神界は重力が弱いのかな」
「違いますよ。仮転生して半神となったのですから、基礎体力も運動能力も人間とは比較にならないほど上がっているのです」
歩きながらも丁寧に答えてくれる。
「「おおぉ!」」
感動を伝えようと後ろを振り返ると──。
シェイルが随分遅れていた。
「お、お母さま! ちょっと待ってて……ギン、降ろすね」
「うん」
近づいて手を繋ぐ。
「はっ!?」
絶望から醒め、繋がれた手を見て驚きながら呟く。
「ここは天国かしら!」
「まぁ、神界だから天国と言えなくもないよね……ほら、行くよ」
「うん♪」
繋いだ手をぶらぶらさせながらご機嫌で歩きだした。
お母さまに追いついたところで、何故かお母さまが右手を差しだしている。
無言の圧力……もとい、物凄い笑顔だ……。
躊躇しつつも左手で握り、手を繋いで歩き出す。
ふたりの手は思ったよりひんやりして、暑がりの僕からすると気持ち良かった。
ふと、視線を感じた方向を見ると。
貫頭衣の少女達がふわふわと浮かびながら、物珍しそうにこちらを窺っている。
「あの子達は、候補生ですか?」
「えぇそうよ。初等部の子達、寝宮の奉仕活動中ですね」
「なるほど、凄い見られてますが……」
「寝宮に入れるのはヴァルキューレ候補生か、特定のヴァルキュリアだけですから、ヴァルキューレとパートナー候補が何故いるのか気になるのでしょう」
初等部ということは、同級生になるのかな?
軽く会釈すると──慌てて去っていった。
「恥ずかしがっているだけですから、気にしなくていいですよ」
「はい……」
気持ちを切り替えているうちに、長い廊下を過ぎて……開けた先には──。
「な、何これ??」
「なにこれー?」
表現するのが難しいが……目の前にそびえたつ大地がある。
上を見ると地平線が見える。
下を見ても地平線が見える。
そう、目の前には小さな惑星が浮いていた。
小さいと言っても直径百キロメートルはあると思う。
数値は適当だ。こんなもの目算できるわけがない。
「壁の大地に向かって踏み出してみなさい。バランスを崩さないよう気を付けて」
恐る恐る足を伸ばすと、足が壁の大地に吸い付いて、そのまま倒れ込んだ。
「うへっ!? 気持ち悪っ……」
「飛んで移動するのが神界スタイルなのよ。[高速飛翔]の特訓が必要かしら」
シェイルに手を引かれながら立ち上がる。
「そうか、みんな浮いてたもんね」
大地に倒れ込んだにしては、服が汚れていない。
服? 今更気付いたけど、ジャージでいいのか?
まあいいか……注意されてないし……。
「では、学舎まで少し距離があります。練習を兼ねて[高速飛翔]しましょう」
「「「はーい!」」」
[高速飛翔]する。
クロスオーバー時のような速度は出せない。能力が低い以前に、憑依したシェイルの飛行経路誘導による補助がなければ、そもそも制御できないからだ。
みんな僕に合わせてくれる。優しい。
ほっこり景観を楽しみながら飛んでいると、ひと目で学校と判る建物に到着。
規模は遥かに大きいけれど、印象はまさに学校だ。
高くて立派な壁で囲まれているが、校門がどこにもない。裏口もなさそう。
あれ、玄関もない?
「どこから入るの?」
「屋上からでもいいし、各階層の壁を見て」
校舎の壁を見ていると、凄まじい速度で飛来した線が壁から突き出る踊り場にぶつかった。線はそのまま人の形に変わりふわふわと浮かんで進み始める。
「なるほど……あの出っ張ってるところが着地点で、その先が入口なのか」
「そゆこと」
「それでは、今日は屋上から入りましょう」
「「「はーい」」」
お母さまに合わせて着地すると──。
「リュート君、浮いたまま着地する癖を付けましょう」
「あ……はい!」
少しだけ浮き直す。
「まずは、学園長に挨拶しましょうか」
ゆったりと進──まない!
「うおっ! これスピード出すよりゆっくり進むほうが難しい!」
「んっ、慣れないとそうかしら」
「仕方ありませんね。慣れるまでは浮いたまま歩くイメージでいいでしょう」
「はい!」
ぎこちないけれど、一応進む……。
……
学園長室は、屋上から校舎内に入ってすぐの場所にあった。
どうやら、屋上に近いほど職員関連施設になっているらしい。
学園長室の扉をお母さまが開いて入る。
ノックしなくていいのかな?
などと考えていると──声がかかる。
「どうぞ、入ってきなさい」
お母さまの指示に従って室内へ入った。
目の前には大層立派な艶のある黒い木製の役員用デスク。
それを挟んだ先には、これまた大層立派なリクライニングチェアに座って、リラックスしたお母さま。
「ようこそ! ヴァルキューレ養成学園へ。わたくしが学園長のエイル・ウェデリアです♪ 我々は、リュート・ウェデリアの入園を歓迎します♪」
悪戯成功! と顔に書いてある。
「えええええぇーーーーー!!」
「ええー」
ギンと一緒に声を上げながら横を向くと。
「にひひひ♪」
こっちにも悪戯成功! と書いてあった──。
「ふたりとも楽しそうだね……」
「はい♪」「うん♪」
満面の笑みである。
「さて、おふざけはここまでにしましょう」
すぅーと空気が引き締まり、お母さまの神気が部屋を満たす──。




