英雄候補と癒しの戦女神 1
何だか暖かい。
ふかふかで、むにむに……気持ちいい。
すんすん……いい匂いもする。
ふかふかの抱き枕を手繰り寄せて、ギュッとすると、両手が幸せに包まれた。
「あんっ♡」
んー? なんか声がした。
両手で抱き枕の感触を確かめる。
「あ……リュートぉ……」
「!!」
意識が一気に覚醒する。
僕より小柄なシェイルは、まるで僕専用の抱き枕であるかのように、ピッタリと密着していた。
「んんんんんーーーーーっ!?」
緊張で強張りながらも、鷲掴みにしていた胸から両手をそっと離すと、シェイルが寝返りをうって──固まったままの僕と目線を合わせる。
「おはよ……♡」
「お、おはっ──」
「誤解されないように先に言っておくけど、抱き寄せたのはリュートなのよ」
「判ってる! けど、なんで……一緒のベッドに!?」
「んっ、なんでかしら?」
ゆっくりと離れ、上体を起こして周囲を見回す。
僕は下半身がやばいことになっていて、それどころではない。
「わたしの部屋? ……みたい」
「シェイルの部屋?」
そう言われてみると、壁にポスターやタペストリー。
吹き抜けの棚には、フィギュアっぽいのがたくさん飾ってある。
「うん。ここにわたし達を運ぶとしたら……お母さまかしら」
「え、挨拶しないと……」
「今はいないわ。んっ、リュートは起きないの?」
「あ……も、もう少し、寝ててもいい……?」
ニヤリ
それを聴いて何故か悪い顔をする。
「ぬく?♡」
「何をさ!」
「それは、もちろん、お──」
「──だー! 言わなくていいからー! 手の動きも禁止!!」
「遠慮はいらないのよ?」
耳まで真っ赤なのが解る。
もしお願いしたら本当にしてくれそうなので、尚更意識してしまう。
「[心霊制御]の感覚は憶えてる?」
「え?」
「[心霊制御]で、興奮していない自分のデコイを作ってみて」
「あ、自分を騙すのか!」
「そうそう」
デコイを作成して、自分に適用。
一瞬で普段通りに戻る。
「凄い!! こんな使い方もあるんだ!」
「結構応用が利くから、学園でちゃんと勉強したほうがいいのよ」
「うわー、楽しみ♪」
学園への思いを馳せていると、奥の扉からギンが入ってきた。
「おはよー」
「おはよー」
「おはよー、ギンは外に出てたのかしら?」
「うん、散歩してたー」
「え! 見たい!!」
「それじゃあ、ちょっとだけ出て見よっか」
「うん!」
3人で奥の扉に近づくと、自動的に開く。
「おぉ、自動ドア……」
「それよりも、ほら! 前を見て──」
──果てしなく広がる薄空色の空間に、様々な形の大地が浮かんでいる。
どの大地も天地がバラバラで、法則性がない。
雨雲がかかっているものや、宵闇に覆われているものもある。
時折、大地から伸びる線が次の大地に繋がって消える。
不規則に伸びては消える線がとても神秘的な模様を描いて映る。
線が繋がる先を追っていくと、小さな惑星の集合体が目に留まった。
幾重もの細いリングで彩られていて、とても綺麗だ。
ふと心地良いそよ風が頬を撫でる──。
思わず深呼吸してみると、肺は無いはずだが清廉な空気が染み渡るのを感じた。
「どう♪」
「──やばい、感動で泣きそう……」
「にひひ。一応神様の住む世界だしね!」
「空気が凄い美味しいんだけど」
「神気に満ちてるから、呼吸するだけで力を回復できるのよ」
「まじか!」
「まじよ!」
……
しばらく眺めていると背後から声をかけられた。
「ふたりとも、神霊体の調子はどうですか?」
「え!?」「あ!」
振り返ったそこには、深い黄金色の髪と、透き通った淡い翠色の瞳の妖艶でグラマラスな女性が微笑んでいた。
「お母さま!!」
駆け寄ってギュッと抱きつく。
「おかえりなさい、シェイル。神霊体に異常はありませんか?」
抱きつくのをやめ、少し離れて神霊体を確認する。
ついでに僕も、違和感がないか出来る範囲で確認。
「はい! 大丈夫そうです♪」
「そう、良かったわ。監視室で観ていたから心配したのです」
「へ? あ──」
女性は笑顔のままだが……。
ブルッ
怖ッ! シェイルのお母さん怖ッ!!
前方から凍てつく波動を浴びて震え上がる。
「──あわわわわわ」
ガクブルだ。
「あなた……ヴァンの[狂厄]を使おうとしましたね?」
「あわわ──しゅみません!!」
両膝をついて祈りを捧げるように赦しを請う。
「ヴぁんのきょうやく?」
「[災厄]の上位能力です。自分の神格、つまり魂と引換えにあらゆる負の力を呼び込み、使い手を一時的に格上げしますが……神格を複数消費するので使い手が未熟だと、まず間違いなく消滅するでしょう」
「ギンが止めたアレか……」
「ヒウッ!」
お母さんが両頬をつまんで左右に引っ張る。
「イヒャいれす、おかあひゃま……」
「子供が悪さをしたら罰するのは親の務めですよ」
あわあわしているシェイルがちょっと可愛く見えた。
「いいですか、シェイル。[狂厄]は神格が6柱以上になってどうにか使える代物です。なので一時的に封印してもらいましょう」
「うっ……」
拒否権がないことは理解しているみたいだ。
「それと、懲罰もちゃんと受けさせます」
「ひゃい……」
「パートナーも出来たのです。もう二度とあんな無茶はしないと誓えますか?」
「お、おおみきゃみひゃまに誓って守りまひゅ」
「よろしい」
やっと解放された両頬を摩りながら軽く涙ぐんでいる。
神霊体でも痛いのだろう。
そして、お母さんは僕に向かって微笑みかける。
ブルッ
おもわず身震いしてしまった。
「君がリュート君ですね?」
「は、はい!」
「ふむふむ……」
値踏みされているようだ。
「はぁ~」
半ば呆れたような表情でため息をつかれた。
あ……僕じゃ、やっぱりダメか……。
少しショックを受けたが、こういうのも想定していたので表情には出さない。
「シェイルの執念には驚かされます。本当に華奢で可愛らしい美少年を連れてくるとは思いませんでした」
そっち!?
「自己紹介が遅れましたね。わたくしはシェイルの母、ヴァルキュリアのエイルです。よろしく、リュート君」
先ほどの恐ろしさはどこへ行ったのか、凄まじい大人の色香を纏った笑顔を向けられドキドキしてしまう。
「こちらこそ! よ、よろしくお願いします女神様!」
90度でお辞儀する。
「あら、シェイルは呼び捨てで、わたくしは女神様なの?」
「え?」
「そうね……お母さま、お母さん、母さん、なんでしたらママでもいいですよ♪」
「えええーーーっ! エ、エイル様ではダメでしょうか?」
「駄目です♪」
物凄い笑顔で却下された。
「で、では……シェイルと同じ、お母さまで……」
「はい♪ ところでリュート君、神霊体の状態を調べてもよいでしょうか?」
「あ、はい! お願いします」
「コホン……」
「……?」
「コホン!」
「……! お、お願いします、お、お母さま……」
「では、すぐ済みますので動かないでください♪」
横で両頬を摩りながら半眼で見つめてくるシェイル。
視線を反らしながら遠くの景色を眺める僕。
そして楽しそうに僕の神霊体を調べる女神様……もとい、お母さま。
居心地悪っ!
あ、心の声が霊気を通して漏れるんだっけ?
「大丈夫ですよ。神霊体は霊体と違って、自動結界で護られていますから意志が神気に載って漏れることはありません」
「漏れてるじゃないですかっ!」
「くすくす──今のは、表情を読んだのですよ♪」
「あ、なるほど……」
「……お母さま、楽しそうですね」
調べ終わったのか離れて向き直る。
「えぇ、楽しいですわ♪ 娘達のパートナーは、みな家族と思っていますが、何せ巨体でムキムキばかりですから。リュート君のような子は初めてで、息子って感じがしますね……ふむふむ、華奢な男の子もなかなか良いです……シェイルの気持ちがやっと理解できました」
シェイルがぱぁーっと花咲くような笑顔になる。
うあ、今まで見た中で一番可愛い……。
そしてまた駆け寄ってギュッと抱きつく。
意外と甘えん坊なんだ……。
「んーーーーーっ♪」
気持ち良さそうにするシェイルの頭を撫でながら、お母さまが声をかけた。
「ギンもご苦労さまでした」
「……うん」
珍しく元気がない。
「ギン、どこか痛いの?」
「ううん、ちがう」
「調子が悪いのですか?」
「ちがうよ、リュートを護れなかったから……」
「責任を感じる必要はありません……あなたはちゃんと役目を果たしています」
つぶらな瞳を見開くギン。
「どういうこと?」
「あなたの役目は、その神気でリュート君の霊体を護もることでした」
「「??」」
「霊体が感情の影響をまともに受けることは知っていますか?」
「うん」
「盟約を交わした神獣が近くにいると、神核のパスを通じて盟約者の霊核を神気で調整するのです。穢れ堕ちしないように──」
シェイルが撫でられながらハッとした表情をして会話を繋げる。
「それでリュートは殺された直後なのに、あんなに落ち着いてたのですね!」
「「なるほど!」」
「ギンを見て、なんか落ち着いたのはそういうことか」
しゃがんで、わしゃわしゃする。
「きもちいー♪」
「なので責任を感じる必要はありません」
お母さまもギンの頭を撫でた。
「でも……護れなかったよ。ボクはリュートとクレハとオウカとばばとじじとネネ──みんなの幸せも護りたかった」
「……じゃあ、ギン、これからも僕らを護ってくれる?」
「え?」
ギンを抱っこしてギュっとする。
「これからは、シェイルと……お、お母さまと新しい生活が始まって、ギンも一緒にいるんだよね?」
「……もちろん! まかせて!」
神様の世界で新生活……。
まずは学園か、転校生になるのかな?
やばい……凄い楽しみ♪
僕はすっかり忘れていた。その前に罰が待っていることを──。




