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秘密の工房

 野良猫にはいつも嫌われてしまいます。生と死の狭間で生きているような動物はとても鼻が利きます。勘の良い子は私の顔を見るだけですぐに走り去ってしまいます。


 私は弱っていく生き物を見るのが好きです。そのことを自覚したのは小学校五年生くらいの頃でした。風邪で寝込んでいた妹を看病していた時のことです。額に汗をかきながら苦しそうに布団で寝ていた彼女を、私は一日中見つめていました。その時、胸の内から言いようのない母性本能(ぼせいほんのう)がジワジワと生まれてくるのを感じました。もっと感じたい…。

 私は妹の体に氷水をかけました。そして彼女の濡れた胸に耳を当て、その小さな心臓の音をいつまでも聞き続けました。その後、妹は一週間ほど入院し、私は母にひどく叱られました。自分の本能は周りの人たちに秘密にしないといけない。泣きながら私を責める母の声を聞きながら、私はそう思いました。


 中学生になってからは病院の中を散歩するのが趣味になりました。部屋を間違えたふりをしていろんな病室に入っていきました。弱っている方を見るだけ、ただそれだけです。特に変なことはしませんでした。ただ、周りの方の視線があまり良くないように思えたので、次第に花束を持って歩くようになりました。当時はお小遣いを節約する為に、安い造花(ぞうか)を集めた花束を作り、毎回それを持って行くようにしました。そして、できるだけ大きな病院を選ぶことで、あまり声をかけられず自然にお散歩ができるようになりました。


 高校生の頃は将来、看護師になろうと考えていました。でも私は人の血がとても苦手だったので、別の道を選ぶことにしました。それに病院を散歩し続けて分かったことがありました。それは病院は人を元気にする所だという事です。もっと生命力に(あふ)れる生き物が弱っていく所を私は見たかったのです。



 午前零時、私はガスマスクを付けた魔女になります。ここは私だけの秘密の工房。アパートのキッチンを改造した、一畳ほどのスペースです。棚には色とりどりの液体や粉末の入ったガラス容器が並んでいます。どれも手に入れるのが難しい薬品や、洗剤や漂白剤から少しずつ抽出したものが入っています。空気が漏れないよう、工房の周りは透明なビニールでしっかり囲っています。換気扇もそういったものに対応できる特別なものを用意しました。今、炎の上に乗せたビーカーから、コトコトと液体が沸騰する小さな音がしています。

 私は『体を少し弱くするお薬』を作っています。傷つけたりするものではありません。少し弱くするだけです。口から血を吐いたりなんて、そんな残酷なことにはなりません。そうならないように野良猫たちに協力してもらい、少しずつ改良を重ねてきました。このお薬を飲んだ子たちは皆、細く小さく、そして冷たくなっていきました。


 今日、お薬を初めて人に飲んでもらいました。彼のあの太くて立派な指が、もしかしたらやせ細ってしまうかもしれません。どこかが痛くなるかもしれません。頭でしょうか。お腹でしょうか。猫と会話はできなかったので、弱っていく箇所を聞き取ることができませんでした。でも今度は違います。


 ああ、あの方が弱っていく姿が目に浮かんでくるようです。胸に生まれた甘く切ない母性本能が、まるで魔法のように、神経の枝を通って全身に駆け巡っていきます。


 金曜日がとても待ち遠しいです。次もまた、飲んで頂けるでしょうか。私のオリジナルブレンド。

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