表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

■第5話 王立イルミナティオ学院

 リゼット・ルグランは、いつになく緊張していた。

 目の前にそびえ立つ、石造りの大きな門のせいだ。


 そして、むかついていた。

 隣を並んで歩く、へらへらした同い年のせいだ。


 * * *


 王立イルミナティオ学院は、王都セルダから徒歩1日程度のところに存在する、数百年前に王の号令の下で設立された教育機関である。

 優れた知性と武勇を併せ持った人材を育成し、王国の行く手をどこまでも照らせるようにという願いを込め、古の言葉で「明かり」という意味の名前がつけられた。

 

 リゼットは、今年で12歳になる。彼女の父親は、地方の領主に仕える騎士である。

 普通の王立の学院ともあれば、そこに通うのは貴族の息女のみであり、一応教養があるとはいえ彼女が入学できるはずもないのだが。イルミナティオだけは、根本的に仕組みが異なる。


 実力が全て(・・・・・)


 優れた才を見せる者ならば、たとえ農民や奴隷の子だろうと入学させ、最高の教育を施して王国の次世代を担わせる。イルミナティオは、そんな、一風変わった学院である。


 リゼットの父親は、騎士のくせに、知識に貪欲であった。情報に飢えていた。

 普通の騎士が武具の整備に回す金を、ほぼ全て、図書の購入に充てていたのだ。座右の銘は「知は力なり」だったそうな。

 そして、念願かなって子供が生まれた時にはもう、家の中は本だらけであった。


 そんな環境で育った彼女は、もちろん本が好きである。

 家中の本を読み解き、その本が図鑑なら野山に繰り出して実物と比較し、魔法の指南書なら実際に自分で試してみて、先人の知識を血肉としてきた。

 当然、そんな本の虫がそれで満足してしまうわけもなく。彼女は父親に、もっと勉学をしたいと願った。「学校」というところに行きたいと申し出た。


 その結果、彼女は、地元の子供向けの学校に通うことになった。


 あろうことか、彼女は一か月で卒業した。

 そんな学校で習う程度のことなど、彼女はとうに知っていたのだ。


 では、大学に行かせることができたかというと、そうもいかなかった。

 最高学府である大学に行くためには、多額の資金と、地位ある者からの推薦が必要なのである。

 どちらも、ただの一騎士であるルグラン家には荷が重すぎる。


 最後にリゼットの父親が思いついたのが、このイルミナティオ学院であった。

 そう。この学園、ちゃんとコンセプト通りの運営がなされている。入学が認められたならば、授業料と生活費は全て国が持ってくれる。才能ある者は、血税をつぎ込んできちんと育成するのだ。


 リゼットの父親は、何とか搔き集めて捻出した中央までの旅費を彼女に渡しながら、こう告げた。


「俺は、リーズのことが、ガチの天才だと思っている。マジで。でもそれは俺の思い込みかもしんねえ。だから、この金でイルミナティオに行け」


「お父さん……」


「試験を受けてこい。俺のリーズが、世界一の天才かそうじゃないか、確かめてこい」


「でも、わたし……」


「ダメだったらその時だ。ウチじゃあ大学には行かせてやれねえけど。これからも本は読ませてやれるから」


「うん、そうだよね。お父さん、ありがとう。がんばってみるよ」


 銀貨のたくさん入ったずっしりとした革袋を大切そうに抱えて、リゼットは微笑んだ。


 * * *


 馬車を乗り継ぎ、一週間ほどかけて、ひとまず王都に到着したリゼット。

 適当に転がりこんだ宿屋で、彼女は、今後の人生を左右する重大な出会いを果たす。


「もしかしてあんた、イルミナティオでも受けるのかい?」


 食堂で夕食の温かいスープをすすっていると、宿屋のおかみから声をかけられた。

 身なりがそこそこきちんとしている子供が、この時期に一人旅をしているとなると、おのずと可能性は絞られるのだ。


「はい、明日行こうと思ってます」


「あら、ちょうどいいじゃない。ケント!」


「なんすか」


 おかみさんの呼びかけに反応したのは、シストリアでは珍しい、黒い髪と瞳の少年だった。年の頃は、リゼットと同じくらいだろうか。


「こっちの女の子もイルミナティオ行くんだとさ。あんたと一緒さね」


「はあ」


「せっかくだし、一緒に学院まで行ったらどうだい?」


 こんなところで珍しい出会いもあるものだ、とリゼットがぼんやりしていると、目の前のスープ皿が浮いた。

 おかみさんが気を利かせ、ケントの向かいの席までスープ皿を


「ほら。旅の道連れだ。親睦くらい深めておきな」


 はあ、と息をつきながら、リゼットは立ち上がる。

 せっかくの出会いだ。同じ学園を受ける仲間が、どんな奴なのか確かめておいたって損はないだろう。


「……名前は?」


「リゼット。リゼット・ルグランよ。あんたは?」


「ケントだ」


「最近こっちの方で流行ってる名前じゃないの、それ」


 彼が名字を名乗らなかったことに違和感を覚えつつも、リゼットは話を続ける。

 貴族様の子供のお忍びなのかしら。それとも、ただの農民の息子?


「そうなのか? 俺は地方の出身だから知らん」


「いや、わたしもよ……」


 * * *


 翌日。

 リゼットとケントは朝早くに王都を発ち、歩いて歩いて、昼過ぎにはイルミナティオ学院に到着していた。

 道中で獣にも魔物にも出くわさなかったので、予定より早く着けたのだ。

 

 目の前にばーんとそびえ立つ石造りの門を見て、リゼットは改めて気を引き締めた。

 そして、隣でほげーっとしている同い年の男子を見て、ちょっとむかついた。


「ねえ、あんた」


「何?」


「緊張とか、ないわけ?」


 1年に1度、この時期だけ解放されるこの門は、街道から直接学院に続いている。

 試験に合格して入学が認められれば、そのままこの学園都市で暮らすことになるし、不合格になったものは街に入ることすら許されず、そのまま回れ右させられて放り出されるのだ。

 厳しいな、とリゼットは思う。

 そして、もうちょっとくらい隣の奴も緊張してもいいじゃない、とも思う。


「別に」


 半日くらい一緒にいて、ちょっとだけこいつのことがわかってきた。

 こいつは割と、周りの物事がどうでもいいと思ってるタイプだ。きっとそうだ。


「はあ……もういいわ」


 試験で何が試されるのかは知らないし、合格できるかもわからない。

 でも、この道を選んだのは自分なのだから。お父さんが、くれたチャンスなのだから。

 がんばろう。

 彼女は自らにそう言い聞かせると、門の上の「イルミナティオ」の文字をきりっと睨んだ。


「行くわよ!」


「気合入ってんなあ……」


 * * *


「いらっしゃい。イルミナティオの受験だね?」


 門番が、街道を歩いてくる子供ふたりを見つけて声をかける。


「はい」


「名前の申告と、魔石検査だけ受けてもらうよ。さすがに"魔抜け"は受験できないから」


「わかりました」


 よし、と頷いて、門番が手袋をした手で無色魔石をリゼットに手渡す。

 魔石はすぐに赤く染まった。中心で何か燃えているかのように、輝きがゆらめいている。


「リゼット・ルグラン、12歳です」


「嬢ちゃんは火属性か、OK。じゃあ次、兄ちゃん」


 はい、と門番が魔石を握らせる。

 特に、目立った変化はみられない。


「ケントです。えっと、何すればいいんですか?」


「え、あんた、"魔抜け"なの?」


 うんともすんとも言わない魔石を見て、リゼットが驚きの声を上げる。

 道中、あれだけ魔法の応用について語り合ったのに。魔力を持ってないなんて、まさか。


「いや、魔法は使えるって」


 ケントが左手を振ると、氷の球が生み出されてそのままひゅんと飛んでいった。

 街道から外れた草原に着弾し、地面が抉れる。人に当たろうものなら、骨折は必至である。


「じゃあなんで魔石の色が変わらないのよ!」


「止めてるから」


「止めれるもんじゃないでしょ!」


 人間の体の表面には、少しずつ魔力が漏れ出ている。

 無色魔石はその魔力を自然と吸い、属性に対応した色に変化する。リゼットの読んだ本にはそう書いてあった。


 氷の球を飛ばすんだとしたら、水属性、風属性、そして火属性の魔力が必要なはずだ。

 魔石の変色を止められるんだとしたら、魔力の漏出を完全に止めていることになる。


「今俺がやってるんだけど」


「信じられない……」


「えっと、魔法が使えるのに、"魔抜け"? どういうことだ?」


 魔術についてあまり詳しくない門番は、もうちんぷんかんぷんである。


「あんたがすごいのはわかったから、魔力注ぎなさいよ。門の中入れないわよ?」


「そうなのか」


 リゼットにしてみれば、門番に説明するのが面倒だから、さっさと済ませろと言いたかっただけなのだが。

 ケントは、更にとんでもないことを始めた。


 彼の握った魔石が、赤い光を放つ。

 そう。それでいいのよ。リゼットがそう心の中で言った、次の瞬間。


 魔石が、青色に変わった。

 リゼットが口をあんぐりとあける中、緑色に、茶色に、魔石は表情を変える。太陽のような光が放たれ、全ての光を通さぬような闇が現れる。

 そのまま、魔石は最初の無色透明に戻った。


「よくわからんけど、火属性ってことでいいのか?」


「もう、それでいいわ」


「ケント、火属性……と」


 魔術が苦手な人にいくら説明したって、これは無理だろう。リゼットは諦めた。

 それでも、彼女には、ケントがいかにデタラメなことをやったのかがわかる。

 全属性の魔力を持っていて、それを手足みたいに魔石に突っ込んで、更には引っ張り出せるのだ。リゼットの読んだ本にはどれも不可能だと書いてあったし、彼女自身でも試してみたけれど、やっぱり無理だったのを覚えている。

 リゼットの自信は、急速に萎んでいった。こんな奴ばかりいるのだとしたら、私なんかじゃイルミナティオには行けない。


「あ。兄ちゃん、こいつの魔力も抜いてくれるか?」


 門番が、先ほどリーゼの握った赤い魔石を投げてよこすと、ケントはすぐにそれを無色透明にして、そのまま門番に戻した。

 あ、他人の魔力も抜けるのね。リゼットはもう、卒倒しそうだった。


「ありがとさん。入場税はオマケしとくぜ」


 薬液に漬け込み直す手間が省けて嬉しそうな顔をした門番は、ふたりを門の中へと招き入れた。


「ようこそ、イルミナティオへ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ