□第4話 魔石検査(練習)
「お前ら―、久しぶり。元気してたか?」
しゅわん、と空間の歪む音を伴って、ハシモトがバステール島に降り立つ。
ハシモトだって、ニホンからやってきた異世界人なのだ。勇者には及ばないまでも、魔法の才能はめっちゃある。ノーリスクで、長距離の転移魔法が使えるくらいには。
「あ、先生! お久しぶりです!」
洗濯物をぐるぐる風魔法で乾かしながら、勇者アカネが顔を輝かせる。
「謙人ー、義人ー、先生がいらっしゃったわよ!」
5年前に突貫工事で建てられた小屋は、オクムラ家のこつこつとした改築によってだいぶ拡張されていて、貴族のお屋敷にはまだ遠いが、"一軒家"と言い張れるレベルにはなっていた。
辺りには3人の食卓を彩るのに足るだけの面積の畑が広がっていて、シストリアでは馴染みのないような野菜や穀物が育てられている。この規模だと、家庭菜園と言った方がふさわしいかもしれないが。
そんな畑の四隅には、アカネ謹製の結界を張る魔道具が設置されており、ただの獣だったり生半可な魔物は通さないようになっているのだが、それはまた別の話。
そんな畑に囲まれて、土が露出し、平らに均されているスペースがあった。
かかしのような人形や的がいくつか置かれているそこは、勇者一家の基礎鍛錬の場になっていた。
周りの畑の作物だったり、建物だったりに被害を及ぼさないように力を加減して戦うのも、修行のうちである。
アカネの声を聞きつけて、ケントとヨシトは構えていた木剣を下ろし、こちらへ歩いてくる。どちらの木剣もぴかぴかの光を纏っていたような気もするが、きっと気のせいだ。
「おじさん! こんにちは!」
ケントは、今年で6歳になる。
生後一週間にして魔力放出のみでワイバーンを撃墜していたような才能の持ち主が、最強の剣士と最強の魔導士に溺愛されつつ手塩にかけて育てられているのだ。
まともに戦闘訓練を始めたのは最近だが、そこそこ強いような魔物を適当に撃退したり、討伐してその晩のおかずにするような機会はいくらでもあった。
どうなるかは、もうお分かりだろう。
そう。
めっちゃ強い。
小手先だったり泥臭かったするような技術こそまだまだだが、力押しでこの子供に勝てる存在は、この世界のどこを探してもいない。
そもそもこの島に来た理由からして、その身に宿した力が強すぎて、かといって赤ちゃんに制御しろと言っても無理だったからだ。最近ではだいぶしっかりしてきたので、基礎的な戦闘技術を訓練すると共に、力をほどほどに抑える術を学んでいるのだ。
「ちゃんとあいさつできて偉いな、こんにちは」
ハシモトも、ぼちぼちおじさんと呼ばれるくらいの年齢になったのである。
「それで、先生、今日はどうして?」
転移魔法が使えるくらいだから、仕事の合間にふらっと来てふらっと帰っていくこともよくあるのだけれど。
今日は、ちゃんとした用事があるようだ。
「そういえば、と思ってな。お前ら、謙人に魔石検査受けさせてないだろ。必要ないっちゃないんだが」
「ませき?」
ニホン出身の親ふたりの頭には、芸能事務所が頭をよぎった。
「魔力の石だけど、わかってるよな?」
「……ああ、なるほど」
やっぱりこの勇者たち、どこか頭のネジがずれている。
「無色の魔石を握らせると、体表から魔力を吸って染まるから、得意な属性がわかるんだよ」
一定以上の強さを持った魔物の体内に形成される魔力の塊のことを、魔石という。
赤色なら火属性、青色なら水属性といった具合に魔力の属性によって色が異なるのだが、取り出した魔石を特殊な薬液に漬け込むことで、属性と魔力を"抜く"ことができる。
すぐに周囲の魔力と反応してしまうので、特にこれといった利用法はないのだが、その性質を活かして、まだ魔力をうまく操れない子供の属性を判断するのに用いられている。
「例えばな、ほら」
魔力を通さない皮で作られた特殊な手袋をつけたハシモトが、空間収納から無色の魔石を取り出して、ヨシトに投げ渡す。
「へ? あ、あの」
ヨシトはびっくりしながらも、両手で魔石をキャッチする。勇者の身体能力の無駄づかいである。
と、次の瞬間。
魔石が、その中心から、日光と同じ色の光を放ち始めた。
「な。義人は光属性だ、とこれで判断がつくわけだ」
「ほー、こんな便利なものが」
魔王討伐の旅に出ているときは、使えるものはなんでも使っていたから、こんな判定キットなど必要なかったのだが。
「お前ら、謙人を学校に入れる気はあるんだろ?」
「もちろん」
「入学試験……の前の段階だな。身体検査くらいの位置づけで、魔石検査があるから」
「でも、うちの謙人、もう全部の属性の魔法使えますよ?」
勇者はやっぱり親バカであった。
「適正的な心配をしてるんじゃなくて、何が起こるかの心配をしてるんだよ」
「はあ……」
* * *
「と、いうわけで。謙人君、この石を握ってみてくれないか?」
「はーい、おじさん」
手袋をしたハシモトの手から、ケントが魔石を掴む。
……特に、これといった変化は起こらない。
「魔抜け」なんて言われる子供によくある現象だが、ことケントに限って、それはありえない。
さっきだって、木と相性の悪い光属性の魔力を木剣に纏わせてバチバチやっていたのだ。
「おじさん?」
「なんだい?」
「いれていいの?」
ハシモトは、ケントが、魔力をせき止めているのだと判断した。
「ああ。入れてくれ」
ケントが大きく頷くと、魔石が光を放ち始める。
「光属性……? いや……」
ハシモトがつぶやくうちに、光はどんどん眩さを増していき、そして。
ケントが、魔石を放り出した。
アカネが、焦った表情で魔法を行使した。放り出された魔石を精確に追尾して、障壁がその周りを囲う。
そして。
くぐもった爆発音と、障壁にひびが入る音がした。
ふう、とアカネが息をつく。
「へー、魔石って魔力注ぎすぎると爆発するんだな……ニコラスが喜ぶぞー」
ニコラスというのは、宮廷魔術師のひとりである。魔石に魔力を限界まで注ぐとどうなるかを巡り、「融け出す」と主張していた同僚のリュックと激しい論争を繰り広げていた。
そのいざこざも、今日までで終止符が打たれた。
今度来るときはニコラスを抱えてきてやるか、とハシモトは考える。
「先生! どういうことですか! 何が起こったんですか!」
「何が、も何も……謙人が魔力を注ぎまくったんだろ。それしか考えられない」
「爆発するなんて、そんな」
「俺も知らなかったよ。まったく」
ケントが、ややびっくりしたような、きょとんとしたような、そんな不思議な顔をして、大人のやり取りを眺めていた。
* * *
家の中に入って、今起きたことをまとめる。
ケントにも話を聞いてみると、制御自体はできなくはないらしい。
ハシモトが「やれ」というまでは、魔力は全く漏れていなかったのだから。
ただ、どれくらい流すかの調節は、まだできないらしい。
そもそも、魔石に一定以上の魔力を込めること自体、だいぶ難易度が高いのだが。
「訓練のメニューが一つ増えたな、朱音」
「これはどっち担当なの?」
「魔力だし、朱音じゃね」
「はあ……大変そうね。まず無色魔石を用意するところから始めないと」
何も無しに入学の手続きをしていたら、その学校の校舎を吹っ飛ばしているところだった。
ハシモトが、勇者ップルの教育方針議論を聞きながら、小さな声でつぶやく。
「たまには、気まぐれも役に立つもんだな」