□第3話 オクムラ領バステール島
ハシモトの「奥村家、王都に置くの無理」という判断は、めぐりめぐって、シストリア王からの正式な通達という形で執行されることになった。
もちろん、直接「出ていけ」なんて言えるわけない。そんなことやろうものなら、暴動必至である。
結局、お披露目の儀で人が大量に倒れた事件も、「さすがヨシト様とアカネ様のご子息」ということで世論は落ち着いてしまった。いくら世界を救った英雄の息子だからって、甘すぎるだろう。
幸いにして、というべきか。いい口実があった。
ド・オクムラ家は、爵位こそ公爵であったが、領地をまだ保有していなかったのだ。
魔王が占領していた地域にはまだまだ魔物と魔族が残っている上、土が痩せ衰え、水も涸れ果てているので、渡したところで左遷どころか、罰ゲームである。
シストリア王国が目を向けたのは、大陸の外、海外であった。
魔王討伐によって、兵器開発に回していたリソースが浮き、人々は冒険の航海に乗り出すことができるようになっていた。
その結果。
王都セルダから西に船で3日のところに、大きな島が発見されたのだ。
「バステール島と名が付いた。面積は地球の単位で、1万平方キロメートルくらいらしい。概算だがな」
「ピンと来ないですよ、数字で言われても」
ハシモトの説明に、勇者夫妻が首をひねる。
「四国の半分くらいと思えばいい」
四国の面積は18800平方キロメートル。その半分くらいの面積の島が発見されたのだから、それはもう大ニュースである。
「でも、なんで俺たちが?」
「そうですよ。入植者とかいないんですか」
はあ、とハシモトが溜め息をつく。
「送り込めないんだよ」
「でも、島は見つけたって」
面積がわかるくらいなのだから、航路自体は確立しているのだが。
「よし。お前らに分かるように例えてやろう。トンビみたいにワイバーンが飛び交ってて、そいつらをたまにドラゴンが食っていくんだ」
いつ島の上空を見ても、大きなトカゲがばっさばっさ飛んでるのだ。
「陸上の様子は確認されていないけど、まあ似たようなもんだろう」
「ワイバーンなんて、威圧飛ばしてほっとけば問題なくないですか?」
この世界において、魔力は万能である。
ほどほどに指向性を持たせて放出すれば、野生の動物や魔物に恐怖心をもたせ、戦闘を避けることだってできる。
「あのなあ……それはお前らだけなんだよなあ……」
「先生もでしょう」
「論点はそこじゃねえよ」
ただ、それにはやっぱり十分な魔力を保有していることが必要不可欠である。
ワイバーンをビビらせるほどの威圧なんて、勇者クラスでもないと不可能だ。
討伐するだけなら、どうにかして地上まで引きずり落とした後、騎士5人くらいで囲んで叩けばなんとかなるのだが。
「1頭か2頭なら通常戦力でどうにかなるんだけどな。10も20も飛んでたら無理だ」
「はあ」
「お前らも領地持ち貴族になるんだから、一般的な戦力の見積もりくらい勉強しておけ」
「せんせー、教科書とかないですか」
「んな贅沢なモノはねえよ。実地で学べ」
なんだかんだで文明が華麗に花開いているニホンとは、色々と違うのだった。
「まあ、そういうことで。明治の日本みたく屯田兵を送り込むのが無理なわけだ」
「で、俺たちに行け、と?」
「そう。お前らなら死ぬことはないだろ」
魔王まで倒した勇者たちと、その息子だ。
そんじょそこらの魔物どころか、どんな魔物にだって、やられることはない。
「雨風凌げる拠点が立つまでは騎士を一小隊付けてやるから、せいぜい使い倒してやれ」
「え、もうちょっとなんかこう、村とか、作れないんですか」
ヨシトが食い下がる。
「ワイバーンがいつも飛んでるような物騒なところに誰が住むって言うんだ」
「勇気のある人とか……」
「それが『勇者』だろうが」
「あ、確かに」
この夫婦、やっぱりどこか抜けている。
「それにな、大島」
アカネのことを旧姓で呼んで、ハシモトはにやりと笑う。
「あの島なら、空間魔法が使い放題だぞ? なんせ、誰もいないからな」
「わかりました、行きます」
空間魔法は、失敗すると周囲の時空をしばらく歪めてしまって収拾がつかなくなるので、人口の多い場所での使用が厳しく制限されている。
かねてからどうにかしてニホンに帰る方法を見つけようと研究を重ねているアカネにとっては、渡りに船の話であった。食い気味の即答である。
こうして、ド・オクムラ家に、バステール島が領地として与えられることが決定したのだった。
もっとも、領民は誰もいないのだけれど。
* * *
「見えてきましたよ、アカネ様、ヨシト様」
船に乗ること、2日間。
建築用の材木をたくさん積み込んでいるのに、勇者らが魔力量に物を言わせて交代で追い風を吹かせたために、通常の船より早く着くことができた。
「じょーりく!」
適当な入り江を見つけ、砂浜に上陸する。
元気なものである。
騎士たちが厳戒態勢で周囲に目を配る中、アカネとヨシトはとりあえず上を見上げる。
ハシモトの話の通りに、空をワイバーンが、悠々と飛び回っている。ざっと見える範囲で、20くらいだろうか。だいぶ多い。
「アカネ、半分頼めるか?」
「任せて」
背中合わせになって、片方の腕を後ろに回して、指を絡めあう。恋人繋ぎだ。夫婦になった今でも、隙を見ていちゃつくこのふたり。
ほんとは両手とも繋ぎたいのだが、あいにく片方はケントを抱くために使われている。
「いくよ?」
「せーの」
気の抜けた掛け声とは裏腹に、対空砲もかくやという勢いで、威圧の魔力が放出される。
見えている範囲を飛んでいたワイバーン全部が、一瞬、ぴくっと身を固くして。慌てこそしないものの、徐々に、砂浜の上空から離れ始める。
圧倒的強者の実力に、魔物だって気圧されるのだ。
そんな中。例外がいた。
勇者たちの、直上にいた個体である。
アカネとヨシトは、それぞれ半分ずつ、角度にして180度分を受け持ったわけであるが、真上で被りが生じていた。ふたり分の威圧を受けた哀れな個体は、身を固くするだけに留まらず、一瞬気を失ってしまう。
それだけなら、まだなんとかなったかもしれないのだが。
追撃がやってきた。
勇者の息子・ケントが、母親の腕の中で、自らの幼い腕を動かす。
空中でフリーズしたワイバーンに向けて、指を向けた。
「ばぶー」
ケントにしてみたら、母親の行動を真似してみただけなのだろう。
威圧というよりは、純粋な魔力の波動をぶつけてみた感じである。
それでも、ケントの魔力量は圧倒的すぎた。
ただでさえ意識の怪しかったワイバーンは即座に気絶し、砂浜に叩き落される。
騎士たちにしてみれば、拍子抜けである。
いつ襲い掛かってくるかと思っていた敵が、気絶して落ちてきた。
「えっと……これ、どうしましょう? 食べる?」
ヨシトが提案する。ワイバーンの尻尾の肉は珍味として知られているし、他の部位も食べられないことはない。
「いえ、このまま生け捕りにさせていただきます!」
刃傷のひとつもついていない、無傷で捕獲したワイバーンである。貴重なサンプルである。
そういうことがあったら、もったいないからちゃんと捕まえて来いよと、小隊長は厳命を受けていた。
* * *
2週間後。
行きに積んでいた材木の代わりに、ロープでぐるぐる巻きにされたワイバーンを積んで、バステール島派遣小隊は帰還した。
生態の研究が捗る! と、王宮付きの学者が大喜びだったそうな。