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□第2話 命名の儀

「まったく、元気な子ですこと。ねえ、アカネ様。早速、お披露目をしませんか?」


「お披露目、ですか?」


「早ければ早いほど、その後健やかに成長するという言い伝えがありますの」


 ややあって意識を回復したブランシュ王女が、すやすや眠る赤子を、微笑みを浮かべて見つめる。


「こっちの習慣でな、貴族に子供が生まれたら、民衆の前でお披露目をするんだ」


 ハシモトが続きを引き取って、かつての生徒に向かって説明をする。


「男子なら剣、女子なら杖を天に掲げるんだが……この子に持たせて本当に大丈夫か?」


 既に、何も持たなくたって、部屋中の人間を気絶させられるほどの戦闘力の持ち主なのだ。剣を持たせたら斬撃が飛んでいきそうだし、杖を持たせたらが発現したっておかしくない。


「私が障壁張れば大丈夫ですよね」


 陣痛などなかったかのように、アカネがするりと立ち上がって宣言する。


朱音(アカネ)! そんな、無理しなくても。別に落ち着いてからでいいじゃないか」


「別に、無理してないわよ。さっき義人(ヨシト)が回復してくれたから」


「ほんと?」


「ほんとだってば。ありがと」


 あっという間に、ラブラブカップルの雰囲気であった。


「それに――私たちの赤ちゃんが、ちゃんと育ってほしいし」


「そうだね。朱音、ありがとう」


 優しく抱きしめあうふたりを見て、ハシモトがぼそり。


「お前ら、ほんと、昔から仲いいよなあ……」


 * * *


 お知らせが城下に掲示されると、そのニュースは瞬く間に王都中に広まった。


・虹の勇者アカネ様、男児をご出産

・アカネ様、ご子息ともに、極めて元気でいらっしゃる

・ついては、明日正午より王城でお披露目を行う


「出産翌日にお披露目だあ?」


「そんなん聞いたことないべ」


「さすが勇者様のご子息だ、きっと立派な人物になるぞ」


「お前、見に行くか?」


「もちろん。朝から場所取りしようぜ」


「おうよ」


 こんな具合の会話が、王都のあちこちで交わされた結果。

 一夜明けた翌日の昼には、国王の即位式より多くの人が、王城前の広場に詰め掛けていた。


 正午になり、時刻を知らせる鐘が鳴る。

 楽隊が荘厳な音楽の演奏を始めると、集まった民衆は沸き立ち、広場に張り出したテラスの方に視線を向けた。


「諸君! よく集まってくれた!」


 宮廷魔術師筆頭が"拡声"の魔法を使って、司会役を務める。


「陽光が燦々(さんさん)と降り注ぎ、優しき風が颯々(さっさつ)と吹くこの日に、ド・オクムラ家長男の披露の儀を行えることを、私は非常に光栄に思う!」


 彼がこう宣言すると、会場の群衆のボルテージは最高潮に達した。

 お貴族様の使う難しい言葉はよくわからないけれど、とにかく、めでたいのだ。


「それでは、諸君、ご注目! 母にして虹の勇者・アカネ殿と父にして光の勇者・ヨシト殿、そしてご子息のご入場だ!」


 楽隊が司会の煽り文句に合わせて演奏を始めたが、その音はすぐにかき消されてしまう。

 扉の向こうに勇者ふたりの姿が見えた瞬間、集まった民衆が思い思いの台詞を叫び出したからだ。


 群衆の中には、涙を流す者もいた。

 世界を救った勇者ふたりの間に、子供ができた。やっと、平和が訪れたのだ。


「披露の儀……の前に、名付けの儀から執り行います。それでは、ヒロキ・ハシモト・ド・シストリア殿。よろしくお願い致します」


 妊娠が判明してすぐ、勇者夫婦はハシモトに名付け親となってくれるよう依頼をしていた。

 彼らがこの世界に召喚された時から、いや、その前から、彼らを支えてきた人物である。彼らの子供の名付け親として、これ以上ふさわしい者はいないだろう。


 幾千人が見守る中、深く息を吸い込んでから、ハシモトが宣言する。


「ヒロキ・ハシモト・ド・シストリアは、ヨシト・ド・オクムラとアカネ・ド・オクムラの長男に『ケント』の名を与える!」


 ニホンでもシストリアでも違和感なく受け入れられるように、と考え抜かれた名前は、元教師の面目躍如といったところか。


「ケント! ケント!」


 民衆が沸く中で、夫婦の耳元でハシモトが囁く。


「漢字だと『(へりくだ)る人』。ただでさえめっちゃ強いんだ。力に溺れないようにって願いを、な」

 

「先生……!」


「ありがとうございます。こんないい名前を」


 勇者ふたりが頭を下げる中で、ハシモトは白い歯を見せてサムズアップする。


「いいんだよ。お前らは俺の生徒だからな。大島、改めて、出産おめでとう」


 * * *


「ヒロキ殿、感謝します。それでは続いて、ケント殿の披露の儀を執り行う。アカネ殿、ヨシト殿、準備をお願い致します」


「はい」


 ケントを胸に抱いたまま、アカネが空いている方の腕をさっと振る。ふたり、いや、3人を囲むようにぐるっと、透明な障壁が展開された。

 壁の向こうから見えるように厚さこそ薄くしているものの、魔王の一撃すら跳ね返した、勇者アカネの障壁魔法である。


 アカネの横に並んで立ったヨシトが、空間収納から短剣を取り出した。ヨシトの愛剣には到底及ばないまでも、立派な業物である。サブウェポンとして、小回りの利く道具として、冒険中に大活躍した思い出の剣のうち一本だ。

 ケントのまだ小さい手を優しく開き、短剣を握らせる。握らせるというよりもはや、柄に手を添えさせているだけの感じである。


 あとはこれを天に向けて、日に向けて掲げれば終了なのだが。


 剣先を上に向けた途端、日の光が太い帯になって、短剣に吸収され始めた。

 アカネの障壁は、周囲に破壊をもたらさないようにぐるっと囲うだけで、上方向には張られていなかったのだ。


 あまりのできごとに、さしもの勇者ヨシトも、数瞬、フリーズしてしまう。


「ヨシト! 障壁あるから!」


 平和を取り戻してからしばらく聞くことのなかった、アカネの鬼気迫る声に反応したヨシトは、ケントと一緒に握った剣を勢い良く振り下ろした。あろうことか、民衆の方に向けて。

 遠心力めいたものがはたらき、短剣が吸収した日光のエネルギーが前に飛んで行った。


 もちろん、そこにはアカネの障壁が存在する。


 これで解決した、さっさと王城の中に戻ってもらおう。そう、ハシモトは思ったのだが。

 魔力の乱れを感じて、正面に向き直った。


 ぱりん、と大きな音がして。

 魔王の通常攻撃では傷一つつかなかったアカネの障壁が、大きく、ひび割れていた。

 障壁は、地球のガラスと似た性質を持っている。ひび割れれば、白く濁って見えるようになる。アカネはすぐに、障壁を消し去った。ハレの日に、ひびの入った障壁なんてふさわしくない。


 一連の行動を見て、ケントを一目見ようと集まった群衆の中にも、何が起こったのか理解する者が現れた。

 彼らは大声で、


 なぜって? 話は簡単だ。

 至近距離で、障壁にひびが入る不快な音と、不快な魔力の波動を、生まれて初めて感じたケントがどうなるかは、もうおわかりだろう。

 そう。"拡声"魔法も、楽団の音楽も、民衆の熱狂も超えるような大きな声で、えんえんと泣き出したのだ。例によって、たっぷりの風属性の魔力を乗せて。


 最前列の民衆は全員が、最後列でも半数が、鼓膜と脳を揺らされ、意識を刈り取られて、その場に倒れ伏すこととなった。


 * * *


 大惨事をテラスから見下ろして、ハシモトは頭を抱える。

 こんなこともあろうかと警備の騎士を増員しておいたのだが、耳栓をつけさせておいた騎士ですら、3分の1が倒れ込んでしまっている。


 無理だ。

 この赤子を王都に置いておくのは、無理だ。いつか死人が出る。


「……奥村、大島」


「はい」


「お前らがこいつを、ケントをかわいく思うのはよくわかる。でもな。ケントはさすがに、強すぎる。危なすぎる」


「……はい」


「どこか、田舎で育ててくれ」


 * * *


 「史上最強の人間」として知られるケント。

 彼がどこか常識知らずだったのは、そのあまりに強大すぎる力ゆえに、幼少期を田舎で過ごさざるを得なかったからだと伝えられている。

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