表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れ!  作者: 夏みかん
第2章
9/52

シーソーゲーム 3

今日の会議は後日の新車発表会の説明を兼ねているせいか、少し重い空気が会議室に漂っていた。しかしその重い空気を一変させたのは彼女の才能なのかもしれない。確かにあの赤瀬未来以来の大物アイドルだと言われるだけのことはある、そう思う周人は手元の資料を見つつ彼女に関する事柄を収集していく。持っている雰囲気が大物だと思う。可憐で清楚、そしてアイドルでありながら女優業もこなすその人柄は事務所の力もあってかかなり持ち上げられていた。しかし、その裏では他のアイドルや女優をこき下ろし、下っ端のスタッフには辛く当たる。インタビューの態度も大きいが、普通より多めの金を払うことでそれらを全て払拭してきたのだった。そもそも、人気モデルのショウと付き合ったのも知名度を高めるため、そして注目を集めるためである。少なくともショウ自身は本気の恋だったが、彼女、宍戸桜ししどさくらにしてみれば自分の価値を上げるための道具でしかなかった。移り気な桜はショウに飽きるとさっさと別れを切り出し、今は大物二世俳優の黄味島元気きみじまげんきと交際中だ。元気が最近では海外の映画にも出るようになったために桜のターゲットにされたのだろう。ショウことかけるからいろいろ聞いている周人は彼女の中の腹黒さが見えていた。薄い上っ面部分の清楚さなど、見破れない周人ではない。


「イメージガールの宍戸さんは3カ月限定でのCM登板となります」


そう説明されて可憐な笑みを浮かべ、丁寧におじぎをすれば重役たちの心は鷲掴みだ。チラッと遠藤を見た周人の口元に微笑が浮かぶ。さすがに遠藤はその上っ面の笑みには引っかからなかったようで、いつもの冷静な表情を保っていた。そうして2時間に渡る説明会は終わり、何人かの重役たちが桜に群がって一緒に写真を撮るなどしている。この後もスケジュールがいっぱいの遠藤は早々に退出したが、定時後は周人を誘っているだけにどこか余裕のある表情をしていた。


「昼か・・・」


時計を見れば午前の就業時間終了間近だ。食堂もあるが、ここは食べに出ようと席を立った時だった。


「木戸さん」


不意にそう呼び止められてそっちを見れば、どこかで見た顔に表情を緩めた。


「お久しぶりです、白木さん」

「ご無沙汰しております」


そう言う白木清はかつて赤瀬未来のマネージャーを務めていた敏腕だ。今では事務所の副社長の地位にあり、大企業であるカムイモータースのCMに起用とあって今日のプレゼンに参加していたのだ。


「すみません、気付かなくて。お元気そうですね?」

「4年ぶりですね。しかし相変わらず木戸さんは若いです・・・僕なんてもう、こんなに」


そう言い、白木は大きく膨らんでいるお腹をポンポンと叩いた。


「幸せ太りでしょ?家庭円満な証拠です」

「いいんですか?そんなこと言うと怒られますよ、奥さんに」

「ですね」


苦笑する周人を見て微笑む白木は4年前よりもかなり太ったとはいえ、変わらぬ笑顔だった。


「桜もよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」

「一度、池谷の工場にも行かせてもらいます」

「え?でもCMは新型車で、うちはどっちかっていうとレースマシン主体ですよ?」

「そちら方面でも起用させていただきます。社長さんや常務さん方の許可もさっき頂きました」

「そうですか。ではお待ちしております」


そう言い、頭を下げ合う2人。周人が頭を上げてその場を立ち去ろうとしたときだった。


「2か月前に未来に会いました。幸せそうで嬉しかった」

「彼女は幸せを掴んだんです。仕事でも成功し、家庭でも」

「あなたに会いたがっていました・・・彼女の旦那さんも」


そこで周人が苦笑を漏らす。未来とはもう20年以上も会っていない。昔、カムイのCMを担当した際に少しだけ一緒に仕事をしただけだ。プライベートでも少々交流があっただけで、それ以降は会うこともなければ連絡も取っていなかった。それに彼女が今住んでいる波島にも行ったことがなく、行く必要も会う理由も自分にはなかった。そんな自分のことをまだ覚えていたのかと嬉しくなると同時に、彼女の旦那との過去の因縁を思い出して心の中で苦笑する。


「実は、来年あたり家族で旅行に行こうって話になってまして、候補地の1つが波島です」

「もし行くことになったら、会ってあげてください」


その言葉に淡い微笑を浮かべて頷くと一礼し、周人は会議室から出て行った。そんな周人の背中を見つつ、変わらないあの微笑に心が温かくなった。


「白木さん?」


そう声をかけてきた桜を見つつ、彼女の後ろに立つマネージャーの女性にも目をやった。


「お疲れさん・・・あまり羽目を外さないように、な」

「わかっていますよぉ、ヤだなぁ、もう!」


可愛げにそう言うが目はそうではない。白木はため息をつくと桜に背を向けた。桜はこの後はドラマの撮影、白木は事務所で今日話の出た新しい仕事の内容をまとめなくてはならない。


「さっきの人、誰なんです?」


桜の言葉に立ち止まり、白木は少しだけ振り返った。


「あの人は池谷工場長の木戸さんだ」

「なんだ、工場長か」


地位で人を判断したのだろう、言い方に棘がある。


「ただの工場長じゃない・・・あの遠藤常務の同期で、そして次期社長を争えるほどの才能を持った人だ」

「まっさかぁ・・・じゃぁなんで今工場長なの?」

「才能があるからだよ」


その言葉に桜は目を細めた。白木はそんな桜を見て何も言わずに歩き出す。結局、彼女は今がピークだと思う。事務所の社長に取り入り、愛人となって地位を築いた桜の人気は落ちればその速度は加速度的に増すだろう。だからか、白木は早々に次の逸材を発掘するべく邁進していた。出来れば素人で原石の輝きを持つ少女を。



「こことここは確実に出ると思う」

「なんで?」

「んー、これって大事な文法だし、応用利くからね」


英語の教科書と、天都のノートを前に難しい顔をした天音が座っている。その真横では天都が懇切丁寧に解説していくのだが、どうも天音の頭には浸透していないようだ。やる気があるないの問題ではなく、ただ単に意味がわかっていないのだろう。今回の成績如何では両親の雷が待っているためにSOSを発信した天音は、それでもいつも以上に真剣に勉強に取り組んでいた。それを知っているからこそ、天都もまたその受信を承諾したのだから。根気よく教える事2時間、ようやく難題にして一番苦手な英語の攻略が見えたところで終了になる。せっかくの金曜日の夜をつぶされた天都は自室に戻ると携帯ゲーム機を取り出して電源スイッチに手をかけた。しかしそれを押すことはない。明日のことを考えれば、こうなっても仕方がなかった。明日は天都が三葉みつばと勉強会、明斗は七星ななせや天音たちと勉強会の日である。テスト前の貴重な週末休みをそういう勉強会に当てる生徒は多いが、天都としてはため息しか出ない日でもある。三葉との勉強会が嫌というわけではない。七星が明斗みんとと一緒に勉強することが嫌なのだ。七星は明斗が好きで、天都は七星が好きだ。そして今、天都は七星に嫌われている。告白もせずに振られたことが歯がゆいが、かといってもうどうしようもない。七星の恋を応援すると言った時点で詰んでいるのだから。明斗とは親友であり、七星とも友達だった。素直に七星を応援できず、かといっていまだに恋心を吹っ切れない自分が嫌になる。


「あーあぁ」


ため息と同時に声を出し、天都は頭からそのことを消そうとゲーム機の電源を入れた。



そう酔ってはいないのに、嫌に疲れが溜まっている。遠藤に付き合わされて深夜まで飲んだせいか、ホテルでシャワーを浴びる程度では疲労は取れそうもなかった。大きな風呂にでも浸かりたい、そう思う周人が浴室から出てベッドまで行けば、プライベート用のスマホがメールの受信を告げていた。腰にタオルを巻いた上半身裸ながら、冷房の温度が高めのために寒さは感じなかった。無造作にスマホを取った周人がそのメールを開き、そして表情が強張った。何より、差出人の名前に驚く。何故このアドレスを知っているのかと思うが、それは考えなかった。登録されていないそのアドレスにこそ、その人物の名前が記されていたからだ。


「木戸天空?ゴッド?」


そこに記された長い文章の中にある知らない言葉に首を傾げるものの、その内容は周人を戦慄させるに足りうるものだった。


「R計画、ね」


そう呟いてからメールを削除する。そうするよう指示があったからであり、それに従うに足りうる内容だったためにそうしたのだ。スマホをベッド脇に置き、カーテンに閉ざされた窓際の椅子に腰かけた。思い出すのは20年近く前の出来事。あれで全てが終わったと思っていた。いや、周人の中では終わっているはずだった。


「滅びたはずの無双流を使う者、か」


木戸無双流はもう絶えている。最後の継承者の生死は不明であり、先代がそれを受けて断絶を宣言している。10年ほど前にその先代自らが足を運んで周人にそう告げたのだ、間違いはない。なにより、周人の知る限り木戸無双流を使える人物は今ではもうこの世にたった1人しかいない。


「彼の血筋でないなら・・・あの男の血筋、か。でもなぁ・・・ありえない、が、そうでもないということか」


そう呟く周人の中で嫌な予感がくすぶり始める。だが、悲観的ではない。かつて自分が倒した『キング』に匹敵する者が現れたとしても、それに対抗できる者もまた存在しているのだから。


「テツや十牙じゅうがたちに会う直前に知れて良かった」


そう独り言を漏らしてから着替える周人は酔いのせいか大きな欠伸をするのだった。



目の前の光景にただただ圧倒されていた。お嬢様、つまりは社長令嬢であり、日本有数の家電産業の中枢に位置する大企業の娘なのだという認識が改めて大きくなった。結城七星というお嬢様、その存在の大きさが目の前の屋敷に比例するのかはわからないが、とにかく大きな屋敷がそこにあった。巨大な門、そして玄関へと続く長い道。外観はおしゃれな家なのだが、何せ規模が大きすぎた。インターホンを鳴らして出てきたお手伝いさんに誘導されてこれまた広すぎるスペースを持った白くて清潔感のあふれ出る玄関へとやって来た5人のうち、天音だけが平然としていたのは以前に何度か来たことがあるからだ。明斗ですら呆然とする中、スリッパをパタパタさせた七星が姿を見せる。普段はそのさらさらの髪をそのままにしているが、今日はポニーテールにしていた。ピンクのリップもまた艶やかで、ワンピース姿とマッチしてザ・お嬢様という印象を与えてきた。七星はみんなを見て、そして明斗を見て少しはにかんだ笑みを浮かべた。


「いらっしゃい。どうぞ、上がって」

「あ・・・うん・・・・」

「お邪魔しまぁす」


緊張で恐縮する面々を差し置き、さっさとスリッパに履き替えた天音がこれまた横幅のある廊下を進んでいった。白で統一されているせいか、清潔感が前面に出ている。


「相変わらずでっかい家だねぇ」


平然とする天音にあの紅葉ですら尊敬する。いかに何度か来たことがあるとはいえ、自分はその度に緊張すると思うからだ。それ程までに何もかも規模が違いすぎた。階段を上がり、いくつかの部屋を通り越して七星の部屋に入る。そこは天音と天都の部屋を足しても足りないほどの広さを持っていた。白い洋服タンスが2つにクローゼットも2つある。勉強机の横にあるベッドも大きめのサイズだった。可愛いデザインの壁掛け時計やぬいぐるみが並んだ棚もおしゃれだ。とにかく、典型的お嬢様の部屋というわけではないが、それでもその雰囲気はあった。用意されたテーブルもガラスで出来ているが大きさがある。座布団というべきクッションも人数分用意されていた。


「相変わらず綺麗だなぁ」


そう言いながら棚のぬいぐるみを見つめる天音とは違い、野乃花や南はこの部屋自体に圧倒されており、クッションに座ることすらためらうほどだ。


「どうぞ、座って」


そう言われてもどうしていいか皆顔を見渡す。そんな野乃花たちを無視してさっさと座る天音を見て微笑を浮かべた明斗が座り、そこでようやく全員が席に着いた。するとタイミングよくノック音が響き、七星が対応する。お手伝いさんが飲み物とお菓子を用意してくれたのを受け取るとテーブルの脇に置き、七星がその準備を始めた。


「手伝おう」

「あ、うん・・・ありがと」


明斗の言葉に頬を若干赤くした七星に気付いたのは心に余裕のある天音だけだ。そういうことかとニヤつきそうな表情を抑え、ただじっとその様子を見つめる。野乃花たちはいまだに部屋の中を見渡すばかりだ。


「夫婦の共同作業みたいね」


冗談めかしてそう言った天音のせいか、野乃花たちがようやくここで2人の方を見やった。言われた七星は耳まで赤くしていたが、明斗は無表情のまま。


「どっちかっていうとお嬢様と召使い、かな?」


野乃花の言葉に、もうと怒る七星だが、どこか満更でもない雰囲気がある。そして明斗もまた珍しく苦笑を見せていた。そのせいか、七星もまたどこか嬉しそうだ。


「下村君が召使いって贅沢よね」


紅葉の嫌味混じりの言葉に南が頷くが、いつもは君付けしないくせにと思う天音は七星の態度から明斗を好いていることを確信した。何度か好きな人がいるとは聞いていた。それが明斗だとは思わなかっただけに意外だったが。これで天都が何故あの時七星を助けなかったのかも理解できたせいか、天音は複雑な気持ちのまま教科書とノートを広げる。


「で、どうするの?」


紅葉の言葉に各々が苦手教科を言い合い、教えられる人がそれをするということになった。天音は昨夜の天都からの特訓で英語はなんとかなりそうなため、数学を苦手教科に上げた。南も数学を苦手とし、微笑む南にげんなりした顔をした天音は仕方なく南の横に移動した。


「英語は私が教えるね?」


七星がそう言い、紅葉と野乃花を指導することになる。


「なら俺が数学を教えるよ」


明斗の言葉に少し残念そうにした七星だが、同じ空間、特に自分の部屋に明斗がいることが嬉しい。


「あんたに教えられるの?」


テーブルに肘をついてそう言う天音を睨む紅葉を無視し、明斗は苦笑しながらも頷いて見せた。


「じゃぁ、まず1時間をめどに頑張ろう」


七星がそう言い、全員が頷いて返すのだった。



2駅ほど学校寄りの改札を出れば、そこには巨大なマンションが壁のように立ち塞がっている。目指すその壁を前に怖気づく天都は一気に帰りたくなっていた。しかし約束は約束だ、果たさなければ男ではない。小さい頃から約束は守るものだと育てられてきたせいか、天都も天音も一度たりとも約束を破ったことはなかった。どんな小さな約束でさえも。


「先輩っ!」


その声に反応した天都が前方から走ってくる三葉を見て笑みを浮かべる。それと同時に今まで三葉に感じたことのない気持ちが込み上げてきた。可愛いと素直に思う。薄いピンクのTシャツにジーンズの短パン姿。太ももが眩しく見えた。なにより可愛いと思う。制服の時には目立たなかった胸にも目が行くほどだ。


「暑い中、わざわざありがとうございます」

「え?あ、いやぁ・・・どうってことないけど」


わけのわからない返事をした自分にへこむ。内向的で特定の友達や家族以外とはあまり話が出来ない自分を呪った。いや、そうしなければならなくなった過去の自分を、か。


「暑いですね、行きましょう?」


三葉にそう促されて頷き、歩き出す。目の前のマンモスマンションの9階が三葉の家らしい。母子家庭であり、自分が小学2年生の時に父親を病気で亡くしていると話す三葉はいつもの三葉だった。


「お母さん、パティシエでお店やってるんです。私はいつも手伝いのバイト。お給料は少ないですけど」


そう言って笑う三葉を凄いと思い、何より笑顔が素敵だと思う。自分は七星が好きだ。もう何年も好きでいる。事実上振られはしたが、告白をしたわけではない。だからいつかと、そう思っていた。なのに、何故か今は三葉に気持ちが動いている。勝手な自分を嘲笑い、天都は三葉から目を逸らした。


「一応お昼も用意していますから・・・私が作るんですけどね」

「・・・・え?ってことは、お母さん、いないの?」


驚く天都を見て驚き、目を大きくした三葉がこくんと頷く。つまりは2人きり、ということだ。その事実が天都の黒い部分を大きくしていくが、すぐにそれは引いた。さすがに年頃の高校生だけに変な想像はするものの、天都の精神力はそう柔くはない。父親から教わったのは技だけではない。わざ、信念、そして精神もまた鍛えられて教わっている。


「そっか」

「はい」


にこやかな三葉の純粋さに心惹かれているのか、天都はドキドキする胸を堪えながら歩いた。


「お母さん、先輩に会いたがっていました」

「え?」

「以前に助けてくれた人だって、そう言ったから・・・男の子と2人で勉強だって言ったら心配してて、それでそういう人じゃないよって説明したんです」

「あ、そうなんだ」

「はい!」


無邪気で素直ないい笑顔に心が揺らぐ。今まで出会ったことのない女性だと思った。そうしてテストに関する会話をしつつマンションのエントランスをくぐり、少し広めのエレベーターに乗り込んだ。


「先輩の家ってマンションですか?」

「ウチは一軒家だよ」

「えぇ、羨ましいなぁ」

「親が結婚した時からだから、そこそこ古くなってるけどね」

「いいなぁ、憧れちゃうなぁ」

「今度遊びにくればいいよ」


何気ない言葉だった。深い意味などない。だが、三葉にとってそれは最高の言葉だった。


「はいっ!ぜひっ!」


顔を紅潮させたその迫力に頷くだけの天都だが、三葉は興奮した様子で嬉しいなぁを連発する。こんな純粋な子が今でもいることが驚きだが、何故自分を好きかが理解できない。そう、三葉が自分に好意を持っていることは知っていた。告白をされたわけではない。それでもさすがに鈍い天都ですら分かるほど、三葉の態度は分かりやすかった。そうしているとエレベーターのドアが開き、そこからぐるっと回った先に三葉の家があった。三葉は鍵を開けて扉を開くとどうぞと天都を中に入れる。狭い玄関だがきちんと片づけられており、そこから見える廊下も綺麗だった。スリッパを履いて廊下を進めば、すぐ右側にリビングらしい空間がある。


「私の部屋はアレなんで、ここで」


少し照れたような感じになった三葉に苦笑し、天都は頷いてリビングに入る。三葉はジュースを取りに行き、天都はとりあえず適当に座った。いい香りがするのは女性2人で暮らしているからだろうか。思わずドキドキするが、何故か緊張は消えていた。


「英語がちょっとダメなんです」

「英語は得意だよ。任せて」

「尊敬します」


本気で尊敬のまなざしを向ける三葉に照れた天都だが、そこは顔には出さない。


「親父が英語ペラペラだから、教えてもらったんだよ」

「天音先輩も?」

「あいつはダメ・・・運動馬鹿だからね」


その言葉に笑う三葉が可愛いと思う。七星が清楚な大和撫子なら、三葉は少女っぽさを持つ元気娘といったところか。


「じゃ、始めよう」

「はい!よろしくです、先生!」


先生と呼ばれた天都は照れた顔をしつつ頷き、英語の教科書を開く三葉は気合を入れつつシャーペンを握りしめるのだった。



明斗の教え方はスパルタだ。何度も何度も反復させつつ小問題を多発させた。こう考えると昨夜の天都のなんと優しかったことか。だがとにかく反復したことで理解も応用もできていた。一息ついた面々が休憩を取る中、七星が明斗に質問をして、2人が並んで勉強をする。それをじっと見つめる紅葉を見つつ、談笑する野乃花と南の方に座ったままで近づいた。


「そういえば、オタク兄貴はなにしてんの?」


不意にそう言われて紅葉の方に顔を向ける。こいつとは話しくないと思うが、質問されれば返さないわけにはいかない。ずり落ちる眼鏡を直す紅葉を見つつ、天音はジュースを飲んで間を開けた。


「あー、天都は・・・・・1年の瀬尾さんと勉強会」

「へぇ。あの子、オタクに助けられたって言ってたけど、本当なのかな?」


嫌味っぽいその言い方に天音は呆れた顔をする。七星はピクリと反応するが、数学の問題から目を逸らさない。三葉は助けたのに自分は助けてくれなかった。その思いが七星の中で少しの苛立ちを自覚させる。自分は天都に助けられたかったのだろうか。天音は強く、そしてその強さで自分を助けてくれた。勿論、天都が強いとも思っていなかったから、何故ああまで失望したのか今となっては謎だ。男のくせになにもしなかった、そういう意識があるからだろうか。だからといって明斗があの場にいて自分を助けられたかといえば、それは疑問だ。相手は屈強な4人の大人の男なのだから。


「さぁね・・・瀬尾さんは嘘言う子じゃないし、かといって天都は何も言わない。まぁ、あいつも強いっちゃ強いし、本当なのかもね」


その言葉に反応したのは七星だけではなかった。


「どの程度強いんだ?」


明斗の言葉に目だけを動かす天音はそのままジュースを飲み干す。


「人並み以上、かな」


その言葉に紅葉は馬鹿にした顔をし、南と野乃花は顔を見合わせる。あの天都が人並みに強いなどありえないといった反応だ。


「誰を基準にした人並みなんだ?」


嫌に食いつく明斗を睨むようにする天音だが、明斗は涼しい目で天音を見つめている。


「あんた、かもね」

「本当のあいつはとてつもなく強い、とかじゃなく?」

「そう見えんの?あんたにゃ」

「いや、見えない」

「ならそういうこと」

「見えないが、だが、あいつは強いと思っている・・・しかもお前よりも遥かに」

「根拠もなく?」

「・・・・ああ」


根拠などない。ただ自分の中の何かがそう警鐘を鳴らしているのだ。天都の中の何かに反応するかのように。だが、実際はそうではないのだろう。天都自身から何かを感じたことは1度もないからだ。


「私と一緒に練習はしてきた、だから人並みには強いよ」

「そうか」


刺々しい会話がここでようやく終わる。あの紅葉ですら口を挟めない状況に部屋の空気は重いままだった。


「すまん、話しが逸れたな」


苦笑を交えてそう言う明斗を見た七星が頷いた。何故かその笑みを見てもなにも感じない。不思議なほど感情の高ぶりがなかった。


「国語は任せて」


そう言う南に頷き、国語を苦手としている紅葉が南のそばに寄って行く。天音はジュースのおかわりを注ぐとチラッと明斗を見やった。


「鋭いのか、そうでないのか」


心の中でそう呟く天音だが、ますます明斗という人間に興味が湧いてきた。少しはまともに会話できるようになったと思えば今の突っかかり様。嫌悪感と好感を同居させた明斗に、天音の中の何かが激しく反応しているのを自覚するのだった。



お昼ご飯は三葉が用意した炒飯とラーメンだった。インスタントではなく、煮込みのラーメンだったが味は抜群で、炒飯の味付けも完ぺきだった。母子家庭で育ち、母親が多忙なために出来ることはしてきた結果だと言う三葉に感心しつつ、意外な一面を見て嬉しい気持ちにもなっていた。三葉とはあまり接点はない。学校でも時々会う程度だが、見かければ必ず声をかけてくる三葉に対応しているのみだった。


「凄いよね、料理」

「でも炒飯とラーメンだけで判断しなくても」

「いやいや、こんなシンプルなのでこうまで美味しんだ、絶対料理上手だと思う」

「そこまで言われると照れます」


本気で照れる三葉を可愛いと思う。七星にはない反応だけに余計にそう思った。お嬢様で上品な七星は料理などしないのだろうなと思うし、している姿も想像できない。


「いいお嫁さんになれるね?」


その言葉に目を丸くした直後、顔を真っ赤にして俯く三葉を見て小首を傾げる天都。


「・・・がんばります」

「あ、うん」


わけのわからない返事を返すしかない天都だが、何故三葉が赤くなったのかは理解できていない。そのせいか、食べるペースがガクンと落ちた三葉を不思議に思いつつ全てを綺麗に平らげた天都は三葉の食事が終わるのを待って洗い物をした。自分がすると言い切った三葉にお礼を兼ねての行動だったのだが、三葉にとってはさらに天都への好意を大きくする結果となった。それと同時に少し悲しくもなる。三葉は天都を好きでいる。だからこそ、天都が誰を好いているのかもわかっていた。見ていればわかる。七星に対する視線、態度、それは自分が天都に見せるそれと同じだったからだ。だから自分は天都への好意を口にはしない。天都の気持ちを一番に考えているからだ。それは辛い辛い片思い。それでも三葉には自分だけしか知らない天都の一面を知っているというただ1つの優越感があった。洗い物を終えた食器を拭いて棚に戻しつつ、そんな天都を見つめた。天都自身は否定も肯定もしないが、あの時助けてくれたのは間違いなく天都だった。塾の帰りにたちの悪い金髪のチンピラに絡まれ、襲われそうになっていたところを助けてくれた人。その人はまさに圧倒的な強さで5人の強そうな男たちを叩きのめした。その動きは早すぎて見えず、その技は一撃必殺。戦慄したのは襲われたせいか、それともその人の強さにか。怯えきる自分に大丈夫かと声をかけ、こんな場所を1人で歩いてはいけないと優しく諭してくれた人に怯えきっていた。怖かった、ただその人が怖かった。けれど、家に帰って冷静になればその優しさが身に染みる。たしかに近道をして暗い場所を通った自分も悪いのだろうけど、危険を予知する能力が欠落していたのも確かだ。14歳の少女は反省し、その恩人の言葉を守ってきた。名も知らず、まともにお礼も言えなかったその人に淡い気持ちを抱き始めたのを自覚した三葉は、高校入学後にその恩人に偶然出会った。それが天都だった。顔は間違いなく本人であり、見間違うはずもない。だが、持っている雰囲気が全くの別人だった。そしてあの時のことを聞いてもはぐらかすばかりでまともに返事もしない。三葉は大きく失望し、激しく落ち込んだ。だが、ある日ふと気づいた。天都は否定をしなかったことを。肯定もしなかったが決して否定もしない。そうなれば何か深いわけでもあるのだろうと考えたのだ。そう考えれば気持ちが楽になる。何より失望はしたけれど、恋心は失っていない。だから三葉は天都を知ろうとした。その結果、天都が七星を好いていることを知ったのだった。


「よし、終わり!」


にこやかにそう言う天都に三葉も笑顔になる。告白する勇気はないが、天都の傍にいたいとは思う。たとえ友達でもいい、ただ一緒にいられればそれだけで幸せだと思えた。だから今日は人生で一番楽しい時間だと思う。


「昼からはどうするの?」

「先輩は勉強しなくていいんですか?」

「夜すれば十分だから」

「頭、いいですもんね?」

「取り柄がそこぐらいしかない、かな?」


そう言って微笑む天都が大好きだった。友達はみんな天都を馬鹿にしている。オタクで内気だと。対する双子の妹は陸上で全国レベルなのにと比較されるが、三葉はそんなことは気にしていなかった。誰も知らない天都の強さを知っているから、助けてくれた時の優しさを知っているから。だから、まっすぐに天都だけを見つめることが出来ていた。取り柄は勉強だけではないですよ、そう言いたかった三葉は微笑み、昼からは国語を見てもらうことにしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ