シーソーゲーム 1
夏休みが目前に迫る中、一番憂鬱なモノを突破しなければそのバカンスはやって来ない。そう、期末テストである。部活もテスト一週間前は休止となってテストに備えるようになっており、木戸天音は机の前に座りつつノートを眺めていた。そう、眺めているのみで頭には入って来ない。普段の授業も適当に受けているツケが回ってきているのは重々理解しているのものの、毎回毎回このテストという壁を乗り越える気にはなれないでいた。適当に勉強して学年で中ほどの成績をキープしているだけに、それでいいと思い込んでいたのだ。だが、今回はそうもいかなかった。さっぱりなのだ、全てが。英語に数学などは特に壊滅的であり、中間テストの成績も赤点ギリギリだっただけに、この期末テストでも結果が同様だった場合の成績表はもう想像したくもない。母親である由衣の雷はもちろんのこと、父親の周人のそれも想像もしたくない。常に温和で優しい父だが、怒ると怖いのは昔からだ。それを想像して身震いした天音は腕組みをして打開策を講じていると、不意にスマホがラインの受信を告げた。
「お?」
思わずそう声が出たのはその内容に興味を惹かれたからだ。
『テストの勉強会をしようよ』
その短い文章を見てにんまり微笑んだ天音は渡りに舟とばかりにスマホを手に取るといそいそと返事を打ち始めるのだった。
*
今朝も欠伸を噛み殺し、鞄を持って玄関を出た。太陽が眩しいというよりもとにかく暑い。今年は冷夏だとニュースで言っていたはずなのに、そう思う木戸天都はじりじりと照りつける太陽を見ることなく門を出た。
「遅いって」
待っていた天音に欠伸を見せつけ、そのまま歩き出した。歩きながらも欠伸が止まらない天都をじろっと横目で見た天音がため息をつく。
「遅くまで勉強?」
本音ではなくそう言った。嫌味のつもりだったのは明白で、天都は苦笑しつつ出かけた欠伸を噛み殺して前を向く。
「そうだよ」
「嘘つけ!」
「じゃぁ聞くなよ」
天都がテスト勉強をするのは本当にテストの直前になってからだ。日々の授業がちゃんと頭に入っているせいか、その程度でもかなり上位の成績を収めている。要領がいいのか、それとも元々の頭の出来が違うのか。普段の授業でもわけがわからない天音とは違いすぎる双子の兄に苛立ちが募っていった。そんな天音の苛立ちを大きくする存在が向こうから手を振って近づいてくる。目を細める天音に構わず、佐々木進は陽気な挨拶をしてきた。
「アロ~ハァ~」
その瞬間、天音の拳が進の腹部にめり込み、進はそのまま熱いアスファルトの地面に両膝をついて悶絶する。涙目になりつつ、苦笑して見下ろす天都の顔を見上げた進は天都に引き起こされながらフラフラと立ち上がった。天音はもう先を進んでいる。
「なんなんだよ・・・・生理か?」
その瞬間、風を巻いて迫り来た天音の蹴りが進の顔面を捉えようとした時だった。その神速の蹴り、その足首を無造作に掴んだのは天都だった。急ブレーキをかけられた天音がバランスを崩しかけるものの、さすがにそれは回避して足首を掴んだ天都を睨み付けた。
「八つ当たりするから、だろ?」
その言葉を無視して殺気を放つ天音にやれやれといった顔をした天都がふと進を見れば、エロいことを覚えた中学生のような顔をしているのを見て目を点にする。元々かなりの童顔なせいか、本当に中学生にしか見えない進が鼻の下を伸ばしているのを見た天音の殺気がさらに膨らんだ。
「水色、かぁ」
その瞬間、天都の手が動きを止めていた猛る獣を解き放った。瞬時に振り上げた足が超高速で落ちてくる。ハッとなった進だが、もはや回避することも受け止めることも諦めた。ただ全身の『気』を頭頂部に集中させるのみ。体内にある気の力を持って防御力を上げる『気硬化』を使用したのだ。だが、それは発動せず、進は天音の渾身の踵落としを喰らって暑い地面に背中から倒れこんだ。
「死ねっ!」
天音は吐き捨てるようにそう言い放ち、大股で駅へと向かって行った。そんな天音を見てからのっそりと起き上がる進を見やった天都は苦笑ではなく呆れた表情を浮かべているのだった。
「ったくよぉ・・・なんなんだよ・・・・・お前も手を離すなよなぁ」
頭をさすりつつよろよろと立ち上がる進に鼻でため息をついた天都が歩き出し、進もまたそれに続く。
「でもさ、なんで俺、はじめに殴られたわけ?」
進は頭と腹をさすりながら歩き、横に並んでいた天都が苦笑する。
「虫の居所が悪かっただけでしょ・・・まぁ、余計なひと言を言うから踵落としを喰らったわけだし」
「いや、挨拶したら殴られたんだぞ?やっぱそれってアレなのかなってさ」
「それに関しては止めてやったでしょ?」
「まぁ、な・・・でも水色の下着・・・しかも蹴りのせいで食い込みも見れたし・・・なんか幸せ」
「死ねって思うよ、マジで」
殺気のこもった目をする天都に愛想笑いを返し、そのまま駅へと続く階段を歩いた。
「しかしあの蹴りを片手で止めるなんて、凄いな」
そう言う進の方を見ず、天都は改札へと向かった。
「さすがは木戸の・・・・」
「慣れてるからね、天音とは兄妹だし、ずっと一緒に習ってきたから」
「・・・・・だな」
進の言葉を遮った天都の言葉にそう返事をする進の表情はどこか複雑だった。だからか、それ以上その事に関しては何も言わず、ただ黙ってホームに降りた。そこには天音が友達と何やら楽しそうに会話をしている姿があった。機嫌が直ったと喜ぶ進を制し、天都は天音たちがいる場所から少し離れたところに並ぶ。進はどこか不機嫌そうな顔をし、天都と天音を交互に見ていた。
「一緒でもいいじゃんよ」
「また色々やられるよ?」
「ってかさ、そもそもの発端ってなんなわけ?なんであいつ、あんなに不機嫌だったんだ?」
「あー、あれね・・・天音がテスト勉強で四苦八苦してるのに、僕がゲームで夜更かしして欠伸連発したのが気に入らなかったみたい」
その言葉を聞いた進から表情が消えた。そして思い出す先ほどのハプニング。ただ陽気に挨拶をしたら腹部にパンチを受け、不機嫌さを指摘したら顔面を蹴られそうになった。そしてその態勢から見える下着のせいで踵落としを喰らったのだ。つまり、事の発端は天都のせいだということになる。天都が普通だったならばこのような雪崩式不幸は起きなかった、その事実に進はふつふつと怒りが込み上げてきていた。ラッキーだったのは天音の下着を見れたこと、そしてその眩しいばかりの股間もおまけに見れたことか。しかしそれを差し引いてもダメージは大きかった。
「お前が発端じゃねぇか!」
「そうだね」
「・・・・お前が木戸天都じゃなかったら、ぶん殴ってるところだぞ?」
「ゴメン」
素直に謝る天都にもう怒りも引き、その後は天都が貸したエロいゲームの話になった。そんな2人をチラッと見やった天音がムッとした顔をしたが、何かを思いついたのかいやらしい笑みに変化させるのだった。
*
その日も普通に1日が終わる。普段と変わりのない日常、ただそれだけだ。少し前と違う点は、学校一の美少女である結城七星から無視されていることぐらいか。数日前に四人組の男の車に連れ込まれそうになっている所を天音が助けて以来、ずっとその状態だった。実際に助けたのは天音であり、自分はただ見ていただけだ。強い天音が助けた、それが正解なのだろうが、七星にしてみれば中学からの友達である男の天都が何もしなかったことが許せなかったのだ。たとえ弱くても何かしらの行動を取って欲しかった。そして自分の知る天都であればそうしたはずだ。なのに何もしなかった。自分を気遣うことすらも。だから七星は無視をしたのだ。それは無言の抗議なのだろう。天都もそれを理解していたからか、特に何も思わない。ただ自分の恋は終わった、それを痛感しただけだった。いや、失恋ならとっくの昔にしている。告白もなしに自分はもう振られてしまったのだ。その原因となった人物が近づいてくるのを見た天都が帰り支度を済ませて鞄をかついだ。
「一緒に帰らないか?」
「いいよ」
「寄り道するけど、いいか?」
「うん」
天都がそう返事をすれば、親友である下村明斗もまた小さく微笑んだ。明斗はかなりのイケメンであり、短距離走の高校記録保持者、そしてオリンピックに一番近い位置にいる高校生だ。そんな明斗だが彼女はおらず、またどんな告白も全て断っている。もっぱらつるんでいるのが天都となれば、ホモ疑惑も囁かれるのは仕方のないことだった。だが明斗はホモではない。それは親友である天都にはよく理解できている。昇降口に向かう短い間だけで女子からかなりの視線を集めているのは天都としては羨ましい。いや、本当に羨ましいのは自分が片思い中である七星がこの明斗に恋をしているということだろう。綺麗に整った顔を見つつ天都は心の中でため息をつき、七星からされたとんでもない告白を思い出すのだった。
*
七星とは中学時代に通っていた塾で知り合った。正直、一目惚れというやつだった。同級生と比べても可愛さと綺麗さを併せ持ったお嬢様、それだけで七星の女性としての価値は数段レベルが上だった。何より自身が本物のお嬢様であることを表に出さない部分が好感度を上げていた。お嬢様であっても人であり、世間一般と分け隔てしないという両親の教育方針が地区の公立中学、そして地元の塾へと通わせることになったのだ。天都にしてみれば、こんなに綺麗な子がいるものかと身震いしたほどだ。黒いロングヘアー、綺麗な鼻筋、そして愛らしい唇。胸もそこそこあり、男子生徒の憧れの的だった。そんな七星と天都が急接近となったのは天音のおかげだろう。後で聞いたことなのだが、七星は天音に憧れていたらしい。活発的で男勝り、何より空手の女子チャンピオンで運動神経は男子を遥かに超えている。扱う武術のことも知り、七星にとって天音は王子様のような存在だった。だから二人は仲良くなった。お互いにないものばかりを持っていたからだろう。光と影、月と太陽、そんな裏表の存在ではなく、光り方が違う2つの太陽として引かれあった結果だった。そのおこぼれで天都は七星と仲良くなったのだ。この時ばかりは双子であることを最大限に生かし、そしてこの境遇に感謝した。塾での合宿、学校行事でも行動を共にし、天都は心底七星に心を奪われていた。だからか、同じ高校に進学すると聞いた時は神様に感謝をしたほどだ。だが内向的な性格の天都に告白などできるはずがなく、そのまま中学を卒業した。チャンスは高校で、そう思っていた天都の決意は、高校入学後、わずか半年で打ち砕かれることとなる。たまたま一緒になった帰り道で、その衝撃の告白が待っていた。
「私ね、下村君が好き。一目惚れっていうのかな?入学式で見かけて、それから、ずっと・・・」
夕日の綺麗な朱が色白の七星の肌に反射していたのは覚えている。動揺し、頭痛がし、吐き気がした。明斗とはこの時既に友達になっていた。天都の中学時代からの悪友である陣内時雄と二人でゲームの話をしていたところに加わって来たのが始まりだった。クールで無口、そして無感情な美形の思わぬ趣味に意気投合して今に至っている。明斗に勝てる要素は自分にはない。容姿も、成績も運動神経も。父親の知り合いに弁護士がいるが、若いその弁護士の高校時代のあだ名が『パーフェクト・ガイ』だったというのを聞いて、明斗もまたそうなのかもしれないと感じた。その弁護士と会ったのはたった一度だが、まさにクールガイだった。無口で無感情、それでて礼儀正しく、何よりイケメンだった。家も裕福で自身は弁護士。今でも彼は『パーフェクト・ガイ』なのだから。家が裕福という点以外では明斗も十分その資質がある。だから、天都は素直に負けを認めていた。
「僕は下村君と友達だから、いざとなったら協力するよ」
そう言うしかなかった。自分ではダメなのだから。七星は自分をそういう対象と見ていないのだろう。お嬢様だから王子様に憧れているのかもしれない。
「うん!よろしくね!」
とびきりの笑顔がそこにあった。今まで見たことのない、はにかんだような、心底嬉しそうな笑顔だった。だから自分の恋心を封印したのだ。だが、好きな子に変わりはない。好きでいることは罪ではないはずだ、そう思う天都はその夜だけ泣いたのだった。
*
校門を出たところでバッタリと一人の女子生徒に出くわした。
「あ、木戸先輩」
容姿と声がマッチした可愛い感じが好感を持てる。ショートカットの髪もまた彼女には似合っていると思えた。
「瀬尾さん、こんちわ」
「はい!」
元気よくそう言い、そしてチラッと隣にいる明斗を見やって軽く頭を下げた。左に流れる前髪をバツの字を描く髪留めでまとめているのも可愛いと思えた。一年後輩の瀬尾三葉は少々顔を赤くしつつ天都の横に並んで歩き出す。
「テスト前で部活もないと帰る時間が早くていいんじゃない?」
「そうですね。でも部活はしていませんし、だからといって遊んでもいられないから勉強しないと」
そう言って微笑む三葉はかなり可愛い部類に入る。この学校ではなく他校であれば間違いなく校内ナンバーワンの美少女だったはずだ。この桜ヶ丘高校にはとりわけ美女が多い。七星を筆頭に四人の超が付く美少女がおり、そして天音もまたそれに続く美少女とされていた。あの性格と口調がなければそれこそもっと上位に食い込むのだろうが。
「先輩は、先輩たちはいいですよね、成績良くって・・・」
拗ねた風でもなく、ただただ感心した口調に明斗が好感を得る。可愛子ぶった素振りがなかったためだ。
「要領がいいだけだよ、な?」
天都はそう言い、明斗に同意を求めるようにした。明斗は表情を変えずに頷くだけで何も言わない。
「要領かぁ・・・それが難しいんですよ」
そう言って笑う三葉を可愛いとは思うが、かといってそれ以上の気持ちはない。天都は七星が好きなのだから。ただ微笑み返すだけの天都が次の話題をどうするかを考えていたその時、明斗が前を向いたまま三葉に質問を投げる。
「君が天都に助けられたっていうのは本当か?」
上から目線の言葉だが、これが下村明斗だとは全校生徒が知っている。去年のインターハイへの壮行会での挨拶もこんな風であったし、マスコミへの対応も同じだった。だからこその人気なのだと思う。相手が何であれ自分を押し通すストイックさ、それが明斗の魅力とされていたからだ。
「あ、はい・・・・」
歯切れがよくないのも無理はない。その原因を見やった明斗から目を逸らす天都に質問を投げた。
「助けたんだろ?」
「え?あー、いや、どうだったっけかなぁ・・・・あははは」
しどろもどろさが真実をぼかしていた。助けてないから誤魔化すのか、助けたはいいが恥ずかしいから誤魔化すのか。
「どっちなんだ?」
「どっちって・・・」
「別にどっちでもいいんですよ、私は」
意外な助け舟にホッとする天都だが、きつい視線の明斗を見れずにいた。だが三葉はそんな明斗ににこやかな笑顔を見せる。
「私は木戸先輩に助けられた。それでいいんです」
「こいつが否定したとしても?」
「はい」
何故そう思えるのだろう。強がりでも意地でもない、あくまで純粋さがそこにあった。
「君は変だ」
はっきりそう言う明斗を呆れた目で見やる天都とは違い、三葉は笑みを濃くして頷いて見せた。
「変ですよ、私」
さすがの明斗も苦笑し、場の空気が緩んだ。天都はホッとし、明斗は鼻でため息をつくしかない。木戸の技を扱う天音の兄、そして同じ鍛錬を積んできた事実もあるだけに天都も強いのだろう。何故それを隠すのか、何故助けた本人を前にその事実をぼかすのかがわからない。だが三葉が納得している手前、それ以上追及することは止めた。だが、明斗の中で以前から抱いていたある確信が強まったことには満足出来ている。木戸天都は木戸天音よりも遥かに強いのではないか、という確信。だが、それらは全て否定されている。天音にも、そして進にも。出来うる限り調べたものの、その確証は得られていない。ただ、強いことは分かっている。あの天音の兄であり、練習相手なのだから。弱い者にそれが務まるとは思えないからだ。ならば何故その事実を隠すのかが謎だったものの、天都が強いという確信は大きくなった。勘、のレベルだったが。
「でもテストは憂鬱だなぁ」
ぽつりと呟くその三葉の言葉に明斗が反応する。
「なら、天都に教わればいい」
「えっ!?」
「はぁぁぁ?」
その意外な提案に顔を赤くする三葉、心底驚く天都の反応を見てニヤリと微笑んだ明斗はそのまま二人を畳み掛ける。
「どうせお前はそんなに勉強しなくてもいい成績が取れるだろ?今でもゲームしてるんだから」
「え?あ、いや・・・けど・・・」
「瀬尾はして欲しそうだぞ?」
そう言われて驚く三葉は顔を赤くして俯いてしまった。それを見た天都は動揺し、どう切り返すかを思案した。
「事実はどうあれ、助けられたと思っている瀬尾の気持ちには応えてやれよ」
「気持ちって?」
「好意とかじゃない・・・純粋なる感謝、だな」
その言葉に顔を上げた三葉は明斗の口元に浮かんだ微笑を見て全てを理解した。この人は味方になってくれているのだと。
「お願い、できませんか?」
だから三葉はありったけの勇気を振り絞ってそう口にした。上目使いの三葉にドキッとしつつ、腕組みをして考え込む。
「瀬尾の家がいいかもな。お前の家には猛獣がいる」
「猛獣って・・・・あいつは・・・ま、猛獣かな」
納得する天都が可笑しくて三葉が声を出して笑ったが、この時はまだ心に余裕があった。明斗も一緒だと思ったからだ。年頃の男子高校生が年頃の女子高校生と勉強会、とくれば身の危険等色々なことが頭を過るものだろう。だがこの時の三葉にはそんな考えはない。鋼鉄の男でホモ疑惑もある明斗、そして超奥手で内向的な天都が自分に何かをするなど毛ほども思わなかったからだ。
「別に、いいですけど」
「ならアドレスとか交換しておけ・・・日にちも決めてな」
「明斗の都合のいい日は?」
お互いにスマホを取り出していた二人だが、次の明斗の一言で動きが止まる。
「俺は関係ない。お前ら二人でやれ」
「えっ?」
「はぁ?」
同時に声を出し、そして顔を見合わせて赤くなる。二人きりで勉強など恥ずかしすぎたからだ。
「保健体育の勉強はするなよ?」
「しないって!」
そのあわてぶりに三葉も赤い顔のまま苦笑し、明斗は笑った。
*
「で、なんでこのメンバーなわけ?」
憮然とした態度で校門を出た天音の言葉に七星が不思議そうな顔をしてみせる。そんな七星は天音が睨む方向を見やった。
「何故?あなた馬鹿でしょ?」
「・・・なに?」
明らかに怒りを含んだ口調に七星も顔色が変わった。
「私が教えてあげるからじゃない」
鼻の頭までずり落ちた赤い縁の眼鏡を左手の人差し指でついと上げた笠松紅葉の言葉にますます嫌悪感と怒りが込み上げてくる。七星は困った顔を横に向けると、そこにいた中原南も似たような顔になっている。
「まぁまぁ、そう言いなさんな!みんなで勉強、しようよっ!」
底抜けに明るい声で場を和ませるのは谷口野乃花である。天音のクラスメイトであり、そして仲がいい親友のような存在だ。昨夜のラインの主であり、テスト前勉強会を開催しようと持ちかけてきた張本人でもある。しかしてっきり二人でするものだと思っていた天音はまさかこのメンバーでやるとは予想もしていなかったためにふくれっ面になった。七星はいいとしても、他の二人の人選が最悪だったからだ。特に紅葉とはまったくそりが合わない。それだけに天音の中の苛立ちを加速させていった。
「でさ、誰の家で?」
南が野乃花にそう尋ねそこで全員が野乃花に注目する。
「明後日の土曜日にするとして・・・家は・・・・じゃんけんでもしよっか?」
「平等でいいんじゃない?」
「そうね」
すぐさま意見がまとまるものの、相変わらず天音と紅葉の睨み合いは続いている。
「じゃ、じゃんけんってことで。勝った人の家で、ってことでいい?」
「そうね」
「いいじゃん」
「できれば結城さんの家がいいなぁ・・・大きいだろうし」
南の言葉すら耳に入らず、天音と紅葉が鼻の当たる距離で睨み合っていた。
「とにかくじゃんけんね・・・・じゃぁ、最初はグー!じゃんけん!」




