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晴れ!  作者: 夏みかん
終章
52/52

引き継がれる伝説

夏の日差しが差し込む道場にエアコンはあれど、今は稼働していない。なぜなら、それが今からここで試合を行う者たちの意向だったからだ。道着に身を包んだ2人が向かい合う。そんな2人を見つめる者にも緊張がありありと出ていた。木戸天都と佐々木翔の、お互いの流派の因縁に終止符を打つ戦いを所望したのは意外なことに翔であった。本性を現し、自分の全てを受け入れた天都と正式に戦いたい、その申し出を受けて今に至っている。東側に鎮座するのは佐々木家の面々、翔の祖父である哲也、両親の哲生とミカ、弟の進、そしてその進の婚約者である大崎心だ。対する西側に座っているのは木戸家の面々、父である周人、母である由衣、妹の天音、弟の天海、天音の彼氏である下村明斗、そして天都の彼女である瀬尾三葉。関係者が揃う中、2人が静かに構えを取った。開始の合図は哲也が行う。睨みあう2人から鬼気が発せられる。方や巨大で全方向から波のように押し寄せる鬼気、方や刺々しく突き刺さるような鋭い鬼気を。


「さぁて、どうなるか」


流れる汗は暑さからくるものか、それとも鬼気のせいか。哲生がにやりと微笑みつつ息子の勝利を信じて疑わない。モデルの仕事をセーブし、この日のために修練を積んできたのを知っている。鬼気も翔の方が勝っていると思えたからだ。


「勝てる、よね?」


静かにそう尋ねる天音は緊張で声が強張っていた。


「勝ちます」


何故か三葉が自信満々にそう答え、それを聞いた周人の口元に笑みが浮かんだ。実際、翔の方が実力は上だろう。だが、天都にはそれを覆す心の強さがある。だからそれに賭けていた。勝とうが負けようがどうでもいい。ただ、悔いのない戦いになればいいと思っている。


「天都はきっと、見せたいんだと思う」


こういった試合を見るのは初めてな由衣がそう言い、膝の上に座っている天海が不思議そうに見上げた。いや、みんながそっちを向いている。


「三葉ちゃんに見せたいんだと思うよ、覚悟を、誓いを、約束を、ね」


木戸左右千の戦いのことは聞いている。そして三葉に怪我を負わせた後悔と、2度とそうさせないと誓った天都を知っている。勝ち負けじゃない、その誓いを、今、見せたいのだ。だから三葉もうなずいた。


「なら、天都の勝ちだ」


明斗の言葉に周人の笑みが濃くなった。こちらも勝敗にこだわりはない。自分の育て方は間違っていなかった、それが知れただけで十分だった。左右千との戦いでそれは証明されている。だからこの申し出を断ってもよかったのに、天都は受けた。それはきっと、由衣の言った言葉通りなのだろう。


「前へ!」


哲也の合図で一歩だけ前に出る。両手を前に出す柔道の構えのような翔の額から汗が流れた。恐怖が全身を襲っている。鬼気は自分の方が上なのに、目の前の相手の目は獣のようだ。恐怖が歓喜を上回るのを待つ翔に対し、天都はそうではない。恐怖と歓喜が入り混じっていた。下手をすれば死ぬかもしれない恐怖と、三葉の前で自分の全てを、誓いを見せられる歓喜が駆け抜けている。いや、全力を出せる歓喜か。だから自然と笑った。それを受けて翔も笑う。


「佐々木流合気柔術の悲願、達成させてもらう」

「させない」


2人の笑みが濃くなった。しんと静まる道場に緊張が張り巡らされた。


「佐々木流合気柔術、佐々木翔、参る!」

「木戸無明流、木戸天都、いきます!」


緊張が、鬼気が一気に膨れ上がった。


「はじめぃ!」


高らかに宣言され、そして2人が吠えた。



「で、どうするんだ?」

「なにが?」

「彼女も来年の春で卒業、その後はどこかの店で修行だろ?お前は?」

「経営を学ぶって言ったろ?」

「将来のため、か?」

「うん」


海ではしゃいでいるのは天音、三葉、こころの女性陣と、進だ。明斗はTシャツを脱いで上半身裸になると、日よけの大型シェードの下で暑そうにしている天都の方を向いた。そんな天都は服を着て、左腕を吊った状態だ。実際、服の下も色々傷だらけであり、左腕だけでなく肋骨も3本折れている。


「見事だったよ」

「ん?んー・・・ほぼ引き分けみたいなもんだから」

「勝ちは勝ちだ」

「まぁね」


あの戦いはぎりぎりのところで天都が勝っている。満身創痍の中で放った技は木戸無明流の奥義『天龍昇』と木戸無双流の裏の奥義『豪天龍昇』をミックスしたような技だった。それでもとっさに反撃して天都の肋骨を折った翔もまた化物だ、そう思った一戦だった。左腕を折られた時点で天都の負けは確定的だったはずだ。なのに勝った、それは天都の中の魔獣が翔に勝った結果だろう。


「でもさぁ、僕が泳げない状態で海に来るって、嫌がらせじゃん」


不貞腐れたようにそう呟く天都に笑みを濃くし、明斗は熱い砂を踏みしめて前に出た。だがこれは以前から決めていたことであり、天都としてもそれを知った上であの試合を受けたはずだ。だから明斗は苦笑を漏らした。海に入れない自分を呪う、そんな言葉に聞こえたからだ。


「今のお前には誰も勝てない。でも俺たちの子供はお前たちの子供に勝つ。なんたって、木戸無明流と木戸無双流のハイブリッドだからな」


にやりと微笑んでそう言う明斗にため息しか出ない。最近は天音に影響されているのか、こういう言動が目立っていた。


「かもね」

「じゃぁ、行くわ」

「溺れてこい」


その言葉を受けて大笑いする明斗が駆け出し、入れ替わりに三葉がやって来た。


「暑いでしょ?」


そう言いながら濡れた手でクーラーボックスからジュースを取り出す。


「暑いよ」

「足だけでも浸かったら?」

「あいつらの近くに寄ったら、怪我が治らない」


その嫌そうな言葉に三葉は笑った。いつからだろうか、三葉が敬語を使わなくなったのは。


「早く直さないと、来月には波島だしね」

「だね」


今度は2人ではなく、家族みんなで行くことになっていた。木戸家、瀬尾家、下村家、みんなでだ。


「あのさ」

「ん?」


口にしていたペットボトルを放し、三葉が首を傾げる。この2年でますます可愛くなった彼女は翔からモデルに誘われるほどであり、天音と出かければナンパやスカウトに遭うのは日常茶飯事だ。


「あの試合、勝つって最初から信じてたって言ってたけど、なんで?」


あの試合の後、病院で三葉はそう言った。勝つってわかっていた、と。その時はそれだけで満足だったが、今はその理由が知りたい。1週間も経ってからそれを聞く天都に苦笑し、それからそっと寄り添う三葉は天都から目をそらさなかった。


「だって、それが愛してるってことでしょ?」


その言葉に顔を真っ赤にする天都はあの時見せた魔獣の面影はない。だから三葉は笑った。あの最後の瞬間まで、三葉だけが勝利を信じて疑わなかった。あの場にいた誰もが翔の勝利を意識したというのに。まさに、愛の成せる業だろう。


「だから、天都も同じくらい愛してね?」


そう言い、そっと天都と指を絡ませた。


「う、うん」


ドキドキする天都と違い、微笑むだけの三葉がそっとその頬にキスをした。それを遠くから見ていた天音たちが冷やかしの声を上げるが、2人は笑みを返すだけだった。天都には三葉しかおらず、三葉にも天都しかいない。だから、何も気にすることはない。2人の仲にかすかなひび割れもなく、負い目もない。あるのは信頼と、愛情だけだ。運命という言葉だけでは足りないものが2人を引き合わせ、そしてこれからも2人をくっつけていくと思う。決して離れず、ただ、ずっと一緒にいるのだろう、そう思える笑顔だった。



『美女と魔獣』の物語は幕を下ろし、『女神と悪魔』の物語が幕を開けた。

身の内に悪魔を棲まわせる男と、その悪魔ごと優しく包み込む女神の物語。

悪魔の分身として生まれた男と、その全てを受け入れた強くも優しい女神の物語。


彼らがこれからいくつもの物語を作り、そして新しい伝説となる。

双子の兄妹が織りなす物語、それはきっと素晴らしい物語になるだろう。

その物語は、ここから始まる。

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