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晴れ!  作者: 夏みかん
第10章
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果てない空 5

秋もめっきり深くなり、風が冷たく感じる季節になった。葉っぱの色も鮮やかになる中、寒いのが少し苦手な天都は自転車を漕いでいた足を止めた。本屋に行く近道だと迂回したこの道を通る事は滅多にない。ここは人通りもほとんどなく、車もろくに通らない道なのに、こんな事に遭遇するとは運がいいのか悪いのか、そう思う天都は難しい顔をしながらゆっくりと自転車を進めていった。


「痴話喧嘩・・・・じゃなさそうだ」


ため息交じりにそう言い、揉めている男女の傍に近づいた天都は自分に気付いた少女の顔を見て苦笑を浮かべた。4人いる男たちに見覚えはないが、その少女はよく知っている。


「揉め事かい?」


自転車を止めて片足を地面に着けた天都の傍に近寄って来たのは青柳はるかだ。中学2年生であり、バイトで講師をしているさくら塾の生徒でもあった。もっとも、天都自身は彼女から相当嫌われていたのだが。


「木戸・・・ちょっと後ろに乗せて!こいつら振り切って!」


そう言うなり自転車の後ろに飛び乗ろうとしたはるかの腕を掴む男は高校生ぐらいの年に見える。


「いいから来いって!」

「離せよっ!」


抵抗するはるかのせいで自転車が揺れる。再度ため息をつく天都は自転車を支えつつ男の方に顔を向けた。


「どちらさん?この子は僕のバイト先の塾の生徒なんだけどさ」

「黙ってろよ・・・殺すぞ!」


凄む男に肩をすくめる天都を見つつ、自転車から無理矢理引きずり降ろされたはるかが手を差し伸べた。


「こいつら兄貴の友達なんだけど、しつこいのよ!付き合えって!嫌だって言ってんのにっ!」

「悪いようにはしないって!俺は結構顔も利くし、金もあるし!」

「巻き上げた金でしょ!」

「金は金だよ!」


そう言うと後ろからはるかを羽交い絞めにして胸に手を置いた。中学生にしてはよく発達した胸を揉むようにした男が後ろに立つヘラヘラした仲間に自慢げな顔を向ける。天都はゆっくりと自転車を降りるとそれを脇にやってから男の前に立った。


「嫌がってるから、離してあげなよ」

「あ?マジで殺すぞ?」

「・・・それ、脅迫罪ね」


その言葉と同時にはるかを拘束していた腕が緩み、男はそのまま地面に倒れこんだ。右足が地面に着く天都を見つめるはるかはここでようやく天都が何かをしたのだと気付く。目にも留まらぬ速度の蹴りを側頭部に受けて脳震盪を起こした結果、それとは分からない。


「で、どうするの?」


後ろにいる3人がはるかを押し退けて迫る。やれやれといった風な天都は腕に自信があるのかボクシングのような構えを取る男を正面に捉える。はるかを連れて逃げるという選択肢もあったが、ここはもう叩きのめしてやる方が今後のためにもなると考えたのだ。


「死ねよ!」

「やだよ」


大きく一歩を踏み出して必殺のストレートを放つその体はそのまま崩れ落ちる。パンチを避けた天都が顎先を蹴りあげたからだ。そうして残る2人の攻撃を軽くかわし、ため息交じりに1人の男の腹部に拳をめり込ませる。鍛え方が足りないのか、かなり手加減したその一撃で呼吸が出来ずに悶絶する男を尻目に、怯えた最後の1人の腕を掴んで背中から捻りあげる形をを取った。


「彼女に近づくな・・・っても、無駄なんだろうね。懲りないならまたおいで。でも、今度はみんな、五体満足で帰すような真似はしないから」


苦しんでいた男が青ざめるのが背中からでもわかる。だから天都は男を解放した。


「責任もってこいつらを連れて帰って」


そう言い、自転車に戻ろうとした時だった。ポケットから出したのは折り畳まれたナイフ、それを広げた男が天都の背中に突っ込んできた。思わず悲鳴を上げるはるかを無視し、天都はその突き出された右手首を掴んで握りしめる。とんでもない握力にナイフが落ちるが、お構いなしにその手首に力を込めた。


「言ったよね?五体満足では帰さないってさ」


殺気が男を、はるかを貫いた。その瞬間、男の顎に天都の拳がめり込み、同時に右手首を極めたまま一本背負いを放った。手首を極められていたために肘関節が逆向きになり、投げられたと同時にそこが折れる。そのまま固い地面に背中から叩きつけられた男は泡を吹いて失神してしまった。ふぅとため息をつき、壁にもたれるようにして立っているはるかの傍に寄る。


「大丈夫?」


青白い顔を上下させ、はるかはそのままへなへなと地面に座り込んでしまった。


「まぁ、また何かあったら僕に言って・・・・・・いや、その必要、ないな」


言葉が終わると同時に鬼気が滲み出てきた。体に鳥肌が立つのを感じるはるかがへたりこんだままの状態で倒れている男の方に向かう天都を見ていた。しゃがみこんだ天都の前にいるのは最初にはるかに絡んでいたあの男だ。どうやら意識が回復したらしい。


「かなり手加減したからかな?回復早いね」


笑っているその顔が怖い。男はグラグラする意識を総動員して目の前の優男に目をやった。


「もう彼女に近づくな・・・悪さもするな・・・・もし彼女に何かすれば・・・・・」


そう言った天都が右手でピースサインを作り、その指先を男の眼前に構える。


「その両目、もらうよ・・・・・いや、今もらっといた方が抵抗もないか」


さらに笑う天都が振りかぶった右手を相手の顔にぶち当てた。ピースサインはとっくに拳に変化しているものの、男は恐怖のせいで気絶していた。失禁したその体を通行の邪魔にならないよう脇にどけ、天都は再度はるかの横にしゃがみこんだ。


「立てる?」


頷くだけのはるかに、いつものあの悪態はない。塾では自分を馬鹿にし、言うことを聞かず、それでいて同僚のイケメン講師には媚を売る少女の面影はない。ただ怯えたその子に優しい笑みを見せ、それから壁際に倒れている男たちを見やった。


「まぁ、もう何かしてこようとは思わないだろうけど、一応用心してね」


はるかを立たせつつそう言い、天都は自転車の後ろに乗るように指示した。言われるままに素直に応じるはるかを見て、いつもこうして素直ならいいのにと思う。そうしてはるかを後ろに乗せたまま自転車を漕いだ。はるかは天都の腹の上で手を組み、体を密着させて震えている。14歳にしては大きな胸を背中に感じる天都だが、だからといって何も感じない。そのまま大通りに出たところで自転車を止めた。


「人が多いから、ここなら怖くないだろ?」


優しくそう言う天都はゆっくりとはるかを下ろしつつ、目に涙を溜めたはるかの頭をそっと撫でた。三葉には劣ると思うがはるかもまた美少女だ。いつも生意気で反抗的なはるかにはない素直さのせいか、その可愛さがより前に出ている感じがしていた。


「さぁ」


促されるはるかだが、そこでぎゅっと天都に抱き着いた。人の目が気になる天都が焦るものの、はるかは離れようともしない。困り果てる天都がそっとはるかの頭を撫でた時だった。


「おーおー、こんなところで浮気とは・・・大胆なこったねぇ」


よく聞き慣れたその声にさっと青ざめる。ゆっくりと首を動かせば缶ジュースを手にした天音がニヤニヤしながら傍に立っていた。天都は青い顔をますます青くする。その天音の隣には三葉がいたからだ。三葉はにこやかな顔をしているが、目が笑っていない。変な汗が出る天都ははるかを引きはがそうとするがはるかは離れなかった。


「いや、違うんだって!さっき青柳さん、この子なんだけどね、塾の生徒なんだよ・・・この子が男たちに絡まれていたから助けただけ・・・彼女ビビってて・・・・それで・・・・」


早口でそう言う天都があまりに焦っているため、天音は楽しくて仕方がないといった顔をしている。三葉は冷たい目をそのままにそっとはるかの肩に触れた。


「大丈夫?」


優しい口調に優しい笑顔をする三葉にホッとするがチラッと自分を見るその目はやはり冷たかった。


「怖かったね?」


その言葉にはるかが顔を離した。泣いていたようで目が赤い。


「もう大丈夫だよ。で、その男たちは?」

「僕がやっつけた」

「へぇ・・・残念」


心底残念そうにそう言う天音を無視して、はるかに寄り添う三葉を見やった。ここでようやく天都から離れたはるかが三葉の差し出したハンカチを受け取って涙を拭う。その後は近くのコーヒー店に入ってはるかを落ち着かせ、3人で家まで送ったのだった。勿論、三葉からの嫌味の数々とそれに便乗した天音の攻撃を受けた天都が精神的に疲弊したのは言うまでもない。



ため息を何度もつく天都が金属で出来た2階へと続く塾の階段に腰かけていた。建物の外側に設置されたそれは2階にある2つの教室に続く廊下に繋がっているのだ。今日も疲れた、そう思う天都は近づいてくる大山康男を見て小さく微笑んだ。


「ため息が多いな」

「今日は疲れました」

「ん?青柳さんは上原君のクラスだろう?」


天都を毛嫌いしているはるかがイケメンの上原を慕っている。それは康男にとってデジャヴとなっていた。まさに親子だ、そう思う。


「そうなんですけどね・・・いや、まぁ・・・ため息の原因は彼女なんですけど」


そう言われた康男が首を傾げた時だった。勢いよくドアが開き、天都が見上げたそこに立っているのははるかだ。そんなはるかは天都の顔を見るや頬を赤くし、満面の笑みで勢いよく階段を下りてくる。あわてて階段から離れる天都だが、はるかの駆け降りる勢いに負けて背中から飛びつかれてしまった。康男はもうわけがわからず、目が点になっている。


「木戸先生~・・・・明日、暇ぁ?」


甘えた声を出すはるかに困惑するのは天都だけではない。康男ははるかのこの変わり様に口をパクパクさせていた。何かがあったとは分かるが、何があればこうなるのかが分からないのだ。


「暇じゃない!」

「もしかして、あの瀬尾って人とデート?」

「あ、いや・・・・彼女は用があるから・・・・」


そこでしまったと思う。何故デートだと嘘を言わなかったのか、自分を呪うが後の祭りだ。


「じゃぁ、私とどっか行こうよ!」

「行かないって!」

「もう!私、先生に何でもしてあげるけどなぁ」


甘い声が耳元でささやく。天都は鳥肌を立てつつはるかを振り払おうとするが、加減をする分上手くいかない。ぞろぞろと階段を下りてくる生徒たちが何事かと2人に注目していた。


「エロいこともOKだよ」


そっと耳に息を吹きかけるはるかをどうにか引きはがし、ぜぇぜぇと息をつく。はるかは今度はそんな天都の正面から抱き着いた。自慢の胸を押し付けつつ。


「はるか・・・・あんた、なんで木戸と?」


つい2日前まで徹底的に天都を嫌っていたはるかを知っている友達にすればその光景は異様だ。だからこその質問だったが、はるかは天都に抱き着いたまま満面の笑みを浮かべて見せた。


「付き合ってまーす!」


大きな声でそう宣言するはるかに周囲が絶句する。


「してませんっ!違うから!僕には彼女、いるから!」


必死で弁解する天都の首に両手を絡め、ニヤリとはるかが微笑んだ。キスしようとしてくるその攻撃を躱すのが精一杯で反論がままならない。


「その彼女が私でぇーす!」

「違うから!止めろって!」

「もう、照れちゃって!」

「照れてない!いや、マジ違うからっ!」

「もう!照れ屋さん!」


そう言い、はるかがそっと天都の頬にキスをした。騒然となる生徒たちに交じって、他の講師たちも絶句している状態だ。こころは天音たちからはるかの事を聞いていたこともあって、ニヤニヤしながら今の状況をスマホのカメラに収めていた。少し離れた場所でそれを見ている康男はこれもまた繰り返すのかと苦笑を禁じ得ない。ただ、あの頃と違うのは天都には彼女がいるということだ。


「第二章の始まり、かな」


微笑む康男はそこに周人と由衣の姿を重ねていた。あの頃と同じ、また騒がしくも楽しい日々が帰ってくる、そんな予感がしていた。


「こりゃ面白い三角関係になりそうだ」


当面は楽しめると思う康男は小さく微笑み、そして困り果てる天都を見てその笑みを濃くするのだった。

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