全部抱きしめて 3
学校で顔を合わせることが少ないせいか、天都と三葉はラインで連絡を取り合っていた。土曜日は郊外にある大きな公園に行くことになっていることもあって、そのことでのやりとりが続いている。一方で天音と明斗は付き合っていることを公にしつつも学校ではベタベタしないようにしていた。燐からのOKも出て明斗は陸上部にも復帰し、そこでもまたお互いに競い合っている。2人は友達であり、ライバルであり、そして恋人でもある関係だ。だが恋に関しては奥手なせいか、手を繋ぐこともキスもまだである。明斗もまたそれでいいと思っている。自分たちのペースがあるのだから。一方で時雄と里奈のカップルは学校でもいちゃいちゃしていることが多く、友達もやや引き気味になっている。そんな多少の変化が起こっている学校生活を送る天都は週末のデートで三葉に告白することを決めていた。三葉が好きだという気持ちは日に日に強くなっている。だがそれが100%かと言われれば、まだそこまでに至っていないのも事実だ。だが三葉以外に考えられないこともあっての告白だ。そんな風に考えている天都が放課後の屋上にいた。家に居候している心を気遣う進は早々と帰宅し、時雄と明斗は部活。帰ってもゲームをするしかない天都はここで少し時間を潰していた。吹奏楽部の奏でる金管楽器を聞きながら。
「こんなところで何をしている?」
不意にそう言われた天都が振り返れば、重いドアを手を使わずに開いてやって来るウラヌスを見ていた。空中から登場しなかったのは評価できるが、重いとはいえドアは手で開くべきだと思うもののそれは口にしない。苦笑する天都が景色に目を戻した。その横にウラヌスが立つ。
「学校は慣れた?」
「問題ない」
こういう言葉も、彼女がクォーターで外国暮らしが長かったと説明されているので誰も何も思わなかった。
「人間になれて、嬉しいだけだ」
呟くようにそう言ったウラヌスを見た。とても嬉しそうには見えない表情だが、天都にはその言葉で十分伝わっている。こんなに早く解放されたことも驚いたが、彼女が警察などに協力的だったことが認められた結果だった。監視がずっとついているのも知っている。今も、離れた場所から自分たちを見ている視線を感じているのだから。
「私はお前に興味があった。最初に会った時に感じた恐怖に惹かれて・・・なのに、祭の日のお前は怖くなかった。だから余計に興味が湧いた。お前に会わなければ、今の私はなかっただろう」
ウラヌスは団地の広がる景色を見つめている。その横顔は美しい。風に揺れる金色の髪もまたキラキラときらめいてその美しさに彩りを与えていた。
「元々人間に興味があった。だから、そうなれるのならと協力したら、ササヤマが色々世話してくれた」
「笹山さんか、いい人だよね」
「ササヤマの子供なら欲しいと思う」
突然とんでもないことを言うウラヌスに苦笑が漏れるが、笹山次第でそれもあると思えた。本当の意味で人間になれたのだろう、そんなウラヌスを嬉しく思った。厳しい先生だが美人なので男子からの人気は高い。またその自由奔放ではっきり物を言うところや、一般人から見ての天然さもあって女子からの人気もあった。
「本当はお前の子供が欲しいが、ミツバに免じて我慢する」
「我慢なのね・・・」
苦笑と共に複雑な感情が湧きあがるが、そう思われること自体に悪い気がしなかった。
「いつか、もしいつか、また私が人間でなくなった時、その時はお前が私を殺してほしい」
真面目な顔をしてそう言うウラヌスを見ず、天都はグラウンドを走る天音や明斗たちに目をやった。
「殺さない。叩きのめすだけだよ。っても、そんなことにはならないと思うけどね」
「何故だ?」
「あなたはもう人間だから」
にこやかにそう言う天都に、ウラヌスが微笑を浮かべた。心を掴まれるようなその笑顔はほんの一瞬だったが、天都の心に鮮明に焼きついている。
「仕事があるので、もう行く」
「うん、先生、さよなら」
「さよなら」
感情の無い声でそう言い、ウラヌスはドアの向こうに消えた。と、再度ドアが開く音が聞こえて振り返れば、そこにいるのは七星の姿だ。何故か焦る天都が愛想笑いをすると、七星は困ったような表情を浮かべながら歩み寄って来た。途端に緊張する天都だが、あの日のことは記憶にないはずだと自分を落ち着けた。あの恐怖に染まった七星の顔は覚えている。でも、だからといって何も思うことはなかった。あれが当然の反応だと思っているのもあるが、あの時の三葉の笑顔と言葉の方が印象的だったからだ。七星は手すりに身を預けるようにしながらグラウンドを駆ける明斗の姿を見つめていた。
「あの日のこと、思い出した」
不意にそう言われた天都は内心で動揺するが顔には出さない。そんな天都をチラッと横目で見つつ、七星は部活の仲間と雑談するグラウンドの天音に視線を戻した。
「夢を見たの、昨日。起きて、それが現実だったと思い出した。なんで忘れていたのか、わからない」
記憶の操作は完璧だが、何がきっかけで戻るかわからないと説明されていた。記憶を消すのではなく、強引に変更しただけのこと、つまり、何かの拍子で元に戻る可能性は低いながらもあったわけだ。しかしこんなに早く戻ったのは驚きでしかない。
「お礼、言っておくね・・・ありがとう」
「あ、いや・・・・」
「約束守ってくれたもんね?」
「あ、うん」
一度は何もせずに天音に全てを任せた。だからこそ今度は助ける、そう約束した。だが、天都にとってそれは結果でしかない。実際に人質に取られた七星を助けようとしたのは三葉だったのだから。天都がしたのはただ全員を助けたというだけのことだ。いや、三葉を助けたかったと言った方がいいのかもしれない。
「天都君が怖かった。あの時の全部が怖かった」
「うん」
「でも、今の天都君は怖くないよ」
そう言って微笑む七星を見たが、天都は笑みを返せなかった。
「祭の日のことも、ごめんなさい」
今度ははっきりと動揺を顔に出した。そんな天都を見てすまなさそうにする七星はそれでも天都を見つめ続ける。ずっと言いたかったことのきっかけを口にできたせいか、七星は続けて言葉を発した。
「お互いパニックだったのに、私だけが天都君を責めて・・・落ち着いたら酷いことを言ったって思って」
「あれは僕が悪いんだ。タイミングも最悪だし空気も読まなかったから」
お互いに視線を外した。七星がふと見たグラウンドでは天音と明斗が楽しそうに会話をしている。
「・・・・下村君、天音ちゃんと付き合い始めたんだね」
「色々あったんだよ、2人にも」
「うん」
黙り込む七星を見て複雑な心境なんだろうなと思った。きっとまだ七星は明斗を好いている、そう思っていたからだ。
「もし、もしね、天都君の気持ちが少しでもまだ私にあるなら・・・・私は・・・・」
七星は天都を見ようとするが見れず、少し目を伏せがちにしながら頬を染めていった。その意図が理解できた天都は冷静な自分を自覚しながらまっすぐに七星を見つめる。
「もう、無理だよ」
「・・・・・だ、だよね・・・・振っちゃったんだしね、私」
「そうじゃないんだ」
「え?」
七星はまっすぐに天都を見やった。天都は真剣な目で七星を見つめ、そしてわざと鬼気を発した。自分の中の獣を解放するようにして。途端に七星の顔が凍りついた。蘇った記憶に鮮明に残る恐怖。今、それが目の前で再現されている。天都は鬼気を消し、そして苦笑した。
「あの時の僕が、あれが本当の僕。七星ちゃんたちに恐怖を与えたあの男よりも怖い男なんだ」
「で、でも・・・・私はきっと・・・」
「付き合っても、きっとうまくいかない。七星ちゃんは僕に怯えるんだよ、何かあれば、ずっと」
「の、乗り越えられると思う」
「そう簡単に出来る事じゃないと思う」
「瀬尾さんなら、出来るの?でも、あの時は、瀬尾さんは2度目だったから・・・」
「あの僕を見せたのはあれが初めてなんだ。2度目だったのは天音だけ。瀬尾さんを最初に助けた僕は、あれじゃないよ。ただ単に相手を叩きのめしただけのことなんだ」
黙り込むしかない七星が少し顔を伏せた。記憶が戻って、そしてあの日のことを思い返した時、天都を失いたくないと思ったのだ。好きという気持ちはまだ薄い。それでも、何でも話せる一番の存在なのは好きという気持ちと結びつくのではないかと思ったのだ。付き合えばその気持ちが強くなる、そう思っての行動だった。
「瀬尾さんは、あの僕も素直に受け入れてくれた。あんな僕でも認めてくれた。そんな人は、きっと瀬尾さんだけなんだよ」
「・・・・でも・・・・・」
「僕は瀬尾さんに惹かれている。好きだと、思ってる」
はっきりそう告げた。祭の日からそんなに日にちは経っていない。なのに天都は、自分を好きだと言った天都の心はもう三葉に向いている。だからといって非難はできない。自分はあの日に天都を振ったのだから。
「そっか」
「七星ちゃんとは友達だよ、それは今までとは違わない」
「うん」
「だから、また目の前で七星ちゃんが危険な目に遭っていたら助ける。約束する」
「ありがとう」
自然に涙が零れ落ちながら、七星は笑顔だった。だから天都も微笑んだ。ずっと片思いをしていた相手からの告白は嬉しかった。きっとあの事件がなければ無条件で付き合ったと思う。だが、事件が起こらなければ七星からの告白もなかっただろう。だから、これが運命なのだ。
「また勉強会とかしようね?」
「うん」
「じゃぁ、ね」
そう言い、涙をそのままに笑顔で背を向けた。そんな七星を見送る天都がぎゅっと強く拳を握る。長い片想いの記憶を忘れないように。そして今、三葉を好きでいる気持ちを忘れないように。閉じられたドアにもたれ、ずりずりと背中を擦りながらしゃがみ込んだ七星は両手で顔を覆って泣いた。何故泣くのかもわからない。だが、溢れ出る涙を何度も拭い、しゃくりあげるようにして泣いた。
*
予定通りに全員が集まっている。金曜日の夜はどこか浮かれた気分になるが、今日は特別だ。このメンバーが集うなど、何年ぶりのことなのだろうか。さくら塾の経営者である大山康男の予約したこの店は小さな大衆居酒屋である。しかも今日は貸切のために店には空テーブルが目立っていた。今日は売り上げなど度外視だ。店のオーナーでもあり、そして料理長でもある八塚浩志はバイトに雇っている日野唯男と2人で料理を作っている状態にあった。さっき配られたビールを手に、7人がジョッキをぶつけ合って乾杯をする。康男の合図での乾杯も終わり、運ばれて来た焼き鳥や串カツを手にしながら7人がわいわいと騒ぎ出した。懐かしい顔ぶれがあるせいか、話は弾んで止まない。
「しかし、吾妻さんは変わらないね・・・・あっと、今は木戸夫人、だったか」
そう言って笑う新城直哉は微笑みを浮かべる由衣を見て懐かしさでいっぱいだった。一番生意気だった頃の由衣を知る新城にしてみれば、落ち着いた大人になった由衣は新鮮であり、それでいて当時の面影を残す容姿に色々込み上げてくるものがあった。
「ホントに変わんないよね・・・時々会うとはいえ、なんか腹立つもんね」
こちらも当時の由衣をよく知り、その後もずっと友人関係を続けている三宅恵が愚痴のようにそうこぼす。子供を産んでからの恵は少しぽっちゃりしているものの、その美人さはほとんど失われていなかった。
「でも元気そうで嬉しいよ。こうして会う機会を設けてくれた塾長には頭が上がらないです」
新城の言葉に康男が苦笑した。
「今はオーナーだよ。塾長は三宅君だ」
ビールのおかわりを頼みながらそう言い、康男は隣に座る浩二の肩をバンと叩いた。浩二と新城は2度ほど面識があった。1度目は結婚前に、2度目は結婚後に。この面子の中で初対面同士になるのは新城の奥さんであるかすみと浩二のみになる。
「みんな円満で良かったよ。そうでなかったらこうした会も開けなかった」
康男の言葉に苦笑するのは周人と新城だ。こちらの再会は10年以上になるせいか、その後の話が弾んで止まない。浩二はかすみと話をし、由衣と恵は康男と塾のことについて話をしていた。そうしていると康男の携帯が鳴る。席を外した康男はそのまま店を出ていった。
「そういえば、木戸さん、今度副社長になるんですよね?」
「そうそう!それ聞いて思ったもん!由衣を蹴散らしてでも結婚するべきだったって!」
夫婦でそう言われ、周人と由衣が苦笑し合う。哲生の情報規制はザルのせいか、あちこちに知れ渡っていた。
「お前、カムイの副社長?とんでもないなぁ」
「お給料もいいんでしょ?」
ただただ感心する新城と違い、かすみの目が細くなって由衣を肘でつついた。
「でも、家庭との両立がなぁ・・・」
「難しいのですか?」
「ああ、うん」
浩二の言葉にそう返し、周人はビールを飲み干した。
「まぁ、心配なのよ・・・娘が、ね」
「天音ちゃん?」
中学時代に塾に通っていた天都と天音のことはよく知っている浩二にしてみれば、その言葉に疑問が浮かぶ。心配するような子ではなかったはずだ。活発で男の子のようで強かった。いや、今でもそのはずだった。陸上のインターハイで優勝するほどの彼女のどこを心配するというのか。
「でも天音ちゃんはしっかりしてますよ。インターハイ優勝なんてすごいじゃないですか」
「え?お前の娘って、インターハイで優勝してんの?」
浩二の言葉に反応した新城を見ず、周人は困った顔をしてビールをチビチビ飲んだ。
「彼氏が出来たのよ、最近ね」
「え?」
驚くのは浩二だ。あの天音に彼氏とは驚きでしかない。予想もしていなかった言葉に絶句してしまった。
「最近学校で事件があって、それも関係してるの」
「事件?」
新城もまた違う高校で教鞭を振るっている。だが、そういう情報は入って来ていない。近隣ではないものの、そういう学校での事件はすぐに情報が回ってくるのが常だからだ。だから聞き返したのだった。
「そういえば、事件って天都君が解決したんでしょ?」
「ああ、まぁね」
周人はそう言い、やって来た出し巻たまごに箸を伸ばした。
「進君から聞きましたが、本当なんですか?あの『ゼロ』の・・・」
そこまで言いかけて黙る。20年前の事件の真相を知る者は数少ない。だからか、不思議そうにしている新城夫婦を気にしてそこで止めたのだが、それが余計に好奇心を煽ってしまう結果になった。仕方なく周人がそのことに関して説明をした。周人が怪物級に強いのを知っている新城は驚きながらも納得はしていた。
「あのビル爆破事件って、そうだったんだな」
「ああ。で、その関係者が私怨で復讐しようとしたんだが、俺の息子が倒したんだ」
「そうか・・・鬼の子は鬼、か」
「ああ」
苦笑する周人を見て微笑む新城も出し巻に手を伸ばす。そうしているとどこかに行っていた塾長が戻ってきた。女性を連れて。
「すまんすまん」
「塾長、その人は?」
やはり恵にとって康男は塾長だ。実際の塾長である夫も何も言わないし、以前は塾の経営に携わっていた恵のそれを正すことなく康男は隣に立つ女性をみんなに紹介した。
「この方は大崎心さん。来週からうちの塾で働くことになっている。英語を担当してもらうんだが、つい先日まで現役の高校教師だったんだ」
「大崎です、よろしくお願いします」
そう言い、丁寧に頭を下げる心に拍手が起こった。既にそれを聞いている浩二とは面識もあるせいか、椅子に座る心にそう緊張の色は見えなかった。
「どこの高校だったんですか?」
「桜ヶ丘です」
新城の質問ににこやかに答えつつ、心はやってきたオレンジジュースを受け取った。まだ医者からは精神安定の診断は出ていないこともあってアルコールは控えるように言われていた。
「ああ、品川と同じの」
「そうですね」
心は品川が退職したことは知っているものの、それには触れない。辞めた理由も学校側が説明した程度の事で詳しくは知らないし、今は自分の事で精一杯だからだ。
「あいつとは大学の先輩後輩だったんですよ。交流会で知り合って、仲良くしてたんですけどね」
にこやかな新城に笑みを返す心は焼き鳥を勧める恵に礼を言った。その後は簡単な自己紹介をし、話題は心の事に移っていく。誰も高校を辞めた理由を聞かないのはさすがだと康男は思っていた。
「でも、塾長とはどういうきっかけで知り合ったんですか?」
塾長と言われて浩二を見るが、その浩二がそっと康男を指差す。それを見たかすみが心に謝りつつ、自分たちにとって塾長とは康男を差すと聞かされて納得していた。
「木戸さんのお母さんに紹介されたんです。働き口を探していたもので助かりました」
「こちらとしても助かりましたよ。ちょうどバイトの子が抜けてしまって」
浩二がそう言い、心が微笑んだ。そうして女性は女性で盛り上がり、男性は男性で寄り集まる形になった。仕事の愚痴などが飛び出す中、酔いが回って来た浩二が小さくため息をついてから周人を見やった。
「でも天都君は凄いですね・・・相手はあの『ゼロ』のクローンだったんでしょ?それを倒すなんて。あの子は自分を抑え込んでいたのに、解放したらそこまでとは思いませんでしたよ」
相手の心を読める浩二と天都は何度か手合せをしたことがある。その際、天都は本気になりながらも自分の中の何かを抑え込もうとしていた。それが気になっていたが、それでもあの翔と五分に戦える実力には注目していた。
「あいつは強い。俺なんかよりもずっと」
「でも、僕にすれば木戸さん以上の強さなんて想像できないんですよね。翔君と戦って、その強さを体感しても、やはり木戸さんの方が上だと思えてしまう」
「光栄だよ」
そのやりとりを黙って聞いていた新城と康男が顔を見合わせる。
「お前って今でもまだ強いんだ?」
「さすがにあの頃の強さはないよ」
「いえ、あります。強いです」
周人の言葉をきっぱり否定した浩二に苦笑し、新城は昔のことを思い出していた。周人の戦いを見たのはたった1度だけだが、その強さに戦慄したことを鮮明に覚えている。そうして話題も移り変わり、いつしか各家庭の話題になっていた。
「三宅さんは、子供は2人でしたよね?」
「はい。高校生と中学生です」
「うちは今年ようやく小学校だよ。遅くに出来た子だからね、可愛くって」
「娘さんですか?」
「息子。こっちに住んでいたら、さくら塾に通わせたいぐらい」
「なら、くればいい」
「そう簡単にいくわけないだろ?」
周人の楽観的な言葉に新城が指でその頬を突っつくようにした。
「学校の人事なんて個人でどうこうできないんだ」
「欠員が出た学校への異動の申請でもすれば?」
「どこのさ?」
「桜ヶ丘」
「ん?」
「お前の後輩、辞めたそうだ。さっき言った事件のせいで、責任取ったらしいぞ」
「マジ!?」
思わず声を上げた新城のせいで女性陣もそっちを振り向く。新城は心に今の話の確認を取り、頷く心に愕然となった。
「明日にでも電話してみる」
新城はそうとだけ言って黙り込んだ。公私で仲良くしてきた品川のその辞職は寝耳に水だ。だからこそショックも大きかった。
「でも天音ちゃんも彼氏持ちか。由衣さんに似て美人ですもんね、そりゃ男がほっとかないでしょう?」
「あの性格だし、高校の間は大丈夫だと思ってたんだけどなぁ・・・」
うなだれる周人を見て苦笑する新城と康男。
「由衣さんに似てるのか」
「そっくりってわけじゃないんですけどね、似てます」
浩二が新城にそう説明している間も周人は暗い顔をしたままだった。あの周人が父親の顔をしている、それだけで康男の胸には込み上げてくるものがある。周人と亡き恋人のことも、由衣との出会いと確執、そして交際から結婚までも知っている康男にとっては全てが感慨深い。そんな康男は由衣を見た。子供の話で盛り上がる由衣はあの頃の面影を多く残している美人だ。生意気だった頃が本当に懐かしい。そんな彼女の血を引く天音のこともよく知っているだけに、ますます込み上げてくるものがあった。汗を拭うふりをしてそっと涙を拭き、康男は定期的にこういう会を開こうと決めた。自分が開いた塾での縁をずっと保ち続けることこそが、今の康男の目標になった瞬間だった。




