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晴れ!  作者: 夏みかん
第9章
43/52

全部抱きしめて 2

職員室で業務に関するレクチャーを受けるウラヌスは思っていた以上にやりがいを感じていた。人間になりたい、そう願ってからほんのわずかな時間でそれが叶ったのだ、嬉しさは半端ない。英語の授業など、数か国語を話せるウラヌスにとっては簡単であり、教科書通りのことを教えるということも出来そうだった。現に今日の昼から簡単な実習を行ったが高い評価を得ている。表情はまだまだ豊かとはいえないものの、その美貌に多くの男性教師たちが虜になっていた。そんなウラヌスが帰路に着く。今日から新居に帰るのだ。笹山の手引きで用意されたのはマンションだった。それも結構な高級マンションであり、高層階に位置する部屋からの眺めは絶景だ。しかし、勿論監視の目がついている。部屋という部屋に監視カメラが設置され、それこそプライベートもない。だがウラヌスにとってそんなことはどうでもよかった。人間として生きられればそれだけで幸せだ。エントランスをくぐって高層階行のエレベーターに乗る。能力を使えばもっと簡単なのだが、もうその能力は自分の中で封印している。よほどのことがないと使わないと決めていた。そうしてエレベーターを降りれば、すぐ目の前が自分の部屋になっている。これも監視を容易にするための処置である。鍵を差して回し、ドアを開ける。するとそこには何故か男性の革靴がきちんと揃えられて置かれていた。誰かがいる、それなのにお構いなしに廊下を進んだウラヌスがリビングに入った時だった。


「おかえり」


にこやかにそう言う男が窓の方から振り向いて笑みを浮かべる。ウラヌスは無表情のまま頷き、それから荷物を無造作にソファの上に置いた。


「何の用?」


ごく普通にそう言い、ウラヌスはじっとその男、笹山を見つめた。


「なに、引っ越し祝いでもしようかと思って」

「祝い?」

「就職祝い、でもいいよ」


そう言い、ワインの入った袋を持ち上げて見せる。


「すき焼きは好きかい?」

「・・・・食べたことはない」

「そっか。美味しいぞぉ。まぁ、まずは買い物だがね」


昼をとっくに回っているものの、昼食は済ませている。男性教師たちに誘われた結果だったが。


「何故、あなたが?」

「それも、夕食の時にでもね。でも単なる祝いだよ・・・それ以上でも以下でもない」


笹山はそう言い、優しく微笑む。内心で戸惑いつつ、ウラヌスは頷いた。


「私も独身で家族はいないんだ。まぁ、バツイチってやつだな」

「何故?」

「ズバっと来るねぇ・・・ま、すれ違いだよ。こんな仕事してると、どうしてもね」

「そうなのか」

「ああ。だから、こういうのは1人で食べたくなくてな。君とすき焼きが食べたかった」

「下心か?」


またもズバズバ言うウラヌスに苦笑が漏れる。だが笹山はそうだよと口にして玄関へと向かった。そんな笹山を見て、ウラヌスの口元に小さな笑みが浮かんだ。自然と出たその笑みを出した本人が戸惑いつつも玄関へと向かった。そうして2人は一緒に買い物に出かけるのだった。



三葉と別れ、天都と進はそのままゲームセンターへと向かった。天音は駅へと向かい、いつもとは違う駅で降りる。向かう先は明斗の家だった。天都から場所を聞き、その場で電話をしたもののやはり応答がない。だから行動に移った。もしかしたら既に引っ越しているかもしれないと焦りも見える。だが、天音は心を落ち着かせるようにしつつ電車に揺られていた。会っても感情的にならない、そう決めていたが自信が無い。果たして自分は天都にとっての三葉になれるのだろうか。ぼんやりとそう考えていると駅に到着したので降りて改札を出た。そのまま簡単に書かれた地図を頼りに早足に歩く。まずは顔を見たい、それだけだった。意外に早く目的地に着き、その小さなアパートを見上げた。そうして目的の部屋の前に立つ。深呼吸してからドアをノックした。しかし応答はない。再度ノックするが同じだった。そんな天音はそっと目を閉じ、神経を集中させる。ゆっくりと深い深呼吸をすれば、かすかに人の気配を中に感じた。だから天音は大きく息を吸い、力任せにドアに拳を叩きつけた。


「下村明斗!木戸天音が来たぞ!ドアを開けなさいっ!」


ビリビリと響く声が周囲に響き渡る。何事かと顔を出す住人や近所の人を無視し、天音はドアの前で腕組みをしたまま仁王立ちをしていた。するとドアノブがゆっくりと回り出す。それを見つつ、天音は黙ったまま動かずにドアが開くのを待った。その開いたドアから顔を出したのは父親の燐だ。天音は丁寧に頭を下げ、そしてまっすぐに燐を見つめた。燐は小さな笑みを浮かべてから頭を下げる。


「明斗君の友達の木戸です。明斗君はいますか?」

「います・・・でも、会いたくないと言っています」

「ではお邪魔します」


まったく噛み合わない返事をする天音にますます笑みを濃くし、燐は天音を招き入れた。そんな燐を見たせいか、奥から明斗が早足でやって来る。だが閉じられたドアの内側に立った天音はそんな明斗を睨むように腕組みをした。脇にどいた燐を押し退け、明斗が天音の前に立つ。お互いに睨み合う中、明斗が天音を追い出そうと手を伸ばした時だった。


「無事なら、返事ぐらいよこしなさいよ」


腕を掴まれながらそう言う天音の瞳に涙が浮かんだのを見た明斗はその手を離した。


「心配、してた・・・」


ポロポロと涙をこぼす天音を見つめる明斗は憔悴しきっていた顔を歪めた。今は誰にも会いたくなかった。それに、引っ越すための家を探している状態だったこともあって、このまま人知れずどこか田舎にでも行こうと考えていたのだ。誰が来ても拒絶する、そう燐に告げ、燐もそれを了承していたはずだ。なのにドアを開けた。憤りを感じていた自分の中の熱が急速に冷めていくのを感じる明斗は、何度も両手で涙を拭う天音を見てただ戸惑うだけだった。天音はこぼれる涙をそのままに明斗を見つめる。


「どうして連絡くれなったの?心配してんだよっ!ずっと、ずっと・・・・」

「誰にも会いたくなかった・・・特に、お前には・・・」

「私が木戸天音だから?」


ピクリと反応する明斗を睨むようにし、天音はぎゅっと強く拳を握りしめる。


「・・・・そうだ」

「自分が木戸百零のクローンだから?」

「・・・ああ」


か細い声でそう返事をする明斗もまた拳を握る。


「でも、あんたは下村明斗じゃないか!」

「違うっ!」

「違わない!だって、あんたは明斗だよ!」

「俺は・・・・俺は、人間じゃない」

「あんたが人間じゃなかったら、みんな人間じゃなくなるよ」


困ったような顔に笑みを浮かべた天音を見た明斗が目を逸らせた。強く握った拳はそのままで。沈黙が重く2人にのしかかり、そんな2人を黙って奥から見つめる燐もまた苦しげな表情を受かべている。事件以来塞ぎ込み、自分を知らない土地に行こうと言った息子を不憫に思っていた。ただでさえ重い現実をようやく受け入れようとした矢先の事件は明斗の心の中にあった小さな希望を打ち砕いたのだ。


「俺も、ああなんだぞ?」


呻くようにそう言い、明斗は顔を背けたままで歯噛みした。


「俺にも、あいつらと同じ血が流れてる」


その言葉を聞いた天音が困ったような顔をした。そんな表情も見ず、明斗は言葉を続ける。自分の中にあったどす黒いもの全てを吐き出すように。


「俺はお前に、最初は嫌悪感と殺意みたいなのを抱いてた・・・理由もわからない。でも、漠然とそれがあったんだ」


陸上部で出会ったその少女の走りに何かを感じたのもある。しかし、彼女に抱いた感情は嫌悪感だった。元々人間嫌いというか、人と接することが苦手だった。だが天都とは仲良くなっていけたのはお互いに趣味にしていたゲームの話題と好みが合った結果だ。それでもどこか違和感はあった。天都の全部を知りたいという欲求もあった結果だと思う。それもまた、自分の中を流れる木戸の血のせいだと改めて思うほどに。


「けど、話をしていくうちにそんな感情は薄くなって、今度は好感を得ていったんだ。好きに、なっていた」


思わぬ告白を受けているが、天音は表情も変えずただじっと明斗の話を聞いているのみ。ただ、握った拳からは力が抜けている。


「そう、好きになって、抱きしめたくて、そのうち俺の子供を産んでほしいとまで思うようになっていった」


そんな時、木戸天空に出会った。そして全ての真相を聞いて愕然としつつも納得していたのだ。自分のその感情が木戸の遺伝子の、血の業から来たものなのだと。それでも自分の感情は抑えきれなかった。だから海で泣いたのだ。天音を好きだという気持ちは自分のものだと信じたくて。なのに、木戸左右千の存在がそれら全てを打ち砕いた。彼は左右千であり、百零でもあった。左右千の中の遺伝子が目を覚ました結果、彼は元になった存在として覚醒したのだ。その危険性は自分の中にもあるだろう。天音に抱いた殺意や嫌悪感が、好意や結婚願望もまた百零の遺伝子のせいなのだから。


「全部が全部、偽りの感情だったんだ・・・俺の中の百零が抱かせた感情なんだ」


苦しそうにそう言った瞬間、天音が明斗の胸ぐらを掴みあげた。そのまま壁に押し付けるようにし、睨み付ける目に再度涙が浮かび始める。そんな天音を見つめる明斗は戸惑いそして脱力していった。


「じゃぁさ、じゃぁ、私の気持ちはどうなるの?木戸無明流には無双流と1つに戻ろうなんて意志はないよ?滅ぼそうとする意志なんてない。2つに分かれた時に勝手にあっちがこっちを恨んだだけのこと。負けた腹いせに、そういう風にしてしか生きる気力を持てなかっただけじゃん!」


元々2つに分かれた理由など、意見の相違による兄弟喧嘩の結果だ。人を殺す技で人を活かしたい兄と、人を殺す技で人を殺し続けるべきだとした弟との喧嘩が原因なのだから。その結果、戦って敗れた弟は兄を恨んでもう1つの木戸を起ち上げた。兄を殺すため、兄の子を殺すため、そして兄の子孫を殺すため。いつしかそれは2つの血筋を1つに戻すという想いも混ざり合って今に至っている。そんな分家とは別に宗家にはそういった恨みはない。いつか衝突する時が来るとは思っていた。だが、こちらはただ人を救うために技を振るおう、人を殺す技であってもその心の持ちようで人を殺さなくてもいいようにとしたのだ。ただ遠縁の木戸無双流が存在している、そういう認識しかない。だが、もしぶつかりあう時が来たら、その時もまたその思想を持って戦うのみだ。


「私たちの中に流れる血は無双流なんてどうでもいいって思ってる。今回、天都が戦ったのも攻めてこられた結果にすぎないんだし。結果として天都が勝った、それだけのこと。私も、父さんも、天都もそう思ってる」


ぽろぽろと涙をこぼしながらそう言う天音を見つめる明斗は泣きそうな顔になりつつも泣くのを堪えていた。自分でも分かっている。だが、怖いのだ。自分の中の何かが目覚めるのが。


「でも、俺の中の百零が、いつかお前を殺すかもしれない・・・俺が俺でなくなるのが怖いんだ。左右千がそうなったように・・・」

「あんた馬鹿でしょ?」


苦渋に満ちた顔をして自分の中の不安と恐怖を口にした明斗に辛辣な言葉を浴びせる天音を見やる明斗の表情は驚きだけだ。天音は流れる涙をそのままに掴んでいた胸ぐらを解放した。


「あんたの中の百零が、もし、万が一目覚めたとしても、私に勝てるわけないよ。木戸の技をナメないで!血が目覚めただけで使えるほど技はチンケじゃない!血を継いで、厳しい修行をして、泣いて、体を痛めて、それでも頑張ってようやく強くなれるの!なんの経験もないあんたの中の百零が目覚めても私に勝てるわけないよ!」

「でも・・・それでも・・・好きな人を傷つけるかもしれないって思うと、怖いんだ」

「その時は百倍にして傷つけ返してあげるよ」


涙を流す顔に笑みが浮かぶ。明斗もまた一筋の涙を流した。自分の中のどす黒いもの、恐怖といった負の感情を全て出してもそれを受け入れて全部を否定してくれる天音が好きだ。この感情は自分のものだと信じたい。


「遺伝子が好意を抱かせた?バッカじゃないの?じゃぁ、私もそうなの?私があんたを好きなのも、遺伝子のせい?ふざけないで!これは私の気持ちだ!殺意や嫌悪感を抱いた?私もだよ!人が苦労してようやく自己ベストを出した横であんたは涼しい顔で自己ベストを更新する。ムカつくわよ!クールな振りしやがってって腹も立つわよ!でもね、話すようになって、あんたを知って変わった。優しいとこ見つけた。意外にシャイなとこ見つけた。気遣いができるとこ見つけた。笑顔が可愛いとこ見つけた。星が好きなとこ見つけた。いろんなあんたを見つけて、好きになった・・・今日だって、あんたに会えると思って、おしゃれまでした!初めてのデートは人生の初デートだった!柄にもなく緊張したし、何故かおしゃれもした!小さい頃からずっと好きな人がいたのに、その人よりも好きになってた!ああそうよ!あんたが好きよ!あんたが望むなら、それが遺伝子の遺志だろうがなんだろうが喜んで子供も産んであげる!だって、あんたが好きなんだもん!」


泣きながらそう早口でまくしたてるような告白などあるのだろうか。天音は最後の告白と同時に右の拳を明斗の胸に叩きつける。感じる痛みは少ないものの、心に与える痛みはかなりの大きさを持っている。明斗も涙を流しながら、そっとその拳を包み込むようにして右手を添えた。


「俺も、お前が好きだ・・・でも、いつかは・・・・」

「その時は、私が止める・・・私がダメなら天都が止める。だって、天都は左右千を倒したんだから」

「俺は人間じゃないんだぞ?」

「あんたはあんたじゃん?」

「いつかお前を裏切るかもしれないぞ?」

「それはお互い様だよ・・・私が浮気して裏切るかもしれないしね?」

「それは、なんか違う気がするけど・・・・」


ここでようやくいつも明斗らしい顔になった。天音は微笑み、ぎゅっと明斗に抱き着いて見せる。どうしてこんなに好きになったのかはわからない。だけど、それでいいと思う。


「私だって瀬尾さんみたいに、好きな人の全部は抱擁できると思う」

「あの天都を抱擁できる彼女こそ、化け物なのかもしれないな」


そう言いながら明斗も天音を抱きしめる。温もりが心地いいと2人が同時に思った。


「俺も見てた・・・あの天都を見て恐怖した・・・いつか自分もあいつに倒されるのかなって」

「その前に私が倒すけどね」

「それなら満足だ」

「私を満足させないと、すぐに捨てるけどね」

「努力するよ」

「うん、努力して」

「好きだ」

「うん、私も、好き」


抱きしめあう2人を奥から見つめる燐が微笑む。目に浮かぶ涙をこぼさないように気を付けながら、そっと見えない位置に移動する。遺伝子が全てを決めるなどありえない。2人はちゃんと自分自身の気持ちで惹かれあい、恋人同士になったのだから。燐は天音に感謝をした。天音でなければ明斗の心を解放することなどできなかっただろう。これもまた木戸の血の宿縁かと微笑む。人を好きになるのに理由などない、そう言ったかつての恋人の言葉を思い出す燐は彼女への想いを呼び覚ましながら流れてくる涙を指で拭うのだった。



ぐつぐつと煮える鍋をじっと見つめるウラヌスは上下をジャージで包んでいた。部屋着といえばジャージだと誰かに吹き込まれたせいだが、笹山はそんなウラヌスを見て困惑しつつもすき焼きの出来具合を確認していた。程よい甘さがちょうどいい。香りもいい感じであり、ウラヌスは食欲を掻き立てられるその香りにそわそわし始める。めっきり人間ぽくなったウラヌスだが、そんな時期の彼女を知らない笹山はただ可愛いと思うのみだ。


「出来たぞ」


そう言い、今度はワインを開けてグラスに注いだ。小さなタンスとベッドぐらいしかないこの部屋は3LDKながら間取りが広い。テレビもないため、今いるリビングはテーブルとソファ以外には本当になにも置かれていない状態だった。


「買い物、した方がいいぞ。テレビやら、なんやら」

「何が必要かわからない」


ワイングラスを目の前に置かれたウラヌスがそう言い、笹山が何かを考え込むようにしてみせる。


「俺はもうしばらく休みが取れないしなぁ」


誰かに代理を頼もうにも今は関係者はみんな忙しい。今日は部下が強引に休みをくれたためにここに来たのだ。ただ単純にウラヌスのことが気になっただけで、その住居の確認も兼ねての行動だった。さすがに風呂場と脱衣所にあった監視カメラは撤去させた。監視は必要だが、彼女にも人権が存在する。たとえクローンであっても、それが笹山の主張だった。


「次の休みはいつだ?」


肉を盛り、野菜を取っていく笹山にそう質問を投げたウラヌスに感情らしいものはない。笹山は器をウラヌスに渡すと自分の器に肉を入れていった。


「・・・・来月になるな。来月の今頃か・・・それとも・・・・」

「休みが決まったら連絡を欲しい」


勿論、連絡先は知っている。笹山はウラヌスの管理責任者なのだから。少し驚く笹山はその後、小さく苦笑した。器を置いてグラスを持つとウラヌスにもそうするように促した。


「アルコールは大丈夫かな?」

「問題ない」


素っ気なくそう言うウラヌスに微笑み、乾杯をした。グラスはぶつけないのがワインでの乾杯のルールだ。そうして2人はグラスに口をつける。程よい酸味が旨味を与えてきた。


「でも来月までテレビがないとか、大丈夫か?」

「冷蔵庫と電子レンジがある。食べていければそれでいい」

「パソコンとかもいるのかな?やっぱ部下に頼んで・・・」

「お前がいい」


笹山の言葉を遮ってそう言ったウラヌスがワインを飲んでいる。笹山は苦笑し、それから肉を頬張った。


「そういうこと言うと、男は勘違いするんだぞ?」

「何を?」

「自分に気があるのかなって?そういえば、気になる人はいないのかい?」

「気になる、とは?」

「興味がある、好意を持っている、ってな感じか」


そう言いながら笹山は箸で肉を食べるように促した。ウラヌスは器用に肉を箸で挟むと生卵にまみれたそれを口に入れて噛み締める。今まで味わったことのないその味に目を見開くのを見た笹山が嬉しそうに微笑んだ。


「美味いだろ?」

「ああ。興味が湧いた。気になった」

「肉に?」

「お前にだ」

「そりゃ光栄だなぁ」

「下心ありか?」

「・・・・会話の流れって意味、知ってるか?」

「知らない」


無表情でそう言うと肉を食べる。そんなウラヌスを見て苦笑し、そのまま噛み合わない会話をしながら楽しい夕食は進んでいった。お互いに悪くないという感情を抱きつつ。



「私、彼氏出来たから」


夕食時のその天音の発言に、周人は箸で掴んでいた鯛の刺身をポロリと落とした。由衣もまた驚いた顔をし、天都は小さく微笑むだけだ。


「かれしって何?」

「好きな人、だよ」

「みーくんはゆうかちゃんが好き!」

「そっかぁ」


にこやかにそう言う天音を見たまま固まっている周人と違い、落ちた鯛を皿に戻した由衣が興味深げな表情を浮かべて天音を見やった。周人はぎこちない動きでビールの入ったコップを持つが、その手が震えていることに由衣は気付いていた。


「へぇ、どんな子?」

「木戸百零のクローンだよ」


その瞬間、勢いよく目の前に座る天都にビールを吹きだし、由衣が無言でティッシュの箱を周人に渡しながらもう片方の手で天海用のタオルを天都に手渡す。天都は冷静に顔をタオルで拭きつつ馬鹿正直にそう言った天音に向かってため息をついた。


「でも、普通の人間だよ?」

「へぇ・・・なんか運命的ね」

「う、運命って・・・・お前・・・・それでいいの?」


動揺しまくる周人が自らが吹き散らかしたビールを拭いている。天海も何故か手伝う中、周人は大きなため息をついた。笹山から第三のクローンの存在は聞かされていた。その資料も見ている。ただ完全な人間とだけしか記されていなかったが、果たして信用できるのだろうか。元はあの百零なのだ。


「名前は下村明斗っていうの」

「ああ、あのインターハイで一緒だった・・・イケメンだよね」

「・・・イケメンかどうかなんてどうでもいい!天音、本気なんだな?本気で好きなんだな?」

「うん、マジ本気」


ご飯を食べながらそう言う天音にため息しか出ない。複雑すぎて泣きそうになりつつ、周人は残り少なくなったビールを一気に煽るように飲んだ。


「よりにもよってかぁ・・・・まぁ、しゃーないかぁ・・・・天音に彼氏かぁ・・・・」


ここまで激しく落ち込む周人を見るのは初めてなせいか、静観している天都はともかく由衣の中に悪戯心が芽生え始める。


「でもさ、木戸のクローンなわけでしょ、なんか運命よねぇ」

「まぁ、クローンとかどうでもいいんだよ」

「愛ね、愛なのね?」

「まぁ、うん」


不機嫌そうにチビチビとビールを飲む周人は何も言わず、天都も無言のまま食事を進めていった。


「そっかぁ、まぁ、でも、ちゃんとしたお付き合いしなさいよ?」

「わかってるって」


微笑む天音を見つめる周人は絶望に彩られた顔をしていた。娘に彼氏ができただけでもショックなのに、しかも相手はあの木戸百零のクローンなのだから。


「明斗、明日から学校来るって?」

「うん」

「そっか」


そう言って微笑む天都をじとっと見た天音はお茶を飲んで一息つく。周人は横に座っている天海に死んだ目をしながらお茶を入れてあげていた。


「あんたは瀬尾さんとどうなってるわけ?」


そう言われた天都がため息をつき、由衣の目がさらに輝きを増した。周人は相変わらず死んだような目をしながら黙々とご飯を食べている。


「どうって、どうも」

「進展なし?」

「ないよ」

「へぇ」

「・・・・・・なんか偉そうだな」

「まぁ、ね」


にこやかに微笑む天音に深いため息をついた天都がさっさと食事を終えた。その後も由衣と天音は明斗の話題で盛り上がり、その度に周人の顔から死相が濃くなっていくのだった。

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