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晴れ!  作者: 夏みかん
第8章
41/52

オリジナルスマイル 5

精神的なダメージが残る七星や紅葉たちとは違い、三葉は残り2日となった夏休みの終盤でも店に立っていた。メロディや里奈はまだ入院しているようで、今日の夕方に退院予定だった。学校でも緊急の集会が開かれており、何者かがメールのアカウントを乗っ取った上でランダムにメールを送って学校におびきだし、無差別殺人をしようとしたと噂もあって、今回の事件の詳しい説明をしていた。全ては警察の指示であり、警察もまた集会に出て事情を説明している。ただ、アカウントの乗っ取りを知った教頭の要請ですぐに警察が動き、無差別殺人ではなく変態の仕業で、それも寸前で事なきを得たという風に説明されているが、それは勿論ねつ造である。被害者たちにもそういう指示をしており、同時に警官に成りすました変異種の能力を使った刷り込みも行われていた。そうすることで事件そのものを隠蔽し、精神的なショックを和らげるという処置のためだ。笹山の指示によって木戸兄妹、三葉、そして進だけはその処置を取らせていない。精神的にダメージを受けていない者にその処置は危険であり、口外無用を言い渡すことで誓約書を書かせて終わっているのだ。三葉は緊急集会にも出席しなかった京子と共に店にいながらもぼんやりと昨日のことを思い出していた。恐怖は確かにあった。しかしそれは天都にではなく、左右千にだ。天都が殺されるかもしれない恐怖の方が天都に対する恐怖よりも勝っていた。確かにあの時の天都は怖かった。だが同時にホッとしている自分もいた。以前に助けてくれた天都がそこにいたからだ。自分に怪我をさせてしまった、ただそれだけのために自分の全てを曝け出してくれた天都が好きだと言いたい。だが、告白はできない。何故ならば、そんな風に考えていた時だった。1人の客が店に入って来た。


「いらっしゃいませ」


店の制服に身を包んだ三葉がそう言うと、その女性客がにこやかに微笑みながらカウンター越しに自分の前に立つ。その客はかなりの美人であった。


「おすすめのケーキ、ありますか?5つ欲しいのですけど」

「はい」


三葉はそう返事をすると5つのケーキを選んでいく。それを興味深げに聞きながら女性はそれを注文した。ケーキを取る三葉を見つめる女性は優しい目をしているのが印象的だった。30代か40代と思える女性だが、かなりの美人だ。それに、誰かに似ている気がする。丁寧に箱に詰め、バランスを確認した三葉が女性客に向き直った。


「お持ち帰りのお時間はどれくらいですか?」

「30分もかからないですね」

「わかりました」


保冷剤を入れる三葉を見つめるその視線は相変わらず優しい。そんな風に思いながら箱を袋に詰め、お金を受け取っておつりを渡してから箱を持ってカウンターの外に出た。


「お待たせしました」

「いいえ、ありがとう。え、と、お母さんはいらっしゃいます?」


突然そう言われて困った顔をした時、タイミングよく京子が顔を出した。


「いらっしゃいませ」

「瀬尾さんのお母さんですか?」

「はい・・・・キッド、あ、いえ、木戸君のお母さん、ですよね?」


そう言い、2人が微笑んだ。三葉はただ驚いた顔をしているのみだ。お互いに初対面なのに何故それがわかったのかと思う。だが2人の母親はにこやかにしつつ同時に頭を下げた。


「天都と天音がいつもお世話になっています」

「こちらこそ・・・それにいつもケーキをお買い上げいただき、ありがとうございます」

「美味しいケーキです。気に入っちゃって」


砕けた言い方になって微笑む由衣はかなり若く見える。京子も美人だが、由衣はそんな京子から見ても美人だと思えた。若々しく、それでいて芯の強さを持っている、それがわかる容姿だ。


「今回は木戸君に救われて、ありがたく思っています」

「でも怪我をさせてしまいました。今日はそのお詫びに来ました」

「木戸君にも謝られたし、もう、それはこの子が納得してます。それに、傷物にされたので嫁にもらってもらうことで同意ももらってますから」

「お、お母さんっ!」


京子の言葉にあわててそう怒鳴るが、由衣はそんな三葉を見て笑みを濃くしていた。頬の腫れはまだ残っている。そんな三葉の頬にそっと触れた。


「いつでもお嫁に来てね。待ってるから・・・あなた以外の人が天都の全てを受け入れられるとは思えないし、それに傷物にした償いはさせます」


もう本気なのか冗談なのかわからない三葉は赤面して俯くだけだ。その後は勝手に盛り上がる親同士を見つつ、ため息ばかりが出てしまう。


「長居しちゃってごめんなさいね・・・今度、お二人とご飯でもと思ってます。勿論、私と娘と、4人の女子会ですけど。それをお詫びにしたくて、構いませんか?」

「お、いいですねぇ!是非!」


2人はそのままアドレスを交換する。頭痛がするのは昨日のダメージのせいではないと思う三葉が途方に暮れる中、由衣は三葉に顔を向けた。


「天都をよろしくお願いします。あの子を支えてあげてください。昨日のことで誰よりもショックを受けているのは、多分、あの子たちだから・・・」


天都だけではなく天音もそうだ。だが、天音は心が強い。自分で動いてなんとか出来るだろう。しかし天都は違う。仲間や友達を全て失う覚悟で戦ったのだ。おそらく、学校でも孤立するだろう。そして何もせず、その現実を受け入れるしかない心の弱さを持っている。自分の事に対しては弱いのが天都なのだ。だから、ただ1人の例外である三葉に直接お願いに来たのだ。天音から全てを聞き、だからこその行動だった。なによりここのケーキが食べたかったのもある。


「はい」


三葉は優しく微笑み、力強く返事をした。だから由衣も微笑み、京子もまた笑みを消さなかった。その後、由衣はすぐに帰り、店には三葉と京子だけになる。今日は暑いせいか客足が悪い。


「よかったな、婚約おめでとう」

「やめて」

「嬉しいくせにって言いたいが、しっかり自分で決めて、そして前に進みな」


全てをお見通しという風な言葉を残して奥に消える京子を見つつ、三葉はレジの脇にある丸椅子に腰かけた。自分の気持ちは決まっている。だからこそ、ちゃんとしなくてはという思いに駆られていた。



薄暗い部屋は広さだけが十分にあった。桑田とゴッドワルドが個別に小さな部屋に監禁される形で一夜を明かしたのはしつこいほどの事情聴取をされた後のことだ。桑田はもう何百回目かわからない舌打ちをし、イライラしながら椅子に座っている状態だ。両脇に屈強なスーツの男が立ち、変な動きをしないようにしているのがまたうっとおしい。対面に座るゴッドワルドの脇にも同じような体格の男2人が立っているが、どう見てもゴッドワルドの方が逞しい体つきをしている。だからか、桑田と違ってゴッドワルドはどこかくつろいだような格好をして座っていた。


「お待たせしました」


そう言いながら部屋に入って来たのは笹山と部下の3人、そして、意外なことに木戸周人である。桑田は殺意めいた視線を周人に向けるが、当人は涼しい顔で椅子に腰かける。笹山が桑田とゴッドワルドを左右に見るように座り、手にした資料をめくってから2人を見やった。


「お二人の罪状は明白ですね・・・『ゴッド』こと木戸左右千の脳に細工をし、自分たちが神になろうとした。生き残っていた部下たち、ウラヌスさんの協力でそれらが判明したました。浅はかですねぇ」


笹山の言葉に憤慨した目を向ける桑田だが、何も言うことはない。言えば不利になることを知っていたからだ。


「木戸百零の中にあった生きる気力、薬物で自我を奪われながらも持ち続けたそれを知り、薬と催眠療法でそれを左右千に刷り込んだ・・・時限爆弾のようにしてそれを意のままに爆発させる、はずだった」


百零の自意識や自我は薬物で完全に消失させ、ただ技を教えるだけの人形にしたはずだった。なのに時折呟くのだ。『宗家を滅ぼし、木戸の血を1つに』と。それは左右千にも呟かれ、左右千もまた暗示のようにそう思うようになっていった。いや、木戸無双流の血のせいか。だから桑田はそれを利用したのだ。その悲願を達成した時、左右千の自我も奪う。全てを達成できたことで心の隙を失くし、『キング』のように喜怒哀楽の喜びの感情だけを残そうとしたのだ。そのために用意周到に準備してきたが、時限爆弾は勝手に起爆した。何故かはわからない。


「木戸左右千は木戸天都との交戦の結果、かなりの重傷で拘束済み。木戸天空に至っては細胞の崩壊が認められ、拘束していますが・・・崩壊は止まらず、維持する装置も既に破壊されており、復旧もかなわない今、あと数日の命です・・・体の中の『気』の流れを失ったと、本人が自虐的にそう言っていますが、どういう意味なのか・・・」


その言葉にも何の反応を示さない。だから笹山は淡々と職務をこなすことにした。


「2人の廃棄が検討されていますが、クローンだからといってそれもどうかと。現在、論議が続いています」

「左右千が、『ゴッド』が勝手にしたことだ・・・時限爆弾?あるはずもない」

「そう、ないですね。でもデータ上には存在する。眉唾的な話ですけど、データがある以上は検証します」

「なら、何故ヤツは暴走したのかね?」


こちらはゴッドワルドの言葉だ。笹山は椅子から立ち上がり、それから天井を見上げるようにしてみせた。


「幽霊を信じますか?」


突然の言葉に桑田もゴッドワルドも、そして周人も表情を曇らせた。


「私は信じていませんでした・・・ある事件に関わるまではね。でも、今は信じています」


その言葉に桑田が大笑いをした。この科学の時代に幽霊などとは馬鹿らしい。ゴッドワルドも苦笑するが、周人は難しそうな顔をする。幽霊はいる、そう思う。時々『彼女』を感じることがある。きっと『彼女』は今でも傍にいて、自分たち家族を見守ってくれていると思えていた。そんな周人を見ずに笹山は真面目な顔を2人に向けた。


「その事件を機に知り合ったある宮司がいます。霊能者という次元では測れない能力を持った、いわば変人ですな・・・その彼がこう言いました・・・・『1つの体に2つの魂が混ざり合っている』、とね」


それを聞いた桑田から笑いが止まる。そんな桑田を見て笑みを浮かべた笹山が続きを口にした。


「事件のことなど話していないのに、彼が昨日ふらっと現れて、言われるがままに左右千に面会させたところ、そう言いました。1つは元々体にあった魂、もう1つは外部にあった怨霊というか執念のようなものだそうです。その怨霊が、似た魂を持つそこに引き寄せられて1つに混ざった・・・・」

「馬鹿な話だよ」


笹山の言葉が言い終わる前に桑田がそう吐き捨てる。だが笹山はは構わず続きを口にした。


「木戸左右千の魂は、怨霊と化した木戸百零に浸食された」

「くだらない・・・」

「そして彼は、左右千であり、百零になった」

「それが時限爆弾の真相だと?」


桑田の言葉に笑みを消した笹山が頷いた。今度は桑田が笑みを浮かべる。


「馬鹿だろ?信じるのか、それを?」

「木戸左右千は木戸百零の全てを知っていた。生い立ちや、戦歴、そして身内のことまで全て」

「データを閲覧すれば可能だ」


百零の全ての記憶は電子化されている。体験談も、家族のことも、そして、思い出も。


「だが、データにないことまで話しましたよ・・・自分をスカウトしに来た政府関係者の名前や役職、そして、『プロジェクト・ゼロ』の全ても・・・・20年も前に完全に破棄されたそれを克明に話しました。スカウトしたあなたの言葉も全部覚えていましたよ、桑田さん」


背筋が凍るとはこのことだろうか。『プロジェクト・ゼロ』に関する全ては闇に葬られた。『ゼロ』が反逆によって拘束され、組織が解体された時に。その全てが表に出ないようにしたのだ。


「出鱈目を言っているだけだ。実証すべきデータも何もないのだから」

「かつてそのデータを検閲し、破棄したのは私だ。当時のことは鮮明に覚えている。あなたがかつて『キング』配下の七武装セブンアームズ、その男の片腕だった過去も・・・彼はそれすら話しましたよ、あなたから直接聞いたとね」

「馬鹿な・・・」


ありえない。その昔、つい酔いに任せて百零に自分の過去の話をしたが、そんなデータは元々存在しないのだから。かつての桑田は、七武装セブンアームズだったかつて尊敬した男が『魔獣』に倒されたと聞いてすぐに逃げたのだ。政府や警察からも逃げ、そして平穏な暮らしを続けて大学に入り、今に至っている。自分にとって彼は尊敬できる人間であり、憧れであった。そして『キング』は英雄だったのだ。だから、自分はそれに固執した。やがて『キング』を操った猪狩惣一郎のようになりたいという野心を抱いたものの、その憧れは変わっていない。


「あなたはただ復讐したかった。百零の悲願を自分の悲願に置き換えて、大事な兄貴分を叩きのめして全てを壊した男に対する復讐・・・・ここにいる木戸周人さんに対する復讐だ」


桑田はうなだれたまま動かなかった。そうだ、復讐をしたかった。実の兄だというほどに慕った彼を倒した周人を憎み、百零の恨みにそれを重ねた。木戸宗家の血を根絶やしにする、それは桑田の悲願でもあった。だが百零も左右千も敗れ去った。彼も、『キング』も、百零も、左右千も、みな『魔獣』の前に敗北を喫したのだ。


「リベンジってわけか」


周人が静かにそう言い、顔を上げて睨む桑田を睨み返す。その時、ゴッドワルドが立ち上がった。両脇にいた者たちが無理矢理に座らせようとするが、軽々と投げ飛ばされて痛みで動けなくなる。瞬時に桑田の両脇にいた男たちが銃を抜くが、それを笹山が制する。周人が靴を脱ぐのを見たからだ。クールビズのおかげでネクタイなど余計なものは身に着けていない。ポケットの中の携帯と財布、そして時計を外すと首を鳴らすゴッドワルドの前に立った。


「こちらもリベンジだ」


英語でそう言い、ゴッドワルドが構えを取った。周人はただ立っているのみ。


「何の?」


英語で聞き返す周人に、ゴッドワルドがニヤリと笑う。


「俺にも師がいた。尊敬できる男だった。だが、その男は二度も貴様に敗れた・・・その復讐だ」

「ゾルディアック・アーロン、か」


周人から出たその名に驚くが、ゴッドワルドは笑みを消すことをしない。周人が彼の名を覚えていたことが驚きだったが、周人にすれば忘れようにも忘れられない敵でもある。強敵だったのだから。


「彼は英雄だった。強く、たくましく、非情で冷酷・・・軍人の鑑だった。その彼は負けた」

「ああ、俺が倒した」

「そのリベンジだ」

「逆恨み、だろ?」


その言葉を合図に低い体勢でゴッドワルドがタックルに行く。周人は最低限の動きでそれを躱してゴッドワルドの顔面を蹴った。だが、その衝撃というか硬さが異常だ。まるで鉄板を蹴ったような衝撃を感じ、周人はさらに迫るゴッドワルドの顔を下から蹴りあげる。顎を蹴られながらも周人の両脚を取って倒し、そのまま馬乗りになった。足をロックして外せないようにしつつ、拳を上から振り下ろした。だが周人はそれを受け止める。下からの態勢だというのに何という身体能力か。


「あんたの骨、異常に硬いな」

「さすがだな・・・俺の骨格はチタン合金に変えている・・・筋肉も人工筋肉で強度も3倍。内臓も機械化しているし、特殊な筋肉はダメージを吸収する。脳髄も同じだ。硬い頭蓋は脳震盪を抑える」

「人間をやめたのか?」

「いや、人間を超えたのさ・・・・お前を、師を超えるために」

「可哀想に」


そう言った周人に拳を振り下ろすが、周人はその腕を取って自分に引き寄せながら空いた手でゴッドワルドの太ももを持ち上げるようにしつつ上体を反らせた。反動で一回転しつつ馬乗りから逃れた周人が立ち上がり、ゴッドワルドもまた舌打ちしながら立つ。マウントをこうも簡単に返されるとは思っていなかったゴッドワルドは周人に対して持っていた体力も落ちたかつての達人という認識を打ち消した。


「俺のマウントを完全に外すとは」

「歳食って、こういうのが出来るようになった」

「ああ、歳だな・・・だが、俺は違う。年齢は66だが、中身は20代だ」

「作り物の、な」


今度は周人が駆けた。回し蹴りを腹部に見舞うが硬い筋肉に弾かれる。顔を殴っても拳が砕けそうに硬く、反撃の一撃を喰らわぬようにするのがやっとだった。それでも攻撃は止まない。相手の攻撃を喰らえば骨折だけでは済まないと理解しつつも攻め続けた。それもほぼ顔面と頭部に集中させて。だが拳は腫れ、足の甲も血が滲む。硬い骨が確実にダメージになって返って来ていた。


「攻撃せずともダメージを与えられる・・・それが俺の特権だ」

「そうかい」


周人はゴッドワルドの頭部に攻撃を集中する。だが、硬い骨格と特殊な髄液のせいか脳震盪すら起こさない。時折反撃するゴッドワルドは周人の動きが止まるのを待っていた。どんな打撃も脳には微細なダメージにしかならないのだ。しかも脳内から痛みを緩和するアドレナリンが機械を通じて大量に分泌されている。負ける要素はゼロだ。それでも頭部を攻め続ける周人の拳から血が舞う。そんな中で周人が笑った。悪鬼のような笑みはまさに『魔獣』のそれだ。徐々に濃くなる闘気は鬼気に変化し、笹山たちに鳥肌を立てるほどの密度を持ち始めた時だった。


「もういいよ」


ゴッドワルドがそう呟いて下から拳を振るった。風をまとったその一撃は、周人の顎先をかすめるだけに終わる。のけ反ってそれを躱した周人は第二撃となった左フックを掴むと踏み出されていた相手の太ももを踏んでゴッドワルドの目線にまで下半身を舞わせていた。


「無駄だ」


呟くゴッドワルドが見たものはさらなる笑みを浮かべた周人の顔だった。背筋が凍る笑み、そう思うゴッドワルドが拳を見舞おうとする。その瞬間、周人の右膝がゴッドワルドの左のこめかみに叩きつけられる。その一撃とほとんど同時か、一瞬の差で左の膝が右のこめかみを蹴りつけて膝で頭を挟み込んだ。衝撃は凄まじいが脳にダメージはない。普通なら頭蓋骨を割られている一撃は強烈な脳震盪を与えるのだろう。だが、ゴッドワルドはそうではない。だから笑う、はずだった。その脳天に右肘を叩きつけられ、また一瞬の差で左拳が顎を突き上げる。上下左右を挟み込まれた頭部にダメージはない、はずだった。着地した周人に反撃しようとしたはずなのに、腕が動かない。目の前が揺れている、そう感じた瞬間だった。顎先に下から凄まじい衝撃を2度受けて、ゴッドワルドは背中から倒れこむ。白目を剥いたその顔を見ず、周人は逆立ちした体勢から元に戻ると少し肩で息をしていた。笹山も桑田も、その他の人間もただ呆然とするのみだ。両膝と両腕で頭を挟み込み、着地と同時に顎にアッパーを喰らわせながらその勢いをそのままに体を一回転させ、さらに強烈な両足の蹴りを再度顎先に見舞ったのだ。いかに強度と緩和能力を持つゴッドワルドも、その際に揺れた脳にはどうしようもない。これほどまでのダメージを与える攻撃など、想定になかったのだから。勿論、ずっと攻撃を受け続けてきた頭部のせいで微細ながら脳にダメージが蓄積されていたのだが、大量のアドレナリンのせいでそれに気づくこともなかったのだ。結局、大技によるダメージに脳が耐えられなかった結果でもあった。


「木戸無明流奥義、『点結波てんけつは』」


静かにそう言い、周人は微笑んだ。それはもう『魔獣』の笑みではない。それでも戦慄するのは何故だろう。


「凄いですね・・・あのゴッドワルドの体はサイボーグというべきものなのに」

「あれでも倒れなければ、再度顔面に『天龍昇』でも使ってました」

「脱帽です」


伝説の強さをまざまざと見せつけられた笹山は部下に指示し、気を失ったゴッドワルドを逮捕拘束させた。元々容疑は固まっているし、政府から逮捕拘束監禁の指示も受けている。桑田もまた男たちに脇を抱えられて立ち上がり、それでもまだ周人を睨んでいた。その視線に気づいた周人の目が鋭い光を発した。


「あんたのリベンジで俺の家族が危険にさらされた時、その時はこの俺が貴様にアベンジする」

「私怨だろうが・・・リベンジをリベンジを返すだけだ」

「いや・・・お前の個人的な私怨で、何もしていない俺の家族が危険になるなら、それか公的な恨みだ」

「ほざけよ」

「今の俺には笹山さんを含めた警察関係者、政府関係者にも協力を要請できる・・・地位も役に立つもんだ」

「所詮はサラリーマンだろ?」

「カムイの次期副社長の肩書は、意外に役に立つ」

「副社長・・・?」


呟く桑田はそのまま連行されていく。そんな桑田をを見つつ、笹山は両手両足から血を流す周人を気遣うものの、周人は笑って返すのみだった。


「息子なら、もっと上手く立ち回ったんでしょうけど・・・・俺も歳なもんで」

「確かに息子さんはあの左右千を倒した、ほとんど無傷で・・・『魔獣』の後継者ここにあり、ですな」

「もう、それすら超えてます。天都は、天都ならあの『キング』とだって五分に戦える、はず」

「あなたもそうだったんでしょう?」


当時の詳細は笹山も知らない。もう記録も残っていないからだ。ただ、かつての上司であった秋田巌からはいろいろ聞かされていることもあって、それなりに詳しい状態にはある。


「満身創痍で、ただヤツに一撃を与えたくて放った技で勝利できただけのこと。終始圧倒されてましたよ。けど、天都は違う。あいつは負けて負けて、そしてただ勝利のために独自に自分を磨いてきた」

「だから、勝つ、と?」

「勝てるかどうかは疑問ですけどね、でも、互角の強さは持っています。あいつは、あいつには底がないから。枠すらもない・・・天音から決め技を聞いて鳥肌が立ったほどです」


そう言う周人を見て、笹山は感心した。自分の息子を冷静に判断するその性格に、そして先ほど見せた強さに。全てを改造したゴッドワルドに勝利したこの男は今やただの中年サラリーマンなのだから。


「もう少し忙しくなってしまいますが、よろしいですかね?」

「今の社長も、次期社長もその辺は理解してくれます」

「いい周囲に囲まれているようですねぇ・・・私と違って」

「秋田さんが聞いたら怒りますよ?」

「確かに」


そう言い、2人は笑い合った。そのあとは周人の怪我の手当てをし、笹山は警視庁に戻った。20年ぶりに関わる木戸の血筋の起こした事件にどこか懐かしさすら感じながら。



その事件は簡単にニュースで報じられただけで終わり、保護者向けの説明会でも無差別殺人ではなく、変態の仕業だということで落ち着いた。土壇場で警察の意向が働いての説明に学校側も困惑したものの、怪我人らしい怪我人もいないことでそれを受け入れたのだ。結局、学校側が管理しているアドレスは全部消去となり、警察が立ち会いの上でそれを実行して終わっている。七星や時雄の精神も安定し、催眠療法と変異能力により記憶の若干の改ざんも行うことになった割には事件はすんなりと闇に葬られた。天都は三葉と遊びに行く約束を新学期に入ってからの週末に予定を変更していた。あれからまた事情聴取や口止めもあって夏休みの最後の2日はあっけなく終了していたせいだ。天音もまた部活にすら出れず、情報の規制もあって野乃花たちとのメール等も制限されている状態にストレスをため込んでいた。勿論、それだけが原因ではない。いくらメールをしようと電話をしようとも応答のない明斗の事がその大きな要因になっている。彼がクローンだったという事実が重くのしかかるものの、彼は彼だという認識は変わっていなかった。ただ、明斗のショックを考えれば心が痛む。ため息すら出ず、明日の新学期を前に眠れぬ夜を過ごしていた。対する天都は三葉とラインを続けていた。他愛のないやり取りだが、今の天都にはそれが嬉しい。多分、彼女だけが何も変わらずに自分に接してくるのだろう。ただ気になるのが七星からのラインだ。あの日の事をラインしても、事実と異なることが多かった。記憶の改ざんだと思う天都はそれを複雑に感じながらも自分の事も改ざんされているかもしれないという期待もそこにあった。そうなれば普通に学校生活を過ごすことができると思う。だが、もう天都の中に自分への恐れなどない。本当に大切なものに気付いたからだ。だからといってあんな風に戦うのはもう御免だと思っている。あれはあれで、嫌なものだから。そんなことを考えているとドアがノックされる。返事をすれば、顔を出したのは由衣だった。そのまま言われるままに天音共々リビングに降りる。説教でも始まるのかと思う2人がそこに行けば、眠っている天海を抱いた周人がビールを飲んでいる状態でそこにいた。2人は促されるまま周人の前に座り、由衣が周人の横に座る。


「今回の事件のこと・・・いろいろ思うところがあるだろう・・・でも、だからこそすっきりさせたい」


缶ビールをテーブルに置いてそう言う周人の横で由衣も頷いていた。改まる両親に緊張が走るせいか、天都と天音が双子らしく同時に大きく唾を飲みこんだ。


「天都には木戸無明流の名を継いでもらう。次につなげるかどうかは勝手に決めればいい。将来結婚となった際に、奥さんになるべき人と話し合って決めれば事後報告でもいいから連絡をくれ」

「三葉ちゃんなら多分継がせると思うけどね」


由衣の言葉に面食らうが、つい先日、由衣が店に来たことは三葉から聞いている。苦い顔をしつつ、それでも天都は頷いた。


「で、天音・・・お前も名を継げばいいと思っている。勿論、無明流は天都が継ぐ。だから、お前はお前で好きに名乗ればいい。結婚して木戸の名前が消えても流派と思想は残る。それこそ、天音の代だけでもいいぞ」


その提案に目を点にした天音を見て、周人と由衣が微笑んだ。まさに寝耳に水だ。あの戦いぶりを見て流派の名前は天都が継ぐべきだと思っていた。自分には名乗る資格すらないと思っていた。負けたからではない、その資格がないと思えたからだ。誰かのために強くなる、その思想を忘れていた自分を認識したからだった。


「でも、私は弱いけど」

「強い弱いじゃない。お前はお前で俺たちの教え通りに行動した。だから、名をやる」


真剣な目をする周人に困りつつ、だが天音はしっかりとその目を見つめた。


「だったら、私は木戸無双流を名乗りたい。私から始まる今までとは違う無双流を」

「無双流、か」


そう言い、由衣を見た周人に何かを感じた天音が首を傾げる。天都からしてもそれは少し無理があると思えた。木戸無双流はその悪名が轟きすぎているからだ。だが天音は、もし名をもらえるならそれしかないと思っていた。理由はただ1つだけ、だけどその理由は今はまだ言えない。


「・・・母さんの言ったとおり、だな」


そう言う周人が苦笑した。由衣は周人から天音に名をやろうと思うと告げられた時からなんとなくこうなることを予見していたのだ。だから周人も由衣も笑ったのだった。


「無双流を名乗りたいなら、最後のその血筋に了承を得なさい」


そう言って立ち上がった周人は天海を抱いたままで苦労しつつ引き出しを漁ると何やら用紙を取り出した。そしてさっきの位置に座るとその用紙を天音に差し出した。


「木戸無双流最後の人間、木戸京也君が長野にいる」


その言葉を聞いた天都がピクリと反応した。そして軽井沢でお世話になったあのおばさんの言葉を思い出した。あれは彼のことだったのかもしれない。


「いつかお前がその名を名乗りたいと思った時に尋ねなさい。そして了承を得る事。それが条件だ」


天音は紙を受け取りつつ頷く。少なくとも、今はまだ名乗れない。事件はまだ終わっていないのだから。何より、明斗とまだちゃんと話が出来ていない。


「わかった」

「天都は今日から名乗っていいぞ」

「うん。でも、名乗る機会なんてないけど」

「そうだな。翔君や十夜君と戦う時、ぐらいか?」

「そうだね・・・今度はちゃんと戦いたい。木戸の継承者として、本気で」


その決意に満ちた目を見て頷き、周人は微笑んだ。天都はもう立派に意志を受け継いでいる。父から子へ、またその子へ、しっかりと。だから、どこか寂しく感じながらも肩の荷が下りた気がしていた。


「ところで、その怪我、どうしたの?」


一昨日、帰宅した周人は両手に包帯を巻いていた。どうやら足にも同様の処置がされているらしい。毎晩遅い周人だが、遅くまで起きていた天音はその包帯に気が付いていたのだ。


「まぁ、なんだ・・・過去の遺産の消化、かな」


その言葉にピンとくる。左右千の関係者と戦ったのだと。それにこの調子からして勝ったのは一目瞭然だ。


「歳も気にせず派手にしたみたい。まったく、いい歳なんだから、気を付けて欲しい」


呆れたように由衣にそう言われ、周人は肩をすくめて苦笑を漏らした。そんな父親を凄いと思う。


「だからこそ、名を継がせたんだ。俺はもう、役目を終えた」

「恥じないように頑張る」

「私も」


子供たちにそう言われ、周人は微笑を浮かべた。そして眠る天海を抱いたまま立ち上がる。


「みーくんはベッドに置いてきたらよかったのに」


そう言う天音にさっきとは違う笑みを浮かべ、周人は自分を見上げる由衣へと目をやった。


「みーくんも家族だもの。大事な話には参加させてあげなきゃ」

「そっか、そうだね」

「ゴメンね、みーくん?」


天都と天音も立ち上がって天海の頭を撫でた。すやすやと眠る天海は微動だに動かない。


「みーくんにも、いつかは名をあげるの?」


天都の素朴な質問に周人は首を横に振った。


「みーくんは母さんの意向で名はないよ。ただの木戸天海だ。でも、使う技は無明流だから、天都がふがいないと自動的にみーくんが名を奪う形になるかな?」

「意外と天都よりも強いかもね」

「かもな」


そう言いあう家族を見て、由衣は嬉しそうに微笑んだ。人を殺す技が木戸の技、だが扱う人の心でそれは変化してしまう。かつてそう言った周人の言葉を思い出す。2人の子供はまっすぐに木戸周人の精神を受け継いでいる。今回の事件で天都が怒りをみせたのは不甲斐ない自分に対してだ。相手に対する怒りはあれど、憎しみは持たずに戦った。だから相手を殺すことはなかったのだ。結果、殺してもいいとは思っていたが、天都が心の奥底でそれを否定した結果だと思う。天音にしてもそうだ。自分のためでなく他人のために技を使う。その精神は天海にもちゃんと受け継がれていくと思う。3人がまた家庭を持っても、またそこでその精神は受け継がれていくだろう。世の中の悪に対する存在として。



高層ビルの屋上の、そのまた上に浮かんで大都会の夜景を見つめている金髪の美女がいた。強い風が吹いているはずなのにその綺麗な髪すら動かず、空中に浮いている様はSF映画のようだった。眼下に広がる灯りの数は星の数といい勝負なのかもしれない。頭上の空に瞬く星は数えるほどしかなかったが、地上の星は今日も消えることを知らない。そして今は自分の中の星も瞬いている。なかったはずのその星が輝きだしたのはつい最近のことだった。自分も処罰されるか、あるいは処分されると思っていた。いや、むしろそれが当然だとも思っていた。だが、人間になれないことが残念で、そしてだからこそ死ぬのが怖かったのだ。初めて知った恐怖は木戸天都に出会った時。あの時感じた恐怖は偽りのものではない。上空からあの時の全てを見ていた。左右千と互角以上に戦い、見事に勝利した天都を凄いと思った。同時にその恐怖に再度戦慄したほどだ。だが、天都は天都だった。何にも変わらない天都を見て、自分は変わりたいと願う。いや、実際に天都は変わった。自分の全てを受け入れて、そしてそれを見事に昇華させたのだ。そうさせた三葉に対して軽い嫉妬を覚えるが、今はその感情は忘れようと思う。今回の事件を担当した笹山という男の計らいか、自分の罪はないと判断された。破棄も処分もなくなり、普通に暮らしていけると証明されて、明日からは人間として仕事にも就くのだ。能力をそのままに普通の仕事が出来るそれが嬉しかった。いつの間にか様々な感情も湧き上がってきている。自然と湧き上がる感情に戸惑うものの悪い気はしないのだから。だから、ウラヌスは微笑んでいた。それは自然で、そして初めての笑顔だ。今は誰にも見せることはできないその笑みは、近いうちに披露できるはずだ。だからウラヌスは重力のバリアを解除して激しい風に身を任せる。バタバタと髪がなびくが、少しのバリアで息苦しさも半減した。それでも笑みは消えず、ウラヌスはそのまま海へと向かって飛んだ。風に体を揺らせながら両手を広げた。気持ちは鳥だ。そう、自分は自由になったのだ。あれほどなりたかった人間になれた、その嬉しさのせいか、ずっと笑顔が消えることが無かった。

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