オリジナルスマイル 4
天音は三葉と抱き合う天都を見て小さな笑みを浮かべていた。自分もまた天都の本性に、真の実力に戦慄していたのは確かである。血を分けた双子の兄妹でありながら、言葉が出ないほどに恐怖した。あの場面であの技を出せる天都が凄いと思う。何より、左右千の強さは次元が違っていた。その左右千に正面からぶつかって倒すなどありえないはずだ。だが天都はそれをやってのけた。それと引き換えに多くの物を失ったのかもしれない。平穏な空気になっても七星たちはまだ怯えている。それは天都に対してだろう。だから、そんな天都を理解できるのは自分だけのはずだった。幼馴染の進ですら困惑しているのだから。なのに、自分以外の人間が天都を理解し、信じ、そして慈愛で包み込んでいる三葉を凄いと思う。きっと、天都にとって三葉が運命の人だと確信できた。そうでなければ今のこの状況はありえない。ゆっくりとグラウンドに入り、抱き合う天都たちに近づいて行く。進もまた心を抱きかかえながら天音の後に続いた。そんな進がふと上空に何かを感じてそっちを見れば、ありえないことが起こっているではないか。音もなく、ゆっくりと誰かが降りてきている。金色の髪をした、巨乳の美女が天から舞い降りる。天使かと思う進とは違い、ぎょっとした顔をした天音が目の前に静かに降り立つその美女、ウラヌスを見て目を点にしていた。ただでさえ怯えていた時雄たちもまたさらに怯えながらも困惑しているのがわかる。
「キド・アマト・・・よくやった」
その言葉に顔を上げ、天都は突然現れたウラヌスを見て表情を曇らせるしかない。三葉もまた顔を上げ、そこにいるウラヌスに驚いていた。
「ウラヌスさん?」
「天空も捕獲できた。後は任せて欲しい」
そう言い、上を見たウラヌスにつられて天都たちもそうすれば、ボロボロのジーンズを履いた男がゆっくりと地面に舞い降りる。気絶しているらしく、そのまま地面に寝かされた。
「まさか本当に勝てるとは思ってもみなかったが・・・」
「君って・・・」
天都がそう言いかけた時だった。警察と、そして黒いスーツ姿の男たちが一斉になだれ込んでくる。そして天都たちを取り囲んで天空と左右千を拘束していった。表情を曇らせる天都の傍に、1人のスーツの男が立ち、そしてズボンが汚れるのもお構いなしに片膝をついた。
「心配いりません。私は笹山、警視庁の特務官です。政府と、そしてあなたの父上からの要請で来ています。彼らのことは任せて欲しい」
「父さんが?」
「詳しいことは後・・・彼女を救急車に」
そう言い、音もなく入って来た救急車から救急隊員がやって来た。そのまま三葉を診て、すぐに救急車に乗るよう指示した。またその場にいる全員にも同行するよう丁寧にお願いし、笹山は大きめのワゴン車をグラウンドに招き入れた。天空と左右千もまた別の車に乗せられる。
「大崎先生!これは!」
その声に、進にしがみついている心がゆっくりと顔を動かす。やって来た中年男性を見ても、心は放心状態を保っている。
「教頭先生」
進がそう言うが、やはり心に反応はなかった。
「警察から連絡を受けて、一番近い私が来たのだが・・・一体何があったのかね?それに・・・」
詰め寄る教頭に怯えたのか、心はぎゅっと進に抱き着いた。困る進だがどうしようもない。過去のトラウマが蘇ってしまったのだろう。
「進ぅ・・・怖いよ・・・・離さないで・・・・お願い・・・・」
何度もそう呟く心の背中を撫でる進を見て、教頭の目が光った。
「この事案に関しては後日話をしましょう」
そう言ったところで教頭は笹山に呼ばれてそっちに向かった。やれやれと思う進は抱き着いたままの心をお姫様抱っこしてワゴン車に向かって歩き出した。
「最悪クビだぞ?」
「・・・・・いいよ・・・・・もう辞める。進の傍にずっといる・・・・」
「あ、そう」
震える心に何を言っても無駄だと悟り、頭の中に結婚の2文字が浮かんだ。別にそれもいいかと思うが、母親の顔が頭に浮かんでため息が自然と出た。
「ホント、色々前途多難だ」
ワゴン車に乗り込んだ進はくっついたままの心ごとシートベルトをした。同じワゴン車に乗った天音がそんな2人を見て目を細める。
「・・・・お似合いだよ」
「そりゃどうも」
そうとだけ言い合い、2人は笑った。似合っている、そう思ったのは事実だ。自分はどうなのだろう、そう思う天音は明斗の事を思い出す。どこにもいなかったのが気になったが、先に連れていかれたのかと思い、そのままシートに身を預けた。体に残るダメージはまだ深いようで、落ち着いた今になってあちこちが軋むような痛みを与えてくるのだった。
*
一旦車が向かったのは病院だった。警察機関専門の病院に向かい、それぞれが精神科の先生と面談している間、天都と天音、そして進と三葉が治療を受ける。幸い、全員が軽傷だった。三葉の頬も骨に異常はなく、鼻血も衝撃で出たものらしい。進に関してはほとんど怪我もない。内部に働く『気』がそうさせたわけだが、覚醒した進は内外の『気』を扱えるようになっていた。それに関しては兄よりも上のようだが、今の進に慢心はない。あの天都の戦いっぷりを見れば慢心できるはずもなかった。天都は高みに辿り着いたのだ、その差は大きすぎる。おそらく、兄ですら絶対に勝てないと分かっていた。だから自分もああなりたいと思う。心を守れるように。一方で、七星や紅葉たちの精神ダメージは深刻なようで、結果として変異種による能力を使って精神を安定させる処置が取られた。もちろん記憶の改ざんなどは最低限しか行わず、あくまで精神の安定のみの処置だ。落ち着いている三葉にはその処置はせず、傷の手当だけをして保護者の迎えを待ち、全員が解散となる。ただし天都と天音を除いて。この後、笹山からの尋問が待っているのだ。それまでは三葉の傍にいた天都はソファに座ってジュースを飲んでいた。会話もなく、ただ並んでいるのみ。そんな2人を近くに座った天音が見つめている。結局、明斗はここにもいなかった。気になるが、今はスマホの使用も禁じられているために連絡のしようがない。明斗が百零のクローンであったという事実が重くのしかかるが、自分以上に明斗は悩み苦しんでいるはずだ。そう思うと心が痛かった。
「三葉!」
その声に3人がそっちを向く。やってきたのは三葉の母親の京子だった。三葉と天都が立ち上がり、そして息を切らせてやって来た京子の前に立つ。
「もう!心配したぁ!」
事件に巻き込まれたとの一報を受けていたせいかそう言い、頬に手当を受けた三葉を抱きしめた。
「申し訳ありません・・・・僕のせいで、怪我をさせてしまいました」
そう言い、天都が深々とを頭を下げる。京子は三葉を抱いたままでじっと天都を見据えるようにしてみせた。表情もなく、怒っているような感じも出ていない。
「キッドのせいとは思えないけど・・・どういうこと?」
警察から状況を聞かされていたが急いでいたこともあってかいつまんでの報告だったらしく、天都と三葉が今日の出来事を説明した。一通りを聞き終え、京子は頭を掻きながら天都に顔を向けるのだった。
「そうか・・・まぁ、それならキッドのせいだな」
「お母さん!」
「最初から本気だったなら、あんたは怪我しなかったんだろ?だったらそれはキッドの落ち度さ」
睨む娘を無視してそう言う京子は腕組みをして天都を見ていた。天都はその視線を受けつつ、ただじっと京子を見ている。
「だけど、次は大丈夫なんだろ?」
天都はその言葉に頷き、京子は微笑んだ。
「今日のことは反省すればいい、次の糧にしてさ。いや、もう糧になってるか」
京子はそう言うと笑みを濃くした。天都は神妙な顔のまま再度深く頭を下げる。そんな天都の肩をポンポンと叩き、京子は三葉を抱き寄せた。
「この子は連れて帰るよ・・・・だから、明日にでもまた店においで。助けてもらったお礼はしないとね。でも、怪我させた分、奢りじゃなくて割引になるけど」
「はい」
天都は微笑んだ。京子の気遣いが嬉しかったからだ。責められることでホッとしている。慰めの言葉よりもずっと癒された気がした。それが京子の優しさだと理解できているからだ。お礼と別れの挨拶をする三葉が天音にも頭を下げ、それを見た京子が苦笑しつつも天音に頭を下げた。そうして薄暗い廊下を少し進んだところで立ち止まって振り返った。
「傷物にしたんだ、嫁にもらってくれるんだよね?」
にこやかにそう言う京子に三葉が赤面し、天音が苦笑する。
「彼女次第です」
はっきりそう言った天都にますます赤面する三葉の頭をぐしゃぐしゃとし、京子は満面の笑みを浮かべていた。そのまま片手を挙げると文句を言う三葉を無視して歩き出した。そんな2人を見送りつつ、天音が天都の横に並ぶ。
「あんたの中の悪魔を受け入れられるのって、きっとあの子だけだと思う」
「うん・・・そう思う」
「瀬尾さん、母さんに似てるよね?」
「うん、母さんみたいだ・・・あと、話に聞いた木戸京也って人の恋人にも似てる気がする」
「だったら、ちゃんとしなよ?」
「わかってる・・・でも時間が必要だよ。僕にも、瀬尾さんにも」
「焦る必要ない、か・・・・・焦るのは進だろうね」
「大崎先生と付き合ってたんだね」
「意外とお似合いなのがムカつくけどね」
そう言い、笑い合った。だが、天音の心に影を落とす明斗の存在があるせいか、心から笑えない。明斗に会いたい、そう思う天音だが身動きの取れない自分を呪うのだった。
*
元々政府でも意見は真っ二つに分かれていた。もはや『ゼロ』の失敗からそういう機関など必要が無いという者たちと、それでもそういう機関は必要だという者たちとの間で何度も論議が繰り返されてきた。だが、結論の出ない状況にも関わらず一部の政治家たちが独断でその機関を設置して動き始めたのだ。かつて福山耀司の補佐を務めた桑田の計画を実行し、自分たちが完全にコントロールできるクローンを作り上げた。現に『ゴッド』は忠実な犬として政府のために働いてきたのだ。だからか、今回の事件は多くの政治家たちに衝撃を与えていた。過去の失敗からあらゆる手を打ってきたというのにこれだ。しかも、また木戸無明流の前に敗れ去っているのだ。これらの事象もまた大きな問題となった。しかしこれは反対派にとって大きな事件だ。それに、何年にも渡って大きな人脈を作り、来るべき事態に備えてきた周人の行動もあって迅速な対応が取られつつある。既に桑田やゴッドワルドは確保されて監禁状態にある。これらの調査と尋問を執り行う笹山特務官は定年で退職した元副総監の秋田巌から直々の命を受けてその地位におり、周人と顔を合わせてからのこの5年で着実に内偵を進めてきたのだった。笹山はそれなりの広さを持つ部屋に入ると、ドアの脇に立つ私服の刑事に目で合図をして出ていくように告げた。部屋の中にいるのは2人の男女と、そして別の小さなテーブルにノートパソコンを前に座る制服姿の婦人警官のみだった。簡素なテーブルを挟んで男女の向かい側に座った笹山は口元に優しい笑みを浮かべつつテーブルの上の資料を広げていった。
「メディカルチェックは終えたようですけど・・・本当に大丈夫なのかな?」
そう言う笹山に顔を見合わせ、天都と天音は頷きあった。
「あちこちが痛いだけです。全部打ち身や打撲なんで、そんな大がかりな処置はなかったので」
天都がそう言い、一部始終を見ていたウラヌスからの報告にあった死闘からそんな軽傷で済むのかと勘繰ったが、実際の診断書を見る限りは大丈夫そうだ。笹山は頷き、事の始まりから終わりまでを詳しく聞いていく。その事細かい説明を聞きつつ、笹山がいくつか質問をする形式は疲れもダメージも残っている天都や天音にとっても楽なスタイルだった。責めるような言葉もなく、ただ淡々と聴取が続き、最後になって笹山が神妙な顔つきになった。
「いろんな資料は今、押収中なんだが・・・・クローン人間は全部で2人、なのかな?」
天音はそこで口をつぐんでやや顔を伏せる。3人だ、そうは絶対に言えないし、言いたくなかった。
「2人です」
事情をよく知らない天都とは違って天音がそう告げる。笹山は神妙な顔をそのままに、じっと天音を見つめた。
「本当に?」
「左右千と天空っていう人だけです・・・そう、言ってました」
嘘を言っている目をする天音をじっと見つめていた笹山の目が笑みに変化した。そうして手元の資料の中の1枚を取り出してそこに何かを書き込んでいく。
「3人だとされているが・・・資料の間違いか」
天音が顔を上げ、それを見た笹山の口元が緩む。
「もっとも、その2人以外の資料もなくてね、3人だという曖昧なデータしかなかったんだ。やはり2人か、そうか、そうだな」
その言葉の意味を理解した天音の表情を見て、笹山は表情を引き締めた。その後も簡単な事情聴取が続き、それでも2時間かかって全てが終了した。冷えた麦茶が用意され、部屋の中にさっきまでとは違うくつろいだ空気が流れ始める。もっと厳しい追及でもあるのかと思っていた2人は少々拍子抜けしたものの、それでも少し疲れは見えていた。
「しかし、信じられない思いだよ」
笹山はお茶を飲みながらそう言い、苦笑を漏らした。天都と天音もお茶を飲みながらそんな笹山を見て首を傾げる。
「データ上でしか知らなかったけど、あの『ゴッド』に勝てるなんて、ね」
特務官という、警察機構でも裏の仕事を執り行う笹山はもちろん『ゴッド』の存在を知っていた。完成された地上最強の人間、そう聞かされ、彼のしてきたことも全て把握している。異能力もなしに1対1で勝てる者などいないと思っていた。それを倒したのは高校2年生の普通の少年なのだ。
「血ってのは凄いね」
かつて『キング』を倒した男と同じであり、その息子の偉業に心が躍る。元々この計画には反対派だった笹山にしてみれば、天都の存在はまさに救世主でしかなかった。その後すぐに2人は解放されて迎えに来た由衣と天海と一緒に自宅に帰って行った。明斗のことを聞き出せなかった天音はラインをしたが、結局朝になっても既読がつくことはなかったのだった。




