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晴れ!  作者: 夏みかん
第1章
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揺れる想い 3

夕食を終え、宿題も終えた天都は意を決して部屋を出た。そこで深呼吸をしてすぐ目の前にあるドアの前に立つ。廊下を挟んで向かい合った部屋が天音の部屋だった。そのまま決意を崩さないように軽くノックすれば、返事がすぐにしたためにドアを開けた。そこにはパジャマ姿でストレッチをしている天音がいる。胸元を大きく開いているが、妹の悲しいぐらいにない胸など見たくもない。Bカップがせいぜいだろうと思う天都だが当然興味もなく、ベッドに腰掛けた。


「何か用?」


ぶっきらぼうな言い方は男にしか聞こえない。両足を大きく開いてペタリと床に上半身をつける天音を見つつ、天都はまず1つの質問を投げた。


「お前さ、時雄ときおの事、どう思ってる?」


上半身を元に戻した天音が両足を揃えて前にやった。顔を天都に向けず、そのまま上半身を倒していくのみだ。その動きを見つつ、天都は黙ったまま返事を待った。


「どうって、友達でしょ」


上半身を起こしてそう言い、ここでようやく天音は天都を見やった。


「トキオの気持ちは気付いている、ってか、わかりやすい。でもね、そういう感情はないよ。男友達としては馬が合うし、冗談を言い合えるけど、ただそれだけ」

「だよな」

「そう」


天音は無表情のまま再度上半身を折りたたむ。それを見つつ、天都はベッドから立ち上がった。


かけるさんに告白しないの?」


身を起こした天音にそう言葉を投げ、天音は冷たい目を天都に向ける。思わずたじろぐものの、そこはうまくポーカーフェイスで乗り切った。


「今更・・・だし、それに、翔さんは私の事、ただの幼馴染としてしか思ってないよ」

「でも、好意は伝えてみたら?」

「あんたが七星ななせに告白したら、そうする」


ニヤッと笑った天音に動揺をありあり出し、天都はすぐに背を向けてしまった。


「七星ちゃんには好きな人がいるし、それを応援するって言っちゃったし・・・」

「告白できない事情は同じだよ。翔さんは失恋したばっか、それに、私は恋愛対象外」

「俺に対する七星ちゃんと同じ、か」

「こういうところは双子だよね」

「そうだな」


そう言い、苦笑しあった。似てない双子だが、こういうところは似ている。天都は苦笑をそのままにドアノブに手をかけた。


「いつか翔さんを本気にさせることが出来たら、その時は告るよ」


本気にさせるの意味が恋愛ではなく、武術家としてだと理解しているせいか、天都な振り返ることなく扉を開いた。


「私の中にいる獣程度じゃ、無理だろうけど、さ」


寂しそうにそうつぶやく天音に向かってかすかに頭を動かす天都。天音からは天都の表情は見えず、天都の雰囲気に変化もなかった。


「おやすみ」

「うん、おやすみ」


静かにそう言い合い、天都は部屋を出てドアを閉めた。そのまま自室に戻ると倒れこむようにしてベッドに寝転がる。そしてそのままそっと目を閉じた。自分の中の内なる獣の存在は感じない。だが父の中にいる魔獣に匹敵する獣を、翔はその中に棲まわせている。天音の中の獣はそれに比べれば遥かに弱いものでしかなかった。翔は超天才であり、天才の天音では勝てる見込みなどない。でも、恋愛に関してはそうではないはずだ。片思いを何年も続けている辛さは天都にも理解できている。


「恋愛でも勝てないって、辛いよね」


天都はそう呟き、のっそりと転がって天井を見上げた。あれほど活発的ではきはきした天音も翔への想いは伝えられないでいる。なら、内向的な自分が七星に告白などできるはずもなかった。ため息しか出ず、天都は枕元のリモコンを手に取って照明を落とすのだった。



こちらも同じくベッドに転がって天井を見上げていた。大会に出ない天音は部活も午後6時台で終わるために平日にこうして早い時間にベッドに転がることが珍しい。しばらくは楽ができると思いつつ、頭をよぎるのはさっきの天都の言葉だった。翔に恋をしてもう何年経つのだろう。面倒見のいいお兄さんであり、越えられない壁であり、そして憧れの人だった。その中世的な容姿を買われてモデルをし、今ではCMに出るほどの人気を誇っている。芸名は翔と書いて『ショウ』となっていた。そんなショウに熱愛が発覚した際の天音の落ち込みは相当なものだった。それでも鍛錬は怠らず、空手の部活も休まなかったのは評価できよう。相手は芸能人であり、あの赤瀬未来以来だとされるアイドルであり、女優の宍戸桜ししどさくらである。可愛いと綺麗が同居したようなその容姿は男女問わず人気があり、清楚な物言いもまた人気の秘密だった。そんな桜とショウの熱愛は世間を騒がせ、そして天音を失恋させた。だが、桜は表の顔こそ清楚な美女だったが、裏の顔は我がままで高飛車な女であった。だからショウは別れを切り出し、桜はそのプライドから芸能リポーターに破局の原因は多忙によるすれ違いだと記者会見した。ショウ側も相手の事務所の大きさからくる圧力に屈して真相は言えず、桜と同じ理由にしていたのだ。だが天音は幼馴染として翔から真相を聞き、怒りに燃えたのは当然のことだろう。その桜は今や日本を代表する二世俳優である黄味島元気きみじまげんきと熱愛中である。翔にしてみれば、付き合った当初こそ桜は表も裏もないいい子だったはずだ。しかし大きな事務所に移籍して以来、彼女は変わっていったのだ。移り気になり、高飛車になり、そして自分の権威をかざすようになったのだ。それもあって若干の女性不振にもなった翔を見ているせいか、告白などできるはずもない。それに、翔にとって天音は恋愛対象外なのだから。一度冗談でそういう話になった際にはっきりとそう言われている。だから、想いをそのままに気持ちを出さないようにした。それでも、いつか武術家として翔に勝利できた時には告白しようと決めていた。それが叶うことがない、ただの自分への言い訳だとわかっていても。


「はぁ・・・」


ため息しか出ず、天音は横になって窓の方に体を向ける。初恋がずっと続いている状態は辛い。それでも、それを目標に変えることで強さへの貪欲さは増幅されているのだ。不器用だと自分でも笑ってしまうものの、どうしようもないためにため息しかでない天音だった。



朝練もないためか、珍しく兄妹揃って家を出た。ゴールデンウィークが開けて2週間経つこともあって、もう気怠さは感じない天都だが、ほとんど連休らしい連休もなく部活に励んでいた天音にとってはそういう気怠さなど無用なものだったためにいつもと違って朝練がない今日はどこか気の抜けた感じになっていた。そんな2人がちょうど家から出てきたすすむと出会った。いつも遅刻ギリギリの進にしては珍しく早い登校だ。


「おはよう、早いね」

「ウッス、まぁな」

「あんたが早いと雨降りそう」


そう言いながら晴れ渡った空を見つつ手で雨粒を受けるような仕草を取った天音をじとっと睨み、進は天都に促されて歩き始めた。


「早く夏休みこねーかなぁ」

「こないだゴールデンウィーク終わったばかりじゃないか」


呆れ口調の天都にため息をつき、進は軽そうな鞄を肩にかけた。天音は携帯をいじりながら歩いているせいか会話には加わる気が無い。


「夏休み、田舎に行くんだろ?」

「うん。多分、また一緒に行くんじゃないかな?」

「だろうな」


毎年ではないが、同じ場所に父方の実家があるために同じ日程で行動していた。向こうでは両親たちの同窓会というか、宴会が繰り広げられるので子供たちは子供たちで騒ぐのが常だった。


十夜じゅうやと組み手でもしたら?」

「あいつは化け物だからなぁ・・・怪我したくねーし」

「まぁ、そうだね」


その天都の言葉に一瞬目を細めてそっちを見るが、進は何も言わずに前を向いた。ここで携帯をポケットに入れた天音が早足で横に並び、他愛のない話をしながら駅に着いて改札をくぐる。


「あら、おはよう。佐々木君も一緒なんて珍しいね?」


電車を待つ列に並んでいた茶髪にパーマの少女がそう言って微笑む。そう可愛い部類ではないが、可愛いという雰囲気は出ていた。


「天音がどうしてもって言うから」

「言った覚え、ないけど?」

「・・・そうだっけ?」


冷たい口調と視線に怯えた進の言葉にパーマの少女、中原南なかはらみなみはクスッと微笑んだ。その仕草が可愛い雰囲気を出しているのかもしれない。だが天都はこの南が苦手なせいか、少し下がった位置にいた。同じ中学で同じ塾にも通っていた南とは面識はあれど、どこか苦手な感じがしていたのだ。元々女子と絡むのが苦手な天都だが、どうにもこの南は性格的に受け入れられない。その理由もわかっているが、かといって干渉もしたくないのが本音だった。


「佐々木君も、起こしてくれる彼女を早く見つけたら?」

「そうだなぁ・・・彼女は欲しいけど、なかなかなぁ」

「木戸さんとか?」

「やめてよ・・・ありえないから」


素早く南の言葉の語尾にかぶせるようにそう言う天音の表情は心底嫌そうだった。天音にとって進は単なる幼馴染であり、兄弟のような存在でしかない。だからか、周囲からそういう風に言われることを極端に嫌うのだ。そういう関係になった自分たちを想像しただけで寒気がしてくるほどに。


「そりゃこっちのセリフだよ」


進はそう言って苦笑するが、内心で深く傷ついている。天音にとって進は幼馴染で兄弟のような存在だが、進にとって天音はそういう存在ではないのだから。


「佐々木君は童顔すぎるからね・・・でも、可愛いと思う」


南はにこやかに微笑み、進は難しい顔をした。天音は苦々しい顔をして南から視線を逸らすと、目当ての電車が1つ手前の駅を出たという表示へと顔を向ける。どうも南を生理的に受け付けられなかった。中学時代からの知り合いだが、その頃からこうだった。その理由は分かっている。今のような作った可愛さが気に入らないのだ。中原は雰囲気美人、かつてそう言った中学の同級生がいたが全くその通りだと思う。さして可愛くもないのに可愛い自分を演じ、そしてそれに酔っているようにしか見えない。そしてそれは実際にその通りだった。


「南ぃ」


そう言いながら嬉しそうに近づいてくるのは天都たちと同じ制服を着た男子だ。短く刈り込んだ髪が清潔感を出しているが、進は顔を背け、天都はますます気配を消すようにしてみせた。天音はただため息をつくのみ。


「ケン、おはよう」


可愛くそう言う南にケンと呼ばれた男は嬉しそうな顔をしてみせた。


「南ちゃーん」


するとまた1人、今度は進よりもチャチャラした感じの男がヘラヘラした顔を見せながらやってくる。そうしていると電車が来たこともあって、天音たちはそそくさと乗り込んで車両の真ん中辺りに移動した。


「アホセブンの2人に朝から会うとはね」

「3人だよ・・・」


電車に既に乗っていた長身の男を見てそう言った進の言葉にそっちを見てうんざりした天音は南とは絶対に馬が合わないと再度認識をした。そう可愛くもないのに南には7人のボーイフレンドがいる。彼氏は作らず、自分を持ち上げてくれる男子を囲っているのが南だった。仕草や思わせぶりな言葉で巧みに男を取り込むせいか、南は女子からの人気は薄い。だが嫌われてはいなかった。彼女と仲良くなれば男子とも仲良くなれるメリットもあって、南は程よい立場で高校生活を謳歌しているのだ。そんな南を生理的に好かないのは天音だけではない。多くの女子がそうであるし、天都や進もあざとい可愛さを前面に押し出す南とは距離を取っている。やがて電車が3つ先の駅に到着し、天都がそわそわしだす。だが目当ての七星はホームに見当たらず、心の中でガックリと落ち込んだ。そんな天都をチラッと見た天音だが何も言わず、進は進でそんな天音を横目で見ていた。天音は可愛いと素直に思う。だがその男勝りな性格は幼稚園の頃から変わっていない。当時から男のようであり、その強さもあって今では可愛さも半減してしまっている。女性としての魅力をあまり感じないというのが同級生たちの見解であった。それにこの学年に美少女が多いのもその見解に至った理由の1つでもある。七星を筆頭に4人もの美少女がいれば、男っぽさで可愛さを表に出していない天音が普通に見えるのも仕方のないことだった。


「なに?」


思わずじっと見てしまったためか、睨むような天音の視線を受けてたじろいでしまう。天音はそんな進を見て鼻でため息をつくと窓の外の景色へと目をやった。



教室に入った途端に早足で駆け寄って来る時雄の動きを気持ち悪いと思いつつ、天都は鞄を机の上に置いた。


「おはよう天都隊員・・・・で、どうなった?」


昨日の今日でもう報告を要求するのかと思ったが、逆に昨夜のうちに確認を取っておいて良かったとも思う。天都は頷き、そのまま廊下に出て体育館へと続く渡り廊下の手前までやって来た。まだ登校時間とあって人はいないためにここに来たのだが、時雄はもう我慢の限界らしくせわしくなく体を動かしていた。


「結論から言えば、天音はお前のことはただの友達だってさ」


そのあっさりした言葉に俯くが、その言葉は予想通りだった。天音と一緒にいて感じるのは友達という感情のみ。時雄はあえてそれを確認した上で天音を攻略する手を考えるために今回のミッションを天都に与えたのだ。


「それと、天音には好きな人がいる」

「うぇ!?」


これは予想外だったせいか変な声が出た時雄はあからさまに動揺を見せ、顔色を悪くした。どうやら天音は恋愛などしない性格だと勝手に決めつけていたようだ。だからこそ、友達としてしか認識されていない自分が天音の心に大きな影響を及ぼして恋愛感情を芽生えさせたいと思っていたようだ。天都はそんな時雄の心理を見抜いて閉口し、呆然とする親友に背を向けた。


「相手はイケメンで、凄く優しくて、そして凄く強い人・・・・だそうだよ」


本当のことを言うことで諦めさそうとそう言い、天都は足早にその場を立ち去った。教室に戻って席につくと友達が登校して昨日の深夜アニメの話題で盛り上がる。それでも時雄のことを気にしつつ会話をしていると、予鈴と同時に死にそうな顔をした時雄が戻ってきたためにホッとしつつため息をついた。


「陣内、どうかしたのか?」


後ろの席の明斗みんとの声にそっちを見て愛想笑いをし、それから体を横に向けて明斗に耳打ちする形をとる。


「失恋、かな・・・詳しくは言えないけど」

「そうか」


苦笑交じりな言葉が明斗にとっては珍しい。あまり感情を表に出さない性格であり、無口で無表情なのが明斗だからだ。だから友達も少ない。いや、まともに話をするのは天都ぐらいなものだ。1年生の時から同じクラスであり、席も前後だったこともあって天都から話しかけて友達になっていた。内向的な天都にすれば、何故明斗とは楽に話せるのかわからないほどでもあるが。まるで兄弟感覚で話ができるという点では時雄などよりもよほど自分に近い位置にいる人間だった。明斗にしてもまた同じだ。天都は気を許せる人間、それも唯一といっていい人間でもあった。


「木戸さん、か?」

「え?」

「いや・・・なんとなく、だけど」

「うん、まぁね」


苦笑する天都が鋭いなと思うが、見ていればバレバレなのはわかる。それに時雄は自分を介して明斗とも友達の関係にあるだけにそう思えたのだろう。


「しかし、なんで天音なんだろうね」

「・・・・さぁ、な」


ふともらした言葉に返す明斗の言葉にある感情を見た気がして、天都はまじまじと明斗を見やる。がだ明斗は時雄の方に視線を送っていて、天都の視線には気付いていないのだった。

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