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晴れ!  作者: 夏みかん
第8章
39/52

オリジナルスマイル 3

グラウンドに渦巻く恐ろしいまでの鬼気に、駆け付けた天音たちはただ呆然とするだけだった。鬼気のせいで腰を抜かすこころを地面に下ろし、進は腕に出現した鳥肌を見てから再度グラウンドで睨み合う2人の木戸を見やった。どちらもとんでもない鬼気を発している。そう、あの天都から出ている気は翔のそれの比ではない。天音もまた恐怖を感じていた。左右千ではなく、天都に。


「何がどうなってんだ?」


思わず声が震えるが、天音はそんな進を見る余裕はなかった。天都から目が離せない。自分の知る、最強の存在がそこにいた。目標にもならない、自らが追いつくことすら放棄した兄が怖く、そして嬉しい。


「天都が本気になったんだ」

「本気?」

「本性が出てる・・・私と戦った時の、あの天都に」


あの日、神か悪魔のごとき動きで、一瞬で頭を蹴りつけられて失神をしたのを思い出す。それまでは互角だったはずなのに、本気になった途端の出来事だった。あの日以来の天都を見て、天音は恐怖と歓喜に包まれている自分を自覚した。


「マジかよ・・・」


もう別人だ。以前に翔と戦っている本気の天都を見たことがあるが、こんな風ではなかった。なのに、今の天都は完全に別人だと思うほどに鬼気にあふれている。


「瀬尾さんが!」


そう叫び、怪我をしている三葉に気付いて天音が駆ける。だがすぐにその足が止まった。



天音が駆け出そうと動いたのと同時に左右千が仕掛けた。こちらももう手加減などしない。ただ全力で天都を殺しにかかってきた。天音や進ですら霞んで見えるほどの拳が3、4発天都に飛ぶ。だが天都はその全てを受け、いなし、それでいて前に出た。だがこれを読んでいた左右千が蹴りを放ち、天都の側頭部にぶち当てた時だった。自分の脇腹にも衝撃を感じてバランスを崩したせいでその蹴りの威力は半減する。天都は自分へのダメージを度外視して膝蹴りを見舞ったのだ。いや、それは計算だったのかもしれない。相手の蹴りの威力を読み、そしてそれ以上の打撃を与えるという計算。舌打ちした左右千が一旦離れようとするが、天都は止まらなかった。そのまま逆に拳の雨を降らせる。反射神経も人の3倍ある左右千がかろうじてブロックできるほどの速さの拳は重く、これも常人の3倍の硬度を誇る骨が、筋肉が悲鳴を上げた。いかにして攻撃力を100%伝えることができるか、それを天都は知っているのだ。そんな猛攻を受けていた左右千がぐっと身をかがめて右手を前に出す。その右手が天都の脇腹を掴んだその瞬間、『穿うがち』の原型であり、本来は喉を握りつぶして抉り取る技『あぎと』を放とうと力を込めた時だった。天都の肘がその手を叩き落す。普通の人間であれば拳が砕けていたであろうその一撃に、左右千は瞬時に技を蹴りに切り替えた。疾風をまとった右足が頭部を狙うが、天都はそれを受け止めて意識を反対側に向ける。奥義であり、今この瞬間に最適な技『亀岩砕きがんさい』を意識したのだ。だが、それは左右千の読み勝ちだろう。側頭部ではなく、左足が狙ったのは顎だ。変形の『亀岩砕』、それは木戸無双流が編み出した裏の奥義である。『斬亀岩砕・流水』、それは本来であれば体への負担が大きいが、強化された人間である左右千には何の影響もない。今まさに天都の顎先を蹴りあげるはずのその左足が空を切る。一瞬の差で上体をのけ反らせた天都が笑った。ゾクリとする感覚に咄嗟に振り上げた左足を落下させた。裏の奥義のさらに裏に位置する完全なる『流水』だ。さすがの左右千でもその動作は無理があり、体が悲鳴を上げるが構わない。拳を突き出す自分の肩口に直撃したその踵落としをものともせず、天都は左右千の顔面を殴りつけていた。しかし左右千にも木戸の血が流れている。そしてその技も全て受け継いでいるのだ。衝撃と同時に後方に飛んでその威力を半減させる。タイミングがしっかりあえば、その衝撃を緩和することができる受けの技『流水』である。間合いを開けた左右千が構えを取る中、天都もまた笑みをそのままに構えを取った。完璧に入った踵落としすらダメージになっていない、そんな風な笑みだ。


「さすが『魔獣』の息子か」

「ああ。だけど、僕は弱い」

「ああ、そうだろう・・・お前と違って俺は強い、左右千となってからは敗北を知らない最強の存在だ」

「あ、そう。でもね、あんたの無敗と僕の連敗とじゃ意味が違うよ」


その言葉の意味がわからず。左右千の片眉が上がる。


「翔さんに負けて、その敗因を分析して次の糧にした。その時負けた技はもう喰らわなくなったけど、次の技に負けた。そしてそれを分析する、その繰り返し」

「敗北を糧にしかできないお前の弱さを呪え」

「でもね、あんたがどんなに連勝しても、それは弱い者を相手の勝利。その勝利と、強い相手からの敗北とは意味が違うよ」

「勝ちは勝ちだ、糧になる」

「負けてこそ得るものもある」

「無駄なものだよ」

「佐々木翔の圧倒的で完璧な強さ、柳生十夜の恐ろしいまでの殺気と闘志、佐々木進のトリッキーな動き、どれも僕を強くしてくれた。負けても、負けても、それが僕の今に繋がっている」

「なら俺に負けて何かを得ろ・・・・まぁ、死んでは元も子もないがな」

「最強なんかに程遠い、だから、負けるのはあんただよ・・・弱い僕に負けるんだ」


そう言い、天都が笑う。殺気よりも濃い恐怖が左右千の体を駆け抜ける。だからそれを振り払うように前に出た。だがそれよりも早く天都が蹴りを見舞う。しかもそれは止まらない。蹴りと拳が乱舞していく。受けるのが精一杯で反撃が出来ないほどに速く重い攻撃。だが左右千は前に出た。顔を殴りつけられながらも首を捻って衝撃を逃しつつ、やや強めに一歩を踏み出した左右千の右拳が天都の胸の上数センチのところで一瞬だけ停止した。その一瞬に天都は左手をその間に潜り込ませる。その瞬間、左右千の拳が天都の左手に触れた。凄まじい衝撃が左手を押し、天都は後方に吹き飛んでいた。『流水』を使ったのではなく、吹き飛んだのだ。砂ぼこりを上げて着地をする天都は痺れる左手を振り、胸に残るダメージに驚きつつため息をついた。


「『おぼろ』か・・・・」


今度は左右千が驚く番だ。その技を何故知っているのかわからないからだ。今の技は木戸の技ではない。


「よく知っているな」

「まぁね」

「何故だ?」

「言う必要、ないよね?」


そう言い、またもラッシュをかける。だが今度はもう『朧』は通用しない。どんなに早いモーションでも、その技の特徴は足にある。大きく踏み出すその足こそが力の根源だ。だからそれにさえ注意していれば数センチ体をずらすだけでダメージはゼロになるのだから。現に天都にはもう『朧』の効果はなかった。ブロックすることだけが精一杯になって来た左右千の口元にも笑みが浮かんだの何故か。その時、天都の蹴りが跳ね返されるように弾ける。バランスを崩しながらも反対の足で顔面を狙った天都の蹴りも、左右千がブロックした瞬間に跳ね返される。まるで蹴り足を殴りつけられたかのようなその衝撃に、ブロックの正体を見破った天都がさらに笑みを濃くした。


「なんで弾かれるんだ?」

「『朧』を使ってブロックしてるのよ」


地面に座り込んで虚ろな目をするこころの心配をしつつ、天音の言葉に納得する。つまり、ブロックしているように見えて全て技を出しているということだ。天都の蹴りが触れた瞬間に数センチ押し戻しているのだろう。拳を突き出さない『朧』によって。そしてそれは足も同じだ。蹴りつけられた膝も数センチ動かすことで攻撃に転じている。まさに攻防一体の技だ。大きな動きではなく、目に見えないほどの最小限の動きで全身の筋肉を絞り、伸ばすことで触れた部分に爆発的な威力を放つ『朧』、それは攻防一体の技だ。


「天都のダメージが大きすぎる」


冷汗をかく天音だが、再度攻撃を再開する天都を見つめることしかできない。無意味だと思う、ダメージが蓄積されていくだけだと思うのに天都は蹴り続けた。跳ね返されては蹴り、蹴っては跳ね返される。拳もまた同じことの繰り返し。


「跳ね返りが小さくなってないか?」


それに気づいたのは進だ。そう言われて注目すれば、大きく弾かれていた天都の蹴りが少ししか跳ねていない。さらに気付いたのは、受けて返している左右千の体がぶれ始めているということだ。揺らいでいる、そう言った方が分かりやすい。


「地面を踏みしめる軸で力を得てるから、その軸ごと破壊しているの?」


蹴りに力を込めればその反動も大きくなり、戻ってくるダメージも増す。だがそんなダメージを度外視した天都の攻撃に左右千の軸がぶれたのだ。その証拠に左右千は受けるのを止めて避けることに集中し始める。左右千は避けながらタイミングを読んで再度天都の脇腹を握ろうと手を伸ばすが、天都は攻撃を止めて大きく後ろへ下がった。まるで左右千の攻撃を読んでいたかのように。


「驚きだよ木戸天都・・・・お前は強い」

「いや、弱いよ」

「ああ、それはそうだろうよ、俺よりも弱いさ」

「・・・・そうじゃない・・・強かったなら、瀬尾さんに怪我なんかさせなかったさ!」


怒りに満ちた目を向け、天都が前に出る。許せないのは三葉を傷つけたこの男。だが、それ以上に許せないのはそうさせた自分の弱さだ。だから自分に腹が立つ。つまらないことを怖がって逃げていた自分が許せない。結果、三葉に怪我を負わせた。


「なら。その弱さを抱いて死んで行け!」


吠える左右千も前に出た。大技はありえない。互いに知った技であるということはデメリットでしかないのだから。特に大技は隙が大きい。かといって隙を最小限にした破壊力の高い技は警戒されている。だが、左右千には、木戸無双流には切り札がある。裏の奥義は宗家を倒すための技だ。自ら隙を作って奥義を出させ、カウンターとして存在している裏の奥義をぶち当てれば勝利できる。だが天都は意図的なのかそれをしない。大技を捨てて殴る蹴るといった通常技で勝負をしていた。


「奥義の系統は出さない、か」


進がそう呟くが、天音は静かに首を横に振る。


「出さないんじゃない、出せないんだ」


出したくても出せない、その意味を理解した進も頷いた。お互いの技は知り尽くしている。2つの木戸は元々1つ、その技も同じ。ただ、無双流だけのオリジナル技も存在しているが、少しでも変な動きを見せれば即座に反応する天都に左右千も迂闊にそれを出せない状況にあった。特に奥義を出させて裏の奥義をカウンターで出す、その計画は破たんしていた。天都が大技を出す気配を見せないからだ。だから左右千は攻撃方法を変化させる。天都の襟首辺りを両手でつかむとそのままぐっと下に引き寄せた。天都はそうされながらも拳を左右千の顔面に浴びせるが、態勢を崩されている以上はその威力も半減だ。唇の端から血を流す左右千の膝が舞う。態勢を下げられている天都の顔面に膝が命中する寸前、天都は自分からさらに身をかがめてその太腿を掴んで押しに行く。だが、これは左右千の罠だった。すかさず半身になって天都を投げにかかる。片足ながら見事なバランスで半身になった左右千がバランスの崩れた天都を腰に乗せて投げる、はずだった。瞬時に体をスライドせさた天都が体を入れ替えて上手く着地を決めて殴りにかかった。


「甘いよ」


その呟きと同時に腹部に強烈な打撃を受けて吹き飛んだ天都はよろめきながらも片膝をついて倒れるのは防いだ。左右千は右拳を構えたような状態を維持したままニヤリとした笑みを浮かべていた。天都が投げをかわすのも計算であり、その着地と同時に『朧』を放っていたのだ。咄嗟の気硬化をしたとはいえ、ダメージは残る。天都は腹部をさすりながら立ち上がると奥義の出せる間合いだと理解しつつも笑みを浮かべて見せた。虚栄でも何でもない、心底から来る歓喜の笑みだ。天音も進も絶句して鳥肌が立つ。七星などはガクガクと震え、時雄は大きく唾を飲む。メロディたちもまた抱き合って震えている中、三葉は怯えた目をしつつもじっと天都を見つめ続けた。守ってくれると約束した、それを実行している天都を見届ける義務があるのだから。


「さすがに神を名乗るだけあるね、強いなぁ・・・」

「ああ、最強だ」

「いや、最強は・・・・お前じゃない」

「自分だとでも言うのか?」

「いいや。ただ、僕はあんたよりは強いよ」

「木戸の技だけでなく、暗術も使える俺より?」

「その中途半端さが、命取りだよ」

「ほぅ、なら、その技で死ね」


駆ける左右千が拳を突き出して顔面を狙ったと同時に、左手の人差し指を天都の胸に突き出す。顔面を狙ったのは視界を狭くするのが目的だ。天都からは左手は見えていないと判断しての、指で相手を刺し貫く『きり』を使ったのである。


「甘いのはそっちだ」


そう言う天都がその指を自分の人差し指と中指で挟み込む。舌打ちした左右千が瞬時に指を折り曲げた矢先、指を挟んだままの状態で天都が左右千を背負い投げの態勢に持って行った。挟まれた指が軋んで骨が折れそうになる。ぐっと拳を握ることでそれを回避しつつ、左右千は上体を反らせて着地をしてそのまま空いている手でパンチを放つがそこにはもう天都はいない。舌打ちしつつ、左右千は心の中で笑った。この間合いなら勝てる、そう感じたからだ。接近戦にしては少し間が空いている。ならばと右足を振り上げた。同時に天都の右足も舞う。さらに2人の左足もまた同時に舞った。『亀岩砕』のぶつかりあい。右と右、左と左の足が同時に激突し、反動で2人は背中から地面に倒れこんだ。だが、左右千にとってこれは前ふりだった。すぐに立ち上がって拳の雨を降らせる。立ち上がったタイミングがずれたせいか、天都は防戦一方になってしまった。その上、数発に一度は『朧』を混ぜてくる。警戒すべき『錐』にも意識が行く天都には不利な状況になった。


「さぁっ!ジャッジメントだ!」


そう叫び、左右千が大きく右の拳を横から打ち抜く。受ければ『陽炎かげろう』が来ると踏んだ天都がその拳をやり過ごした時、左右千がその場でくるりと回転して見せた。同時に横に大きく一歩を踏み出す。


「天都ぉ!」

「ダメッ!」


天音と進が同時に叫んだ瞬間だった。それは左右千のタイミングであり、のけ反ってさっきの拳を躱した天都にとって最悪の状況だ。肘を折りたたんだコンパクトな状態で放つのは裏の奥義『豪龍天昇・稲綱』。コンパクトな振りだが破壊力は『朧』の数倍になるだろう。天都は全ての気を左腕に込めて気硬化をし、その一撃を受け止めた。それと同時に靴の底が破れんばかりに大地に力を込めて踏ん張って見せる。やや開いた足から螺旋状の力を得つつ、『豪龍天昇』の一撃を受けた天都を見た左右千の顔が悪鬼の笑みを浮かべて見せた。ぶち当てた拳を瞬時に開き、それが龍の咢となって天都の脇腹に触れる。掴むことが出来ればそこを握りつ潰せる『裏雷閃光・紅月こうげつ』に変化させる2段構えの技だ。だが、天都の変化に目を見開く。踏ん張ったまま、天都は上体をほぼそのままに右の拳を背中からボールを投げるような動きで振り上げていた。ありえない、そう思う左右千が急いで脇腹を握った。だが、掴むまでの一瞬の差で天都の肘がその手の甲に突き刺さる。骨が砕ける感触と痛みも、目の前の光景に気にもならなかった。天都はぶち当てた肘に力を込めて、両足と左の肘で一瞬だけの強固な軸を作った。全身が軋んで悲鳴を上げるが真上に振りかざした右腕を折りたたみ、最短距離で左右千の胸に拳がめり込む。それは『天龍昇』に間違いない。だが、こんな出し方が存在するのか。そもそも大きく一歩を踏み出すことで踏み抜く力を軸にして上体を反らせ、螺旋状の反動を持って投球フォームのような形で拳をぶつけるのが『天龍昇』のはずだ。だが、天都はやや開いた両足に力を込め、相手の攻撃すら利用し、上半身を固定することで投球フォーム自体に螺旋の力を持たせたのだ。叩きつけられた右の拳が凄まじい威力をもって左右千の胸骨を粉砕する。


「あああああっ!」


叫んだのは左右千か、天都か。軋む体をそのままに、天都がぶち当てた右腕を軸に再度足を踏ん張った。靴底に指ががめり込むような感触を受けつつ、天都は全身の骨や筋肉が軋んで悲鳴を上げるもの厭わずに折り曲げたままの左拳を左右千の腹部にめり込ませた。それは右拳を当ててから1秒後の出来事。一瞬で2発の強打を受けた左右千が吹き飛び、口から血や体液をぶちまけつつよろめき、回転しながら声にならない呻きを発する。そのまま仰向けに倒れこみ、しばらくの間ジタバタともがくように苦しんだ後、白目を剥いて動かなくなってしまった。天都は肩で大きく息をしつつ、よろめきながらもじっと左右千を見つめ続ける。動かない左右千を確認し、それから大きく息を吐いた。指も動かせないほどの疲労感と痛みが絶え間なく全身を襲っているものの、むしろそれが心地良かった。


「あ・・・・・あんな技があるのか?」


絞り出すようにそう声を出す進の横で、天音もまた震えていた。


「ないよ・・・・あれはきっと・・・天都だけの『天龍昇』だよ・・・・」


全く動かない左右千に一安心し、ふぅと大きく息をついた天都は汗まみれの顔で周囲を見た渡す。みんながみんな怯えた目を自分に向けていた。予想以上のドン引きさに苦笑するが、もう後悔などない。友達を失ってもいい、守れるのなら。へたりこんだままの七星にゆっくり近づく天都がそっと右手を差し出す。


「ごめんね?大丈夫?」

「ヒツ!」


声に反応したのか、七星はへたりこんだままで後ずさりをする。その顔は恐怖に彩られていた。だが心も痛まない天都は苦笑を濃くし、それからこちらも座り込んでいる三葉に向かった。痛みのせいか素早く動けない自分が歯がゆい。


「瀬尾さん!大丈夫?」


腫れた頬を見つつ、もう止まっているらしい鼻血も気にする。口元が赤く染まっており、制服や地面もまた血で赤かった。三葉の傍にしゃがみ込み、申し訳なさそうな顔をする天都を見て、それから三葉はそこにいる全員の顔を見渡すようにしてみせた。


「私も最初はこんな風にドン引きしてたんですよね?」


いつもの口調の三葉に驚く天都は困った顔をするしかない。


「私は2回目だからかな?平気ですよ」


そんな顔をする天都を気遣ってか、三葉が微笑んでいる。


「あの時と今とじゃ、全然違うと思うけど」

「え?そうなんですか?」


本気でそう言う三葉に天都は苦笑を濃くした。


「忘れてたよ・・・瀬尾さんが天然だって」

「え?むー・・・そうなんですかね?」


どこか納得がいかない顔をする三葉に笑みがこぼれた。そのままそっと腫れた頬に手を添える。熱いのは腫れているせいか、それとも急にこんなことをされて赤面しているせいか。


「ゴメン、怪我させて・・・・」

「いいえ、平気です。ちゃんと約束守ってくれたじゃないですか」

「半分だけだよ」

「半分?」

「怪我、させた・・・ゴメン・・・・・」


天都は俯いていた。泣いているようにも見え、三葉はそんな天都の頭を撫でる。まるで母親が子供にするように。だから天都も顔を上げた。少し潤んだ目で三葉を見れば、三葉は優しく微笑んでいる。


「怖い思いもさせて・・・ゴメン」

「先輩がやられちゃうんじゃないかって、怖かった。でも、勝つって思ってました。だって、木戸先輩が強いの知ってるから」

「やっぱ天然だよ、瀬尾さんは」

「・・・かもしれません」


そう言って微笑む三葉を抱きしめる。それは本当の笑顔だ。作ったものではない、本当に心から出た微笑み。それが嬉しかったからか、反射的にそうしていた。三葉はあわてふためきながら体を硬直させるが、ゆっくりと力を抜いて行った。


「血がついちゃいますよ?」

「かまわない・・・・」

「みんな・・・見てますけど?」

「かまわないよ」

「そうですか」


三葉もそっと天都の背中に手を回した。温かいと感じることが素直に嬉しく思う。


「多分、君なんだよ」

「え?」

「いや・・・・なんでもないよ」


抱きしめられたままそう言う天都は周人と由衣の物語を思い出す。そして周人から聞かされた木戸無双流最後の血筋の人の話も。自分にとっての運命の人、それを見つけた気がした。だから天都は抱きしめる手に力を込めるのだった。

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