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晴れ!  作者: 夏みかん
第8章
37/52

オリジナルスマイル 1

ここ最近はずっと眠れない夜を過ごしているせいか、欠伸が消せない状態にあった。昨日の学校からのメールを受けてあちこちに問い合わせてみたが、プールに行った面々だけが招集されている事実に戸惑っていた。あのメンバーの中にいじめをしていた者がいるとでもいうような招集に、結城七星は疑問を隠せなかったのだ。みんないい人ばかりなのだから。しかし今日は憂鬱だ。出来るならもう少し心の整理がついてから会いたかったと思う。自分が告白して振られた相手である下村明斗もまた招集されており、こちらに関してはまだ未練があるものの振られたショックは随分と薄れている。だが、会うという気まずさは心の中にあって、それがため息の原因の1つになっていた。そしてもう1つのため息の原因、それは唯一心の許せる男の子の友達だった木戸天都の存在だ。祭の日の突然の告白は最悪のタイミングだったと思う。傍にいた明斗を見て、その場に居れなくて逃げた自分に告白をした天都の心境がわからない。何故あのタイミングだったのだろうか。いや、だからといって振った結果は変わらない。天都に対してそんな感情は持っていなかったのだから。しかし、あの振り方はあまりに感情的すぎたと反省している。本当はきちんと謝って、その上で振った理由を説明したかった。昨日、コンビニで偶然出会った時も気恥ずかしさと後悔から逃げてしまった自分はますます天都の印象を悪くしただろう。天都も困っていた、それはあの時の表情を見ればわかる。ちゃんと話をしなければと分かっていながら逃げ出す自分を情けなく思う。七星は左手に巻かれた赤いベルト型の腕時計を確認する。時刻は午前9時、登校する10時までにはまだ時間があり、学校に一番近い24時間営業のコーヒー店の奥に座ってアイスオーレを飲んでいた。友達から待ち合わせをして一緒に行こうと言われたがそれを断ってここにいる。一旦ここで時間を潰し、心を落ち着けたいと思っていたからだ。さっきから小さなため息しか出ず、明斗や天都に会いたくないという気持ち、会ってちゃんと話をしたいという気持ち、いじめの話、それらがランダムに頭に浮かんでいるせいか、ため息は断続的に続いていた。そんな七星がふと隣に座っている男女に目をやった。ハッと息を呑むとはこのことだろう。向かい合う男女は2人とも美形で、まるでドラマの撮影でもしているのかと錯覚してしまうほどだ。男性はスーツ姿であり、気持ち長めの髪形もちちんとしていてエリートサラリーマンといった風貌だ。整った顔つきはやや鋭い目もあって仕事の出来る男という雰囲気が出ていた。そして女性の方もまたかなりの美人だった。長い髪をポニーテールにし、赤い眼鏡をかけた知的そうな雰囲気が出ている。顔も女優のように美しく、シャツの上からでもわかるかなり大きな胸もそのスタイルにマッチしているようだった。チラチラとそっちを見つつ、七星は手にしていたスマートフォンを指で操作しながらそちらの会話に耳を傾けるようになっていた。


「で、式は4月?5月?」


女性がにこやかにそう質問を投げている。七星は2人が結婚するものだと思い、さっきまでの憂鬱も消えてどこかわくわくしてしまっていた。


「10月に予約する予定だから、その時にならないと・・・・ジューンブライドにこだわりもないしな」


男性の言葉からこの2人が結婚するのではなさそうだと判断し、何故か少しがっかりしてしまった。美男美女の結婚は無関係の自分からしても興味が湧くものだ。そう思っているとふと気づく。女性の左手の薬指にシルバーの、それこそ何の飾り気もないシンプルな指輪がされていることを。どうやら女性は既婚者のようだ。


「俺としては5月の気候のいい時期がいいと思ってる。お客のこともあるし、特にどこぞのめんどくさがりな宮司が暑い寒い関係で渋りそうだしな」


苦笑交じりにそう言う男性に、女性が声を出して笑う。手を口元にやる仕草が上品さを伴い、また似合っていると思えた。


「そんなことないよ。凄く喜んでたし、楽しみにしてるから。あいつもやっと結婚かって言ってた」

「先に結婚したからって・・・生意気だ」


無表情でそう言うものの、悪い気はしていない様子だ。むしろ喜んでいる風に見える。女性はアイスレモンティーにささったストローをくるくる回しながらそれを一口飲む。


「でも、良かったのか?こんな朝早くに・・・」

「あー、うん。この後、高校時代の友達に会うの。泊まりで」

「ってことは、あいつは出張?」

「あかりさんのSOSを受けて東北にね。今週いっぱいは帰ってこないと思う」

「相変わらず大変だな」


同情するようにそう言うが、感情らしきものは見えない。どうやらこの男性は感情に乏しいようだ。七星はアイスオーレを飲みながらじっと耳を傾け続ける。


「ぶつくさ言いながら出かけた。可哀想なのは未生みしょうだよ・・・あっちは新婚2か月で5度目、全部が全部、無理矢理だもん」

未来みくちゃんのぶち切れ姿が目に浮かぶ」


その言葉に女性は微笑み、再度ストローをくるくる回した。


「あ、先に渡しておくよ」


そんな女性を見ていた男性が脇に置いていた鞄の中から大きめの封筒を取り出してそれを女性に手渡す。女性は中身をさっと確認し、それから丁寧に頭を下げた。


「ありがとう。ウチの近辺のトラブルなのに・・・助かります」


「弁護士としての仕事をしたまでだよ・・・あいつみたいに人助けをしたくてなったんだ、これぐらいはさせてもらうよ」


微笑むその顔に七星はキュンとなる。今までが無表情だっただけにこの笑顔は反則だ。


「明人君と司君とじゃレベルが違うけどね」

「あいつの方が上だと思うよ」

「そうじゃなくって、大変なのは明人君の方。勉強して、苦労して、それでも人助けしてるんだから。司君はもう特殊中の特殊だからね・・・基本、嫌がるし」


怒ったような顔をして腕組みをする女性に苦笑が漏れる。男性は笑みをそのままにアイスコーヒーを飲んでいった。その仕草もまたさわやかだ。


「子供は、まだ?」

「今の状況じゃなかなか・・・それに司君が忙しいし、まだまだ子供っぽいしね。あと2年は先かな」

「まぁ、結婚してまだ2年だし、凜さんはまだ若いし、それでいいと思う」

「苺ちゃんは同じ時期にって言ってたよ。子育てを共有したいって」

「勝手にそんなことを・・・」


困った風ながらどことなく嬉しそうだ。そんな男性を見て女性は優しく微笑んでいる。会話からして友達同士で、しかもかなり親しいと分かる。自分と天都、明斗ともこんな風になれればいいなと思う七星は、今日は勇気を出してみようと決意を固めた。この男女を理想としたいと思ったのだ。


「あいつの仕事は危険と隣り合わせだし、凜さんも大変だ」

「危険はあるだろうけど、心配はないのよね。だって司君は、仕事中はもう人間じゃないし」


女性の言葉に男性が声を出して笑う。クールで知的な男性のその笑いもまた七星から見ればときめくような笑いだ。


「まぁ、あいつにとっちゃこっちの想像を遥かに上回る恐怖も恐怖じゃないからなぁ・・・好奇心が勝ってるだろうし、大抵のことじゃ動じないし、そこは見習うところだよ」


その言葉を聞いた女性が何かを思い出したような顔をし、それを見た男性の表情が曇った。それを見た女性が一旦飲み物を口にしてから言葉を発する。


「一昨日、2人で東京に行ったの。仕事で、だったんだけどね。その時に司君がびっくりしてた」


男性にすれば女性の夫が驚くことなど想像できない。いつでもどんな状況でも笑っていられる、ある意味壊れた心の持ち主が驚いたのだ、男性の方が驚きを隠せない。


「なんか・・・1人の人間に2つの魂が同居してたみたい。以前、明人君と司君がそうなった時の状態に近かったって。でも、その2つの魂が一部完全に混ざり合ってたらしいの。そんなのありえないって驚いてた」


オカルト系の話に七星は怖くなる。そういえば女性の夫の事を宮司と呼んでいたことを思い出し、神社関係ならばそういう話題もあるだろうと思う七星だが怖い話は苦手だ。だからアイスオーレを飲んで心を落ち着けるように深い深呼吸をした。


「あの司が驚くほどか・・・気になるな」


その男性の言葉を最後に、七星は2人から興味を逸らした。その後もオカルトな話になっていったためだ。だが、会話からしてもお互いの相手のことまで理解しあっていることがわかり、七星はまずは天都とちゃんと話をしようと決める。せめて友達の関係には戻りたいから。その先に自分の中で天都に対する恋愛感情が生まれるのかもしれないが、それは今はどうでもいい。ただきちんと向き合おうと決めた。天都とも、自分とも。



駅を出たところで三葉と出会った。昨日ラインで待ち合わせをしていたのだ。久しぶりの制服姿はどこか新鮮で、尚更軽井沢に行った時のあの服装が特殊だったのだと理解できた。偶然にも笠松紅葉や中原南とも遭遇し、そのまま一緒に学校に向かった。いじめの話など初耳なせいか、話題は必然的にそれになる。だが勿論そんな事実を把握している者はいなかった。このメンバーを集めた意図もわからぬまま学校に行き、まだ時間が早いせいか校舎には入れない状態にある。呼び出しておいてこれかと思いグラウンドの方に移動すれば、そこには陣内時雄と山下里奈のバカップルが緑色のフェンスにもたれるようにして立っているのが見えた。


「よぉ、いじめの張本人」


そう辛辣な言葉をかけた紅葉はずり落ちた眼鏡を指で戻しつつニヤニヤした顔をして時雄に近づいた。


「お前だろ?」


そう言う時雄もニヤニヤしていた。里奈は少し顔色が悪いようで南がそれに気づいて心配をする。自分たちが疑われていることにショックを受けているようだ。そうしていると小野メロディと谷口野乃花もやってきた。グラウンド前の日陰部分でわいわい話すものの、結局誰もいじめに関しては把握できていないようだった。特に顔の広い野乃花とメロディがあちこちに問い合わせたがそういう事実はないとされている。天都はこの招集にきな臭さを感じつつ、まだ来ていない七星や進、明斗のことを心配していた。そして9時55分頃に七星がやって来る。自分と目が合うとさっと視線を逸らしたため、天都はやはりまだダメかと少しヘコみ、それを見ていた三葉もまたなんとかしたいと思っていた。だが、そんな三葉の心情とは裏腹に七星は天都に歩み寄った。


「天都君・・・ごめんね?」


素直に謝る七星に全員の視線を浴びる。だがそんなことこ気にならず、天都は小さな微笑みを浮かべた。


「僕の方こそ、ゴメン」


そう言って気まずそうにしながらも視線を交わす2人を見て三葉は微笑んだ。これから2人がどうなるかはわからないがとりあえず仲直りの一歩は踏み出せたと思う。気温が上がる中、ここだけは穏やかな空気が流れていた。そう、こことは違って校門付近では不穏な空気が渦巻いていたというのに。



予定通り時間ぎりぎりに登校した進は校門の前で教師の大崎心に連絡を入れる。先に学校に来ていたこころだが、学校に誰もいないことに不信感を得ていた。今日は品川恭治が朝から来ているはずなのだ。なのにそれもなく、電話にも出ない。やはり進の言うとおり何かの罠かと思うこころがそれをラインにして送信し、校内を慎重に見回った。鍵が昇降口や教員用の出入り口にかかっていたため、裏手の出入り口もチェックするがこちらも施錠されている。何があってもいいように携帯を手にしながら見回りを続けるこころはグラウンドに天都たちを見つけてそっちに向かって走った。その頃、進は揃ってやって来た天音と明斗に会っていた。どうやら2人が揃って来たのは示し合わせたのではなく偶然らしい。だがそれは嘘だ。2人は待ち合わせをしてここまで来ていたのだから。そうとは知らない進と挨拶をした時だった。凄まじい殺気が3人を包んでいく。すぐさま臨戦態勢を取る天音と進とは違い、鳥肌が立つのを不思議そうにしている明斗は突然背後からした声に体をビクつかせてしまった。同時に頭部に凄まじい衝撃を受けて吹き飛ぶ。地面を転がる痛みすら遠くに感じる中、ぐらぐらする頭を必死で落ち着かせながら霞む目で校門の方を見やった。そこにいたのは男だ。肩甲骨付近まで伸びた黒髪をした男が幽鬼のごとくたたずんでいる。天音と進はその男から間合いを取りつつ構えを取っていた。


「木戸天音に佐々木進、か」


低い声でそう言い、クククと喉を鳴らして笑うものの表情はなかった。心と体が別の意志を持っているように思える。その男から立ち上る殺気はますます濃さを増し、天音と進にも鳥肌と不快感を与え続けていた。そして感じる恐怖。次元の違う何かを感じている2人は同時に2、3歩下がっていた。


「まずは、お前かな」


そう言い、男は進の方に体を向けた。殺気はさらに増大し、同時に鬼気もにじみ出る。進にしても天音にしてもこの男の放つ気は初めて感じるものだ。父である周人の鬼気とは違うし、柳生十夜の放つ強大な殺気ともまた違う。そして佐々木翔の放つ太くて堅そうなオーラともまた違っていた。そう、この男の気は不快感、ただそれだけだ。


「初対面の割にそうくるか?あんた何者だ?」


冷汗を流すが笑みは消さないのはさすがだ。進は父親譲りのポーカーフェイスを維持しつつ男の動向を1つ1つ監視するように見つめていた。


「俺か?俺は・・・・神だ」

「大きく出たなぁ」


進は笑っているが、内心では震えている。それほどこの男から出ている殺気はとんでもない。明斗は熱いコンクリートの地面に座り込みながら頭痛に耐えつつ、この男がウラヌスや木戸天空が言っていた『ゴッド』だと気付いた。つまりあのメールはこの男が送ったということになる。組織の大物が何故そんなことをしたのかと思うが、ウラヌスからもこんな情報は聞いていないだけに戸惑うしかなかった。


「個体を表す名は木戸左右千・・・木戸無双流の継承者」

「そうせん?」

「嘘つけ!木戸無双流はもう途絶えた!」


不思議な名前な上に、木戸無双流を名乗るとはますます何者かわからない。現に木戸無双流は途絶えている。父である周人の元に無双流の代表が断絶を告げに来た時に一緒に傍にいたのだから。


「途絶えていないさ、俺がいる。この木戸百零がいるのだから」


矛盾した言葉に進と天音が顔を見合わせた。さっきは左右千を名乗り、今は百零と名乗った。精神的に危ない人間だと思うが、百零の名は知っている天音がその疑問を口にした。


「木戸百零は死んだはず」

「死んでなどいないさ、ここにいる・・・俺は木戸百零でもあり、そして左右千でもある」

「意味わかんない」

「そいつは・・・・クローンだ・・・」


絞り出すような声を出す明斗の方を見た天音と進が驚いた顔をしてみせる。左右千はじろっと明斗を見て、それから機械的に小首を傾げる仕草を取った。そこに人間らしさはない。


「そいつは木戸百零のクローンなんだ。遺伝子までも操作された、人間でもない存在」


遺伝子という言葉に反応した天音の顔が驚愕に変化する。そんな天音から視線を逸らし、明斗は苦々しい表情を浮かべて強く両手の拳を握りしめた。


「そうか・・・お前、プロト・ワンか。天空にでも聞いたのか?しかし驚きだ、生きて存在していたとはな。完成された最初のクローン。完全な個体であるお前は破棄されたと聞いていたが」


左右千のその言葉に明斗は地面を睨むしかない。こんな形で天音に知られたのが悲しかった。だから天音の顔を見れず、明斗はぐっと目を閉じることしかできない。


「心配ない、お前は再度破棄される・・・この俺の手で」

「させないけどねっ!」


そう言い、とび蹴りを放つ天音のそれを首だけを逸らして難なく躱す。同時に低い体勢で迫る進が左右千の足を取りに行くが、タイミングを合わせてその額に伸ばした足を当てた。軽く当てられただけの進の体が吹き飛び、地面を転がる。それでもさっと立ち上がって戦闘態勢を取れるのはさすがだが、頭はグラグラして視線も定まっていなかった。首に力を込めなければへし折れていたかもしれない、そんな衝撃だった。


「まずはお前からだ」


左右千がそう言い、進に向かって一気に間合いを詰める。同時に飛ぶ3発の拳をどうにかブロックした進の体が数センチ空中に浮いた。パンチと同時に膝が腹部にめり込んだ衝撃だ。目に見えた『気』が使えないまでも、内部に働く『気』を集中させて『気』による硬化を行うも、その凄まじいダメージを殺すことは出来ずによろけて片膝をついた。その進に大きく一歩を踏み出した左右千の右腕が背中から回って進の顔面に拳が舞う。接触するその拳に目を閉じることも出来ずに見つめていた進は、相手が右側に体を流したせいで空気を切り裂く拳の事を聞きながらすぐに態勢を整える左右千を目だけで追っていた。


「大丈夫?」


左右千の『豪天龍昇』の軌道を変えるために咄嗟に蹴りを見舞った天音のおかげでその技を喰らわずに済んだが、左右千のスピードは常人を遥かに超えている。即座に進の後頭部に蹴りを見舞い、倒れこむ進を見もせずに今度は天音に襲いかかった。


「お前は殺さないがね」


そう言い、横から天音の左の二の腕に拳をぶつけた。いや、天音がパンチをそこでブロックしたのだ、意図的に。そこから次に来る技は分かっている。そこから肘を折りたたんで鎖骨を狙う『陽炎かげろう』だろう。だから天音は身をかがめて足元を蹴りに行ったのだ。だが左右千はそれを読んでいたのか、拳をブロックされた時に振り上げていた右足を勢いよく落としてきた。舌打ちした天音が右手でそれを受け止めると同時に左拳を相手の腹部に見舞うものの、左右千は掴まれていた足を軸に上体を起こしながら天音の背後を取る。素早く回し蹴りを放って先手を打つ天音のその蹴りは軽くブロックした左右千の左腕に触れた瞬間に大きく跳ね返されてしまった。痛みを伴うそのブロックに疑問が巻き起こったが、今はそれどころではない。一旦間合いを置いた左右千にどこかホッとしつつ、天音は再度構えを取って左右千を睨み付けた。


「同じ流派同士の戦いなど想定していないと思ったが、双子の兄がいたんだったな」

「まぁね。それよりさっきのブロックは何?あんなの、木戸の技にないけど?」

「さぁ?」


不敵に微笑むその表情に寒気と恐怖がにじみ出てくる。ただのブロックであんなに大きく跳ね返されるわけがない。しかも痛いのだ。攻撃とも防御とも取れるあのブロックは木戸の技ではない。あるとしたら、それは木戸無双流だけのオリジナルなのだろうが、そんな話も聞いたことが無い。とにかく、そんな技を差し置いても強すぎる。おそらく、相手はまだ本気になっていない。こちらはほぼ全開だというのに。圧倒的な恐怖をばらまきながら不敵に微笑む左右千は指を曲げてかかってこいという風に挑発をしてきた。あえてそれに乗る天音が本気になる。相手がまだ自分を舐めているのなら勝機はあるはずだ。スカートというのが煩わしいものの、気にしなければいい。もっとも、気にしている余裕などない。すかさず連打を浴びせるも全てがブロックされる。それと同時に左右同時の蹴り、奥義でもある『亀岩砕きがんさい』を見舞うが、読まれていたのか一旦後ろに下がってそれをやり過ごし、それから前に出て拳を腹部にめりこませた。ぐふっという呻きと共によろめく天音は『亀岩砕』の着地も上手く決まらずによろけてしまった。そんな隙を逃す左右千ではなく、大きな動作で右足を振りぬいて天音の側頭部を狙った蹴りを見舞う。咄嗟の反応は日ごろの鍛錬の賜物なのだろう。両手でブロックしたものの吹き飛ばされて地面を転がってしまった。腹部のダメージに加えて今の蹴りはブロックしたとはいえ全身に衝撃が走るほどの威力を持っている。起き上がろうにもすぐには体がいうことを聞かず、そんな天音の髪を掴んだ左右千は自分の顔に天音の顔を近づけた。


「女にしては強い・・・俺の子を産む資格は十分にあるな」


気持ちの悪いことを言うこの男に鳥肌が立つ。だがら天音は渾身の力で右拳を顔面に見舞うものの、それはあっさりと受け止められる。左右千は掴んだ手に力を込めれば、天音の拳の骨が軋んだ。骨ごと粉砕されそうなほどの痛みにその顔が苦痛に歪んだ。


「誰が・・・・あんたなんかの・・・・・・」

「俺の中の血が騒ぐんだよ。木戸の血を1つに戻せと。宗家を滅ぼし、その血を1つにする、それが木戸無双流の悲願であり、宿願だ」


その言葉に明斗はうなだれた。やはり自分の中の天音への想いは遺伝子の、木戸の血のせいなのだと思う。この呪いからは逃れられない、逃れようもないと痛感していた。天空も、左右千も、そして自分も同じ想いを抱いていることがその証明なのだから。


「お前なんか、天都に倒されろ」


絞り出すその言葉にピクリと反応する。


「天都は、あいつはあんたなんかよりも強い」

「そうかぁ?データを見たが、平凡以下だった」

「あいつが本気になれば、あんたなんか・・・・」


その言葉が言い終わらないうちに、左右千は再度天音のみぞおちに拳を見舞って解放し、立ち上がった。顔は学校の方に向いている。本能的にも分かっていた、天都が中にいることは。


「面白い。なら、あいつの首をお前の前に置いてやろう」


左右千はよろめきながら天音に近づく進に再度蹴りを見舞い、それから明斗を一瞥する。


「プロト・ワン、お前は最後に殺してやろう・・・兄弟としてのせめてもの情けだ」


うなだれたままの明斗は左右千を見れず、ぎゅっと拳を握ることしか出来なかった。結局、自分はあの男と同じだと、そればかりが頭の中を巡る。自分の出自を天音に知られた痛みもあって、壊れそうな心を必死に守ることしか出来ない。校門の向こうに向かう左右千を見る事さえ出来ずに。


「天音・・・・・大丈夫か?」

「ご、ゴメン・・・しばらくは動けそうもない」


進が痛む体を押して立ち上がると弱弱しくそう言う天音を抱き起した時だった。背中に強烈な打撃を受けてよろめいた進は天音の手を離してそっちを見やった。今度はやたらとヘラヘラした男がボロボロのジーンズのポケットに手を入れた状態でそこにいるではないか。


「やーれやれ、左右千の暴走には困ったもんだ」


その声に顔を上げた明斗は立て続けに起こるこの事態に震えるしかない。木戸天空までもがここに現れた、その異常性に戦慄するしかなかった。



組織の内部は大慌ての状態だ。朝になって責任者である桑田良介が来たときにはもう騒ぎになっていた。あらゆる機器が停止しており、調整槽の中のセイタンとプルートが死亡している。職員も数名殺されており、また現場責任者も死体で発見されていた。一体何があったのかと監視カメラの映像を確認するものの、それすら破壊されている始末。遅れて来たアイスキューブ・ゴッドワルドも驚く中、天空とウラヌスを招集しようとするがそのどちらとも連絡が取れない状態にあった。システムが完全に破壊されているために天空に仕掛けたGPSも作動しない。左右千とも連絡が取れずに大騒ぎになる中、それを隠れるようにして遠目に見ていた天空が小さく微笑んでいた。そう、彼は知っていたのだ。左右千の中の百零が表に出て2人が1つになったことも、セイタンやプルートたちを殺してシステムを破壊したことも。それでいて放置したのだ。自らの計画の破たんと知りながらこの状況を楽しんでいる。


「木戸天音を捕獲するつもりだろうなぁ・・・他の輩は皆殺しにして」


だったら天音を殺せばいい。最初は明斗との間に子供を産ませればいいと思っていた。左右千の中の、そして自分の中の木戸の血を否定させるためにはそれが一番だと思っていたからだ。アイデンティティの破壊こそ、木戸の血に対する復讐になるのだから。だが、これは想定外だ。


「時限爆弾が爆発せず、それ自体が取り込まれたわけだ・・・お粗末な計画だよ」


左右千の遺伝子の中にだけプログラムされた木戸百零の記憶因子。それこそが時限爆弾だ。桑田は左右千と百零を1つにし、その血の根底にある悲願を達成してやることで完全なる存在を作り出そうとした。全てを達成したその心理こそ、左右千という完全なる超人の誕生になるはずだった。だが、左右千の中の百零はどういうわけか自我を持った。そして徐々に左右千の意識に浸食して魂を1つにしたのだ。科学的に証明できない事象、それが今起こっているのだ。霊能者でもない限り、今の左右千に起こっている事は理解不能だろう。だが、怨念の魂が宿った左右千はもう左右千ではない。百零でもなく、木戸無双流の怨霊にすぎない。だから天空は桜ヶ丘高校に向かったのだ。木戸の血が木戸の血を呼ぶ、それを知っているのは天空も同じだったからだ。

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