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晴れ!  作者: 夏みかん
第7章
36/52

何度でも 5

シャワーを浴びつつ、明日にでも兄である翔に相談しようと決意している進はそっと開く浴室のドアに気付いていない。ただ打たれるままに目を閉じているせいか、シャワーの音にまぎれたその扉の開く音にも反応できなかった。だからか、不意に抱き着かれた進はとっさに進入者の腕を取って、そこで我に返った。その華奢な腕ですぐにこころだと認識したせいだ。それが出来ていなければ、今頃腕を背中に捻りあげて壁に押し付けていたところだ。こころは咄嗟とはいえ反射的に反応した進に感心しつつ、そっとその体に抱きついた。


「さすがだね」

「咄嗟だったし・・・痛くなかった?」


進は掴んだ部分を見つめ、痣になっていないことを確認する。咄嗟だった故にあまり力の加減が出来なかったからだ。


「痛かった」

「ゴメン」


ぎゅっと抱きしめてくるこころをそっと抱くようにし、2人は出したままのシャワーを頭からかぶっていた。


「この後、どうするの?」

「何も考えてない。でも夜には帰るけど」


その言葉に不満そうにしたこころに苦笑しつつシャワーを止めると壁にもたれかかった。冷たいと思うが心地よくもある。


「帰るんだ?」

「さすがに連泊は母さんに殺される」

「なら私が事情を説明します」

「なんて?」

「成績を上げるため、合宿するので!ってな感じ」

「・・・・・・・・話にならねぇな」

「えぇ~・・・そうかなぁ?」


学校での凜とした態度のこころはプライベートでは一切ない。馬鹿っぽいというか、子供っぽい。特に進の前ではそうなるようだ。


「とにかく今日は帰る」

「じゃぁ夜までずっとくっつく」


そう言い、さらに抱擁を求めた。進は苦笑しつつこころを強く抱きしめる。学校でもこの子供っぽさを出されてはたまらないと思うが、対処方法も思いつかない今は新学期に入ってからのこころの様子を見て決めようと考えた。キスをせがむこころに応え、濃厚なキスをしつつ、学校でこうしているシチュエーションを想像しつつ興奮している自分もまたダメだと自覚する進だった。



欲求が加速している。宗家の血を絶やせと頭の中で叫んでいる。宗家の血と1つになることを望んでいる声も聞こえる。頭痛はひどくなり、夢か現実かわからないような光景がフラッシュバックのように巻き起こっていた。突然乱入してきた木戸周人と佐々木哲生の殺気めいた瞳、そして全裸でいる数人の女性たちが怯えた目をしている。名もわからない仲間が倒されていくのを見て、自分は心が躍るのを感じていた。宗家の後継者と戦えるという歓喜は、だがしかし佐々木哲生によって掻き消されてしまった。周人の相手は自分の補佐を務めたアメリカ人だ。それでもいいと思う。この元軍人でも『魔獣』には勝てまい、そう思ったからだ。『魔術師マジシャン』を殺し、その上で『魔獣』も殺せばいい。宗家との血は1つに出来ないが、木戸無双流の悲願は達成されるのだから。だが、敗北したのは自分だ。『魔術師マジシャン』のトリッキーな動きに翻弄され、渾身の一撃も空を切った。数えきれない戦いを経験し、人を殺してきた自分がこうもあっさり敗れた事実が腹立たしい。だが、そこで自意識は消えた。そして、今、自分は何をしているのだろう。中国や韓国、北朝鮮の工作員とも何度となく戦った。ウラヌスがいて、セイタンがいて、プルートがいる。自分は『ゼロ』であり、そして『ゴッド』だ。ああ、そうだ、自分の中にいるのは木戸百零であり、それを自覚した自分は木戸左右千だ。いや、逆なのかもしれない。『ゴッド』であり『ゼロ』でもある。ああ、もうどちらでもよかった。名前や異名など意味はない。自分こそが木戸無双流の継承者であり、最強であり、そしてその悲願を達成する者なのだから。だからまず木戸天都を殺そう。そして木戸天音を拉致して子供を作り、既に全盛時の力もない木戸周人を殺すだけ。ただそれだけで全てが達成されるのだ。歓喜が全身を埋めていく。乾いた心を潤していく。さぁ、どうすれば一番効率的に天都と天音に接触できるのだろう。端末を叩きながら策を練る中、不意にあるデータが開示された。それは木戸兄妹の個人情報だけでなく、その友人や家族のものまで記録されていた。ウラヌスが三葉とアドレス交換した際に得たデータを見つめ、自然と笑みがこぼれた。一瞬で計画が頭の中で組み上がった。木戸天都を殺す前に、絶望を与えよう。友人を目の前で殺して己の無力さを自覚させた上で殺す、それが最高だと思えた。木戸左右千であり、木戸百零でもあるその男はそのデータを使用してメールを作成していった。傍観者である生贄は多い方がいい。下村明斗、瀬尾三葉、笠松紅葉、中原南、小野メロディ、山下里奈、陣内時雄、佐々木進、谷口野乃花、そして結城七星。これだけの生贄があれば十分だろう。死んでも寂しくないだろう。だから男は笑った。佐々木翔は後回しにすればいい。あの男が今や自分にとって最も危険な存在なのだから。男はメールを完成させ、それを送信した。笑いが止まらない。明日、全てが始まり、そして終わる。それが嬉しくて笑い続けた。



岩場付近で遊び、浜辺で遊び、疲れた2人は少し離れた場所にある海の家に向かった。飲み物は持参しているが、やはり冷たいものを飲みたいと思うし昼ごはんも必要だ。焼きそばやフランクフルトと一緒にジュースも買い、拠点に戻る天音はどこか不機嫌そうだった。そんな天音を不思議そうに見た明斗に気付いたせいか、天音は不機嫌さの理由を口にする。


「高いよね・・・ジュースにしても、食べ物にしてもさぁ」


それが不機嫌さの原因かと笑ってしまうが、睨む天音の言葉には賛同できた。だからあえて相手側の立場になって意見を言う。


「海の家は期間限定的な商売だからな。だからここぞとばかりに稼ぐし、高いとわかっていても買うこちらもまた需要と供給のバランスを取ってるってことだ」


大人な意見な明斗をじろっと睨むが、そう正論を言われては黙るしかない。仏頂面して歩く天音に苦笑しつつ、明斗はこんな自分でも天音ならばちゃんと受け止めて理解してくれそうな気がしていた。2人は拠点に戻り、昼食を取る。迎えは夕方4時にならないと来ないため、あと3時間はここで過ごす必要があった。それでもギリギリというのは問題があるとして3時には着替えを済ませようという風に話はついている。だから、そのあとで明斗はある程度のことを天音に話そうと考えていた。勿論、自分の出自は伏せておく。食事を終えてジュースを飲んでいる天音がくつろいだ格好になった。胸は控えめだがスタイルはいいし美形だ。なのにそれが目立たないのは何故だろうか。男のような口調のせいか、性格のせいか。だが明斗には天音の可愛い部分も見えていた。照れたりした顔などは心が大きく揺さぶられるほどに。この想いもまた遺伝子がそうさせているのかと思い、それを否定した。これは自分の意志だと思える。だが、もし木戸の血を1つにしようとする深層心理が働いているとしたら、そう考えると怖い。


「深刻な顔してるけど、なんかあった?」


海を見たままそう言う天音はあぐらをかいている。弱い海風に短い髪が微妙に揺れているのを見た明斗は少し顔を伏せた。


「少し、な」

「あ、そう」


興味が無い、ではなく、あくまで言いたくないなら聞かないという姿勢だ。それもまた嬉しく思う。明斗は空になったジュースの缶を脇に置いて立ち上がった。そのままパラソルを出て陽光の下に出る。そんな明斗の背中を見つつ、天音もまた立ち上がってそのままその横に並んだ。風が強く吹き、熱くなってきた体に少しばかりの涼しさを感じさせた。


「暑いから、入ろう」


天音がそう言って歩き出す。本当は聞きたかった。何かを悩んでいることは今日会った時から見抜いている。けれどそれは口にしない。言い難いことを聞き出す勇気が持てなかったからだ。だからせめて気分転換でもできればいいと思って過ごしている。それしか出来ない不器用な自分を押し殺し、天音は明斗を振り返って微笑んだ。


「右の方に行こうよ」


左はさっき遊んだ岩場で、右側は人の多い場所だ。海の家のあるそっちは家族連れやカップルや学生が多くいた。天音たちがいる場所は浜辺とはいえ石が多いために足場がゴツゴツしていて人気が無いのだ。


「少し沖まで出て、流れに乗って行くか」


潮の流れは左から右、つまり流れのままに行けば自然とそちらへ流れていくというわけだ。2人は持ってきていた板状の浮き輪を持ってゆっくりと泳いで沖に進み、そのまま浮き輪に掴まって流れに身を任せた。火照った体が冷えていくが、出している顔が熱いせいか寒さは感じない。むしろ心地がいい。


「部活、頑張ってるのかい?」


不意にそう言われ、天音はVサインを出す。当面の目標は秋の大会で自己ベストを更新することだ。走り込みも順調な上、瞬発力もついた天音の蹴りは重さを速度も増している。その分、自主鍛錬では上半身のバランスを鍛えることに集中していた。


「秋には自己ベストを更新したい。優勝とか、そんなのはもうどうでもいいって感じ」


実に天音らしい思考に笑みが浮かぶ。相変わらずというか、ブレないというか。明斗は羨ましく思っていた。自由に生きている天音を、そして普通であることを。


「でも、あんたがいなくなってちょっとアレかな・・・」


呟くような言葉だが、明斗には聞こえた。少し足をバタつかせて天音の傍に寄ると、天音は少々赤い顔をしてそっぽを向いた。


「張り合いがないっていうのかな、そんな感じで」

「ライバルは他にいるだろ?」

「目先のライバルはあんただったから。むかつくほど完璧なあんたを超えたいって、そう思って走ってた」

「完璧、か」


それは作られた完璧だと思い、明斗は遠い目を沖合に向けた。巨大なはずの船が遠くに小さく見えている。


「天都じゃダメなのか?」


急な展開に天音が目をパチクリさせて明斗を見やった。どういう話の流れでそうなったのかわからない。そんな顔をしている天音に苦笑し、明斗は少し大きな動きで浮き輪に上半身を預けた。


「ライバルなら、ってことだよ」

「・・・あいつは、ライバルにはならないよ」

「何故?」

「あいつは弱いし、でも強すぎる」


その言葉の意味がわからない。弱いとは聞いているし、その本性が強いとも聞いている。だが本人にその気がないなら弱いままのはずだ。ライバルとしてその強い天都を目標にすればいいと思ったからの言葉だった。


「弱いあいつは目標にならないし、強いあいつは、もう想像できない。だから無理」


そのきちんとした回答に納得するしかない明斗はそのまま黙り込んだ。自分の中の木戸の血が天都の命を欲した際、自分はどうするのだろうか。喧嘩もしたことがない弱い自分が武術を会得している天都に勝てるとは思えない。きっと叩きのめされて終わるだろう。


「あいつは今、絶賛混乱中だしね」

「混乱?」

「七星に告って振られて・・・瀬尾さんが気になって、多分、意識し始めてる」


やはり兄妹なのか、よく天都のことを理解していると思う。


「前に行ったろ?天都には瀬尾が似合っているってな」

「悔しいけど、そう思うよ」


微笑む天音にドキドキした。抱きしめたいとも思う。だがそれは自分の意志なのかわからない。もう何が自分の意志で自我なのかもはっきりしなくなっている。だから明斗は沖合いを見つつ流れに身を任せた。それを見た天音は小さく微笑むと同じように漂う波に身をゆだねるのだった。



3時まで遊び、予定通りに荷物を持って海の家に移動した。明斗は軽くシャワーを浴びてTシャツとジーンズに着替え、そのまま畳の敷かれた海の家に座り込んだ。この後は岩場の方に移動して話をしようと思う。決して感情的にならず、悲観的にならないようにと自分に言い聞かせていたら天音がやって来た。こちらはキャミソールに短パンという姿だ。髪が乾ききっていないせいか、いつもと違う髪形にドキドキしてしまう。やはり天音は可愛い、そう思えた。


「着替えると暑いかと思ったけど、意外にそうでもないね」


微笑む天音に笑みを返し、明斗は決意を固めた。


「少し遠いけど、岩場の方に行かないか?」


その言葉にそっちを見るが、神妙な顔をした天音はただ頷くだけだった。パラソルなどの大きな荷物は明斗が持ち、天音は自分のバッグを担いで海の家を出る。日差しはまだまだ強いが海風のおかげでいく分か緩和されている状態だった。いつもと雰囲気の違う明斗にドキドキしているせいか、会話が無い。もしかして告白でもされるのかと意識してさらにドキドキを加速させる。自分はどう返事をすればいいのか、本当に明斗を好きなのか、そんなことばかりを考えるものの、まだ告白されると決まったわけではないために冷静になるよう自分に言い聞かせた。そうして岩場に到着し、荷物を置いて少しだけ岩場に上がった。そこに腰かけ、足を伸ばした天音はますます加速するドキドキを悟られないようにただじっと海を見つめていた。そうして数分、明斗がゆっくりと口を開いた。


「運命って、信じるか?」


やはり告白かと思う天音だが、それにしてはどうも雰囲気が重苦しい。明斗の緊張もどこかそういう感じではないと気付いたせいか、すーっと冷静になる天音が返事をする。


「信じる。まぁウチの両親の話聞いたら、信じたくもなるし」


両親が出会った時、母親の由衣は父親の周人を毛嫌いしていた。それこそ人格すら否定するほどに。だが2人は由衣が襲われたことをきっかけにお互いを知り、そして付き合って結婚した。『魔獣』と呼ばれた周人の全てを受け入れて結婚したこの2人は運命によって導かれたのだと思う。自分もそういう恋をしたいと思うほどに、それは運命的だった。


「けれど、その運命を遺伝子が決めていたとしたら?」

「遺伝子?」


話が変な方向に行くなと思う天音は岩にぶつかる白い波を見つめた。遺伝子、つまりは自分を構築している大元ということか。


「遺伝子が全部を決めていたとしたら、どうする?人を好きになっても、それは自分の意志じゃない、遺伝子に刻み込まれた血筋の遺志だとしたら?」

「ありえないっしょ?」


明斗が言い終わる前に天音がそう口にした。はっきりと否定をした天音の方を向いた明斗の目は冷静である。


「じゃぁ、遺伝子の意志の上に自分があるの?その人を好きになるもの嫌いになるのも遺伝子?バカみたい。自分がそう思うからそうなんじゃないの?私の強さは遺伝だと思う。でも、その遺伝を開花させたのは父さんに鍛えられたからであり、私の努力があってのことだよ」


天音は少し怒ったような顔をしていた。明斗はそんな天音をまっすぐに見つめる。


「だいたい、遺伝子が決めるなら運命の出会いなんてないし、失恋も離婚もない」

「そう、だな」


それは普通の人間であれば、だ。自分はそうではない。木戸百零という男のクローンであり、遺伝子を操作された人間だ。


「でも、人の強さは遺伝子で決まるのかもしれないけどね」


ポツリとそうこぼす天音を見た。悲しげで憂いに満ちた顔が美しい。


「代々継承しているからか、そういうこともあるんだと思う。ひいじいちゃんは強かったそうで、おじいちゃんは弱いんだって。父さんは最強で、それを受け継いだのは天都。私はそのおこぼれでそこそこ強い」


俯き加減に視線を落とし、天音は小さく微笑んだ。そこにはさっきの悲壮感はない。


「でも、努力しないと強くはなれないから。天都もそうだし、翔さんも進もそう。みんな努力してきた。才能だけじゃ絶対に高みにはたどり着けない。努力が必要だもの。陸上もそうでしょ?」


そう言って微笑む天音に頷く明斗の目から涙が零れ落ちた。あまりの出来事に驚く天音がうろたえる中、明斗は膝を曲げてその間に顔を埋め、声を殺して泣いた。天音はゆっくりと起き上がるとそっとその背中に覆いかぶさって行く。体をびくつかせる明斗だが、ふりほどうこうとはしない。熱いとすら感じず、ただその優しい温もりを背中に感じていた。海から出て間もないのに、汗もかいているはずなのにいい香りが鼻をくすぐった。自分を肯定された気がした。それと同時にやはり自分は普通ではないのだと実感していた。才能も全て最初から意図的に埋め込まれたもの、だが、その才能を開花させて維持してきたのは努力だ。遺伝子にそれが刻み込まれていたらどうなっていただろうか、そんな風に考えるともうわけがわからなくなったのだ。だから泣いた。感情が行き場所を失くした結果の涙だ。そんな自分を優しく包んでくれた天音を好きでよかったと思う。でも、それは言えない。告白できるはずもない。自分は普通ではないのだから。自分の中には天音たちを憎悪している木戸百零の血が流れているのだから。嗚咽する明斗を抱く力を少し強くし、天音はそっと口元を明斗の耳へと向けた。


「あんたはいろいろ抱え込んでいたんだね。吐き出せばいいのに・・・私で良ければ話聞くからさ」


優しい言葉が辛い。好きだからこそ、その優しさが辛かった。


「そんなことをしたら、君を傷つけることになる」


絞り出すようにそう言う明斗の言葉に驚くものの、笑みは消えなかった。どういう悩みか知らないけれど、自分を気遣ってくれていることが嬉しかった。


「傷つけられないよ。私はあんたが思っている以上に強いからね」

「絶対に、嫌う・・・・言えば言うほど・・・きっと・・・」

「何度でも慰める。たとえあんたを嫌っても、その理由を聞いて納得して、また慰めるからさ」


もう言葉は出なかった。明斗はただ泣くだけだった。その優しさに、自分の出生に、そして天音への愛に。



そのメールに首を傾げたのは送信された全員だった。まだ海にいてそのメールを見ていない天音と明斗を除き、その内容に誰もが疑問を感じずにはいられなかった。


『ある生徒のイジメ問題に関して聞き取り調査を行います。すみませんが明日学校まで来てください。このメールが来たことは内密にお願いします』


学校でのいじめ問題など聞いたこともないし、関与もしていない。なのに何故自分なのかと思う。しかも今は夏休みであり、それもあと3日で終わるというこの時期に。一応、学校側は生徒の個人アドレスを把握している。あくまで緊急時の対応用であり、そして卒業後はすみやかに破棄されるのだ。だが、夏休み前にいじめの問題で自殺した生徒が2名出た近隣の中学のせいか、そういう話題には敏感になっている。返事はしないが明日は登校することに決めた面々は親にそれを告げて制服を用意したりと動いた。だが、進だけはこのメールに疑問しか抱いていない。そしてそれは一緒にいたこころのせいでもある。メールを見たこころが首を傾げたのだ。教師である自分に対して一切の連絡はない。なのに生徒だけにこんな通知をするのはありえないと言ったからだ。学校側が動いているのならこころにも何かしらのアクションがあって然り。だからこそ進はそのメールに疑問を抱いた。そして警戒をする。


「なんなんだろう・・・・」

「さぁ・・・・罠か、あるいは何かのお誘いか」


進は不敵に微笑んでいた。自分たちを誘い出すための罠にしては学校を指定している時点で矛盾している。だが、興味はある。学校に連絡をして確認すれば手っ取り早いが、嫌な予感もするのでそのままにすることに決めた。


「10時に、か・・・・先生も一緒に登校します」


メールを覗き見ていたこころがサッと敬礼するが、全裸だと間抜けに見えるのみ。せめて下着ぐらいは着けろと思うが、さっきまでベッドで抱き合っていたので仕方がないと思える。自分はかろうじてトランクスを履いている状態だ。しかしこころの存在は心強い。教師として学校で待機して、何かあれば他の先生に救援を要請すればいいのだから。だからあえて学校には確認せずに様子を伺うことにしたのだ。罠か悪戯か、どちらにしても相手の出方が見たい。


「でも・・・進が強いの知ってるけど気を付けてよね?」

「ま、少々の相手なら怪我もしないよ」

「そうじゃなくって!」

「え?」

「私を守ってってこと!」

「・・・・・・誘い出されているの、俺なんだけど?」

「それでも!」

「へーへー」


気のない返事をしてスマホをベッドに置いた。その途端に押し倒された進の上にこころがまたがった。


「守る気がないなら、その気にさせてあげる」

「守る気はあるよ・・・でも明日は大丈夫っしょ?」

「明日に限定したので、お仕置きです」


そう言い、こころはぎゅっと進に抱き着いた。大きめの胸が進の胸によって形を変えていくほどに。


「これのどこがお仕置き?」

「もう離れません」

「え?」

「今日は帰さないってこと!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・バカだろ?」


ため息交じりにそう言うことしか出来ずに脱力する進に向かって微笑むこころはどこか嫌な予感もあってか、ただ進の温もりを感じていたいとこうしたのだ。そんなこころの不安を読み取った進がこころの背中に腕を回す。


「何かの時は絶対に守るよ」

「うん」


こころは進の頬にそっとキスをし、その温もりを感じ続けた。それだけで安心できる。年上の自分が年下に感じるほど、かなり童顔の進は大人びた雰囲気があり、それがたまらなく安心できる要因になっているのだった。



岩場を離れ、待ち合わせの場所に向かう。ひとしきり泣いたあと、顔を上げた明斗は元の明斗だった。まだ目は赤いけれど、それでもいつもの明斗だ。天音はそんな明斗の横に並び、そっと小指を明斗の小指に絡める。一瞬ビクッとなった明斗だが、そのままゆっくりと小指に力を込めた。2人がドキドキする中、そのままで待ち合わせの場所に立った。荷物を地面に置いた明斗はスマホをバッグから出し、天音はバッグからお茶の入ったペットボトルを出してそれを飲む。短い時間だったとはいえ、繋いでいた小指に残る感触はずっと記憶に残っていた。そうしていると明斗が小さく声を上げたためにそっちを見た。


「いじめ?」


一通りそれを読んだ明斗は覗き込んできた天音にそれを見せる。その間、明斗はこのメールの差出人が木戸天空と名乗ったあの男ではないのかと考え始めていた。


「私にも来てる」


天音の言葉に顔を上げた。自分を誘いだすための罠かと思ったが、そうでもないらしい。だが油断は出来ない。


「ちょっと待って・・・野乃花たちにも来たみたい」


普通のメールではない、ラインでのやり取りを見れば、野乃花や三葉にも同様のメールが来たようで動揺している様が見て取れた。


「いじめなんかあったっけ?」

「さぁ、な」


これによって天空の仕業という線は限りなく低くなった。自分と天音だけならその可能性は高かったのだが、野乃花や三葉を呼び出す理由が無いしメリットもないはずだ。ならば純粋にそういう聞き取り調査なのか。


「なんか胡散臭いね」


天音に賛同して頷く明斗は時間指定ギリギリの10時に登校しようと天音に持ちかけ、天音もそれを承諾する。何やら嫌な予感がするが、虎穴に入らずんば虎児を得ずである。なら、時間ぎりぎりに登校して何か起こっていればすぐ対応できるようにしようと決めたのだ。そんな2人に近づく車を見て、明斗は軽く手を挙げた。迎えの車が到着したのだ。


「すまない、待ったか?」

「大丈夫。まだ4時前だし」


そう言いながら車に乗り込む明斗はさっきのことを打ち明けるかどうか悩んでいたが、結局それを話すことをしなかった。ターゲットが自分ではないと判断してのことだ。なるべく父に負担をかけたくない、その優しさもあった。


「楽しかったかい?」

「はい!」


ルームミラー越しにそう言う麟に笑顔を見せた天音に頷く。燐は嬉しそうに微笑むとそっと明斗にだけ聞こえるように小さく呟いた。


「いい子じゃないか」


黙ったまま頷く明斗に燐は複雑な心境になる。好きな相手は因縁の相手なのだから。明斗の意志か、それとも遺伝子の遺志か。何度も何度もそれを考えたものの、答えは出ずじまいだ。いや、答えを見つけるのは明斗自身なのだから。



調整槽の中に入っているのはセイタンとプルートだ。最近はよく単独行動をしているウラヌスはまだ戻って来てはいない。時々ブクブクと泡を立てる2人を見上げる左右千は小さく微笑むと水槽を管理している装置に近づいた。そのまま機械を操作している技師の首を一瞬で捻り折り、歩いて他の技師に近づいては同じ行為を繰り返した。そしてここには誰もいなくなる。管理者の桑田も、そして自分の監視者でもあるゴッドワルドもいない。ここで働いている人間は全て殺した。桑田もゴッドワルドも明日の朝までは戻ってこないだろう。その足で別室になっている統括責任者の部屋に行き、あっという間にこれも殺害する。人を殺すことに何のためらいもなかった。第一、自分に勝てる者など存在しない。調整槽の中のセイタンもプルートも変異種であり特殊な能力を有しているが、自分には攻撃できないよう脳に細工をされているのだから。


「セイタン・・・・・魔王の名を持つ土星、か」


彼が入っている巨大な水槽の真下にある装置を操作して機能を停止させ、持ってきていた劇薬を投与できるように細工をして細胞安定薬の容器に繋がった部分にそれを差し込んだ。そして今度はプルートの前に立ち、同じようにしてそれを見上げた。


「プルート・・・・・あの世の名を持つ冥王星、か」


そう言い、装置を再起動させた。たちまち細胞安定薬に劇薬が混じり、苦しそうな泡を口や鼻から吐き出すとあっという間に動かなくなった。あとは桑田を殺し、ゴッドワルドを殺し、天空とウラヌスを殺せばいい。この施設はどうとでもなる。機械室に向かった『ゴッド』はそのまますべての電源を切った。真っ暗になったそこにたたずむ『ゴッド』は不敵に微笑むと暗闇の中でも何にぶつかることなく出口に向かって歩き出した。


「誰にも邪魔はさせないぞ・・・・福山のようにな」


それは百零の記憶だった。もう、木戸左右千は存在しない。いや、木戸百零も存在しない。いるのは神と呼ばれた男だけであった。

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