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晴れ!  作者: 夏みかん
第7章
35/52

何度でも 4

プールを出た5人はフードコートで涼んでいた。日焼けした体が熱い。何度焼いてもその都度熱い体が嫌になるが、冷たいジュースを飲めばそれも吹き飛ぶ。ちゃっかり天都の横を陣取った紅葉の正面に座る三葉はあれこれ世話を焼こうとする紅葉に困っている天都をぼーっと見つめていた。その隣の2人掛けのテーブルに向かい合って座る時雄と里奈は指を絡めあって自分たちの世界に入り込んでいる。その2人を無視し、三葉は自分の気持ちに戸惑いを感じていた。恩返しに天都の幸せを願ってきた。そのために動きもしたし、これからもそうしたい。でも、天都の気持ちは揺らいでいる。七星でなく、自分を好きになろうとしている。それは嬉しいことだが、それで本当にいいのだろうか。振られて流されて、それで自分を気になったのではないかと思ってしまう。それでもいいじゃないかと思う自分、七星ともう一度話をさせた方がいいと思う自分がせめぎ合っているのを自覚しているが答えなど出ない。ただ、天都が好きだという気持ちがもう抑えられなくなってきている。現にいちゃつく紅葉を見ていられずに目を背けているのだから。助けられて好きになった。好きだからこそ天都を見て、その人柄にますます好きになった。いや、それは錯覚なのかもしれない。助けられた時のあの天都を見て好きになっただけのこと。かっこよかったと同時に怖いと思った自分の気持ちを確かめたくてそう思い込んでいるのかもしれない。ここへきてそんな風に悩む三葉は小さなため息をついた。恋ってなんだろうと思う。恋人のいる同級生などはイケメンだから好きになったとその理由を口にし、付き合ってその中身の最低さを見て別れたと語った。逆に里奈は時雄の変に気取った部分を好きになり、外見など気にならないと言った。ならば自分はどうなのだろう。天都はちゃんとすればイケメンだと思う。そして強い。中身も気弱すぎる部分があるが優しいと思う。だが、それだけだ。天都の全部を好きになったと思っていた。なのに今はその自信が揺らいでいる。好きになったのは助けてもらったから、ただそれだけしかないような気がして、三葉は再度深いため息をつくのだった。



そのメールを目にし、明斗はベッドに寝転がる。あの日以来、何をする気にもなれなかった。自分はクローンで人間ではない。その身体能力も全て作られたまがい物でしかなかった。その現実だけでなく、自分の気持ちもまた作られたものでしかなかった。天音を好きになったのは自分の中を流れる木戸の血がそうさせただけのこと。宗家の血と1つになろうとするその意志のせいだ。頭を抱えて丸くなる明斗の脇で、スマホがブルブルと震えていた。今度はラインではなく着信のようだ。もう何度目の着信か、何度目のライン受信かわからない。1分おきに交互に震えるその携帯にイライラしてきた明斗はついにそれを手に取った。投げ捨てようとしてそれを思い留まらせたのは何か。


「もしもし?」


イラついた声を隠さずに電話に出た明斗はベッドの縁に腰かけた。


『やっと出た!なんなの?病気?』


その声は一番聞きたくない人物の声だ。好きだと思っていたその相手の声に苦々しい顔をするが、心のどこかが踊っているような気もしていた。


「別に・・・」


そのツンツンした言い方も普段の明斗に近いせいか、電話の向こうの天音は小さく微笑んだ。


『なんだ、機嫌悪いだけか』

「ああ」

『どうでもいいけど、海、行きたいんだけど?』

「俺は・・・」


行きたくない、その言葉が出なかった。


「電車では行きたくない」

『じゃぁどうやって?バスだと何時間もかかるよ?』


不満そうにそう言う天音にイライラするが、だがこの声を聞いていたいとも思う。たとえ遺伝子のせいでも、自分は天音を好きなのだから。


「・・・・・・・・・もし俺が行きたくないって言ったら?」


嫌な奴だと思われてもいい、だからその質問を投げた。どうせなら嫌って欲しいと思ったから。


『理由は?』

「特にない」


思いつかなくてそう言った。その方が嫌われるだろうと思ったからであり、投げやりになっている自分を抑えきれなかったからだ。


『ふぅん』


たったそれだけの返事だった。軽蔑でも嫌悪でもない、ただの『ふぅん』だ。


『でも私は行きたいから行こう』


天音らしい言葉に苦笑が自然と漏れる。


「どういう理屈だ?」

『私の我が儘』


その言葉にさらに自然と笑みが漏れた。はっきりそう言う天音は実に天音らしい。自分が恋をした木戸天音そのものの言葉だった。だから明斗は決意を固める。もう一度2人きりで会って自分の気持ちをはっきりさせたいと思う。自分の全てを明かして天音の出方を見たかった。もう、それしかないと思う。


「わかった。じゃぁ、明後日、な」

『オーケーオーケー!』

「詳細は明日にでも」

『わかった』


そう言い、じゃぁなと電話を切ろうとした時だった。


『なんか知らないけど、元気出せ!』


不意にそう言われ、明斗は泣きそうになってしまった。ただそれだけのことが酷く嬉しい。


「ああ」


涙声を悟られないようにそう呟き、電話を切った。やはり自分は天音が好きだと思う。だからこそ全部を話そう。自分の出自を、気持ちを、全部。そのためには自分のことを知らなくてはならない。出かけている燐が戻ったらちゃんと話を聞こうと決めた。その先に絶望が待っていたとしても逃げない覚悟を決めて。



思ったよりも早く帰宅した麟は今日は仕事は休んでいたことは明斗に伏せている。実際はウラヌスと会い、自分が組織を去った後のことやそれらのデータを見て全てを知ることができた。遺伝子工学を学んでいた自分にとって、全ては遺伝子が決めていると思っていたために、今日のことはそれを覆すデータになっていることに喜びを感じる。結局、遺伝子すら改ざんできる人類にとって、その仮説は成り立つことはない。自分たちの手によって運命が決めつけられるなどただの傲慢でしかなかったのだから。その証拠が明斗であり、天音だ。この2人の恋こそ、それを証明できる存在なのだから。明斗は遺伝子に関係なく天音を好きになり、そして悩み苦しんでいる。もし遺伝子が、木戸無双流の血がそうさせているのであればああまで明斗が悩む必要がないのだから。そう考えながら家のドアを開けるといい匂いが鼻をくすぐる。和食とわかるその匂いのせいか、麟の腹が鳴った。思い出せば朝食以外は何も口にせず、ただお茶を飲んだだけだ。


「おかえり」

「ただいま。悪いが先に風呂に入る」

「うん」


今朝まではろくな食事もとらずに塞ぎ込んでいた明斗が冷蔵庫にあった食材を駆使して夕食を作ってくれていることが嬉しかった。出自の件は吹っ切れたのかと思うがそうではないだろう。そう簡単に整理がつくような問題ではないからだ。沸き立てらしい湯船に浸かって1日の疲れを取りながら頭の中で整理をしていった。ウラヌスがどう動くのかが問題だと思っていた。組織は巨大で、そしてそう簡単にはつぶせないとも分かっている。だが、『ゴッド』に施されたあの処置、あれは時限爆弾に等しいと思う。おそらく仕掛けたのは組織なのだろうが、そもそもそれを操れると思っているのだろうか。もしそうならそれは傲慢であり、神への冒涜だ。だが、組織を潰すのもまたそれかもしれない。かつて福山が失脚した際のように。あの頃の自分は『リジェネレイト計画』に携わっていたただの研究者だった。だがあの男、桑田良介が自分の前に現れたのはあれから3年後のことだ。自分を研究主任にしたいと言い、その申し出を受けた。当時交際していた女性も同じだったこともある。そして彼女の卵子を使って実験は始まったが、彼女は不慮の事故で死んだ。人間の命などあっけないと思い、それらを勝手に弄ぶ自分に嫌気がさしていった。だから自分は逃げたのだ。そう、そして今の生活がある。体を、髪を洗い終えて軽く湯船に浸かると、何をどう明斗に話していいかを頭の中で整理した。だが、すぐにそれを止めて湯船を出た。ありのままに話せばいい、それだけだ。そうしないと光は差さないだろう。自分にも、そして明斗にも。パジャマに着替えて脱衣所を出れば、有り合わせで作った割にはちゃんとした料理がテーブルに並んでいた。いつもの場所に座りながら燐は感心した声を出す。


「相変わらず主婦だな」

「まぁね」

「いい奥さんになれるぞ」


そこで明斗が黙る。だが、決意をした麟はいただきますと言い、箸を手に持った。明斗もそうするのを見て、それからゆっくりと切り出した。


「お前を作る時は、こんな子になるなんて思わなかった」


突然始まった話に面食らうが、食事を進める燐のせいか、明斗もその手を休めなかった。そうしなければ聞いていられない、そういう思いがあったせいでもある。


「研究のはずだった。人間の完全なるクローンを作る。生殖機能すら完全に持った人間を。だが、最初から特殊なオーダーが出ていた。それが、全ての基礎能力を常人の倍にしろというものだった」


恋人であった女性の卵子と木戸百零の体組織から作った疑似精子とで受精卵を作成し、その過程で遺伝子にも改良を加えた。だが、完全な人間にその能力はオーバースキルすぎたのか、細胞が不安定になり、あれこれ処置をした結果、誕生した個体は不完全な人間になった。いや、人として普通に生きていく分には問題は少ない。寿命はせいぜい30歳程度までだろうが、全力を出すことがなければもう少し生きられるはずだった。だが、機関の上層部は納得せず、すぐに次に取り掛かるよう命じた。先の不完全体をプロト・ゼロと命名し、その失敗を突き詰めて第2号の製作に取り掛かった。それがプロト・ワンであり、注文通りの個体が誕生した。培養液の中で受精卵は通常の5倍のスピードで育ち、すぐに胎児となる。その胎児を調べれば全ての能力が常人の2倍で完全なる人間、ちゃんと生殖機能もあり寿命も80歳以上はあると推定された。だがここでも問題が発生する。脳によるリミッターが人間と同じに働いているために、2倍の能力はせいぜい1.25倍しか発揮できないというデータが出てしまった。培養液の中で育つ胎児もまた5倍の速度で育つせいか直に出産間近の状態になっていたためにもうどうしようもない。そこでプロト・ツーの製作に取り掛かるところで事件が発生した。卵子の提供者であり、恋人であった女性の突然の死。その悲報に気力を失い、燐は研究から一旦離れた。その間も研究は続き、あらゆる案が出されていった。その結果、卵子を使わないで行う完全なるクローンの作成に至ったのだ。この時、麟のやる気はもう失われていた。生きた精子をもたない自分にとって、彼女の卵子を使って誕生した2人の子供は自分の息子のように思えていた。そう、子供が欲しかった2人にとって彼らこそが息子だったのだ。だから研究に没頭も出来ていた。その気力を失った今、もう全てが嫌になってしまう。とりあえず職場に復帰し、細胞からのクローン化の話を聞いてもどうでもよかった麟が覚醒したのはプロト・ゼロとプロト・ワンの廃棄が決定したという知らせを受けた時だった。亡き恋人の血を宿した息子たちが破棄されることに断固反対したが、計画によるクローンは完全体ただ1人でいいと突っぱねられた。所詮は失敗作のプロト・ゼロと、そして試作品のプロト・ワンなど不要というのが上層部見解だった。クローンに人権などない、その主張と共に。燐は全ての情熱を失って遺伝子工学の道から足を洗うことを決意し、上層部にそれを告げた。恋人を亡くしてからの燐の無気力さに切り捨てを決めていた上層部はそれを受諾。この機関の事に関する一切の口外無用と研究資料の完全譲渡を条件に出す上層部に対し、今後一切の自分への関与をしないこと、そして接触の禁止を交換条件に燐は全ての資料とデータを開示して機関を去ることになった。データの引き渡しや引き継ぎのどさくさに紛れ、破棄される段階にあったプロト・ワンを他の実験体と入れ替える事に成功する。実験体はとにかくクローン化出来るかどうかというだけのまさにモルモットであり、死産であった個体でもある。それとデータを入れ替えて破棄をさせ、どうしても入れ替えが上手くいなかかったプロト・ゼロに関しては戦闘に関しての潜在能力値の高さを理由に予備として残すよう進言した。完全体がいつどうなるかわからない状態だったせいか、既に破棄されたプロト・ワンではなく失敗作であるプロト・ゼロを予備とせざるを得ず、逆にいつでも破棄できるとして残すことを決定していた。こうして2人の息子はなんとかその生命を維持し、燐は姉の元に身を寄せながらプロト・ワンに明斗と名付けて育てることにしたのだ。胎児から赤ん坊までは培養液で通常の5倍の速さで成長させていたが、ここから先は普通の赤ん坊と同じとなる。姉や家族の協力もあって明斗はすくすくと育ち、そして今に至っていた。


「命を弄ぶ研究者の私ができた償いがお前や、天空だ。でも、育てているうちにお前に対する罪悪感もなくなっていった。お前は息子で、家族なんだから」


彼女が培養液の胎児を見て、私たちの子供よと言った言葉が思い出される。涙ぐむ燐をただじっと見つめる明斗は父の想いを知り、だからこそ最大の疑問を投げかけた。


「じゃぁ、俺のこの感情は?木戸天音に抱いた殺意や、今抱いているこの好意は?俺の中の木戸百零という人間の意志じゃないのか?」


天音を好きで、いつかは結婚したいとまで思っている。勿論まだ告白もしていないし、天音はまだ自分を好きではないだろう。なのに天音との間に子供が欲しいと思う自分がいる。


「それはわからない。そうなのかもしれないし、違うかもしれない。全ての運命は遺伝子によって決められている、そう思っていた時期もあったさ。けれど、もしそれが本当なら、人はその血筋に縛られているだけのつまらない存在だ。過去の人物の遺志が子孫に引き継がれていくなんてことはないだろう。お前の気持ちはお前が決める。たとえそれが遺伝子の決めたことでも、お前の気持ちがどうか、だな」


矛盾しているとは思う。けれど、麟にさえその答えは出せない。遺伝子は宇宙だ、それが自分の理論だから。果てしなく広く、深く、難解なものが遺伝子だろう。


「もし可能なら、全てを彼女に話してみればいい。きっと、彼女なら答えを見つけてくれると思う」


根拠はないがそういう気がしている。彼女もまた木戸の血を流す人間なのだから。明斗は小さく頷くがその決意はできなかった。夕食を食べながらぼんやりと考える。もし自分が木戸百零のクローンであり、宗家の血の抹殺と天音との間に子をもうけることを義務付けられて生まれてきたということを告げた時、彼女はどうするだろうか。きっと忌み嫌い、自分から離れていくだろう。明斗は混乱する頭の中で考える。明後日の海へのデートでそれとなくだが聞いてみようと思う。どういう見解を示すか、それによって今後のことを決めたいと思った。天音が好きだというこの感情は自分のものだと信じたい。百零とやらの遺志ではなく、自分の意志だと思いたかった。だから何度も頭の中でその想いを巡らせる。自分を否定しないように。



思わぬところで思わぬ人物に出くわす今日はついているのか、ついていないのか。天都はコンビニの前で固まり、またその天都の向かい側にいる人物も固まっていた。雑誌の立ち読みに来たことを後悔する天都は、ついていないと思っている。ちょうどコンビニを出たところで通りすがりの七星とばったり出会ったのだから。天都を見た七星は困った顔をするだけでそそくさと足早に立ち去って行く。その後ろ姿を見つめる天都はため息は出てもあまりショックは受けなかった。こうなることは予想できていたし、元の友達関係に戻るにしても時間が掛かると思っていたからだ。いや、本当はそれだけではない。今の天都の心の中は七星よりも三葉の方が大きな割合を占めているためだろう。とにかく時間が必要だと実感した。七星のことも、三葉のことも。



目覚めた進はベッドの上で背伸びをした。自分の部屋のベッドよりもふかふかした感触は心地いい。首を鳴らして欠伸をすれば、窓の外がもうかなり明るいことに気付いてスマホに手を伸ばした時だった。


「お寝坊さん、起きた?」


寝室の入り口で顔を出し、そう言う大崎心に微笑むと進はベッドから降りた。トランクス1枚の進とは違い、心はもうキャミソールに短パンといった出で立ちをしている。進はこころが差し出したTシャツに手を伸ばすとTシャツではなくこころの手をっ引っ張って自分の方に引き寄せる。そのまま抱きしめあった2人は軽いキスをしてすぐに離れた。付き合うようになって数日経つが、ずっと前からそうなっている感覚があった。


「顔を洗ってきて、朝ご飯はもうすぐだから、ね?」


そう言い、再度軽めのキスをしてこころはキッチンに戻った。まるで新婚さんのようだなと思いながらTシャツを着た進は洗面所に向かう。付き合い始めてからここに泊まるのは2度目であり、こういう朝を迎えるのは初めてだ。1度目は2人同時に目覚め、すぐにそのまま愛し合ったからである。昨夜も何度も愛し合い、今に至っている。その幸せを噛み締めつつ、新学期からのことを思うと憂鬱になった。単純に夏休みが終わるためだけではなく、2人の関係がバレる可能性が高くなるためだ。こころはどこか子供っぽく、バレても平気だという考えが頭の大半を占めていた。逆に進は冷静で、そこはきちんと分ける必要があると考えている。学校でもベタベタしそうなこころを心配する進の方がよっぽど大人だ。顔を洗い終えた進はやはりそこをもう一度話し合う必要があると思い、キッチンへと向かう。お手製のサンドイッチとサラダ、アイスコーヒーが並ぶテーブルにつくとそれを食べながらその話をするものの、やはりこころの反応は鈍かった。初めての真剣で純粋な恋に酔いしれている、そんな感じだ。もうどうしていいかわからない進は誰かに相談するしかないかと腹を括った。こういう話が出来、的確なアドバイスをくれそうなのは兄の翔ぐらいなものだが、果たしてちゃんと相談に乗ってくれるかを心配しつつ、相談自体はすることを決めたのだった。



窓の外に広がる海は太陽の光を浴びて眩しく輝いていた。砂浜やテトラポットも見えており、天音のテンションは最高潮に達している。天気も快晴で海水浴にはもってこいだ。たまたま明斗の父親が知り合いの人に会うということで千葉に行くついでに乗せてもらったのだ。帰りも夕方には拾ってもらえることになっており、天音にすれば楽が出来て海水浴も楽しめると一石二鳥の状態だった。もちろん、丁寧にお礼も言っている。そういうことはちゃんとするように躾けられているせいか、普段の天音にはない女の子らしい礼儀正しさに明斗が苦笑したほどだ。燐は千葉にいるかつての博士仲間にコンタクトを取り、ウラヌスのデータを見せて相談することになっていた。だから海岸付近で2人を下ろしてそのまま走り去っていく。手を振る天音を見つつ、明斗は自分の出生のことを伏せてそれらしいことを言った際の反応を想像して顔を背けた。想像しただけで恐ろしいその反応を振り払うかのように首を振る。


「どうしたの?」


天音は肩からかけたバッグを担ぎ直しながらそう言う。Tシャツにデニムの短パン姿の天音は健康的に焼けた肌を露出しつつも気遣うような表情がアンマッチしているように見える。そうさせている自分に罪悪感を覚えつつ、今日の夕方まではいつもの自分でいようと決めたために少しだけ笑みを見せて何でもないと告げた。天音は納得したようでさっさと歩き出す。その後について行く明斗は何も考えないようにしながら砂浜を目指した。車で来れたせいでパラソルなども用意できたことは大きい。砂浜に到着した2人は人が多くない場所を選んで敷物を敷き、かなり大きめのパラソルを立てて拠点を構築した。水着は既に着て来ているため、おもむろにTシャツを脱ごうとする天音にドキッとしてしまった。あわてる明斗が面白いのか、天音はへそが見えた辺りからゆっくりと脱ぎ始め、セクシーさをアピールすようにしてTシャツを脱ぎ捨てた。そのまま短パンに手を掛けると腰を振るようにして脱いでいく。明斗はドキドキしつつもどこか冷静な自分もいて、その冷静さの方が顔に出ている状態だった。


「何よ・・・ちょっとはこう、反応しなさいよ!」


脱ぎ始めの反応は良かったものの、あとは反応が無いために腰に手を当てて明斗に詰め寄る。明斗はため息をつき、自分もTシャツを脱いだ。


「セクシーな動きだとは思ったが・・・・成分が足りない」

「成分?」


下はもう水着だったため、Tシャツを畳んでバッグにしまった明斗はそっと天音の胸を指差した。天音はその指差す方を見て、そのままわなわなと震えてみせた。


「どぉーせ胸ないわよ!悪かったわね!これでも日々努力してんだから!だいたい格闘家に胸なんて必要ないのっ!」


膨らみはある。だが、大きくはなかった。時雄曰く、Bカップがせいぜいだと。自分もそう思う明斗が笑った。


「言ってることが矛盾してるぞ」


胸は必要ないと言いながら努力はしているらしい。乙女心は複雑なんだなと思う明斗を睨みながらも、天音は頬を膨らませて怒るという女の子らしさを見せているとこに気付いていない。天音はべーっと舌を出し、そのまま波打ち際まで走って行った。波の音が気持ちよく、寄せては返すその波もまたいい感触だ。足首まで海に入れ、天音は両手を大きく開いてわずかな風を全身で浴びた。その横に明斗も立つ。風と波が心の中の闇を全て覆ってくれている、そう思う。何も考えずにこうして天音の横に立つことが出来るのだから。そう、楽しむだけだ。軽めの準備運動をし、念入りに下半身だけはほぐしていった。


「ブイまで競争ね?負けた方がジュースを奢るってことで」

「俺が勝つけど、いいのか?」

「あんた馬鹿なの?」

「かもな」


こういう軽口が自然と出る。お互いに不敵な笑みを浮かべて水に飛び込んだ。明斗の身体能力は遺伝子操作によって常人の1.25倍らしい。だが、遺伝子を操らなくても同等の力を発揮できる天音はやはり木戸の血を持っているからだろうか。現に引き離すことも出来ずにいるのだから。クローンだから、そんなことが馬鹿らしいとさえ思える天音の身体能力に感心しつつ、生来の負けず嫌い、一番にしか興味が無いという性分が明斗を加速させた。だがそれに喰らいつく天音もまた同じ性分だ。そしてブイに手が当たる。それは天音と同時であり、同じタイミングで親指が触れ合う。濡れた顔を手で拭う2人は無言で見つめあい、唐突に笑い合った。


「あーあ、勝ったと思ったんだけどなぁ」

「俺もだ」

「ふふ、結局同着だったね」

「ああ」


こういう会話も楽しいと思えた。濡れた前髪を横に分ける天音を可愛いと思う。もっと女の子らしくして髪も伸ばし、言葉遣いもちゃんとすれば最近のアイドルなど相手にならないほどの美少女だと思う。そう、あの宍戸桜にも勝ると思えた。


「あんまりじろじろ見ると、変態呼ばわりするよ?」


そう言う天音の顔が赤い。明斗は苦笑し、それからブイにしがみつくようにしている天音の対面に回った。波打ち際の浅瀬とは違い、深いせいか水が冷たい。


「もっとちゃんとすれば、お前は物凄く可愛いのに」


突然そう言われた天音が動揺してブイからずり落ちる。そんな自分を掴んで自分の方に寄せた明斗を見れず、天音は意外に分厚い胸板に体を預けるようにしていた。ドキドキする心臓の鼓動が水を介して聞こえているのではないかと思うが、それは明斗も同じだ。


「あ、あんたは女の子らしい子が好きなわけ?」

「それは天都だ。俺は別にこだわりがない」

「あ、そ」

「ただ、純粋に女の子らしくすれば相当可愛くてモテるだろうと思っただけだ」


その言葉に動揺と嬉しさが込み上げる。思わずニヤつく顔を隠すため、鼻先まで水面に浸かった。ブクブクと泡を吹く天音を可愛いと思い、明斗はふと冷静になってしまった。こういう感情もまた遺伝子のせいなのかもしれないと思ってしまったからだ。それを否定するように目を閉じ、明斗はブイから離れた。


「岩場の方に行かないか?」


そう言い、右側にある砂浜の端にある岩場を見つめる。その視線の先を見た天音は明斗から離れつつ頷いた。ドキドキは今でも止まっていない。翔とデートをした時でさえ感じなかったそのドキドキは天音に自分の本心を自覚させた。自分は明斗が好きなのだと。何故か、どこを好きになったのかすらわからない。だがいつの間にか惹かれて好きになっていた。


「行くぞ」


そう言い、ゆっくりと泳ぎ始める明斗に並んで天音も泳ぎだす。冷たい塩水が火照った体を急速に冷やしていくが、熱い気持ちは冷ますことができないようであった。

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