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晴れ!  作者: 夏みかん
第6章
30/52

Love so sweet 4

師と仰いだ男がいた。狡猾で冷酷で、それでいて圧倒的に強い、まさに軍人の鑑たる存在。尊敬して止まず、だからこそ年もそう違わないのに師事したのだ。彼からマーシャルアーツを学び、ゲリラ戦法を学んだ。勲章をいくつも持つその男はアメリカの軍人の中で最強であり、そしてそれは本物だった。なのに、彼は2度も同じ相手に敗れたのだ。しかも東洋のちんけな島国の、それこそただのサラリーマンに。いや、ただの、ではない。彼もまた伝説だった。アメリカの裏社会で有名だった『モンスター』が日本にいる。『キング』と呼ばれたまさに悪魔のごとき力をもった闇の王。中国のマフィアが怯え、アメリカの武器商人も恐れをなして日本から撤退したほどのその男を、高校生の男子が倒したという噂もあったものの、誰もそれを信じなかった。『キング』を知る者であれば皆そう思ったはずだ。何より、その『キング』を倒せる人間がこの世にいたならば、それこそ師匠でるその男だけだと信じていた。『魔獣』、そう呼ばれた『キング』を打ち倒した男に、師匠は敗北を喫した。あの最強の軍人が日本のサラリーマンに敗北したのだ。だから失望したし、夢かと思った。しかしそれは現実であり、男はアメリカへの強制送還の果てに収容され、やがて片腕を犠牲にして脱獄して再度日本に渡ったという。その後、彼は日本の転覆を画策したがまたも同じ男に敗北した。片腕が義手だったという言い訳もなく、完全に敗北したのだ。多分、いや、その時から自分の目標はすり替わってしたのだろう。いつか師匠を超えたいというその目標は、その男を倒したいというものに。アメリカ軍人の三闘神と呼ばれたその1人、アイスキューブ・ゴッドワルド。60を超えた年齢には見えないその肉体を維持した理由はそれだ。師を倒したその『魔獣』を殺す、ただそれだけのために鍛え続けて、そして日本政府の要請を受けて退役後にここに来た。白い頭を掻き上げながら椅子に座ってブランデーの入ったグラスを揺らすゴッドワルドは小さく微笑んでいた。その時が近い、そう感じている自分がいる。こうまでわくわくするなど何年振りのことだろうか。存分に腕を振るって相手を殺す。楽しむことなく、ただ殺すのみ。それで自分はようやく師であるゾルディアック・アーロンを超えることができるのだから。



週末とはいえ、夏休みのために曜日の感覚などなかった。天音は部活に精を出しているために曜日の感覚は正常だ。天都はただぼーっとして週末を過ごすだけだった。明斗からのメールも、時雄から送られてくる里奈とのラブラブ写真付きノロケメールも無視して。心に残る苦いものがずっと滞留している。何故あそこで告白してしまったのだろう。いや、遅かれ早かれあの結果に辿り着いていたはずだ。そう、七星にとって自分は心を許せるだけの男の友達だったのだから。そこに恋愛感情もなく、あるのは友情のみ。天都は薄く笑って窓の方に目をやった。開け放たれた窓の向こうに濃い青と、そして巨大な白いものが見えている。汗をかくほど暑い室内にいるのに、暑いと感じることもなかった。壊れてしまったのかなと思った矢先、スマホが震えながら画面を灯し始める。顔だけを動かしてそこを見れば、三葉からのメールだと気付いた。無造作にスマホを手にしてそれを開き、そして天都はかすかに微笑んだ。


『先輩、大丈夫ですか?明日、もし行けそうにないなら連絡下さい。1人でも行けますし、心配いりません』


バレバレか、そう思い、一度スマホをベッドの上に置いた。バレるのも当然だろう。三葉は自分を見ているのだから。自分が七星を常に見ていたように。彼女は自分を好いている。助けてもらったから、助けられたから。そんなつまらない理由で、つまらないきっかけで。


「つまらない理由・・・なのかな?」


誰に問うでもなくそう口にする。自分の何が良かったのだろうか。自分のどこに惹かれたのだろうか。まったく理解不能だ。だから天都は再度笑った。他人の想いをつまらないと言える立場なのかと、自分を笑ったのだ。七星を好きになった理由は可愛かったからだ。お嬢様で、清楚で、可愛いところに惚れたのだ。つまり、見た目重視。笑える理由だ。そんな自分が三葉の想いを笑えるのかと腹立たしい。天都はスマホを手にして返事を打つ。自分を気にしてくれているその想いには応えよう。約束したのだからそれは守りたい。三葉の想いに応えることは出来ないだろう。自分もまた七星と同じで未練がましい人間なのだから。振られても尚七星が好きなのだから。


『心配ありがとう。でも大丈夫。軽井沢、楽しもう』


そうと返事をし、スマホを置いた。気持ちを切り替えるいい機会だと捉え、天都は立ちあがった。すっきりしない気持ちだけれど、それでもいいと思う。そのままの足でリビングに行けば、そこには周人がいた。


「涼みに来たのか?」

「まぁね」


汗だくの息子を見てそう言い、周人は微笑んだ。盆休みの最終日、家でごろごろしている父親にいつもの威厳はなかった。由衣は天海と買い物に行き、天音は部活で家には2人きり。


「久しぶりに手合せしてよ」


珍しいにもほどがあるその申し出に、周人は目をぱちくりさせてから苦笑を漏らした。


「盆休みの最後ぐらい休ませろよ」

「・・・うん」


そう言い、寝転がっている周人の脇に座った。


「珍しいな、そういうこと言うなんて」

「そういう気分だっただけ」

「そうか」


テレビを見たままそう言う周人の口元から笑みが消えない。それに気づいた天都が首を傾げつつ背伸びをしてみせた。


「なんで笑ってるの?」

「強くなったって、そう思ってな」

「はぁ?」

「天音を殺しかけて、お前は弱くなった。いや、弱い自分を演じている」


その言葉に驚き、周人を見つめる。演じているなど嘘だ。確かに弱くなった。誰とも、たとえ相手がどんな悪党でも戦いたくない、そう思っている自分がいる。だから戦わないのだ。それは心の弱さであり、そして自身の弱さの具現化でもある。


「本当の自分をさらけ出すのを怖がっている。昔の俺のように」

「父さんが?」

「『魔獣』と呼ばれた自分を否定したが、どうにもそこから逃れられない。なら、それを受け入れようと思った」


それを認めて、そして力を振るった。由衣を救い、その思いが間違っていないことを自ら認めた。由衣を守るためにその過去があったとは思いたくない。そのために犠牲になった愛した少女を侮辱することだけは否定してきた。『魔獣』は復讐鬼だった。だがそれは由衣と出会って守りの獣に変化した。だからいつか天都もそうなると信じている。自分の息子なのだから。


「自分の中の全部を受け入れた時、お前は本当の強さの意味を知る。かつての俺が『キング』のカウンターだったように、お前も何かのそれになる時がくる」

「何かって?」


それは『ゴッド』だ、その言葉を飲みこんだ。


「さぁ・・・でも、お前は強くなろうとしている。自分の中の人でないモノと向かい合う決意をしようとし始めている。力を振るって、助けた人からそんな自分を否定されることから、自分から逃げて行かれることから向かい合おうという決意を」

「それはないよ・・・僕は絶対に戦わない」

「ならなんで、今さっき手合せを申し出た?」

「父さんなら、大丈夫だって・・・・・思って・・・・」


言いながら言葉が途切れていく。何に対して大丈夫だと思ったのだろうか。どうして周人なら大丈夫なのか。


「お前が自覚しているお前の中のモノは、その予想を遥かに上回るだろう。俺がそうだったように」

「『魔獣』ってこと?」

「ソレはただの復讐鬼だった俺を昇華させたモノだ。自分の中の全部を認めて、そして出し切った姿。誰よりも母さんを守りたくて、そしてさらなる高みに辿り着いた存在だよ」

「『キング』を倒したのが『魔獣』なのに?」

「それもまた『魔獣』だからな」


意味が全くわからない。『キング』を倒した『魔獣』と由衣を助けた『魔獣』は違うというのか。そんな風に考えている天都を見やった周人の口元に淡い微笑が浮かんだ。


「お前にもわかる時が来る。自分をさらけ出した、他人が恐怖するその存在を全部綺麗に包み込んでくれる人が現れた時にね」

「母さんがそれなの?」

「だから父さんは母さんと結婚した。母さん以外の人などありえないし、愛せない」


ノロケではない言葉がそこにあった。天都にとってそれは七星なのだろうか。自分が恐怖している存在を、七星が受け入れてくれるのだろうか。三葉ならどうだろう。そう考えて天都はピンとくる。三葉ならそれでも全部を受け入れてくれそうだ。それこそ笑って。何故そう思えたのかはわからない。だがそれは確かな気持ちだ。漠然としながらも、それが真理だと思える。でも、だからといって三葉を好きになることはないだろう。そう、自分は七星が好きなのだから。簡単に割り切れる気持ちであるはずがない。何年も七星を好きだったのだから。人の気持ちは早々変化しない。そう思う天都はキッチンへと向かった。冷たいジュースを飲んで一息つく。


「それはきっと、七星ちゃんだよ」


自分に言い聞かせるが、天都は知らない。ずっと小さい頃から天音を好きだった進がわずかな期間でこころに恋したことを。ずっと小さい頃から佐々木翔を好きだった天音が明斗を激しく意識していることを。人の心が変わりやすいのか、それともそれが恋なのか。


「七星ちゃんだと思いたい」


願望を口にしたが、あの時の七星の顔を思い出した天都は頭を垂れた。抱きしめた感触も忘れるほどの辛辣な言葉が耳に残っている。あの表情も心に残って離れない。それでも、そう思う天都はなかなか顔を上げられず、沈んだ気持ちを浮上させるのに数分を要したのだった。



久しぶりの早起きになった。七星に振られてからの2日間は朝夕の練習もさぼるほどのダメージを受けていたこともあって、今日は少々気合を入れたランニングをしている。それは一緒に走っている天音にも伝わるほどだ。そうして一通りのトレーニングを終えて家に戻り、軽くシャワーを浴びて出かける支度を整える。早めの朝食を済ませて家を出て目的の駅まで電車で向かった。既に待っていた三葉はキャミソールに短パンという出で立ちのせいか、天都は三葉を激しく意識しながらも心の中でくすぶっている七星への想いに感謝をしていた。そうしなければ身動きが取れないほどに今日の三葉は可愛いのだ。髪形も少し違うし、何より女の子らしい雰囲気が前面に出ている。


「お、おはよう・・・可愛い格好だね。髪形も違うし、ビックリした」


素直にそう言う天都に照れた顔を見せた三葉が微笑み、その顔がまた可愛くて天都は思わず赤面してしまった。


「あ、ありがとうございます。じゃぁ、行きましょうか」


照れからか早口でそう言うと改札へと向かう。何度か乗り換えをして目的地を目指すのだが、到着はおそらく昼過ぎになるだろう。天都は三葉の持っているバッグに注目しながら座席に座る。2人掛けの席を確保できたことは嬉しいが、どうにも今日の三葉にやられているせいか緊張が消せない。こんなに可愛かったかと思うほど、余計に意識してしまうのだ。七星に振られて間もないのにと思う自分を恥じながら、それでもその胸元に視線が行くのは年頃の男子として仕方のないことなのかもしれない。


「お母さんの知り合いの人に届け物なんです」

「ケーキ?」

「いえ、ケーキを作るための器具とかで、私もその辺はよく知らないんですよ」

「夏休みに思い出を作れってことなのかな?」

「そうかもしれません。先輩が一緒なのが意外ですけど」


はにかむように微笑む三葉に笑みを返すが作ったような笑顔になってしまった。何故こうも意識するのか自分でもわからず、天都は自分を落ち着けることに集中していった。他愛のない会話をし、電車を乗り換えること数時間、ようやく最後の路線に入った。見るからに田舎の風景が窓の外に広がっていた。山があり、川がある。田んぼや畑を見つつ電車は進んでいた。


「先輩はもう残りでどこかに行かないんですか?」

「予定ないなぁ・・・明斗と遊ぶ程度かなぁ」

「下村先輩も部活やめちゃって暇そう、とか?」

「それはあるね」


そう言い、笑う天都に笑顔を返した。部活を辞めた理由は家の事情だと三葉も知っている。ただ理解はできてももったいないと思うだけだ。あれだけの実力があればオリンピックでいい成績を残せただろうに。


「他の部活もしないんですかね?」

「家の事情だからね、それもないだろうね」


そんな会話をするが、あの祭りの日のことは一切触れてこなかった。三葉がそのことを口にすれば正直に言おうと思っているのだが、その気配もない。振られたけれどまだ七星が好きだと伝えようと思っているが、果たしてそれが正しいのかどうかはわからない。ならば、何も言わない方がいいのだろう。


「瀬尾さんはずっとお店を手伝うの?」

「はい。でもメイたちとカラオケに行きますけど」

「仲いいよね」

「里奈がアレなんで、少しさみしいですけどね」

「・・・・あ、ああ、そうだね」


話題がそっち方向に行ったために動揺する天都とは違い、三葉はごく普通だ。


「陣内先輩、優しいみたいでノロケまくってます」

「時雄がねぇ」


野球部なのにチャラチャラして落ち着きがない時雄のどこかいいのかと思うが、それもまた人それぞれなのだろう。


「恋は甘いそうです」


そう言って笑う三葉だがそれ以上は何も言わない。あえて言わないのではなく、いつも通りなのだが何故か意識してしまう。恋は苦い、いや、失恋が苦い、そう思う天都は空いている車内へと顔を向けるのが精一杯だった。そうしていると電車が目的地に到着する。そこはまだ軽井沢から数駅手前に位置している無人の駅である。そこで降り、あとは30分ほど歩く必要があった。時刻はちょうど12時であり、小腹も空いたが周囲には何もない。だからまずは用事を済ませて軽井沢に向かい、そこで昼食を取ることを決めた。畦道の脇に流れる小さな水路の水も綺麗だ。2人は都会よりも過ごしやすいと感じながらも汗を拭き、炎天下の中を歩いて行く。大きな入道雲が夏の田舎の風景を見事に演出していた。


「こういうところに住みたいって思えちゃいます」


不意にそう言われ、天都は三葉を見やった。やはり汗ばんだ胸元に目がいってしまう。七星と比べても遜色のない大きさの胸が眩しい。


「田舎に憧れてるの?」

「憧れっていうより、なんだろ・・・都会よりいいかなって」

「虫とか多いよ、きっと」

「あぁ、それはヤだなぁ」


そう言って笑う三葉に微笑み返す。七星とデートをした時のような感じとはまた違った優しい雰囲気がある。自然に話せ、自然に笑える。変な意識もせず、変な意識も感じない。ただ居心地がいいとだけ感じられた。


「先輩はそういうの、ないんですか?」

「ないなぁ・・・先のこととか全く考えてないから」

「進学とかも?」

「大学には行くよ。でもそれだけ。どこの大学とかなくて、行ければどこでも」

「アバウトですね」


微笑む三葉に苦笑するしかない。確かにアバウトだ。元々大学も七星と同じところを希望していただけのこと。だが先日のことがあるだけにそれも白紙だ。今の状態のままが続くようなら、同じ大学に行くことはストーカーのように思われてしまうかもしれないからだ。


「瀬尾さんは?そういうのあるの?」

「私はお母さんみたいなパティシエになりたいから専門学校に行きますよ。お母さんは別にいいのにって言いますけど、私の夢ですから」

「夢か」

「ケーキ屋さんをしたいって夢です。結婚しても続けられるし、旦那さんがどんな職種の人でも問題なしで」

「そっか」

「はい!」


その旦那さんが自分を希望するとか言いだしそうな雰囲気もない。そんな空気を微塵も出さないでいる三葉が心地よかった。意識させるような言葉でも雰囲気でもない。あくまで自分の夢を語っているだけだ。変に意識している自分が馬鹿らしい、そう思えるほどに。そうしていると大きな屋敷のような家が正面に現れた。田舎の中にある大きな家の中でもひときわ大きなその屋敷が目的地のようで、2人の足が自然と早くなっていく。立派な門構えが武家屋敷のようだ。なんでもこの辺りの土地を収めていた領主の末裔であり、地主であるらしい。その門を越えて広すぎる庭に入ると、50代と思しきおばさんが籠いっぱいの野菜を抱きかかえるようにしながら歩いており、その人物と目が合う。三葉はその女性に微笑みかけながら丁寧に頭を下げ、それを見た天都もまた頭を下げた。


「京子さんの・・・・大きくなってぇ」


目尻を下げながらそう言う女性に照れた笑みを浮かべ、三葉は女性に歩み寄った。


「お久しぶりです、大友のおばさま」

「相変わらず礼儀正しいね・・・あちらの子が京子さんが言ってた彼氏かい?」


そう言いながら天都を見て微笑む大友さち子は日焼けした黒い顔に白い歯を見せた。天都は苦笑するしかなく、どう反応していいかわからない。だが即座に三葉がそれを否定する。


「それはお母さんの冗談です。あの方は木戸天都さん。私の学校の先輩で仲良くしてもらってます」

「恋人候補かな?」

「だといいです」


そう笑う三葉に照れも何もない。本当に自然体でいる。そんな三葉を見直しながら男のくせに動揺している自分が恥ずかしかった。そのままさち子に促されて家に入る。今の時間はさち子しかおらず、夫である三郎は野良仕事、息子の雄一は野菜の配達に出かけているそうだ。物凄く広い居間に案内された2人に冷えたスイカを出しながら、さち子は三葉との久しぶりの再会を喜んでいた。


「前に会ったのは確か中学に入ってすぐだったかねぇ・・・綺麗になってぇ」

「そうですかね・・・そうだといいです」


はにかむ三葉を可愛いと思う。今日は三葉をやたら意識しつつ、それでいて自然な感じでもあることが不思議だった。七星相手ではこうはならなかっただろう。やたら意識して挙動不審になっていたはずだ。それなのに意識しながらも普通でいられるというのはちょっと異常だ。振られて何かの悟りでも開いたのかと自分を疑うほどに。


「京子さんは元気・・・・そうだったね」


昨日電話をもらっていた。娘をよろしくと、その彼氏が行くからそれもよろしく、と。京子とは古い付き合いのせいかその性格も熟知していた。男のような性格ながらきちんと礼節をわきまえた素晴らしい女性だとわかっている。だから三葉もこうも素直に育っているのだろう。スイカを頬張っていた三葉も苦笑し、天都もまた苦笑を漏らす。そんな天都をさち子がまじまじと見つめた。


「木戸さん・・・だったかねぇ?」

「はい」

「ここから少し離れた場所に、この春、木戸って若い人が越してきたが・・・親戚とかじゃないよね?」

「はい。この近辺に親戚はいませんから」

「そぉだよねぇ・・・でも雰囲気が似てたから」

「そうなんですか」


そういうこともあるのかなと思う。同じ苗字で同じ雰囲気。血縁者はこの辺りにおらず、考えられる可能性は分家の血筋だろうが、天都にはそういう面識もないためにただの偶然だと結論付けた。さち子は2人が昼食がまだだと知って用意しようとしたが、三葉が軽井沢で取ると主張して断ったためにそれを断念して息子にそこまで送らせると微笑んだ。三葉が天都と2人でいたいという雰囲気を感じ取ったからだ。そうしてスイカを食べ終える頃、三葉が持ってきたケーキ作りの機械を確認したさち子にあらためてお礼を言われていたところで雄一が帰って来た。その雄一は20代半ばの、それこそ田舎の農家の息子といった体格と風貌をしていた。浅黒く焼けた肌に筋肉質な腕もまた太い。体もがっしりとしていてラグビー選手のようだった。


「・・・・三葉ちゃん?」

「はい!お久しぶりです」


そう言って微笑み、頭を下げる三葉に雄一はぼうっとしたまま立ち尽くす。ますます可愛くなった三葉に見とれていたが、不意にその真横に座っている見たことのない男に気付いてやや鋭い目を向けた。


「木戸天都です。瀬尾さんの高校の先輩で、京子さんに頼まれて付き添ってきました」


そう言う天都をねめつけ、にこやかな顔をしている三葉に顔を向けた。その目は天都から見ても一目惚れをしたようにしか見えず、内心で苦笑をしてしまった。自分はそうでもないが、やはり三葉は可愛いようだ。いや、天都自身も可愛いと思っている。だが、心の中に七星がいる限りは普通に可愛いという認識しか持てていないのだ。


「軽井沢まで送ってあげな」

「いいけど」


ぶっきらぼうにそう言い、雄一は奥に消えた。


「すみません」


三葉が申し訳なさそうにそう言うが、さち子は気にするなと言って冷えた麦茶を飲むだけだ。そうして雄一が出発の準備をする間に天都がトイレを借り、居間には三葉とさち子だけが残った。


「京子さんがあの子を一緒によこしたってことは・・・・三葉ちゃんは彼が好きなのかな?」


ストレートにそう聞くさち子に苦笑しか出ず、それが今の質問を肯定したことになってしまう。その表情を見たさち子は嬉しそうに微笑み、それから一口麦茶を飲んだ。


「京子さんは不思議と人の縁を見る。嫌っていた者同士でも彼女が結婚するぞと言えば必ず将来的にそうなったものでな・・・だから、きっとそういうことなんじゃろぅ」

「でも、先輩には好きな人がいます。私じゃなく、とっても綺麗で清楚で・・・」

「人の縁は意外な交わりをもたらすんだよ。きっかけは些細なこと、でも大きなこと。あの子が誰を想おうがそれは勝手じゃし、あんたがあの子を想うのもまた勝手。でも、結びつく縁があるなら、そのきっかけは小さいか大きいかだけで、必ずそうなる運命があるんよ」

「運命ですか?」

「本当の運命を間違って認識すれば、破局になるし離婚にもなろうけど・・・京子さんはその運命を見ることができるのかもしれないねぇ」

「はぁ」

「あんたらは繋がっている。それはわしでもわかる」

「・・・どうしてですか?」

「色が似てるよ・・・魂というか、そういうものが」

「見えるんですか?」

「昔から、ね」


そう言い、さち子はお茶を飲み干した。それが嘘であれ本当であれ、三葉には希望になる。その反面、変に意識してしまって困ってしまった。だが、三葉はすぐに切り替える。そういう運命なら、それに任せればいい。天都が七星を好きな事実を認め、だから自分は下がった位置から天都を見ている。友達として傍にいられるだけで幸せで、こうして2人きりで小さな旅行が出来る今日など最高に至福の時間なのだから。願うのはただ天都の幸せだけ、自分は二の次だ。だから三葉は自然でいられる。だから天都もまた自然でいられるのだから。


「私も、トイレ」


戻ってきた天都と入れ違う形で席を立った三葉を見て腰を下ろし、正面に座るさち子と目があった。


「あの子をよろしくお願いしますね。瀬尾の親子とは昔からの知り合いでね、京子さんとは彼女が高校生の頃からよくしてもらってる。ケーキの器具は姪っ子のためでしたんよ」

「そうだったんですか」

「あんたは物凄く穏やかな波だ・・・その波で三葉ちゃんをやさしく揺らして下さいな」

「はぁ」


その比喩表現がよくわからず、天都は頷くことしかできなかった。


「お待たせしました」


三葉が戻り、荷物を持って広い玄関に向かえば外に雄一が待っていた。小さな軽自動車がその傍らにあり、2人はさち子にお礼を言って、それから助手席に三葉が、後部座席に天都が乗り込んだ。


「本当にありがとうね。京子さんにはまた電話するけど、よろしく伝えておくれ」

「はい。こちらこそありがとうございます」

「彼と仲良くね」

「はい」


素直な返事が出来る三葉を凄いと思う。そんな風に思っている天都を見やったさち子がそっと天都に近づいた。開け放たれた窓越しながら顔が近い。


「三葉ちゃんをお願いします」

「あ、はい」


その言葉の意味をどう受け取っていいのかわからずにそう返事をするが、さち子は満足そうに微笑むと数歩下がって手を振った。それを合図に車が走りだす。さち子に手を振り続けていた2人だが、見えなくなってそれを止める。そうして畦道に揺られながら車は大通りを目指して進んでいた。


「三葉ちゃんは17?」

「16です」

「女子高生かぁ・・・やっぱ都会の子は可愛いなぁ・・・いや、三葉ちゃんが可愛いのか」

「そうですかね、そうだといいです」


こういう切り替えしが上手いと思う。肯定も否定もせず、相手に嫌な印象も与えない。


「彼氏とかいるの?」


その質問の際の声がどこか上ずって聞こえたのは気のせいだろうか。雄一は運転しながらもチラチラと三葉を値踏みするかのように見るようになっている。


「いませんよ」

「こんな田舎でいいなら、俺が立候補したいねぇ」


それは本音だ、そう天都は思う。田舎という建前を前に出しつつ自己主張をしているとわかった。そしてそれは三葉も同じである。


「遠距離とか、私は無理ですし、それに好きな人いるし」


そこははっきりとそう言う三葉が正しいが、その相手が後部座席にいるだけにその該当者は窓の外の景色を見るしかなかった。そんな天都をルームミラーで確認する雄一だったが、三葉の想い人が天都だとは思っていない。むしろそうであるはずがないと決めつけていた。


「そっかぁ、残念だなぁ」


そう言いながらも三葉の胸元に視線をやっている。だが三葉は平然としたまま前を向いていた。そのまま学校でのことなどを質問する雄一に素直に応対する三葉。自分は空気だと思う天都は田舎の風景を眺めつつぼんやりとあの祭の夜のことを思い出していた。突然の、しかも最悪のタイミングでの告白が心に大きな傷となっている。いや、勝手に転んで怪我をしただけだ。だからこそ、もうどんな顔をして七星に会えばいいのかわからない。嫌われたと思う。その時の言葉はそういう感じだったから。そんなことを考えていると駅前のロータリーに到着する。さすがに観光地だけあってここはかなりの賑わいを見せていた。名残惜しそうな雄一に別れを告げて2人はまず遅い昼食を取るべく移動を開始した。三葉は天都の横に並び、着かず離れずの微妙な距離を保って歩いている。珍しい店や美味しそうな店に一喜一憂しつつ。そうして2人は蕎麦屋さんに入った。三葉の要望であり、異存はないために天都もそれに従う。自然と会話ははずみ、他愛のない話で盛り上がる。何故だろう、自分を想ってくれている子が目の前にいるのに意識をしない。そういう雰囲気が三葉から出ているからだろうか。もしかしたら今日、三葉から告白されるのではないかと勘繰っていた自分が滑稽だ。三葉はまだ天都が七星に振られた事実を知らない。それを知ったらどう動くのだろうか、それを考えただけで怖い。今、自分の中ではいっぱいいっぱいだ。七星のことで頭が混乱し、気持ちは常にふわふわしている。こんな状態で告白されても、上手に断れる自信がなかった。


「そういえば、メイが言ってましたけど、最近下村先輩と天音先輩っていい感じだって・・・ホントですか?」


不意にそう言われ、無意識的に頷いていた。でもいい感じとかではなく、仲が良くなったと説明する。


「あの2人は元々仲良くなくってさ、同じ部活なのに。でもプールとかがきっかけで仲良くなってきたみたいだね。だからいい感じに見えたのかもしれない。今までが今までだけに」

「プールの時って、確かになんか、アレでしたけど。でも、下村先輩は天音先輩を好きっぽいし」


鋭いと思う。この子は意外に鋭く、そして鈍いのか。


「鋭いね・・・明斗は天音が好きみたい。でも、ま、前途多難だろうけど」

「どうしてですか?下村先輩、無口でぶっきらぼうだけどいい人ですよ?」


明斗の外見を褒めず中身を褒める。そんな評価をする女子が珍しいと思う天都だが、それに関しては頷くしかなかった。そして蕎麦を一口すすってからその真相を口にする。


「天音は幼馴染の翔さんを好きだからね。ずっと、小さい頃から」


憧れの存在だった。男の自分もそうなのだから女の天音がそれ以上の感情を抱いても仕方がない。綺麗な顔立ちで、強くて、優しくて、そして、その体の内側に最強の鬼を棲ませている。


「んんー・・・・」


納得がいかないような顔をする三葉を見つつ再度蕎麦を噛みしめた。


「でもぉ、お祭りの時の感じでは天音先輩も・・・」

「そっかなぁ?」

「気のせいなのかなぁ」

「どうだろうね」


そう言い、なるべくこの話題を終わらせたい。流れ上、自分の話題になれば必然的に振られたことを話す自分が想像できたからだ。そうなればこれがチャンスとばかりに三葉が告白し、ますます泥沼化が進行してしまう。


「先輩?」


そんなことをぼーっと考えていた天都を三葉が呼ぶ。我に返った天都が間抜け面をしたのを見た三葉がクスクスと笑って見せた。


「ノリ、口元についてますよ」

「あ、と・・・・ホントだ」


口元を触り、変な感触にそれをつまむとノリが指先にくっついていた。


「ぼーっとしてましたけど?」

「そっかな?」

「そうです。でも先輩って不思議ですよね?」


何が、と声を出さずともその顔がそう言っている。だから三葉はそのままその理由を口にしていた。


「助けてくれた時の先輩はなんか機械的で怖かった。あっという間に、なんかパパパってやっつけて、んでさっさと行っちゃって・・・でも、高校で出会った先輩は気弱で普通で、でも優しくて・・・」

「あの時は僕も怖かったし」

「それは嘘ですよね?」


きっぱりとそう言われて黙り込んだ。そう、嘘だ。怖くなどない。怖いとも思わず、楽しいとも思わなかった。ただ三葉を助けたいという気持ちだけだった。それでも、自分の中の獣を起こさないように注意しながらの戦いだったが。


「ちっとも怖がってなかった。淡々と機械的に処理しています、そんな感じ。そんな先輩が怖かった」

「実際、僕は・・・」

「もっとこう、俺が守ってやってるぜ!みたいな感じだったらそんな風に思わなかったんですけど」

「え?」

「だって、冷たい目で、機械みたいな動きで、人間なのかなって思ったぐらいです」


そう言って微笑む三葉を呆然と見つめてしまう。怖かったのは、引いていたのは無機質な自分に対してなのか。襲われた恐怖もあったろうが、それ以上に感じた恐怖がそれなのか。


「瀬尾さんって、天然なの?」


その不意の、予想外の言葉に三葉の顔が即座に赤くなった。あたふたしたようにし、自分を落ち着けるためか勢いよく蕎麦を食べる。自分は天然ですと証明したかのような動きに天都は苦笑を漏らした。


「あの僕を見てそういう風に怖いなんて、天然だよ」

「そ、そんなことないもん」


珍しく敬語でなくなる三葉が可愛いと思う。よく見れば鎖骨あたりまで真っ赤だ。


「きっと本当の僕を見たら、瀬尾さんは気絶すると思うよ」

「本当の、先輩?」

「僕の中には、僕が思っている以上の魔物が棲んでいる。きっと、それはいつか相手を殺すほどの強さを持っているんだと思う。勿論、そんな力を使うような相手も場面もないと思うよ。でも、もし見たら、瀬尾さんは僕を避ける」

「避けませんよ?」

「ううん、きっとそうなる」

「そうかなぁ?」

「うん」

「じゃぁ、意地でもそうなりませんよ」

「そっか」

「はい」


そう言って微笑む三葉を見るが、そうはならないだろう。きっと三葉は自分に恐怖する。それはそれでもいい。別に何とも思わない。それが普通なのだから。


「もし怖がったりしなければ、瀬尾さんは僕の運命の人なんだろう」

「そんなんで運命決めちゃうんですか?」

「僕にとっては、それほどなことなんだ」

「そうですか」


三葉は微笑んだ。その笑みはきっと消えると思う。自分ですら怖いと思う存在を解放すれば、それを見た他人がどうなるか想像に容易いからだ。多分平気なのは天音ぐらいなものだろう。


「この後、行きたいところがあるんですけど、いいですか?」


急に変わった話題に思わず頷くが、三葉は水を飲んでハンカチで口元を拭いていた。


「有名なケーキのお店があるんですよぉ」


嬉々としてそう言う三葉が子供のような笑顔になる。そんな三葉にドキッとしつつ黙ったまま頷いた。


「あとアイスのお店も」

「いいね」

「先輩が一緒だから、今日は遅くなってもいいって言われてて、だから、あちこち行ってもいいですよね?」

「あ、うん・・・それは別に」


深い意味に聞こえるがそうではないことは分かる。ただ、京子が自分を心から信頼しているということだけはわかった。ここに一緒に来させたこと、そして今の言葉。本当にあの人は人の縁を見ることが出来るのかもしれない。なら、自分の運命の相手はこの三葉なのだろうか。七星ではなく。いや、それはもうない。七星に告白し、振られた。それも辛辣な言葉と涙を添えて。だからその未来はもう消えたのだ。可能性は残っているのかもしれない、友達に戻れる、その可能性だけは。

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