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晴れ!  作者: 夏みかん
第6章
28/52

Love so sweet 2

そこは標高が少し高いだけの山間だった。風はさわやかで、その風のおかげか日差しもきついが暑さはそう感じない状態になっていた。景色も開放的で、大小の川もあるからだろうか。サングラスを外して車内に置いた進が運転席から出てきたこころに笑顔を送る。こころは鍔の大きめの帽子を被り、サングラスを胸ポケットに差し込んだ。腕の日焼け止めは塗ってあるために防御は万全だ。


「そこまでしないとヤバいのか?」

「女の肌をナメちゃダメ」

「はいはい」


苦笑する進の横に並び、まずはこの辺を散策する。少し離れた場所に土産物屋や出店などが軒を連ねているのが見えていた。2人はまず川を目指す。陽光を浴びて水面をきらめかせる大きな川ではなく、小さな小川のようなそこを。穏やかな流れに浅い川には既に何人かの親子連れが中に入って遊んでいる。2人も石の階段を下りて川べりに立つと、進は水に濡れても大丈夫なサンダルのためにそのまま、こころはサンダルを脱いで水の中に足を入れた。足首までの深さだが冷たくて気持ちがいい。


「凄く気持ちいいね?」


ぱしゃぱしゃと音をたてるこころに笑みを返す進もまたその水のせせらぎと冷たさを感じて心が落ち着くのを感じていた。来てよかったと既に感じている。


「先生もこっち来なよ」


そう言い、進は大きめの石の上に立つ。太陽を浴びて熱く焼けた石が冷えた足に強烈な熱を与えてくるがそれも心地いい。


「もう!先生って呼ぶな!」


頬を膨らませる子供っぽいこころを見て笑う進だが、ならばなんと呼べばいいのかわからない。


「大崎さん、こっちおいで」

「名前でいいじゃんか」

「えぇ?さすがにそれは・・・・」

「いいって、ほれ、呼んでみ?」


そう言い、こころが進に掴まるようにして横に立つ。不規則で大きさもまばらな石のせいでどうにも立ちにくいのだ。そんなこころを見つつ、知り合いに会ったらどうするんだと思う進が頭を悩ませていた。たしかに先生と呼ぶのもまずいだろう。かといって名前で呼ぶのもまたどうかと思う。


「進、もう覚悟を決めさない!」


少し顔が赤いがこころがそう言う。ため息をついた進は仕方なしに名前で呼ぶことにした。


「じゃぁ、あっち行こうか、こころ

「うん!」


照れながらもそう言った進にはにかんだ笑みを見せ、こころは進の腕を掴んだまま歩き出す。上流に向かう2人は歩きづらい川を進みながら楽しげに会話を弾ませていた。そうして石の階段を上がって畦道を歩いていった。風は相変わらず心地がいい。水に浸かったせいか暑さもさらにましに感じられた。そのままかき氷の店に行けば、そこには結構な行列が出来ていた。それに並ぶ2人は周囲から見ればもうカップルにしか見えないほどの距離感を持っていた。体も密着に近く、会話も顔が近い位置で行われている。教師と生徒にはとても見えない。そんな2人がメロンといちごのかき氷を買い、互いに違った味を確かめ合う。そこにはもう生徒と教師という距離感はなく、ただのカップルのそれがあった。だからか、食べ終わって歩いているこころの手が自然と進の腕を掴んでいた。そう、それは無意識的なことであり、掴んでいるこころも掴まれている進もまったく自覚がなかった。


「あ・・・」


だからか、その声を聞いて何気に振り返って青い顔をしたこころだが、それでも腕を離さない。


「品川・・・先生・・・」


声が震えてしまうこころとは違って進に動揺はない。それこそ平然とした態度で品川を見つめていた。品川もまた青い顔をしたまま呆然としている。まさかこんなところで、しかも自分が想いを寄せているこころが生徒である進と腕を組んで歩いているのを目撃したのだ。その心中が穏やかであるはずもない。


「あれ?品川先生も迷子とか?」


平然とそう言う進にゆっくりした動きでそちらへと顔を向ける品川に対し、こころは崩れ落ちそうになっている膝に力を入れるのが精一杯だ。


「大崎先生が連れの人とはぐれたとかってもうビビってるし、俺はおかげで先生を友達のとこへ連れてかないといけないし・・・ったくよぉ。たまたま大崎先生に出会ったらコレだもんなぁ」


いつもの感じでそう言い、童顔の顔で悪ぶって見せた。品川に会ったことで怯えていたこころの態度を逆手に取ったその機転に、こころはもう感心するしかなかった。


「そうだったんですか?」


確認する品川に頷くしかない。ここでへたな言葉は出さない方がいい、進に任せようという気持ちがそうさせていた。進なら大丈夫、そう心底思っていたからだ。そしてそれは正解である。


「な、なんだ・・・なんかデートぽかったから・・・焦ったよ」


そう言って引きつった笑い顔を見せる品川に似たような笑みを返すこころ


「で、品川先生はこんなとこで何を?先生こそデートとか?」

「え?いや・・・俺は人と待ち合わせだ。夏休みで遠出しようってな、大学時代の友人と・・・」


何故かしどろもどろになっている品川を見て、そっちはそっちで何か人に知られたくないものがあると睨んだ進はニヤリとした笑みを浮かべて見せた。ポーカーフェイスは常に持て、そう言っていた父親に今は感謝するしかない。


「はっはーん、気になる人が一緒ですか・・・いいなぁ・・・」

「ああ、ま、そんなとこかな、あはははは」


気になる人は目の前で生徒の腕を掴んで離さない、なのに別に気になる人がいると言ってしまったのだ、もう品川の気持ちはボロボロだ。


「えと、もう一度確認するけど、2人は・・・」

「付き合ってないよ」

「ああ、うん、そうだな・・・わはは・・・何か動揺しちまってなぁ・・・」


泣きそうになりながらそう言い、尚の事気になる人がいると言った自分を殺したくなった。


「だいたい、俺が7つも年上の人を好きになるわけないじゃん」


その言葉にこころの顔から表情が消えたが、品川は別に気にしない。自分の動揺がそれを気付かせなかったのだ。


「じゃ、じゃあ・・・・大崎先生、また」

「はい」


にこやかに笑顔を作るのが精一杯だった。そんなこころにぎこちない笑みを残すと品川は大きな川に架かった赤いつり橋の方へと進んでいった。それを見た進はホッとし、顔色の悪いこころを気にしつつ品川が向かった方向とは反対の山の方へと歩き出した。


「大丈夫、乗り切ったから」

「うん」


元気がないのが気になるが、それも仕方がないと思う。そのままろくな会話もない状態で2人は山のふもとにある川べりに腰を下ろした。


「しかしこんなとこで品川に会うなんてなぁ・・・危なかったぜ」


さすがの進も冷汗をかいたが、なんとか危機は脱することができた。あのまま品川が替わりにこころを友達のところへ連れて行くと言い出せば危なかったが、そうならずに済んだことは幸運だった。


「危機一髪だったな?」


そう言ってこころを見やるが、こころは俯いたままだった。


「どうしたの?」


そう声をかけるが、力なく横に首を振るだけだ。よく見れば、涙のようなものが零れ落ちて石に当たっているのが見える。困惑する進がそっとこころに触れた時、こころは反射的にその手を振り払っていた。


「ど、どうしたんだよ・・・」


もうさっきまでの冷静さはどこへやら、進はあからさまに動揺していた。何故泣いているのかも、何故自分を拒絶したのかもわからない。思考も働かず、ただうろたえるだけだった。


「さっきのが、本音だよね?」


かすれるような声でそう呟くように言うこころに対し、頭にハテナしか浮かばなかった。


「本音って?」

「7つも年上の人、好きにならないって」

「ああ、あれか・・・あれはあの場を乗り切るための・・・」

「でもっ!本音でしょ?」


顔を上げたこころは泣いていた。もう自分の気持ちに嘘がつけないどころか、進の嘘にもショックを受けてしまっている。だからか、進はここではっきりと自覚した。こころは自分を好きでいる。助けられたからか、依存しているからかはわからないが、その気持ちは本物だろう。だからさっきの言葉に傷ついて泣いているのだから。


「嘘だよ・・・あれは嘘だ。本心じゃない」

「でも・・・私が事件のせいで不安定だから、だから・・・」

「違うっ!」


ここで初めて進が大声を上げた。周囲に誰もおらず、何もないせいかその声が響き渡る。目を大きく見開いたこころの頬にそっと右手を当てた進は小さく微笑んでいた。


「最初はそうだった。精神的な傷を癒してあげよう、そんな軽い気持ちだった。なのに、俺は・・・・」


卒業までは言うまいと決めたのはわずか数日前だ。なのに、もうそれは崩れ去っている。教師と付き合う、その難しさを理解しながらも誤解を解きたい。ただその気持ちだけが進を突き動かしていた。


「俺は先生を、こころを好きになったんだ・・・小さい頃から天音を好きだったのに、なのに俺はもう、先生しか見えなくて、先生と一緒にいたくて、好きだから」


困ったような笑みを浮かべた進がこころを抱きしめる。そんなこころはまた大きく泣きつつ自分もまた強く進を抱きしめた。日陰とはいえ暑い。なのに抱き合う体温が心地いいのは何故だろう。


「私も好きなの・・・教師なのに生徒を好きになって・・・でも、これはもう抑えられなくて。こんな形で好きになってもダメになるってわかってるのに」

「ダメにならないよ。だって、きっと、絶対、これは本物だから」


そう言う進の言葉が嬉しくて、こころはさらに力をこめて抱きしめる。そうして数分後、2人はゆっくりと離れて、それから見つめ合う。そのままどちらともなく目を閉じると唇を重ね合った。何度も、何度も。



意外な場所で意外な人物に遭ったせいか、品川の動悸は収まることを知らない。その上、こころには自分の気持ちが他の女性にあると認識されたのだ。そうさせた進が憎いが、その言葉に乗っかった自分もまた嫌悪する。つまらない、それこそ金に引かれてここに来たことを後悔し始めていた時だった。


「なんだ、暗い顔だな」


そう言われ、大きな石の上にしゃがみこんでいた男へと顔を向けると、男はそのままの態勢で軽くジャンプして着地を決めるとニヤニヤした顔を近づけてくる。


「持ってきてもらえた?」

「あ、ああ」


そう言い、鞄の中から茶色い大きめの封筒を取り出す。


「本当にこれで?」


品川はそう言い、ポロシャツに短パン姿のその男をまじまじと見やった。


「下村明斗の情報が本物か確かめたら、金は渡すよ」


そう言ってズボンのポケットから小さな、それでいて分厚い封筒を取り出した男はそれをひらひらとさせた。見るからに大金が入っていると分かるその封筒を見た品川はさっきのショックを忘れて小さく微笑んでいた。そしてまず自分の持ってきた封筒を手渡す。男は中の書類を素早くめくって確認すると満足そうに頷き、そして手にしていた小さな封筒を投げてよこす。品川は中身を確認しようとしたが、その手を男が掴んで見せた。物凄い力が右手首を締め付ける。苦悶の表情を浮かべる品川を見る男は力を込めているのに平然としていた。


「これ以上の要求は受け付けない。余計な詮索もするな」


それは忠告ではなく警告だ。だから、品川も頷くしかない。もとより、これ以上の要求などなかったが。


「ちゃんと3百万ある。じゃぁ」


そう言い、男はさっさと背を向けた。


「ま、待ってくれ・・・下村の何を知りたいんだ?」


そう言った品川を振り返らず、殺気だけがその背中からにじみ出てくる。全てを射抜くその殺気に足が震えるのを感じた品川は、この男と初めて出会った時のことを思い出していた。あの日、酒を買うついでにと自宅近くのショッピングモールへ向かった際、天空と名乗ったこの男から接触してきたのだ。要求は下村明斗に関するすべての資料が欲しいというもので、報酬は4百万円だった。前金で百万円を渡す天空に、それが不正だと理解しつつ金に負けて資料を揃え、あの日の指示通りここへ来たのだ。前金を渡しながら資料を用意しなければ殺すと言ったあの時もこんな殺気が滲み出ていた。


「あ、いや・・・・忘れる、全部忘れる」

「それでいい」


殺気を消し、天空はそう言うとさっさと立ち去って行った。それを見送った品川はヘナヘナとその場に崩れ落ちるように熱いアスファルトの上に両膝をついた。今日はいろいろショックが大きすぎる。こころのこと、天空のこと。そして教師としての罪悪感。それでも手にした大金がすぐにそのショックを掻き消した。労せずに手にした4百万円がある。品川は全てを忘れるようにすぐに駐車場に戻ると車を走らせた。ただこの場所から離れたい、その一心で。



もう人目は気にしない。ばれてもいい、そんな気持ちのせいか、進に密着するこころの心は晴れ渡っていた。確かに問題は山積みだろう。けれど、好きな人と気持ちを通わせることができたことが素直に嬉しい。こんな充実した気持ちは、恋は初めてのことだ。たとえ7つも年上でもかまわない、そう言ってくれた進の全てが愛おしかった。そしてそれは進も同じだ。ただ、こころと違って色々考えていることが多いだけ。子供っぽいところのあるこころに公私混同は避けるよう、口酸っぱく言い続ける必要があるだろう。童顔でも中身が大人な進と理知的で美人ながら中身が子供なこころとは釣り合いが取れていると思う。


「でもさ、ホントにいいの?7つも年上で」

「否定したらショック受けたくせに・・・まぁ、このまま無事卒業まで隠し通せたら、結婚は急がないとすぐにババアになっちまうな」

「・・・・イヤな言い方。でも、結婚してくれるんだ?」

「ま、一応な」

「一応か」

「そう一応」


一応でもいい、その気持ちが嬉しかった。だからこころは進の頬にキスをする。人目がないから許したが、こういうこともまた制御しなくてはならない進の悩みは増える一方だ。今夜はこころの家に泊まることにしているせいか、そういう時間は山ほどある。とにかく、教師と生徒なのだと言い聞かせる、策を講じる必要性を感じる進とは違い、こころは今夜、自分たちは身も心も結ばれると考えている2人のギャップはかなり大きかった。もちろん進も意識しているが、それはそれでまだ早いと思っている。健全な高校男子でありながら、精神的には大人だった。


そうして夕方まで避暑地を満喫し、すぐに移動を開始した。祭があるせいで知り合いが一箇所に集まるために色々危険度が増すためだ。車の中は蒸し風呂だったが、乗り込んですぐにキスをねだるこころに苦笑し、軽いもので済ませた進に不満そうにしつつ、こころが車を進めていく。


「バレないようにしなきゃな」


高速に入ってすぐにそう言う進をチラッと見たこころに危機感はない。


「バレたら、その時はいさぎよく学校は辞めます」

「辞めて田舎に帰るのか?」

「進のお嫁さんになるの」

「・・・・・前途多難だ」

「どういう意味ぃ?」

「もう、いろいろ過ぎて断定できん」

「えー」


そう言い、苦笑し合う2人の空気はかなり甘いものになっているのだった。

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