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晴れ!  作者: 夏みかん
第5章
26/52

君に届け 5

幻想的だった。幼い頃に家族で見た記憶しかなかったとはいえ、こんなにも綺麗だったのかとあらためて思う。疑似的な人口の星空なのにこうまで感動できるとは思っていなかった天音は胸がいっぱいな気持ちのままプラネタリウムを出た。


「しっかし、あんたがこんな・・・・可愛いっていうか、意外なチョイスをするとはね」


口調がいつもの天音に戻っている。だからか、待ち合わせをしてここに来るまでの緊張感は消し飛んでいた。黙って天を見上げている間の50分は会話が必要ないせいか、それも薄まっていたものの、やはり好きな人がすぐ横にいる。その存在を、香りを感じるだけで緊張の度合いは少なからず増していたのは否めない。だが、プラネタリウムを出た天音はいつもの、男っぽい感じの天音に戻っている。自然体、そう、向こうもデートということで意識して緊張していたのだろう、それがなくなっていることにホッとできた。それを顔に出さず、明斗は隣を歩く天音に顔を向けた。星が好きだと言ったあの子供のような顔が印象的だったせいか、天音はまじまじと明斗を見つめるも、いつもの愛想のない表情がそこにある。


「本物を見たいって思ってるけど、都会じゃなかなか・・・田舎に暮らしたいって願望はそこから来ているのかもしれないけど」


意外な願望に思わず感心してしまう。本当に星が好きなんだと思える口調だった。


「田舎で、か」

「農業は無理そうだけど、そっちで暮らせる仕事とかあれば、そうしたいってね」


小さく微笑む明斗にドキッとする。こいつはこんな笑い方も出来るんだと、普段にはないその笑顔に思わず照れてしまう。どうにも調子が狂うが、かといってどうしようもなかった。


「木戸さんは、将来こうしたいとかあるの?」

「ない」


即答が天音らしく、明斗は微笑んだ。


「まぁ、流派の名前を継ぎたいだけかな、今は」


そう、ただそれだけだ。


「でも、天都が継ぐんだけどね。男だし、木戸の名前も残るし。私だと結婚したら苗字変わっちゃうから」


そう言う天音がどこか寂しそうに見える。本当に名前を継ぎたいという気持ちが伝わって来たからだ。だが、それは不可能なのも伝わってくる。


「天都は・・・放棄するんじゃないか?」

「名前だけ継ぐと思う。子供に伝えるのはしないかなぁ」


それだと名前を継ぐ理由がなくなると思う。後世に技を残さないのなら、名前を継ぐという行為自体がいらなくなるのではないか。ならば天音が継いだ方がいいような気がする。


「それだと継ぐ意味がないだろ?」


だから率直にそう言う。天音は苦笑し、少し顔を上げて前を見つめる。


「天都が七星と結婚したら、まぁ、ないだろうけど、そうなったらそうなる。でも、瀬尾さんなら、きっと、伝えると思うなぁ」


しみじみとそう言う天音の言葉の意味が理解できない。天都にその気がなければ結婚相手が誰であれ、技を伝える必要がなくなる。技を知っているのは天都なのだから。


「何故?何故、瀬尾さんなら?」

「彼女は、なんか母さんに似てるから」

「君たちの?」

「うん。父さんは伝える気はなかったみたいで自分の代で終わらせるつもりだったんだって。でも、母さんが伝えて欲しいって言ったの。誰かを守れるために、って。守りたいと思った時に必要だろうって」


だから自分も天都も厳しい修行を強いられた。幼稚園の頃からずっと、厳しく、辛いことをしてきた。今ではもうそれが当たり前になっているし、全ての技を使うことができる喜びの方が大きい。強くなりたいという気持ちが大きいからだ。その上、その技で自分と誰かを守る、そういう意思をもって技を使うという思想もちゃんと受け継いでいるのだ。


「瀬尾さん、か」

「でも、可能性は低いね・・・きっと天都は、七星と結ばれる」


さっきはないと言いながらも矛盾した言葉に明斗が首を傾げる。その仕草を見てクスクスと笑う天音は女の子だった。その小さな、口元に手をやる仕草も、可愛い声も。明斗はドキドキしながらもポーカーフェイスを貫く。まだ、天音にこの気持ちを知られたくなかったからだ。


「七星は、多分、あんたに振られた」


その言葉と同時に明斗が立ち止まった。自分が彼女を振った事実は誰にも話していない。話すべきことではないからだ。それにプライベートは他人に言わないのが明斗だった。例外が天都だが、こういう恋愛関係は話していない。天音が好きだとは言ったが、その程度だ。


「図星か」

「なんで?」

「勘。ってか、ついこの間、本屋で七星に会ったんだよね。んで会話の中でなんとなく。髪も切ってたし。あの子、古風なとこあるから、気分転換で髪切るとか、ないっしょ?」


そう言い、ドヤ顔をする天音に苦笑しか出ず、明斗は素直に頷いた。その顔を見て勝ち誇った顔をする天音と共に向かったファミレスに入った。昼食後はボウリングとなっていた。こちらは天音のリクエストだ。席に案内されて注文を済ませ、水を飲んでいる天音を見た明斗はさっきの続きを口にした。


「結城は天都を好きになりそうなのか?」


水を飲んでいた手を止めてコップをゆっくりと置く。


「さぁね・・・でも、ないとは言い切れないよ。七星にとって天都は唯一の男友達。なんでも話せる気兼ねしない間柄だしね。ひょっとしたらってか、あるとしたら天都かなって」

「俺は逆だ。ないと思ってる。可能性なら瀬尾さんの方が上だろう」

「天都が瀬尾さんを好きになればっていう、その可能性が低すぎるよ。あいつはずっと七星が好きだし」

「天都の全てを受け止められるのは、多分、彼女だけだと思うけどな」


その意味が図りかねる天音が怪訝な顔をする。その顔を見た明斗は苦笑し、そして一口水を飲んだ。


「あいつの中に、人でないモノが棲んでいる。そんな気がしている。それを受け止められる器は、結城にはないだろうと思うんだ。あるとしたら、助けたことを否定も肯定もしない天都を、それでもただ一途に想い続けている瀬尾さんだけだと思った、ただそれだけのことだよ」


その言葉に天音は間抜けな顔をしてしまう。天都の中に棲んでいる獣は、確かにとんでもない。それを勘で見抜く器が明斗にあったことが驚きだが、それ以上に三葉の本質、七星の本質を見抜いているその感性にも驚かされていた。寡黙で思慮深いとは思っていたものの、ここまで洞察力にも優れている明斗が少し怖くなった。


「そうかも、しれないね」


そう言うのが精一杯の天音が俯くと同時に注文した食事がやってきたために、天音は表情を緩めて顔を上げた。だから、明斗はこの話題をここで切った。未来のことは誰にもわからない。天都が七星とどうなるのか、三葉とどうなるかなど想像もできないのだから。何より、自分が目の前の天音とどうなるかもわからない。でも、理想に近づけようと思う。2人で寄り添う未来、そのための一歩が今日なのだから。



イルカのショーは圧巻だった。2頭のイルカの上に調教師が立ち、波乗りをしてプールを駆けまわり、6頭のイルカがタイミングよく交互にジャンプしたりとかなりの技を披露してくれた。わずか20分のショーとはいえ、その内容の濃さに七星は感動するほどだ。天都も時々声を上げるなどしてショーを堪能し、2人はそこを後にした。あとは適当にぶらぶらと見て回り、全てを見終えた時には1時を回っていた。水族園を出た2人はすぐ近くにある巨大なショッピングセンターに入り、フードコートではなく中華の店に入った。この時間のフードコートは席を見つけることすら難しいため、比較的すぐ入れそうな店を選んでいたのだ。魚やイルカの感想を言いながら席に着き、注文を済ませる。目の前で感動を口にする七星を見ながら、天都は今のこの幸せを噛み締めていた。


「あんなの見たら、泳ぎたくなるよね」


そう言って微笑む七星が可愛い。本当に美人だと思う。現に今日一緒にいるだけで何人の男性の視線を感じたことか。通り過ぎるカップルの男性ですら七星を見るほどなのだ。優越感に浸る天都だが、今はまだ友達の間柄だ。恋人同士だったなら、もっと優越感を味わえただろうと思う。


「じゃぁ、今度は泳ぎに行こうか?」

「それいいね!イルカみたいに泳ぎたい!」

「お盆過ぎたらプールにでも行こうよ」


次のデートの約束をさりげなく取り付けた自分を褒めてやりたい。こうまで自然にそう言えたことが誇らしかった。だが、次の言葉で有頂天だった気分はどん底に叩き落され、現実を知らされる。


「うん!みんなで行こう!」


嬉しそうにそう言う七星に固まる。みんなって誰だ、そう思うも、ぎこちない笑顔しか作れない状態だ。


「そうだね」


機械的にそう言い、これまたロボットのような動きで水を飲む。


「そう言えば、陣内君たちはどうなったのかな?」

「ああ、そうだね。わかんないや」


プールの時にカップルが成立した陣内時雄と山下里奈のカップルは順調なのだろうか、そう思う。あれからラインをしても既読は付けど返事はなく、ゲームの誘いも何もないことからずっと里奈と遊んでいるのだろう。そう考えれば順調なのだろうが、あの時雄だけにすぐにフラれそうな気もしていた。


「じゃぁプールに誘うの、むずかしいかな・・・天都君、男の子1人じゃイヤでしょう?」


今の言葉にハッとなったが、表情は見ていなかったのか七星は水を飲んでいる。その仕草も実にお嬢様で、上品に見える。天都はどうするかを悩んだ。時雄が里奈にしか目が行かない今、その存在は除外となる。そしてもう1人の親友はついこの間、目の前の七星を振った男なのだ。気まずいどころではないだろうし、何より七星が嫌がるだろう。やはりここは2人で行こう、そう言うことに決めた。勇気を出してそれを口にして、ダメなら冗談だよって言えばいいのだから。


「じゃ・・・」

「2人で行こうか?」


不意にそう言ったのは七星だ。先手を打たれたような形だったせいか、その意味を理解するのに数秒を要する。


「え、あ・・・・そうだね、そうしよっか」


その言葉に嬉しそうな顔をした七星を見て、彼女の気持ちが知りたくなる。自分は恋人候補になれるのか、それとも気の許せる存在というだけなのかを。


「瀬尾さんと行きたかった?」


突然そう言われて困惑する。驚いた顔をする天都を見ず、七星は汗をかいたグラスの中の水、氷を見つめていた。そんな微妙な表情にドキドキしつつ、天都が口を開きかけた時だった。


「瀬尾さんは、天都君を好きだものね」


はっきりそう言われたことは誰にもない。勿論、本人からも。けれど気持ちには気づいている。だからあのプールの日にはっきりさせると言ったのだ。七星を好きで、三葉も気になっている。だが、7対3だと言ったあの時とは違い、今は9対1で七星が好きだ。だから七星のその言葉はどこかショックだった。


「そうかな?」


だから誤魔化す。このまま話の流れが悪い方向に行かないように。


「気づいてるくせに」


小悪魔のような笑みを浮かべた七星に苦笑すら出ず、天都は七星から視線を逸らせた。気付いている、それは確かだ。だが自分は七星が好きで、断る勇気がない言い訳にしたのだ。いつかちゃんとする、そういうふうに逃げたのだ。


「天都君も、本当は瀬尾さんのこと、好きとか?」

「違うって」


作り笑いでそう返すのが精一杯だった。


「でも、瀬尾さんは助けたじゃない」


その言葉は胸に突き刺さった。好きな子を助けず妹に任せ、三葉は助けた。三葉と一緒に逃げるという選択肢もあったのに、戦って解決をしたのだ。あの時の選択は間違っていなかった、そう思っていたのに、今は後悔している。三葉を助けたことではなく、相手を叩きのめしたことを。


「あれは・・・・」

「ゴメン、いじわるだったね」


そう言うと微笑む七星を見て、天都も小さく微笑んだ。助けなかった自分が悪いとは思うが後悔はしていない。それが自分の意志だったからだ。だが、こうまで責められるとは思っていなかっただけに戸惑うしかなかった。七星にしても、自分がこんなに意地の悪い人間だとは思っていなかったせいか、罰が悪くなる。笑って誤魔化した自分が嫌いだが、三葉を助けて自分を助けなかったことがずっとしこりとなって残っていた。付き合いの長い自分ではなく、面識もなかった三葉を助けた、その事実が。車に連れ込まれそうになったあの恐怖、それを思い出して身震いしつつ、七星は再度水を飲んで気持ちを落ち着けた。


「私は、天都君に助けられたかったんだと思う」


そう言うのが限界で、七星はコップを置いた。そんな七星を見ず、天都は目の前のコップを見ながら口を開いた。本音を言おう、その決意と共に。


「きっと、助けたらきっと、七星ちゃんは僕を嫌いになったと思う」

「どうして?嬉しかったと思うよ?」

「ううん・・・きっとドン引きしてた」

「なんで?」

「七星ちゃんの知ってる僕じゃないから、かな」


言葉を濁すようにそう言い、天都は微笑んだ。その意味が分からない七星が口を開こうとした時、注文した食事がやってくる。それを見て美味しそうと言った天都の言葉もあって、質問を投げるタイミングを失ってしまった。チクチク胸が痛むのは何故だろうか。三葉はドン引きするほどの天都の本性を見たのかなと思う。それでもあの好意を抱いた三葉に嫉妬に似た感情を覚えた。きっと自分も同じだったはずだと思える。何も変わらず、天都と今の関係を築けていたはずだ。もしかしたら好きになっていたかもしれない。


「美味しいね」


そう言うしかない七星は微笑み、天都も笑って頷いた。だから心が痛む。何が違うのだろうか。三葉と自分の違いがわからない。何故、こんなに三葉にイライラするのだろうか。


「この後、ゲームセンターに行こう」


ラーメンを食べてそう言う天都に頷き、七星は味もよくわからない昼食を取り続けたのだった。



さすがに運動神経がいいせいか、2人のスコアはとんでもないものになっていた。周囲のカップルのようなイチャつきもなく、ただ淡々とボールが突き進んでピンを倒すのみ。ストライクを出して勝ち誇った顔をする天音を見つつ、すぐさま同じようにストライクを出す明斗。難しいピン配置になっても冷静に対処する明斗、スペアを取りやすいような感じで倒していく天音。気が付けば2人とも200近いスコアを叩きだしていた。


「やるわね」

「そっちもな」

「2ゲーム目は賭けでもしよっか」

「いいだろう」


不敵に微笑む美男美女カップルに飛ぶ火花は容姿以外の注目を集めている。モデル顔負けのような明斗、アイドル以上の容姿の天音はかなり目立ったものの、そのスコアのせいでそれが霞んでいるほどだ。


「じゃぁ、私が勝ったら晩御飯奢って」

「わかった」

「あんたが勝ったらどうする?」


そう言われ、明斗は少し考えを巡らせる。天音はそう聞いておきながらキスとか言われたらどうしようと内心で動揺していた。初デートのみならず初キスまで奪われるのかと勝手にドキドキしつつ、しばらくしてから断ることを思いついて激しく赤面してしまった。なんで自分が罰ゲームでキスをしなくてはならないのか、何をまんざらでもなく思っているのか、それが腹立たしい。


「俺が勝ったら、またこうしてデートして欲しい」

「うぅ」


軽い告白を受けたような気がして思わず赤面した顔を背けてしまった。なんでこんな風になるのか理解できず、腕組みをしたまま返事をする。


「いいけど」

「じゃぁ、賭け成立だ」


そう言い、先に投げる明斗がボールを拭きだした。そんな様子を見つつ椅子に腰かける天音はどうにも調子が狂っている自分に疑問を投げた。初のデートで舞い上がっているだけとは思えない。確かに緊張はしたし、現に今もドキドキしている。でも自分は翔が好きで、それは変わらない。なのに何故。その答えは出ない。あれほど嫌悪していた相手とこうしていることが不思議で、おかしくて、そして悪い気がしていない。そうしているといとも簡単にストライクを出した明斗が戻ってきた。


「大食いに支払う金はないからな」


冗談とわかるが、ムッとした顔をする。


「女の子にそういうこと言う男はデリカシーがない」

「悪かった」


苦笑気味に謝るのがまたむかつくが、勝てばいいのだ。勝ては夕食がタダになるだけのこと。デートのことも意識しなくていい。こんなやつを意識しなくていいのだから。天音は大股でボールに向かい、それを拭きながらストライクを取る軌道を頭の中に思い描く。


「見てなさいよ!」


振り返ってそう言った天音の顔が真っ赤になった。明斗はただ微笑んでいただけだ。淡い微笑、それを浮かべて頷いた、ただそれだけ。なのにドキドキしてどうしようもない。これはそう、恋。翔に出会って、翔と話をして微笑まれた際にするドキドキと同じだ。


「あ、ありえない・・・私は翔さんが好きなんだから」


そう呟いて自己暗示をかけるものの、さっきの明斗の笑みが消えない。そのせいか、投球フォームに影響が出て、8ピンしか倒せずに戻ってくる。それを見た明斗が意外そうにしながらも微笑み、それにむかついた天音は咄嗟にすれ違う明斗のお尻を軽く蹴りあげる。笑う明斗に笑い返せない。


「なんで・・・なんだろ」


わからない。なんでこうも居心地がいいのだろうか。あの笑顔を見ると癒されている自分がいる。気が多い女は嫌いだったのに、その嫌いな女に自分がなっているのかもしれない。そう思うと頭痛がしてきた。そのせいか、天音は本来の実力を発揮できず惨敗し、明斗は圧勝して次のデートの確約を得るのだった。


「いやなら、デートっていってもこの間のみんなでのプールとかでもいいよ」


不満そうな天音を見てそう言う。正直に言うと2人きりのデートは楽しみたいが、賭けで無理矢理というのは違う気がしている。元々拮抗した実力だったから、一か八かでその条件を出しただけのこと。こうまで差が出るほど動揺させた苦味が明斗の中にあったことで、その言葉を出させていたのだ。


「海」

「ん?」

「海に連れてけ、このバカ!」


なんでバカと言ったのか、言われたのか、わからない2人が同時に黙り込んだ。


「わかった」


そう言い、明斗がその場を立ち去る。立ったまま俯く天音はもう自分がわからずイライラしているだけだ。そうしていると明斗が戻ってきた。両手にジュースを持って。右手のオレンジジュースを差出し、天音は怪訝な顔をしながらもそれを受け取った。


「動揺させたお詫び」


にこやかにそう言う明斗から顔を背け、少し唇を尖らせた。


「あ、ありがと」


その言葉に微笑む明斗が椅子に座り、少しの間を置いて天音も隣に座る。そうして会話のないままジュースを飲む2人の間にはなんともいえない微妙な空気が漂っているのだった。



三葉に関することを話題にしてから、七星の口数は極端に減っていた。このデートの主旨は失恋した七星の気分転換であることを再認識した天都はゲームセンターでも積極的に話しかけ、体感ゲームなどで遊んだものの、水族園で見せたような七星の笑顔は見られなかった。七星は七星でなんとか気持ちを整理しようとしていたが、罪悪感が拭えずに自己嫌悪のループに陥っていたのだ。明斗に振られた自分を気遣って連れ出してくれた天都を責めるような言い方をした自分が嫌いになる。何故、あのことに関して三葉に嫉妬してしまうのか、いまだに謎だ。どうしても天都に助けて欲しかったわけではない。ただ、何もしなかった天都に失望した、ただそれだけだったはずだ。なのに胸がモヤモヤとする。一番仲のいい男友達の天都を三葉に取られてしまうという強迫観念のせいかもしれないと思う。取られたくない、そういう風に思っている自分を理解しつつ、その気持ちがなんなのかが分からない状態だった。


「え、と・・・・どうしよっか?」


困り果てたような顔と声にハッとする。ここへ来て何をしたのかすらよく覚えていない。


「どっか行きたい場所とか、ある?」


恐る恐るそう聞いてくる天都に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。嫌な子だ、そう思っているに違いない。嫌われたと思う。そうすると何かがこみ上げてきた。ポロポロと大きな瞳から涙が零れ落ち、それを見た天都があわてふためく。


「ど、どうしたの?具合悪いの?」

「ごめんさない・・・・ごめんなさい・・・・ごめん、なさ、い」


そう言いながら手で涙を拭う七星にどうしていいかわからないが、好奇の目で見らているこの場から立ち去った方がいいと思う。かといってどこも混雑しているため、天都は車型の体感ゲームの方に七星を引っ張って行った。無理矢理手を繋いで行くがそんなことは気にならない。気になるのは何故泣いたのかということだ。そうして車型のゲームの中に入り、シートに座る。ゴム状のすだれがあるために外から中は見えないようになっていたため、ここならばもう誰かが強引に覗き込んでこない限りは人目にはつかないだろう。


「大丈夫?」


そう聞く天都に首を振り、しゃくりあげる七星はハンカチで何度も涙を拭う。どうすることもできない無力さを感じつつ、天都はただ七星が泣き止むのを待った。そうして数分後、落ち着いた七星が赤い目の顔を上げた。


「ゴメンね?嫌な子だって思ったよね?」

「え?」


突然そう言われてもわけがわからない。なんでそう思ったのが気になったが、また泣かせそうで切り出す勇気が持てなかった。


「瀬尾さんに嫉妬して、天都君に嫌味言って・・・あげくに、一緒に遊んでいるのに上の空で・・・・」


そういうことかとホッとする。何か嫌な思いでもさせたのか思っていたからだ。現に嫌な思いはさせているのだろうが、それは理由ではない。


「別になんとも思ってないよ。嫌味言われても仕方がないんだから。僕は七星ちゃんを助けなかった。助ける意志を放棄したんだから。瀬尾さんの時はそうしなきゃって・・・僕しかいなかったから」

「わかってる・・・わかってるのにそういうこと言えちゃう自分が嫌で・・・嫌われたって思って」

「嫌ってないんかないよ、むしろ・・・・・・・」


そこで言葉が止まった。2人はじっと見つめあう。狭い、肩が触れ合うほどの密室で、お互いの息遣いがわかるほどの至近距離で。


「ありがとう」


天都の告白を遮るような形でそう言い、七星は天都の肩に額を当てた。髪からいい香りがし、思わず抱きしめたくなる衝動をぐっと堪えた。


「また、誘ってくれる?」


額をつけたままそう呟く七星に頷いた。肩越しに感じるその動きで、七星の口元に笑みが浮かんだ。天都の表情もまら緩んでいく。


「プール行こうって誘ったじゃん」


優しい口調の言葉に、七星の笑みが濃くなった。


「うん・・・行きたい。2人で、行こうね?」


顔を上げた七星の瞳がすぐ目の前にある。少し顔を近づければキスできる距離にあり、自然と天都の視線がその愛らしい口元に移動した。


「うん」


そう言いながらも唇に注視していた天都だが、不意に離れた七星に苦笑する。そんな美味い話があるはずがない、だから天都も笑顔になった。


「プリクラ・・・撮りたいけど・・・いいかな?」

「いいよ」

「でも、目が腫れてるから、後でもいい?」

「うん」


照れたように微笑む七星はもういつもの七星だった。だからそれでいいと思う天都は腫れが引くまでUFOキャッチャーなどをして遊んだ。そうして1時間後、照れあう2人の、初めてのツーショットプリクラの撮影が開始されたのだった。



調子が狂ったままボウリングを終え、ぶらぶらしてからお昼の店とは別系列のファミレスに入った天音と明斗は少し早目の夕食を終えた。他愛のないことを話し、明斗の家庭のことも話していた。何故父親が陸上を辞めるように、目立たないようにするよう言ったのかは不明だったが、すでに目標を達成していた明斗にとってインターハイ3連覇という偉業にも興味がないためにいさぎよく辞めることが出来ていた。だから、強制的にではないものの、父親の我が儘で辞めたことは後悔していない。また何かしらの目標を見つければいいのだから。


「木戸さんに技を習うってものいいかもね」

「無理。そこそこは強くなれても、木戸の技は幼少の頃から始めないと、ね」


そう笑う天音はいつもの天音だ。今日は少しおかしかったとはいえ、そういう一面も見れたことが明斗としては収穫だ。駅に向かって歩きながらそう話し、2人の雰囲気は悪くないものになっていた。そうして駅につき、電車に乗る。先に降りるのは天音だが、何故かどこか名残惜しく感じている。


「じゃぁ、今度は、海、ね」


気恥ずかしくなったのか連結部分近くにいながら周囲を気にした小声でそう言い、明斗は微笑みながら頷いた。楽しかった、そう思えたからこその約束だ。一緒にいて楽しかった、ただそれだけだと自分に言い聞かせるようにした天音の頬は少し赤い。


「今日はいろんな木戸さんが見れて、嬉しかった」

「・・・・くっさいセリフ」


その言葉に笑う明斗、照れる天音。やがて電車が駅に着き、天音は少し名残惜しそうにしながら電車を降りて、その場から明斗を見送る。バイバイと口を動かして小さく手を振る天音に手を振り返す明斗の心は満たされていた。天音が好きだ、そう完全に自覚できた1日でもあったせいか、いつかは告白したいと思う。今の気持ちを大事に、いつかは天音に伝えたいと思う明斗だった。



七星とは路線が違う電車に乗るため、駅で別れる。同じ電車でもよかったのだろうが、そっちの電車の方が家により近い駅になっているために天都もそっちを勧めたのだ。七星の安全が第一なのだから。そうして改札で別れて、鼻歌混じりに自分の帰る路線の改札に向かった時だった。不意に腕を掴まれてそっちを見る天都の表情が驚きのものに変化する。いや、腕を掴まれた時に驚いていたが、それ以上に、だ。自分の右手首を握っているのは金髪の美女だ。まだ幼さを残す顔つきだが、それでもしっかりと色香を漂わせているのは外人だからだろうか。かといって英語など話せず、天都はただ困った顔をその美女に向けるしかなかった。


「キド・アマト」


ぎこちない言い方はやはり外人だからだろう。思わず頷くが、この美女に面識はない。過去に会っていれば印象に残っているであろう、そんな美人だ。その美人が今度は天都の背後を指差す。何かと思って振り返れば、そこにあるのはコーヒーの店だった。


「飲みたい」


今度の日本語は流暢だ。だからどうしたという顔をした天都を引っ張って行く美女に困りつつ、そのままにされている天都はさすがに店の前で足を踏ん張った。


「え、と・・・どういう御用で?」


日本語が使えるのだから伝わるはずだ。だからそう問いかけると美女は立ち止まり、まじまじと天都を見つめた。それこそ、鼻先と鼻先がくっつくほどに顔を寄せて。ドキドキする天都をよそに美女は不思議そうな表情を浮かべて店の中へと顔を向けた。


「コーヒーを飲みたい」

「それって、奢れってことかな?」

「そうだ」


見ず知らずの人間にねだる態度ではない。そう思うとやり切れず、天都はゆっくりと掴まれている手をほどいていった。


「どうして僕が奢るの?」

「お前に興味があるからだ」


はっきりそう言うのは外人だからだろう。偉そうだと思うが、日本語が不自由だと勝手に解釈したために怒りは湧いてこなかったが、逆に思わず赤くなる台詞が理不尽すぎる。新手のナンパだと思いため息をつくが、その美女はまたも天都の右手首を掴もうと手を伸ばした。今度はその手を避けるようにし、美女は天都を睨む。


「どこかで会ったことあります?初対面の人間に失礼じゃないですか?」

「キド・アマト・・・それを知っている」


意味がわからない天都は深いため息をつき、同時にまた右手首を握られてしまったためにあわててしまった。もう観念するしかないようで、仕方なく店の方に体を向けた時だった。突然、美女が腕を組んでくる。そのままその大きな胸に天都の右腕を密着させた。柔らかい感触に思わずそっちを見て、それから顔を赤くした。


「先輩?その人・・・・・・・誰です?」


その声に振り返れば、そこにいたのは三葉だった。美女は天都にくっついたまま首筋を匂うようにし、それがまた妖艶に見えた。三葉の目は冷たく、そして軽蔑の意志が込められている。


「さっきは結城先輩といっしょでしたよね?で、今はこれ・・・・」


七星と改札で別れるシーンをたまたま目撃していた。胸が痛んだものの、自分が何かを言える立場でないためにそれを見送ったのだ。だがこれはそうではない。胸を腕に押し当てられて鼻の下を伸ばす天都は嫌いだ。


「い、いや、違うんだよ・・・急に僕の腕を取ってここに・・・コーヒー奢れって、知らない人なのに」


そう言う天都を細い目で見つめる三葉は親戚の家に行った帰りだったこともあってあの改札を利用しようとして七星と別れる天都を目撃していたのだ。その後、声を掛けようとして今の現場に出くわしたためにだいたいの経緯は分かっている。それでも、嫌味を言いたくなったのだ。七星とのこと、そして今のことをごっちゃにしてはいけないと理解しつつ、七星との仲を応援すると言っておきながらのこの言動に自分でも嫌になる。それでも、やはり嫉妬が大きく出てしまったのだ。


「お前に興味がある、キド・アマト」

「興味って・・・・」


困り果てる天都が変な汗を流すのを見て冷静になった三葉がずいっと一歩前に出た。


「じゃぁ、3人でもいいですか?コーヒーは先輩の奢りで」


その三葉の提案に少し考えた後、美女は大きく頷いた。


「なんで僕が・・・・」

「じゃぁ、入りましょ」


周囲の人間は修羅場と思ったのかただ通り過ぎるのみ。幸いにも店の入り口付近に客がおらず、店内で好奇の目をさらすことだけは回避できていた。


「ところで、お名前は?」


名前を聞けばどこかで会ったことでもあれば思い出すと思った天都がそう尋ねる。


「ウラヌス」


感情のない声でそう言い、ウラヌスはさっさと店の中に入って行った。


「ウラヌス?英語で天王星?知らないなぁ」

「いいじゃないですか、美人だし・・・・とにかく、それも含めて色々聞きましょう」


嫌味混じりの言い方に苦笑したが、その通りだと思う。天都と三葉は既に椅子に座ってこちらを見ているウラヌスを見て顔を見合わせ、それからもう一度苦笑をしてみせた。


「キド・アマト、監視対象ランクB、強さのランクD・・・監視対象ランクS、強さのランクSのキド・シュートの息子。監視対象ランクA、強さのランクAであるキド・アマネの双子の兄。必要最低限の接触は避けるべきランクBの相手・・・・・でも今は必要時・・・・本当のランクを見極めたいから」


心の中でそう呟くウラヌスは近寄ってくる2人をじっと見つめていた。いや、実際は天都だけを、じっと、恐ろしいほど冷たい目で。

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