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晴れ!  作者: 夏みかん
第5章
22/52

君に届け 1

 そこは何もないただの空き地だった。数年前まではここに板金工場があったのだが、今は倒産してその工場も取り壊されて空き地になっていたのだ。その柵で覆われた空き地を道路から見ているのは5人。その中の1人、背中まである長い髪をした男が顎で空き地を差すと、鮮やかな金髪を肩に触れるか触れないかの位置で綺麗に切りそろえられた美しい女性が軽々と柵を飛び越えて10メートルほど進んでいく。顔立ちは日本人のそれとは違うが、かなり美しい印象を与えていた。赤い瞳が鋭いが、無感情さもあってクールなイメージを与えている。大きな胸が目立つ体にフィットした紫のバイクスーツのような光沢を持つ異様な服、そして右手に持ったこれまた変な形状の槍に目が行くのも仕方がなかった。容姿と武装がアンマッチしたその女性は螺旋を描くようにして先端が尖ったその槍を左手に持ちかえると片膝をつき、そして雑草だらけの地面に右手を添えた。そして再度長髪の男に顔を向け、向けられた男も頷く。その瞬間、地面が振動を始める。地震にしてはかなり規模が小さいのだが、その威力は絶大のようで空き地に地割れが走った。だが、その地割れは空き地だけに限定されているようで、長髪の男たちが立っている場所には小さな振動しか感じない。そのまま空き地の地割れは大きくなり、やがて陥没したかのように直径5メートルほどの穴が開いた。そこ以外は変化もなく地震は収まる。すると長髪の男が隣にいた褐色の肌に白髪の少年に目をやり、その視線を受けた少年が両手を広げて見せる。


「では、行こうか」


長髪の男がそう言うと金髪の女性が頷き、同時に5人の体が空中に浮いた。どういう仕掛けかわからないが、そのまま5人は穴の中へゆっくりと落下しながら消えていく。その頃、穴の底ではパニックが起こっていた。いや、穴の中は地面の中のはずなのに、コンクリートに囲まれた広い空間が存在している。落ちてきた土の塊、いや、コンクリートの塊に押しつぶされた者を救助しようとする者たちがいるそこに、突然5人の特殊スーツ姿の人間が姿を現す。さらにパニックになる中、数十人が一斉に近くにあった銃火器を手にして5人に構えた。だが5人は涼しい顔をしている。長髪の男が薄く微笑み、筋肉質な体をした白髪混じりのサングラスの中年もまたニヤニヤとした表情をしている以外は完全に無表情だ。長髪の男がぐるっと中を見渡し、それから笑みを濃くした。


「中国マフィアのアジトと断定する」


それは中国語だ。かなり流暢な言葉に地下全体が騒然となる中、褐色の肌の少年の手に力がこもった。


「さぁ、貴様らをジャッジメントしよう」


いつもの決め台詞を口にした長髪の男、『ゴッド』の合図に金髪の女性が空中に浮かび上がった。そして色白で長身の男が中年男性の前に立ち、褐色の少年が手にした黄金に輝く刃を持った剣を構える。そして『ゴッド』が銃を構えた男たちに向かって走るのをきっかけに空中から金髪の女性が何も持っていない左腕を振り下ろした。途端に十数人が重さを感じて地面にひれ伏し、彼女の手を離れた槍がその男たちを次々に串刺しにしていく。残ったマフィアたちは手に持った銃を撃とうと引き金を引くがまったく反応が無く、数人の男たちは手を前にやったり横に振るったりしているが、そんな男たちに褐色の肌の少年がゆっくりと近づいて行った。


「あなたたちの能力は封じている」


感情の無い声でそう言い、次々と剣で首を撥ねていく。長身の男にナイフを持った男が迫るが一瞬で首を蹴り折られ、中年の男もまた華麗な動きで迫りくる屈強な男たちを叩きのめしていった。そうしてわずか数分後、地下の施設内は赤い血で染まり、その生臭い匂いで充満していた。


「生体反応なし、任務終了」


中年男性が手に持っていたパッド型の何かを操作してそう言い、『ゴッド』が頷いた。


「撤収準備。あとは処理班に任せよう」


その言葉に近づいてくる3人が頷き、女性が天に向かって右手を挙げた時だった。


「相変わらず容赦ないねぇ」


その声に女性の顔が右へ向く。そこには首のない死体を椅子代わりに座り込んだTシャツにジーンズの男がいた。そのニヤニヤした顔を見た『ゴッド』がため息をつく。


「諜報部のお前は部外者だ」

「固いこと言うなって」


そう言い、立ち上がったのは木戸天空だった。肩をすくめておどけた仕草をしつつ5人に近づくその姿を見て、女性の顔が一瞬だけ嫌悪感を表に出すのを見逃さない。


「ウラヌスちゃん、悪いけど、俺も一緒に上によろしく」

「いつ、どうやって降りてきた?」


感情がないせいか、ぎこちない日本語に聞こえてしまう。それを聞いた天空はさあねとだけ言い、『ゴッド』の前に立った。


左右千そうせん、次は俺も一緒に連れてってくれよ」


馴れ馴れしくそう言う天空にため息をついた『ゴッド』はぽんと天空の肩に手を置く。


「お前が全力で戦えるのはわずか5分、役に立つとは思えない」

「本気なら5分、そうでないなら無限だよ」


その天空の言葉にウラヌスと呼ばれた女性が右手を振り上げた。同時に天空の体が空中を舞い上がって行くと、そのまますぐに上空の穴へと消えて行った。


「出来損ないのくせに、な」


中年男のその言葉に苦笑し、『ゴッド』はウラヌスに頷いて見せた。そうして5人が空中を舞い上がり、天空と同じように穴の外に出てくる。


「重力操作の能力、俺にも欲しかったぜ」


空き地に立って腕組みをしていた天空の言葉にウラヌスや少年たちは反応せずさっさと空き地を出ていく。


「お前がいてこその能力なんだ、無理だろ」


『ゴッド』のその言葉にため息をつき、天空もまた空き地を出て行こうと歩き始めた。


「プロト・ゼロ、お前はお前の仕事をしろ」


中年男は英語でそう言い、サングラスの奥の瞳を光らせた。威圧的なオーラがその全身から放たれる中、立ち止まった天空もまた殺気めいた目を男に向ける。


「その名で呼ぶな・・・・俺は木戸天空だ」

「そうか、そうだったな、出来損ないの試作品」


お互いに英語でそう言い、2人は睨み合う。そんな2人の殺気を気にすることなく、『ゴッド』は中年男の肩に手を置いた。


「I.C、そこまでです。天空も、な」

「わかってるよ」


I.Cと呼ばれた男が殺気を消して英語でそう言い、天空はそんなI.Cを睨みながら空き地を出て行った。そこを取り囲む道路では工事車両や警察車両が停止しててきぱきと空き地の封鎖を始めている。『ゴッド』も空き地を出ると待っていた3人に笑みを見せた。


「これより帰投する」

「了解」


3人が同じタイミングでそう言い、黒いワゴン車に乗り込んですぐに走り去った。その車を見つつ、天空は暑い日差しから逃れるように近くの木で出来た日陰に立ちながら口元に薄い笑みを浮かべていた。


「調子に乗ってられるのも今のうちだよ。アイスキューブ・ゴッドワルド・・・ウラヌスも、セイタンもプルートも、そして左右千も、みんな俺にひれ伏すだろう。楽しみに待っていろ」


そう呟くと悪鬼の笑みを浮かべつつその場を立ち去るのだった。



インターハイの日、この日もまた猛暑日だった。ここ大阪の競技場は気温のせいもあってかなりの熱気に包まれている。オリンピック候補の名も高い下村明斗というスターがいるせいか、マスコミも数社取材に来ているほどに。明斗が出場する短距離走は予選、準決勝、決勝と最大3回走ることになっていた。女子の出場者でもある同じ高校の木戸天音も走る最大回数は同じであり、今はウォーミングアップをしつつ顧問で監督の品川恭治と打ち合わせを行っていた。


「いいか。予選ではゴール近くで勝ちを意識したらペースを落とせ。予選は4位、準決勝は2位で決勝に行けるんだからな」

「はい」


そう言われても他人の動きを注意していればその分走りに無駄が出る。だから天音は常に全力で走ることに決めていた。毎朝毎晩の部活以外のトレーニングのおかげでスタミナは人の3倍はあるのだから。明斗もまた頷いているが、こちらもその戦略は難しいと思っていた。去年と同じにすればいい、そう思っている。やがて品川は取材ということで控室を出て、残されたのは明斗と天音だけになった。そんな天音は明斗をチラッと見やる。どうも先週辺りから明斗の様子がおかしいことが気になっていた。練習もどこか身に入っておらず、元々無口な方だがさらに無口になっていた。それにずっと1人でいる。気になって天都に聞いてみたが、ゲームに誘っても断っていたようだ。ストイックな性格だからインターハイに集中したいのだろうと思っていたが、それだけではないような気がしている。だから、天音は念入りに柔軟体操をしている明斗に近づき、近くの椅子に腰かけた。


「なんかあった?」


その言葉に顔を上げず、ただ柔軟を行っている明斗にますます違和感を覚えた。


「緊張してんの?」

「いや」


ここでようやく言葉が返って来た。4日ぶりに聞いた声に少しだけホッとした。


「じゃ、なに?」

「なにって?」

「ここんとこ様子がおかしかったからさ」


天音はそう言うと自分のスポーツドリンクを一口飲む。部屋の中の重い空気を少しでも緩和しようとしての行動だったが、明斗にはあまり効果はなかったようだ。


「そうか?」

「今もね。普段のあんたじゃないもん」


物事をはっきり言う天音に自然と苦笑が漏れた。そんな天音だからこそ自分は好きになったのだと再確認させられた気分だ。だから、ここで全てをすっきりさせたくなった。天音になら言える、そう思えた結果だった。


「先週、父さんから部活を辞めて欲しいって言われた。インターハイも辞退しろって」


その言葉に驚き、天音は固まってしまう。そんな天音を見て苦笑を濃くし、明斗はゆっくりと立ちあがった。


「なんで?」

「さぁ?なんか事情がありそうだったけど、何も言ってくれなかった。だから、インターハイが終わったら部活は辞めることにしたんだ」

「そんなあっさり?」

「うちは父子家庭だ・・・ずっと、ね。だから父さんの言うとおりにしておこうと思う」

「あんた17だよ?そんなんでいいの?ファザコン?」

「あんな父さんの顔、見たことなかったから・・・・・困って死にそうな感じだった」

「そんなに?」

「ああ・・・だから、そうする。元々オリンピックに興味ないし、今回も優勝できればもういいしね」


そう言って笑う明斗がどこか痛々しい。無理をしているとすぐに分かったものの、それでもやはり父親の思いつめた顔が気になっているのだろう。苦渋の決断、それが理解できた天音はもうそれ以上何も言えなくなった。


「悔いのない走りをして終わらせる」


その顔は真剣で、いつもの明斗に見えた。


「お互いに頑張ろう」


そう言い、右手を差し出した天音を見た明斗は右手を出しつつ、そっと天音に近づいてそのまま急に抱きしめた。あまりに不意のことだったせいか、あの天音が何の反応も出来ずに硬直している。ハッとなった天音が明斗を振りほどこうとしたその時だった。


「ありがとう・・・すっきりした。これで頑張れる」


その言葉に体の力を抜き、天音は苦笑しつつ頷いていた。明斗は思っていた以上に柔らかい天音の体から離れると改めて右手を差し出す。それを見た天音も右手を出してがっちりと握手を交わした。


「今度さっきみたいなことしたら、骨折るから」

「もうしないよ」


そう言って笑う明斗にドキッとした天音がプイッとそっぽを向く。明斗はそんな天音を見て微笑みつつ、心の中のもやもやを吐き出して尚それを認めてくれた天音に感謝をするだけだった。



家族や両家の祖父母の応援もあってか、天音は予選と準決勝で1位となり、無事決勝へと駒を進めることができた。どうやら精神的にも落ち着いているらしく、その充実した気迫に一片の曇りすらない。天都はそんな天音に満足しつつ、これならば優勝できると確信していた。


「天音の優勝で決まりね」


普段あまりそういうことを言わない祖母の静佳の言葉に、由衣は小さく微笑んだ。静佳がそう言うのだからそうなのだろう。だからか、由衣の中で安堵が広がったせいで周りを見る余裕が出来たために隣に座って緊張した顔をしている周人へと顔を向けた。


「なんであなたがそんなに緊張してるの?」

「そりゃ、するだろ?」

「初めて見るその顔は新鮮だわ」

「初めてじゃないけどな」

「いいえ、初めてです」


そう言いきった由衣を困った顔で見つつ、周人は肩にかけたタオルで汗を拭いた。過去にどんな危険に目に遭っても平然としていた周人のその顔をスマホで写真に収めた由衣は実母である実那子の膝の上ではしゃぐ天海にジュースを飲ませた。


「しかし天音は凄いね。本当に周人君の血を濃く継いだのねぇ」


実那子のその言葉に由衣はぶすっとした顔をしてみせるが、それに関してはその通りだと思うので何も言えない。だが、どこか自分を馬鹿にされたようで面白くはないのだ。


「でも容姿は由衣ちゃんそっくりだもの・・・2人の良いとこどりですね」


静佳の言葉に得意げな顔に変化させた由衣を見た実那子の表情がなくなる。それもまたむかつく由衣だが何も言わずお茶を飲んだ。


「天音の決勝は1時間後だから、僕は友達の激励に行ってくる」


天都はそう言うと控室を目指した。明斗もまた完全勝利で決勝に駒を進め、30分後に決勝となっていた。ここ最近は明斗の邪魔をしないように連絡もしなかったため、激励だけはしておきたかったのだ。そうして人混みの中を掻き分けて母校の控室に向かった。廊下になっている場所も各競技の選手や監督で溢れかえり、熱気もまた凄まじいものになっていた。何故か自分も気分が高揚しつつ控室の前に立った天都がドアをノックしようとして、その手が止まった。ドアのすぐ脇に天音がいるようで、話し声が聞こえてきたからだ。競技が始まって人通りが少なくなったせいか、その会話は筒抜けに近い状態になっているのだった。



コンディションは上々で、あとはベストを尽くすだけだ。スポーツドリンクを飲み、平常心を心掛ける。やはりこの大舞台はいかにクールな明斗であっても緊張を隠しきれない。そんな明斗をチラチラ見つつ、天音はドアの横の壁に右足を置いてストレッチを開始した。明斗はそのしなやかな体を見つつ、陸上競技者とは違う体つきをしながらも女性特有の柔らかさを持ったその肢体に惚れ惚れとした表情を浮かべてしまう。バランスのいいその筋肉も、スタイルの良さもまた惹きつけて止まないほどに。その視線を受けてそっちへと顔向けた天音は鋭い目つきを明斗に浴びせた。


「やらしい目だ」


そう言われて苦笑した明斗が椅子から立ち上がって天音に近づいた。先ほど不意に抱き着かれたせいか少しだけ警戒するものの、その気配は表に出さない。それよりも何故あの時咄嗟に対応できなかったのかが気になっていた。普段であればすぐに腹部に拳をめり込ませるぐらいのことは出来ていたはずだ。そう考えながら明斗を見ていた天音の少し手前で立ち止まる。


「優勝したら、デートしてくれないか?」

「はぇ?」


意外すぎる言葉に変な声が出たために恥ずかしい顔をさらしてしまった。そんな天音をじっと見つめる明斗に変化はない。


「ダメかな?」

「ダメってか・・・なんで・・・・私なんだか」


困った風にそう言うのが精一杯だ。何故すぐに断らないのかが自分でも理解できず、かといって今までデートなどしたことがない。初めてのデートは自分が想いを寄せている佐々木翔だと決めている。なのに、何故か今、心が揺れていた。


「私、デートなんてしたことないしさ」


どういう断り方だと自分で思いながら、どうしてこんなに動揺しているのかわからない。嫌だと一言言えばいいだけなのに、それが言えない。いや、言いたくないのか。


「俺もだ。だから、一度してみたい」

「私はお試しか?」

「最初は木戸さんがいいと思ってる」

「う・・・」


そのストレートな言い回しに顔が赤くなる。自分の反応に戸惑いつつもなんとか主導権を握りたい天音は口から出た咄嗟の言葉に自分で自分を褒めたくなった。


「だ、だったら新記録で優勝したらね」

「新記録、か」


それはかなりハードルが高い。今の高校記録は自分の自己ベストであり、今の状態からそれを上回るのはかなりの難題だ。それほどタイムの更新は難しく、それこそ百分の一秒単位での攻防になるだろう。だが、それをクリアすれば天音とデートが出来る。モチベーションは上昇し、俄然やる気がみなぎってきた。


「頑張るよ」

「まぁ、うん、頑張れ」


ぎこちない笑顔を浮かべ、天音は壁の方を向いてストレッチを再開する。赤面した顔を見られたくないのもあったが、首はほとんど動かさない。明斗は椅子に戻り、腕組みをして目を閉じた。いまだにドキドキしている天音はそんな自分に失望していた。翔が好きなはずなのにどうして条件付きとはいえデートを了承したのか。明斗であれば記録の更新も難しいとはいえ可能なはずだ。


「なんで、こんな・・・」


ずっとドキドキしている自分に戸惑う天音は平常心を心掛けつつも紅潮した顔をそのままにストレッチを続けるのだった。

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