天使のウィンク 3
売店は3つほどが横に並んでいる状態にあった。ジュースは氷水の中に浸けられており、それなりに冷えているようだ。焼きそばやフランクフルト、たこ焼きにコロッケまで売っている一番右端の店は列ができていたが、ジュースを売っている左端は比較的空いている。時間が掛かるものを売っていないからだろう。真ん中の店には浮き輪やら水中メガネが並んでいた。
「コーラ3つとカルピスウォーター3つね」
三葉がカルピスを、天都がコーラを引っ張り出しながらそう言い、お金を払った。3つずつ手に持って売店に背中を向けた時だ。
「天都君!」
不意に前からやってきた美少女に名前を呼ばれて驚きを隠せない。ピンクのビキニ姿の七星がそこにいたからだ。ドキドキする天都はその胸に目が行くのを堪えつつ笑顔を浮かべた。
「七星ちゃんも来てたんだ?」
「天音ちゃんたちと一緒だよ」
「あ、そうなんだ」
そういえば天音も水着の準備をしていたなと思い出すものの、兄妹だからといってそう会話があるわけでもなく、お互いの行動など把握していないし知りたくもなかった。とにかく今は七星に会えて嬉しそうにしている天都をチラッと見上げた三葉が困った顔をしている。それを見ていながら何も言えない自分を意地悪だと思う七星は滑り台の方を指差した。
「みんなであっちにいるの。私は今、天都君が見えたから、それで」
「そっか」
「天都君は、瀬尾さんと2人で?」
その言葉にドキッとしつつあわてて首を横に振る。それを見て心が痛む三葉は愛想笑いをするのが精いっぱいだった。
「ううん、たまたま偶然。僕は時雄と明斗とね」
「下村君も来てるんだ?」
「あ、うん」
やはりそちらに意識が向くのかと思う天都は少しがっかりしつつも笑顔は変えない。
「じゃぁ、あとでまたよかったら滑り台に来てね?」
「そうだね、そうする」
その言葉に胸が痛むが、三葉は軽く頭を下げて歩き出した。天都もそれに続く。そんな2人の後ろ姿を見つつ、七星の心もどこか複雑だった。明斗が来ていると知った際は嬉しく思ったのに、仲良さそうに歩く天都と三葉を見るのはどこかせつない。自分勝手な気持ちにため息をつき、七星はとぼとぼとした足取りで滑り台の方に移動するのだった。
*
「なぁにぃ!」
歌舞伎役者のような声でそう言い、時雄の目が輝きを帯びた。七星や天音の水着姿が拝めるとあってはこうしてはいられない。飲んでいた缶を天都に渡してダッシュしようとしたその手を里奈が掴む。
「痴漢容疑で逮捕です」
「まだしてねーだろ?」
「する気満々じゃないの・・・だから男って・・・」
ぶくつさ言う里奈にため息をつき、時雄は真面目な顔になってそっと里奈を抱き寄せる。思わず赤面する里奈だが、こんなことをされたのが初めてなせいか、硬直して言葉も出ない。
「心配するな・・・痴漢したいのはお前にだけだ。俺にはもうお前しか目に入らない」
そう言う時雄が右手で優しく里奈の顎を持ち上げる。まるでキスをせがむように。これに激しく赤面した里奈が思わず手を離した隙に猛烈なダッシュをして去って行った。
「缶捨てといてくれぃ!」
そう言い残して。あっけにとられる天都と明斗が顔を見合わせ、深い深いため息をついた。
「どうする?」
再度ため息をついた明斗の言葉に頭を掻く天都は三葉たちの方を見やった。
「一緒に滑り台の方に行こうか?いい?」
その言葉に頷く三葉とメロディだが、三葉の心は複雑だ。そんな三葉を横目で見た明斗が滑り台へと顔を向けたのは意図的か。
「2人までいっしょに出来るんだな?」
8つのレーンがある滑り台を見た明斗がそう言い、みんながそっちを見やった。1つのレーンに2人が前後に並んで滑っているカップルを見てそう言ったのだ。
「なら俺はメイと滑る。お前は瀬尾さんと滑れ」
「まぁ、いいけど・・・・いいの?」
そう言われて赤い顔の三葉が頷き、明斗にメイと呼ばれてとろけそうな顔をしたメロディも頷く。その横に立つ里奈は心ここにあらずといった顔を滑り台へと向けていた。
「私は・・・トキオ様と」
そう言い、猛烈にダッシュした里奈はバスケ部だけあって足も速い。
「ありゃもう、レズじゃなくなったな」
そう言うメロディに驚く顔をしたのは天都と明斗であった。
「レズ?」
ストレートに聞き返す明斗を凄いと思う天都は三葉を見るのが精いっぱいだ。
「あの子、極度な男性嫌いなんですよね・・・幼稚園の時に悪戯されそうになったとかで」
「そうか・・・それで、時雄のあれが新鮮だったか」
「どういうこと?」
明斗の言葉にわけがわからないといった天都を見て、それから缶を持ったまま歩き出した明斗に3人がついて行く形となった。荷物を手にしているせいか、人混みを避けながら。
「レズってわけじゃない。男性が嫌いなだけだ・・・ただ、憧れてもいたんだろうな、王子様に」
「・・・・時雄が王子に?」
「さっきの様子じゃ、そんな感じだろう」
「納得」
明斗の説明に納得したメロディに対し、顔を見合わせて首を捻る天都と三葉にはさっぱり理解ができなかった。男性に対し、憧れを抱いていたのだろう。悪戯するような男がいても、自分を愛してくれるまっすぐな男子を。それがさっきの時雄だった。里奈の心の奥底をくすぐったあの気障な台詞がその憧れを射抜いたのだ。
「面白くなってきたな」
そう言って微笑む明斗が新鮮だ。明斗にしてみれば、自分には恋愛という感情が欠落していると思っている。だから他人の恋愛模様は興味深く、そして面白いのだ。天都と三葉、そして七星の関係が。天音と進、そして時雄の関係もまた。そこに現れた里奈がどんな風を起こすのか、それが楽しみでならない。
「なんか今日は前途多難だよ」
そう呟く天都を見上げつつ、三葉の心は複雑だった。
*
明斗の顔を見て目をハートにした南とは違い、何故か紅葉は天都を見てもじもじした動きをみせていた。そんな2人を見つつ天音は七星へと顔を向ける。水着姿の明斗を見るのは初めてなせいか、まともにそれを見れないで顔を赤くしていた。クラスが違うために1年生の時も今も明斗と水泳の授業が一緒にならなかったせいもあるだろう。そんな明斗は陸上部だけあって下半身の逞しさはもちろんのことだが上半身のバランスも抜群だ。イケメンで肉体的にもイケていることから周囲の女性の目も釘付けにしていた。
「へぇ、あんた、意外にこう・・・・いい体してんだね」
今日は眼鏡をしていない紅葉が天都に顔を近づけながらそう言う。それを見た三葉は2人を見つめ、その三葉を見やった天音は自分の胸と三葉の胸を比べるようにしていた。制服を着た感じでは自分よりも少し大きく見えただけのその胸だが、意外にボリュームがあるのがショックだ。現状、自分と同じで貧乳なのはメロディぐらいなもので、七星も野乃花も大きい部類に入る。標準的なのが里奈と紅葉、そして三葉だ。
「ぐぬぬ・・・」
奥歯を噛み締めて格差社会を嘆く天音を見た明斗がそこに近づき、やや八つ当たりのような鋭い視線を受けて苦笑を漏らした。
「悪いな、一緒になって」
「別にいいけどね」
何故か不機嫌そうな天音を見て、自分たちが合流したせいだと思っている明斗はさらに苦笑を濃くした。そのまま周囲を見渡せば、紅葉に迫られる天都を不思議そうに見ている三葉がいる。時雄は里奈に腕を組まれて鼻の下を伸ばし、メロディは野乃花と何やら話し込んでいる。南はジュースを飲み、七星は自分を見ている状態にあった。そんな明斗がふと滑り台を見れば、列は混んでいるようだが、それでも8つのレーンがあるために順番は速そうに見える。同じようにそうした天音はもう3度も滑っているせいか、視線をすぐに紅葉に向ける。
「あんた、老眼のババアみたいだね」
「誰がババアよっ!」
天都の鍛え上げられた肉体を間近で見ていた紅葉はかなり至近距離からだったこともあって、天音にはそう見えていた。普段は眼鏡の紅葉だと知らない三葉はだからこそ不思議そうにしていたのだ。
「普段のあれは老眼鏡か?」
「あー、はいはい」
「ムカッ!」
「擬音を口にするなんて、知能がしれてる」
そう言い、激しく睨み合う。そんな2人にため息をついた天都に三葉が近づいた。
「あの・・・誰が誰だがアレなんで、自己紹介とか、どうですか?」
名前に合わせているのか、黄緑と白のビキニを着た三葉を見たのは天音と紅葉だ。その胸を見て、それから自分のと天音のを見やった紅葉が勝ち誇った顔をするのが気に入らない天音は蹴りあげたい衝動を抑えるのに必死だった。
「そうね、そうしよっか」
相槌をうったのは七星で、さりげなく明斗の隣に立ったその動きに思わずニヤけてしまう天音から自己紹介をしていく。
「私は木戸天音。陸上部で有名かなって自負してます。あと自慢ですがかなり強いです」
そう言う天音にメロディと里奈が尊敬のまなざしを向けた。空手の中学女子チャンピオンで今は短距離で全国屈指の実力を誇る天音は有名人だ。そのさっぱりした性格も人気の秘密である。
「え、と、結城七星です。天音ちゃんたちとは中学の頃からの友達です。よろしくね」
校内屈指の美少女もまた有名人だ。振った男性の数は20人に及んでいるという噂もあって、かつてこの学校で40人の男子の告白を全て断ったという伝説の女子生徒に並ぶ勢いだとも言われている。
「私は中原南だよ。よろしくね」
屈託のないその明るい笑顔が印象的だ。人懐っこさもあってか、1年生3人の好感度も高い。
「私、谷口野乃花。一応この中でリーダーやってまぁす!」
そう言う野乃花に苦笑した南とは違い、この女は明らかに不満だという顔をしてみせた。
「笠松紅葉よ。私が正真正銘のリーダー!いわば頂点、よろしく!」
どういう挨拶だと思う天音だが、予想通り1年生たちは引いていた。
「私は瀬尾三葉です。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた三葉を見やった紅葉の目が細くなる。腕組みをしてその自慢のバストを強調しつつ三葉に近づくとそのまま顔を寄せていった。
「あんたさ、木戸に助けられたっての、マジ?」
眼鏡がないために、やたら顔を近づける紅葉に圧倒されつつ頷くだけの三葉だが、ここでもやはり天都は助け舟を出さない。そんな天都を見ていた明斗と天音はやれやれといった顔をし、七星はそちらを見れずに少し顔を伏せるようにしてしまった。
「こいつがねぇ・・・・・嘘っぽいんだよね、悪いけど」
「嘘じゃないです」
威圧的な言葉のせいか、三葉はそう言うのが精いっぱいだった。
「あ、私は小野メロディです、よろしくです」
その独特な名前に紅葉が興味を惹かれてそっちを見たために三葉はホッとした。表情には出さなかったものの、天都もまた内心でホッとしていたのだった。
「変わった名前だね」
南の言葉に難しい顔をしたメロディは自分の名前が大嫌いで、大人になったら改名しようと考えていると告げた。響きが可愛いから、ただそれだけの理由でこの名前をつけた母親とはあまり仲は良くない。年頃になって自分の名前の恥ずかしさを重く受け取っているせいか、可愛いを連呼する母親とはあまり関わり合いになりたくなかったのだ。
「うーん・・・そういう名前に憧れた時期もあったけど、気持ちはわかるよね」
そういう七星の肩に天音が手を置いた。
「いや、あんたも似たような感じだけどね」
「ええっ!そう?」
「うん」
一同が笑う。そうして女子最後の1人が挨拶をする。
「山下里奈です。よろしくお願いします」
「バスケ部期待の星、だよね?」
そういう天音に照れた顔をする里奈はずっと時雄の傍にいた。訝しがる2年女子の面々だが、時雄の顔はとろけそうなほどににこやかだ。里奈は1年生ながら一番レギュラーに近い位置にいる選手であり、その実力もかなりのものだ。だから、同じ運動部である天音も彼女のことをよく知っている。
「で、隣のバカとはどういう関係で?」
「ダーリンはぁ、運命の人です」
呆れた顔の天音の質問にとろけきった顔で里奈が手を頬に添えながらそう返す。天音は無表情になり、他の全員も一様に魂の抜けたような顔になっていた。
「あ、そう」
腕を組んでにこにこする里奈にそうとしか返せず、天音はそれ以上何も言わなかった。その後はじゃんけんをし、ペアで滑り台を滑ろうということになる。1年女子が3人、2年男子も3人、そして2年の女子が5人であるために1人だけが寂しく滑ることになるが、これは仕方がない。時雄と滑りたいとごねにごねた里奈に折れた紅葉が仕切る中、残った9人でじゃんけんが執り行われることになった。明斗と滑りたい七星、天都と滑りたい紅葉と三葉を除いては比較的どうでもいいといった空気がある。時雄が里奈とセットになったことで女子の中にどこか安心感があったからだ。イケメンの明斗、無害な天都であれば別にいいという感じだ。時雄がいるせいか、普段は気持ち悪いという部類に入れられる天都は今日はかなり得をしている。そして野乃花の号令でじゃんけんが開始されることになった。
「では、最初はグー、じゃんけんっ・・・ぽんっ!」




